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第3章

はな六のふぜんなクリスマス ⑦

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 サイトウの寝室には暖房はファンヒーターが一台きりあるのみで、しかも建物自体が古くて断熱性が低いために、室内はちっとも温まらない。だが、分厚くて重たい布団の中には、むっとした熱気が籠っている。掛け布団と敷き布団の間の狭い空間で、はな六は熱源であるサイトウに組み敷かれ、汗の滲んだ身体を捩らせた。
「ん……ふぅ……っ……」
 はな六の両手首は、サイトウの手によって、頭上に拘束されている。サイトウははな六の手首を掴んだまま、ゆっくりと腰を動かしつつ、はな六の耳から首のラインに唇や舌を這わせた。
「んくっ!」
 はな六は背中をびくりと反らせた。
「痛ぇのか?」
 サイトウが優しく聞くので、はな六は首を横に降った。
「んんっ、痛く……ない、けど……っぁあっ……も……ダメぇっ……!」
 だが、はな六のギブアップ宣言をサイトウは軽く流して、一定のペースでじっくりと攻め続ける。サイトウの脇を挟み込むはな六の両膝がわなわなと震えた。
「やっ……もぉやめて、やめてったら! ほんと、無理だから、もうダメ、お願い……っく、も……攻めないでぇーっ!」
 はな六が絶叫し、咽び泣き、やがて疲れ果てて抵抗する気も尽きた頃、サイトウはやっとはな六の中に吐精した。そしてはな六の上に痩せぎすの身体をベッタリとうつ伏して、荒い呼吸を繰り返した。
「はー、俺も歳喰ったなぁ。これしきでへたばるなんてよぉ」
「んぅ……これしきって、前はどれしきだったんだよぉ……」
「そりゃぁもう、ウサギみたいにヤりまくりよぉ」
「んー」
 ふわふわでまるっこくて可愛いウサギと、生けるミイラのように痩せぎすなサイトウが、同じとは。よくわからない、と首を傾げるはな六を、サイトウはゲラゲラ笑って抱き締め、ごろりと転がった。ムッとしたはな六の頬や鼻を、サイトウの胸毛がもさもさと擦る。
「まぁ、性欲の強ぇのも良し悪しだいな。俺がオメェぐらいの歳の頃は、日がな一日ヤることばっかり考えてイライラしてた。そんなんだから女にゃ嫌がられるし、ヤらせて貰えねぇで余計イライラする。そのせいで過ちを沢山犯したぜ」
「ふぅ……」
 サイトウの胸に顔を押し当て、心臓の音と響いて来る声を聴いていたら、またお飾りがむずむずしてきて、はな六は切ない呻き声を上げた。サイトウはまたケケケと笑った。
「オメェも俺様がいなかったら、過ちばかり犯しそうだなぁ、ケケケケケ」
 ぎゅう、と抱き締められ、身体が熱くなる。サイトウの身体がはな六の方に傾いで来た。サイトウの体重に押し潰され、はな六は熱い息を吐いた。サイトウの片方の脇が伸ばされる。枕元の方で、カタリと音がした。何をされるか分かったので、はな六はサイトウの腰に添わせるように片脚を上げた。サイトウの手がはな六の臀部を探り、押し広げる。そして冷たくてすべすべするものが、はな六の入り口に押し当てられた。
「んうぅーっ」
 じわじわと、オモチャがはな六の中に入って来る。根元まで入ってしまうと、カチッとスイッチが入り、震動が始まった。震動は一秒間隔ではな六の中を打った。
「ゆっくりがいい!」
 はな六のリクエストに、震動の間隔は徐々に開き、やがて波のように、遠退いたり寄せ返したりをじっくりと繰り返すようになった。はな六は目を閉じ、内部に意識を集中した。波が遠退くときはゆっくりと息を吐き、寄せて来ると、息を詰めた。
 布団がごそごそとして、はな六とサイトウの間に冷たい空気が流れ込んで来た。
「ま、待って!」
 はな六は慌てて、出ていこうとしていたサイトウの手首を掴んだ。
「あんだよ?」
「お尻だけぶるぶるするのやだぁ! ちゃんとつかまえて、ギュッとしてよぉ」
「ケケケケケ、甘えん坊さんでちゅねぇ」
 布団の中に戻って来たサイトウに、はな六は必死につかまった。サイトウは脚をはな六に絡め、手でオモチャを掴み、はな六の内部をかき回した。
「あー、可愛い。はな六よぉ、可愛いぜぇ、まったく」
 身体の昂りが最高潮に達して、はな六は全身に力を入れる。
「んんんあああああああ」
 渾身の力でサイトウにしがみつき、サイトウの胸に顔を埋めて泣き叫んだ。

