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第1章
お客様に夜の楽しみを提供するお仕事 ⑫
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迎えはなかなか来ない。こうなる事を見越して、はな六はドライバーのナカヤマに、すぐにこちらに戻ってこれるようにしてと頼んでおいた。ナカヤマは「きっと大丈夫ですよ」と言っていた。ただのお世辞で言ったのかとはな六は思ったのだが、もしかして、ナカヤマは本気でこうなると思っていなかったのだろうか。
(あーあ、おれはこんな性格だから……他人からちやほやされていないとすぐにヘソが曲がるから、何事も上手くいかないんだぞ)
ダメだと思っても思考はどんどんネガティブになっていく。クマともタヌキともつかないぽんぽこりんのボディから美人なセクサロイドになっても、はな六ははな六、いじけ虫な性格は昔のままだ。
(このまま稼げなくなったらどうしよう……)
自分の部屋を借りてサイトウのもとから独立するという、当座の目的を達成するどころではない。もしも失業してしまったら、残債と何かと金のかかるポンコツボディだけを抱えて、どうやって生きていけばいいのか。アンドロイドがどうしても自力で生きていけなくなった場合……噂によれば、行き場を失った魂は世界アンドロイド機構に回収されるらしい。そして休眠状態でただ審査を待つ。生かされるか、そのまま廃棄処分になるかの審査だ。アンドロイドの数は世界の全人口の三割と決められているので、多く存在し過ぎれば当然処分される。処分対象第一位は魂が寿命の百二十年に近づき消耗の激しい者で、次が行きだおれて身寄りのない者だという。
(だがそれはあくまで噂だ。今はアンドロイド人権団体がある。団体はあの時だっておれを守ってくれたじゃないか)
道端にしゃがみこんだはな六に、往来する人々は誰も注意を向けなかった。心細いが、視線が低くなると少し気持ちが和らぐ。以前のボディに近い視線の高さは、見えない範囲が多いけれども、慣れているせいか安心感がある。そんなことを考えていると、上着のポケットの中で携帯端末が震えた。ナカヤマか、それともマサユキだろうか。だが端末を取り出してみればサイトウからの着信だった。
「はい、なんか用?」
はな六はぞんざいに電話に出たが、サイトウは気にする様子もなく、やかましいがらがら声で喋りだした。
『あー俺よぉ、今、商工会の集まりで出てっから。帰って来て誰もいなくても心配すんなや。オメェ、合鍵は持って出たよな? そうすれば、一人で寂しいかもしれねぇが、ちゃんといい子で待ってるんだぞ。布団はもう敷いてあるし、風呂もお湯張ってあっからよ。水は天然水のボトルが冷蔵庫に冷えてっから好きに飲めや。そんじゃあの』
「あっ、サイトウ!」
サイトウは一方的に捲し立てて通話を切った。はな六は反射的にリダイヤルした。
『ケケケ、何だよ』
すぐに出たサイトウの声を聴くと、はな六は別に何でもないと言った。
(本当に何も言うことなんかないのに、おれは何をやっているんだか)
『どーしたぃ、そんな悲しそうな声だして』
「別に、本当に何でもないよ」
『何だよ、淋しいんきゃ?』
「そんなことないよ! どうせおれだって帰りは遅いもん」
この仕事を始めてこの方、はな六が日付の変わらないうちに帰宅したことは一度もない。きっと今夜だってサイトウよりもずっと遅い帰宅になるはず……だったらいいな、と気弱に思った。
結局、その後五本もの仕事が取れた。レオちんオタクに続いてもう一人のリピート客にチェンジを言い渡されて落ち込んだはな六のために、マサユキが新規客を回してくれたからだ。いつもよりも多く稼げたがあまり嬉しくはなかった。マサユキに気を遣わせてしまったという思いが強い。たかが二人の客に嫌われたくらいのことで凹んでしまう、自分のプロ意識のなさに嫌気がさす。
最後の仕事が終わるともう午前三時を回っていた。だがマサユキの所で始発まで待たせて貰う気にはなれず、せっかく余分に稼いだぶんをタクシー代にして帰宅した。
手すりに掴まりながら、二階への急な階段を踏み外さないように一段一段慎重に昇っていく。こんな時に限って、サイトウの雷のように響くイビキが聞こえず、廊下の突き当り、トイレに明かりが点っている。抜き足差し足で台所に忍び込み、電気も点けずに冷蔵庫を開けた。天然水のペットボトルが冷えていて、しかも握力のないはな六のために蓋がゆるめてあった。
(茶の間の隅で寝ようかな。シャワーは昼に起きてから浴びることにして……)
