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●なんか父がすごいことをやっている。

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 兄はおチビちゃんのエコー写真を僕に見せてくれた。最初はほとんどただの丸。頭と胴体に短い四肢のくっついたぬいぐるみみたいな形。そして、小さいながら人の形に成長した姿。
「赤ん坊の癖に、寝返りを打つ時の仕草がおっさんそのものなんだ」
 そう語る兄の表情は、掌にアマガエルを閉じ込めて「活きがいいなぁ」と呟いた時と同じ。生き物が大好きなお兄さんは、降って湧いた命をつかまえて、誰にも内緒で大切に育んでいただけなんだ。
「すまん、言っても困らすだけだと勝手に思ってた。けど、お前はちゃんと父親の務めを果たしたいとか、責任感あって」
 謝らなければならないのは僕の方だ。僕が頼りないせいで、お兄さんに全部抱え込ませてしまった。気付く機会なら何度でもあったのに、気付かなかった。いや、心の奥では何かを勘づいていたのに、知るのを恐れて逃げていた。
 今日貰ったばかりでさらな母子手帳に、兄は写真を挟み込んだ。
「その写真、感熱紙ですから、後で写真屋さんでちゃんとプリントしてもらいましょう。ずっと残せるように」
 兄は無言で頷いた。
 僕は兄の肩を抱いた。逞しくて広い背中。でも今では僕の方がずっと大きい。いつまでも兄に甘えてばかりではダメだ。僕は兄を支えられる男になりたい。いや、なるんだ。
 
「なんか親父がすごいことやってる」
 トイレから戻った兄が言った。
「すごいことってなんですか?」
「見ればわかる」
 僕は兄の後に着いて茶の間に入った。父は炬燵に当たりながら黙々と手を動かしていた。テーブルの上は紙と工作用具で散らかっている。父の手元を覗いてみれば、ケーキの空き箱の改造に勤しんでいた。
 箱の中は千代紙で綺麗に内張りが施され、中央部分には揺り篭のような二重底が作られている。どうやら副葬品におチビちゃんが埋もれないための工夫らしい。
 父は箱の蓋を完成させると、今度は折り紙を折り始めた。やっこさんや動物などを次々拵えていく。母が「もう夕飯だよ!」と怒り出す頃には、すごい数のしもべ達が出来上がって、紙風船や吹くとカメレオンの舌のようにピョローっと伸びる玩具と共に箱にぎっしり詰められた。
「すげえな」
「兵馬俑とノアの方舟を悪魔合体させたような何かですね」
「お父さんがこんなジジ馬鹿になるなんて」
 家族が唖然として見守る中、父はおチビちゃんを味気ない段ボールから豪華過ぎる棺の中に移した。
「これで淋しくねえだろ。そのうちじいちゃんがお前んとこ行って、遊び相手になってやるからな、仁美ひとみよ」
 名前は祖父に勝手につけられた。お骨も本家の墓に入れると祖父が言うのを父が拒否して、既に建ててあるという父の墓に入れることになった。という訳で、仁美の名は、この家族の一員として、墓碑に刻まれることになった。
 夜遅く、茶の間に忍び込むと、仁美の棺が乗ったテーブルの横に父が寝ていた。初孫が可愛くて仕方ないんだ。
 僕はそーっと棺の蓋を開けた。兄に言わせれば、僕そっくりの寝顔。僕の小さな娘。掌にすっぽり収まるほど小さい。正直、僕はまだ実感が湧かない。ずっとすぐ側にいたのに、気づかなくてごめんね。
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