55 / 86
●兄の手料理。
しおりを挟む
玄関に入ると、野菜の煮えるいい匂い。タマネギとじゃがいも。今日はカレーかな? でもにんじんの匂いがしないな。さてはハヤシライス? と、わくわくしながら階段を中程まで昇ったところで酒と醤油の匂いが漂ってきて、がっかりする。なんだぁ、肉じゃがか。ところが、
「おかえり」
「えーっ!?」
台所に立っていたのは兄だった。
「お母さんは」
「ママ友新年会だってよ」
そういえば今朝、母はそんなことを言っていた。
兄は野菜と肉の上に蓋をするように、細かく切った白滝をどっさり載せた。兄が料理するのを、僕は初めて見た。普段、兄は母の手伝いさえしないのに。
「あとは火が通って、じゃがいもの表面がちょっと煮崩れるのを待つだけ」
兄は寒そうに腕を組んだ。褞袍を着込んでいるのに素足なのは、身体を温め過ぎると咳が出るかららしい。近頃、兄はあまり体調がよくなさそうだ。酒と煙草を止めたら却って具合が悪くなるなど。長らく不摂生が常態だったから、急に健康的生活に切り替えたら身体がびっくりしたんだろうと、兄は言うけれど。
「お兄さん、料理なんて出来たんですね」
「まぁな」
どこで覚えてきたのだろう。学校の調理実習? 兄がエプロンと三角巾を身につけて真面目に実習していたら、面白すぎる。
「高校時代、誓二さんとこに居候してた時に覚えた」
「えぇっ」
それは聞き捨てならない! よりによってあの、なんか大人で凄すぎてムカつく人のために、兄が料理をしていたなんて。
「つっても見様見真似だ。アケちゃんが作ってんのを見て覚えた。味付けは醤油と酒だけなんだが、それだけで美味いんだ。素材の味が活きるというか」
「へぇ」
アケちゃん……暁美さん。誓二さんの婚約者だった人だ。僕は名前を聞いたことがあるだけで、直接面識はない。数年前に交通事故で亡くなったと聞いた。
暁美さんが作るのを見て覚えた、ということは、誓二さんが婚約者と同棲していたところに兄は転がり込んでいたということだ。ずいぶん豪胆なことをするなぁと呆れてしまう。と同時にホッとする。それならきっと、兄は誓二さんとは何も無かったのだろう。
夕飯は僕と兄の二人きりだ。ご飯と味噌汁と肉じゃがと沢庵という、簡素なメニュー。だが、
「お兄さん、食べないんですか」
兄の前に置いてあるのは肉じゃがの鉢だけで、しかも一向に箸をつける様子がない。
「もう少し冷めたら食う」
寒そうに震えているのに、温かいものは要らないとは。この間、牡蠣に中ってから、ますますおかしい気がする。そもそも、身体が丈夫な兄が食中毒になるなど。
おかしいと思って見るから、何でも不審に見えるのだろうか。急に、兄の頬が痩け、肌色は青白く、目が落ち窪んでいるように見えてきた。
「遠慮しねぇで先に食いな」
「では、いただきます……」
僕は兄お手製の肉じゃがを頬張った。タマネギが沢山入っているので、砂糖も味醂も入っていないのに甘い。じゃがいもがほくほくとして、とても美味しい!
ふと顔を上げると、兄はやっと肉じゃがに箸をつけ始めたところだった。
え?
