上 下
54 / 86

○牡蠣食えば……。

しおりを挟む
「あはは違いますって。ただの思いつきで。どこまでやれるか実験的な。つか俺、彼女いねぇし。でも飯食い行くだけなら……」
 通話を終え、携帯を畳む。はぁ。半月以上引き籠っていたら、夜のテンションにアゲていくのが辛い。だが、あんまり人付き合いを疎かにするのもなんなんで、今夜は高志たかしさんの誘いに乗ることにする。夕飯抜いたせいで、丁度小腹が空いてきたことだし。
 もう夜の九時。知玄とものりの野郎はまだ帰って来ねえ。今日はバイト休みだったんに、オーナーに電話で急遽呼び出された。もはや学生バイトの勤務形態じゃねえ。そろそろ親父にチクりを入れた方がいいかもしれん。
 上着を羽織り、ポケットに財布と携帯、そして煙草の代わりにミルク飴を詰め込む。この間、俺が咳をしてたら知玄がこれと同じ飴をくれたんだが、のど飴でもねぇのに結構効くんだ。
 大寒の前日。昼間は晴れていたが、それだけに夜は風が強くて寒かった。スナック『ゆりあ』は物凄く暇で、ママは十時を待たずに店じまいをした。そして高志さんとママと俺の三人で、高志さんの知り合いがやっている創作居酒屋に邪魔することになった。
「今夜のおすすめは?」
 高志さんが店の大将に聞いた。
「新鮮な生牡蠣が入ってるよ」
「おー、いいね。アキ、生牡蠣食ったことあるか」
「いや、ないっすね」
「アキにも食ったことのねぇもんがあるんか」
 高志さんは嬉しそうだ。うちもバブル時代は羽振りがよくて、てっちりとかウニとか色々、珍しいもんを食わしてもらったけど、親父が貝類を好かないせいで、牡蠣は一度も食卓に上ったことがない。俺も自分からは食いたいと思わねぇし。
「お待たせしました」
 各人の目の前にひとつずつ、大ぶりの生牡蠣が差し出された 。高志さんとママはすごいデカイと喜んでいるが、俺はグロいなと思った。
「これ、どうやって食えばいいの」
「ツルッといけツルッと!」
 いやどう見ても固体じゃん。液体を飲むように飲めるかよ。でも高志さんが本当にツルッといったから、俺もかぼすを搾ってツルッといってみた。お、結構いける。
 だが中った……。
 深夜、死ぬほど吐きそう、でも吐かない! と、便所と土間を行ったり来たりしていたら、知玄が帰って来た。
「あれお兄さん、こんな所で何してるんですか」
「牡蠣……中っ……」
 俺は口を手で押さえた。なんか喉元までせり上がってくる。冷や汗と震えが止まらない。「お前こそ、今何時だと思ってんだよ」という一言が言えない。
「えぇっ。我慢しないで全部吐いちゃった方がスッキリしますよ」
 嫌だ、人生で一度も吐いたことない記録に傷をつけたくないっ。
「吐けないんなら僕がお手伝いします。この間、泥酔してた時みたいに」
 どういうこと!? 食中りよりもショックなんだけど! うちひしがれる俺を知玄は便所に引き摺って行き、やめろというのに背中をゴシゴシ擦った。
「怖がらなくていいですよー。僕がついていますからねー」
「ぅ……まじ……ぎもぢわる……っ*****」

 くそう、知玄の野郎め。確かに楽にはなったけれども……。むしゃくしゃしたのでバイトの件を親父にチクると、親父は即オーナーに電話して、元の週三勤務に戻させた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

純白のレゾン

雨水林檎
BL
《日常系BL風味義理親子(もしくは兄弟)な物語》 この関係は出会った時からだと、数えてみればもう十年余。 親子のようにもしくは兄弟のようなささいな理由を含めて、少しの雑音を聴きながら今日も二人でただ生きています。

アルファだけの世界に転生した僕、オメガは王子様の性欲処理のペットにされて

天災
BL
 アルファだけの世界に転生したオメガの僕。  王子様の性欲処理のペットに?

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

遠い海に消える。

中原涼
BL
(攻)会社経営×(受)大学生 中学生の夏、実の兄(α)と身体を重ねてしまった過ちを忘れらずにいる北村光(Ω)は、以降兄の聖とは疎遠であった。 しかし、光が二十歳を迎えると、女手一つで二人の息子を育てていた母の再婚が決まる。 大学生の光は、会社を営む兄と同居する事となってしまい……。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...