一息で半分飲んでしまい、ボトルに蓋をして冷蔵庫に戻し振り返ると、闇の中に骸骨がニヤリと笑っていたので、はな六は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
「電気も点けずに何してんでや」
サイトウはクククケケケと喉の奥で何かを転がすように笑った。
「それはこっちのセリフだよぉ」
「お前さん、髪ぃ切ったんきゃ」
サイトウははな六の腰を捕まえ、後頭部を撫でたり髪に手櫛を通したりした。
「可愛いじゃねぇか、あァ? もっとよく見せてみなァ」
サイトウの闇より深くどす黒い目で見下ろされると、はな六のボディは蛇に睨まれたカエルのように動かなくなる。いや、蛇に睨まれたカエルはあくまではな六の魂であって、レッカ・レッカは期待に胸を高鳴らせているし、だらしなく涎を垂らすようにお飾りから粘液を垂らし始める。実に破廉恥極まりない。
「ケケケ、座敷犬みちょうで可愛いなァ」
「犬!?」
せっかくクマともタヌキともにつかないぽんぽこりんからエチエチなセクサロイドになったというのに、今度はまさかの犬扱い。
「サイトウにはおれが犬に見えているの?」
「もののたとえってヤツだよ。ちゃんとオンナに見えらぁ」
「それも、もののたとえってヤツですか」
やっぱりサイトウの目はおかしい。この逞しいボディが女に見えるなど。
「それは真実だろ。お前さんは、俺様のオンナだ。あぁー、可愛い可愛い」
サイトウははな六を熱い腕の中に抱き寄せると、はな六の上唇をぺろぺろと舐めた。
「サイトウの息、変な臭い!」
「あ? 酒だんべ。はな六ぅ、セックスするべぇよ」
「んっ、お家賃ならお金で払いますっ。ちゃんと今日、稼いで来たんでぇ……ぇっ……あぁ!」
喋るために開いた口の中に、サイトウの舌が割って入って、上唇の裏側をちろちろ舐める。たちまち腰が砕けて立っていられなくなる。サイトウの口は大胆にはな六の口にむしゃぶりついて、はな六の舌をじゅるりと吸い上げた。互いの唾液が口内に溢れて、はな六は溺れそうになる。せっかくの新しい服も下着も、お飾りから溢れた粘液でぐしょぐしょになってしまった。サイトウは口を一旦離し、そしてはな六の耳の穴に唇を押し当てて囁いた。
「金なんかもうどうでもいいんだよぉ。俺らの愛の営みってヤツだ。よぉ、しようぜ、はな六ぅ」
骨と皮ばかりなのに力強い腕に腰をしっかりと捕まえられて、足の爪先がカクカクと震えた。脚の間では業の深いお飾りが粘液にまみれてびくん、びくんと痙攣している。
(お金では、どうにも出来ない……?)
サイトウとレッカ・レッカにかかっては、どんな契約も無効になってしまうのだろうか?
(あーあ、おれはこんな性格だから……他人からちやほやされていないとすぐにヘソが曲がるから、何事も上手くいかないんだぞ)
ダメだと思っても思考はどんどんネガティブになっていく。クマともタヌキともつかないぽんぽこりんのボディから美人なセクサロイドになっても、はな六ははな六、いじけ虫な性格は昔のままだ。
(このまま稼げなくなったらどうしよう……)
自分の部屋を借りてサイトウのもとから独立するという、当座の目的を達成するどころではない。もしも失業してしまったら、残債と何かと金のかかるポンコツボディだけを抱えて、どうやって生きていけばいいのか。アンドロイドがどうしても自力で生きていけなくなった場合……噂によれば、行き場を失った魂は世界アンドロイド機構に回収されるらしい。そして休眠状態でただ審査を待つ。生かされるか、そのまま廃棄処分になるかの審査だ。アンドロイドの数は世界の全人口の三割と決められているので、多く存在し過ぎれば当然処分される。処分対象第一位は魂が寿命の百二十年に近づき消耗の激しい者で、次が行きだおれて身寄りのない者だという。
(だがそれはあくまで噂だ。今はアンドロイド人権団体がある。団体はあの時だっておれを守ってくれたじゃないか)
道端にしゃがみこんだはな六に、往来する人々は誰も注意を向けなかった。心細いが、視線が低くなると少し気持ちが和らぐ。以前のボディに近い視線の高さは、見えない範囲が多いけれども、慣れているせいか安心感がある。そんなことを考えていると、上着のポケットの中で携帯端末が震えた。ナカヤマか、それともマサユキだろうか。だが端末を取り出してみればサイトウからの着信だった。
「はい、なんか用?」
はな六はぞんざいに電話に出たが、サイトウは気にする様子もなく、やかましいがらがら声で喋りだした。
『あー俺よぉ、今、商工会の集まりで出てっから。帰って来て誰もいなくても心配すんなや。オメェ、合鍵は持って出たよな? そうすれば、一人で寂しいかもしれねぇが、ちゃんといい子で待ってるんだぞ。布団はもう敷いてあるし、風呂もお湯張ってあっからよ。水は天然水のボトルが冷蔵庫に冷えてっから好きに飲めや。そんじゃあの』