今まで気付かなかった。兄の首筋の痣が大きくなっている。血のように赤い。まるで椿が花開いたようだ。
「おかえり」
「えーっ!?」
台所に立っていたのは兄だった。
「お母さんは」
「ママ友新年会だってよ」
そういえば今朝、母はそんなことを言っていた。
兄は野菜と肉の上に蓋をするように、細かく切った白滝をどっさり載せた。兄が料理するのを、僕は初めて見た。普段、兄は母の手伝いさえしないのに。
「あとは火が通って、じゃがいもの表面がちょっと煮崩れるのを待つだけ」
兄は寒そうに腕を組んだ。褞袍を着込んでいるのに素足なのは、身体を温め過ぎると咳が出るかららしい。近頃、兄はあまり体調がよくなさそうだ。酒と煙草を止めたら却って具合が悪くなるなど。長らく不摂生が常態だったから、急に健康的生活に切り替えたら身体がびっくりしたんだろうと、兄は言うけれど。
「お兄さん、料理なんて出来たんですね」
「まぁな」
どこで覚えてきたのだろう。学校の調理実習? 兄がエプロンと三角巾を身につけて真面目に実習していたら、面白すぎる。
「高校時代、誓二さんとこに居候してた時に覚えた」
「えぇっ」
それは聞き捨てならない! よりによってあの、なんか大人で凄すぎてムカつく人のために、兄が料理をしていたなんて。
「つっても見様見真似だ。アケちゃんが作ってんのを見て覚えた。味付けは醤油と酒だけなんだが、それだけで美味いんだ。素材の味が活きるというか」
「へぇ」
アケちゃん……暁美さん。誓二さんの婚約者だった人だ。僕は名前を聞いたことがあるだけで、直接面識はない。数年前に交通事故で亡くなったと聞いた。
暁美さんが作るのを見て覚えた、ということは、誓二さんが婚約者と同棲していたところに兄は転がり込んでいたということだ。ずいぶん豪胆なことをするなぁと呆れてしまう。と同時にホッとする。それならきっと、兄は誓二さんとは何も無かったのだろう。
夕飯は僕と兄の二人きりだ。ご飯と味噌汁と肉じゃがと沢庵という、簡素なメニュー。だが、
「お兄さん、食べないんですか」
兄の前に置いてあるのは肉じゃがの鉢だけで、しかも一向に箸をつける様子がない。
「もう少し冷めたら食う」
寒そうに震えているのに、温かいものは要らないとは。この間、牡蠣に中ってから、ますますおかしい気がする。そもそも、身体が丈夫な兄が食中毒になるなど。
おかしいと思って見るから、何でも不審に見えるのだろうか。急に、兄の頬が痩け、肌色は青白く、目が落ち窪んでいるように見えてきた。
「遠慮しねぇで先に食いな」
「では、いただきます……」
僕は兄お手製の肉じゃがを頬張った。タマネギが沢山入っているので、砂糖も味醂も入っていないのに甘い。じゃがいもがほくほくとして、とても美味しい!
ふと顔を上げると、兄はやっと肉じゃがに箸をつけ始めたところだった。
え?
今まで気付かなかった。兄の首筋の痣が大きくなっている。血のように赤い。まるで椿が花開いたようだ。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子
葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。
幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。
一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。
やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。
※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。
遠い海に消える。
中原涼
BL
(攻)会社経営×(受)大学生
中学生の夏、実の兄(α)と身体を重ねてしまった過ちを忘れらずにいる北村光(Ω)は、以降兄の聖とは疎遠であった。
しかし、光が二十歳を迎えると、女手一つで二人の息子を育てていた母の再婚が決まる。
大学生の光は、会社を営む兄と同居する事となってしまい……。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
鏡の中の娼年 ~不幸で性格の悪い俺が、スパダリの親友に溺愛されるようになるまでの話~
たまゆらりん
BL
【“美しければ、幸せになれる”………………なんて……、ぬるま湯で育った奴の、クソみてぇな、戯言だよ】◆父親の歪んだ愛で、人生を狂わされた美玲。柊と暁の二人に救われた美しい少年は、愛に悲しみ、愛を知る。一方通行の三角関係。◆《相関図》 暁(一途なスパダリ攻め)→美玲(売り専No.1の性悪メンヘラ受け)→柊(セフレとしか思ってない攻め)◆【陽のあたる場所】のスピンオフです。本編を読まなくても、こちらだけでもお楽しみいただけます。本編とクロスオーバーする場面がございます。◆中編のハピエンです。受けが可哀想な描写が、途中いろいろとありますが、ハピエン保証します。◆更新頻度のバラつき、加筆修正などがあると思いますのでご了承下さい。◆エロはありますが、ストーリー重視です。◆【注意事項】総受け傾向、NTR要素、攻め以外との性行為、愛のない性行為、胸糞、鬱展開、近親相姦、無理矢理、レイプ、モブ姦、暴力、流血表現、虐待、売春、人身売買、風俗、自傷行為、未成年の飲酒や喫煙、違法行為、反社組織……などの描写があります。苦手な方は注意して下さい。◆主要人物以外の、他のカップリングも出てきます。◆虐待描写があります。苦手な方は回避して下さい。◆主に主人公(受け)視点ですが、物語の都合上、途中で視点が変わります。◆何でも許せる人向き◆⚠️この物語に登場する場所、人物、学校名、企業、組織等はすべてフィクションです。◆⚠️未成年の飲酒や喫煙は、法律で禁止されています。また、この話は違法行為を、推奨する話ではありません。◆サブタイトルの横に※印があるのは、性的な描写がある章になりますので、注意して下さい。◆専門的な知識は全くありません。妄想だけで書いているので、色々と間違いがあると思います。◆この小説はpixivでも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる