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●甲斐性のある男になりたい!
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お正月なのに誰もいないうらぶれた神社で、僕は柏手を打って宣言した。
「僕、甲斐性のある男になります! それが今年、2004年の僕の目標ですっ」
気まずい沈黙のあと、兄は細い眉を八の字に歪めて「はぁ?」と怪訝そうな面持ちで言った。別に褒められたかった訳ではないけれど、そんな反応はちょっと傷付く。
「甲斐性?」
「具体的には、アルバイトをしようと思います。明後日から、コンビニで」
兄は何とも言わず、ただ八の字にした眉の間の縦皺を深くした。
「せっかく大学行かせてもらってんだから、そんなことより勉強しろよ」
「大丈夫です。お父さんの許可はちゃんと取りましたし、勤務先もお父さんのお友達が経営している所です」
兄はうーんと唸り、参道を歩き出した。僕は慌てて兄を追った。公道までの僅かな道程を、僕は兄と手を繋いで歩きたい。
「今年の春から三年生なぁ。それじゃ普通は雇わねんだけど、徳治ちゃんの頼みだし、丁度年末一杯で、四年生の子が辞めたとこだしねぇ」
バイト初日、オーナーは会うなりぼやいた。
「全力で頑張りますので、よろしくお願いします!」
僕は深々と頭を下げた。
人生初のバイトは思ったより好調の滑りだしだった。仕事はすぐに覚えられたし、お客さんも先輩方も新人の僕に優しかった。ところが、
「井田君。明日はいつもの夜勤の子が休むんで、代わりに入ってくれる? 一時まででいいから」
「はい、わかりました」
勤務時間は日に日に長くなっていく。来週のシフト表を見て、思わず「うわぁ」と声が出た。学業に支障の出ないほどにと希望したのに。しかし他の学生バイトも似たり寄ったりのシフトだし、こんなものなのだろうか?
しばらく兄と会話をしていない。夕方は大学から真っ直ぐバイト先に向かう。帰宅すると兄は既に眠っている。僕はそっと兄の隣に潜り込む。壁の方を向いて眠る兄を背中から抱え込み、温もりを感じられるだけ、まだマシだろうか? 眠ったと思えばすぐ朝で、僕は慌てて今日の講義の予習をする。
「手、出して。頑張る新人君にご褒美あげる」
夕勤仲間のパートさんが、僕にミルクキャンディを三つくれた。
「これでもなめて一息入れなよ、じゃないとすぐにへばっちゃうよ」
無理していると思われたのか。自分では、この生活に慣れて来たと思っていたけれど。兄と過ごす時間が激減したのは痛い。だが初志貫徹。兄へのプレゼントくらい、自分で稼いだお金で買えるようになりたい。
帰宅し車を降りたところ、ケホケホと乾いた咳が聴こえた。家と工場の間。昔、自転車置き場だった場所からだ。兄が昔のようにウンコ座りで、しかし煙草を吸う代わりに咳をしていた。
「こんな寒い所で」
「身体、温まるとダメなんだよ」
少し喋っただけで喉に障ったようで、兄は一層激しく咳き込んだ。僕は兄の背中を擦りながらふと思い出し、上着のポケットから飴を取り出して、兄の口に含ませた。間もなく咳は止まった。ホッとするのと同時に、何故だか一日ぶんの疲れがどっと押し寄せてきた。
「知玄」
兄は心配そうな顔で僕を見詰めた。
「お前、大丈夫か? 目の下に隈が出来てんぞ」
風邪引きの兄にまで、心配されるなど……。
「僕、甲斐性のある男になります! それが今年、2004年の僕の目標ですっ」
気まずい沈黙のあと、兄は細い眉を八の字に歪めて「はぁ?」と怪訝そうな面持ちで言った。別に褒められたかった訳ではないけれど、そんな反応はちょっと傷付く。
「甲斐性?」
「具体的には、アルバイトをしようと思います。明後日から、コンビニで」
兄は何とも言わず、ただ八の字にした眉の間の縦皺を深くした。
「せっかく大学行かせてもらってんだから、そんなことより勉強しろよ」
「大丈夫です。お父さんの許可はちゃんと取りましたし、勤務先もお父さんのお友達が経営している所です」
兄はうーんと唸り、参道を歩き出した。僕は慌てて兄を追った。公道までの僅かな道程を、僕は兄と手を繋いで歩きたい。
「今年の春から三年生なぁ。それじゃ普通は雇わねんだけど、徳治ちゃんの頼みだし、丁度年末一杯で、四年生の子が辞めたとこだしねぇ」
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「全力で頑張りますので、よろしくお願いします!」
僕は深々と頭を下げた。
人生初のバイトは思ったより好調の滑りだしだった。仕事はすぐに覚えられたし、お客さんも先輩方も新人の僕に優しかった。ところが、
「井田君。明日はいつもの夜勤の子が休むんで、代わりに入ってくれる? 一時まででいいから」
「はい、わかりました」
勤務時間は日に日に長くなっていく。来週のシフト表を見て、思わず「うわぁ」と声が出た。学業に支障の出ないほどにと希望したのに。しかし他の学生バイトも似たり寄ったりのシフトだし、こんなものなのだろうか?
しばらく兄と会話をしていない。夕方は大学から真っ直ぐバイト先に向かう。帰宅すると兄は既に眠っている。僕はそっと兄の隣に潜り込む。壁の方を向いて眠る兄を背中から抱え込み、温もりを感じられるだけ、まだマシだろうか? 眠ったと思えばすぐ朝で、僕は慌てて今日の講義の予習をする。
「手、出して。頑張る新人君にご褒美あげる」
夕勤仲間のパートさんが、僕にミルクキャンディを三つくれた。
「これでもなめて一息入れなよ、じゃないとすぐにへばっちゃうよ」
無理していると思われたのか。自分では、この生活に慣れて来たと思っていたけれど。兄と過ごす時間が激減したのは痛い。だが初志貫徹。兄へのプレゼントくらい、自分で稼いだお金で買えるようになりたい。
帰宅し車を降りたところ、ケホケホと乾いた咳が聴こえた。家と工場の間。昔、自転車置き場だった場所からだ。兄が昔のようにウンコ座りで、しかし煙草を吸う代わりに咳をしていた。
「こんな寒い所で」
「身体、温まるとダメなんだよ」
少し喋っただけで喉に障ったようで、兄は一層激しく咳き込んだ。僕は兄の背中を擦りながらふと思い出し、上着のポケットから飴を取り出して、兄の口に含ませた。間もなく咳は止まった。ホッとするのと同時に、何故だか一日ぶんの疲れがどっと押し寄せてきた。
「知玄」
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