「あっ、サイトウ!」
サイトウは一方的に捲し立てて通話を切った。はな六は反射的にリダイヤルした。
『ケケケ、何だよ』
すぐに出たサイトウの声を聴くと、はな六は別に何でもないと言った。
(本当に何も言うことなんかないのに、おれは何をやっているんだか)
『どーしたぃ、そんな悲しそうな声だして』
「別に、本当に何でもないよ」
『何だよ、淋しいんきゃ?』
「そんなことないよ! どうせおれだって帰りは遅いもん」
この仕事を始めてこの方、はな六が日付の変わらないうちに帰宅したことは一度もない。きっと今夜だってサイトウよりもずっと遅い帰宅になるはず……だったらいいな、と気弱に思った。
結局、その後五本もの仕事が取れた。レオちんオタクに続いてもう一人のリピート客にチェンジを言い渡されて落ち込んだはな六のために、マサユキが新規客を回してくれたからだ。いつもよりも多く稼げたがあまり嬉しくはなかった。マサユキに気を遣わせてしまったという思いが強い。たかが二人の客に嫌われたくらいのことで凹んでしまう、自分のプロ意識のなさに嫌気がさす。
最後の仕事が終わるともう午前三時を回っていた。だがマサユキの所で始発まで待たせて貰う気にはなれず、せっかく余分に稼いだぶんをタクシー代にして帰宅した。
手すりに掴まりながら、二階への急な階段を踏み外さないように一段一段慎重に昇っていく。こんな時に限って、サイトウの雷のように響くイビキが聞こえず、廊下の突き当り、トイレに明かりが点っている。抜き足差し足で台所に忍び込み、電気も点けずに冷蔵庫を開けた。天然水のペットボトルが冷えていて、しかも握力のないはな六のために蓋がゆるめてあった。
(茶の間の隅で寝ようかな。シャワーは昼に起きてから浴びることにして……)
一息で半分飲んでしまい、ボトルに蓋をして冷蔵庫に戻し振り返ると、闇の中に骸骨がニヤリと笑っていたので、はな六は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
「電気も点けずに何してんでや」
サイトウはクククケケケと喉の奥で何かを転がすように笑った。
「それはこっちのセリフだよぉ」
「お前さん、髪ぃ切ったんきゃ」
サイトウははな六の腰を捕まえ、後頭部を撫でたり髪に手櫛を通したりした。
「可愛いじゃねぇか、あァ? もっとよく見せてみなァ」
サイトウの闇より深くどす黒い目で見下ろされると、はな六のボディは蛇に睨まれたカエルのように動かなくなる。いや、蛇に睨まれたカエルはあくまではな六の魂であって、レッカ・レッカは期待に胸を高鳴らせているし、だらしなく涎を垂らすようにお飾りから粘液を垂らし始める。実に破廉恥極まりない。
「ケケケ、座敷犬みちょうで可愛いなァ」
「犬!?」
せっかくクマともタヌキともにつかないぽんぽこりんからエチエチなセクサロイドになったというのに、今度はまさかの犬扱い。
「サイトウにはおれが犬に見えているの?」
「もののたとえってヤツだよ。ちゃんとオンナに見えらぁ」
「それも、もののたとえってヤツですか」
やっぱりサイトウの目はおかしい。この逞しいボディが女に見えるなど。
「それは真実だろ。お前さんは、俺様のオンナだ。あぁー、可愛い可愛い」
サイトウははな六を熱い腕の中に抱き寄せると、はな六の上唇をぺろぺろと舐めた。
「サイトウの息、変な臭い!」
「あ? 酒だんべ。はな六ぅ、セックスするべぇよ」
「んっ、お家賃ならお金で払いますっ。ちゃんと今日、稼いで来たんでぇ……ぇっ……あぁ!」
喋るために開いた口の中に、サイトウの舌が割って入って、上唇の裏側をちろちろ舐める。たちまち腰が砕けて立っていられなくなる。サイトウの口は大胆にはな六の口にむしゃぶりついて、はな六の舌をじゅるりと吸い上げた。互いの唾液が口内に溢れて、はな六は溺れそうになる。せっかくの新しい服も下着も、お飾りから溢れた粘液でぐしょぐしょになってしまった。サイトウは口を一旦離し、そしてはな六の耳の穴に唇を押し当てて囁いた。
「金なんかもうどうでもいいんだよぉ。俺らの愛の営みってヤツだ。よぉ、しようぜ、はな六ぅ」
骨と皮ばかりなのに力強い腕に腰をしっかりと捕まえられて、足の爪先がカクカクと震えた。脚の間では業の深いお飾りが粘液にまみれてびくん、びくんと痙攣している。
(お金では、どうにも出来ない……?)
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