 チュッとこめかみにキスをされた気がして、はな六はがばりと飛び起きた。すでに外は明るく、冬の午前中の柔らかな光が、カーテンの隙間から室内に差し込んでいた。
 いつの間にか、自分の布団の中にいた。サイトウの布団は既に片付けられていた。はな六は室内を見回し、ぶるっと身震いした。裸のまま、すっかり寝入ってしまった。ファンヒーターがぼうっと温かい空気を吐き出している。敷き布団の上に正座すると、掛け布団と毛布とタオルケットが、身体から滑り落ちた。
「んー?」
 枕元の、昨夜使ったオモチャのすぐ横に、見慣れぬ赤い靴下が置かれていた。不織布で出来た靴下の中を覗くと、緑色の包み紙が見えた。そっと引き出してみる。それはつやつやに光る深緑の紙袋で、袋の口は金色のラインの入った赤いリボンで結ばれていた。リボンの結び目にMerry Christmas! と書かれた小さなカードがついている。
「んー」
 サイトウからのクリスマスプレゼント。
(二十四日は絶対絶対仕事に出るな! と言っていた理由は、これだったのかぁー)
 はな六は包みを手で揉みながら思った。
 日曜日に、イルミネーションを見ながら「クリスマスプレゼントには新しいオモチャでも、買ってあげようかねぇ」などと、邪悪な笑みを浮かべてサイトウは言っていたし、昨夜は本当に新しいオモチャを出してきてはな六を苛めたので、朝起きて枕元にプレゼントが置かれているとは、思いもよらなかったのだ。
 包みは柔らかい。どうやらオモチャではないようだ。
(なんだろう、パンツかなぁ? サイトウだしなぁ)
 もったいないくらいに可愛く結ばれたリボンの端を、はな六は引いた。リボンは複雑な結ばれ方をしていたのに、引くとするするとほどけて長い一本になった。
 袋の中身を出してみると、透明なビニールに包まれた二組の手袋だった。一組は、黒く滑らかな生地で出来ていて、手首の部分にグレーのファーがついていた。はな六の手持ちのコートによく似合いそうだ。そしてもう一組は、毛織りで、ピンク地にあずき色の太い縞が入っている。ちょっと小さく見えたが、はめてみるとはな六の手にぴったりと合った。
「暖かーい!」
 はな六は手袋をはめた両手で、自分の頬をはさんだ。
 シャワーを浴び、服を着て、貰ったピンクの手袋も着けて、一階の作業場に降りた。クリスマスプレゼントのお礼を言おうと思ったのに、サイトウは店先で客と立ち話をしていた。
「こんにちは」
 はな六が言うと、客は「おや?」とはな六を見た。
「お弟子さんを取ったのかね、サイトウくん」
 恰幅の良い腹を揺らして客が言った。
「いえ、コイツは弟子じゃなくて嫁っす」
「ははは、お嫁さんだったのかい」
 サイトウが手招きをするので、はな六はサンダルをつっかけてサイトウと客のもとへ近寄った。
 おれは嫁じゃない、と抗議する前に、サイトウははな六の肩に腕を回して引き寄せた。客は人のよさそうな顔で笑っている。すると誤りを訂正して場の空気を悪くすることが、億劫になる。
「ほれ、ちゃんと自己紹介しろ」
 サイトウに促され、はな六はペコリと頭を下げた。
「はじめまして、はな六です」
「はな六ちゃんか。どうぞよろしくね。可愛い子だねぇ。よかったねぇ、サイトウくん」
「へへっ、あざっす」
「今時珍しいね、結婚なんて。今の若い人はほとんどしないっていうじゃないか」
「そっすね、俺のダチなんかも、してねぇ奴が殆んどっすわ」
 丈の高い背を丸めて、客にへいこらするサイトウの姿を、はな六はしげしげと眺めた。こうして働いているときのサイトウをみると、昼の仕事って大変だなぁ、と、はな六はしみじみと思う。夜の仕事と違ってそんなに沢山稼げないのに、手にはシワの中まで黒い汚れがこびりつくし、全身に塗料の臭いが染み付いてしまうし、客の前ではこうしてペコペコと頭を下げなければならない。
「まったく、今の時代は結婚したところでお互い何の不都合もないし、男同士、女同士でだって出来る。そんないい時代になったらかえって、誰も結婚しなくなるなんてねぇ。それなのに、サイトウくんは偉いと思うよ」
「いやいやいや、そんな事ないっす。まだまだ未熟者ですんで、どうぞご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
「はいはい。末長く仲良くするんだよ。あ、もうこんな時間か。そろそろ帰るとしますか」
「そっすか、どうもありがとうございました! よぉ、はな六、あっちにカレンダーあるから一本持ってきて」
 はな六は事務所に置かれた段ボールの中から、カレンダーを一本持ってきた。
「これ来年のカレンダーっす。よかったらどうぞ持ってってください」
「あぁ、ありがとう。実は毎年楽しみにしてるんだよ。サイトウくんちのは書き込む所が広くなってるから、使い易くて重宝しているんだ」
「あざっす」
 サイトウが深々と頭を下げたので、はな六もペコリとお辞儀をしながら、客にカレンダーを手渡した。
 サイトウが客の車を通りに誘導するのを、はな六は離れたところから眺めた。客の車が去った方向に、サイトウは深々と頭を下げた。そのきびきびとした動作を見るのが、はな六は好きだ。腰が低いのに誇りを感じさせる所作は、世界の頂点を争うプロ棋士達の所作を思い出させられた。
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