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血と涙
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「ここか。ふざけたもの作りやがって……」
木々に囲まれた山道で、賢一はひとり毒づいていた。
彼の目の前には、黒く四角い建物がある。地図にて指定された場所だ。高さは、四階建てのビルと同じくらいか。広さは、市営の体育館ほどか。数百単位のコンサートなら開けそうである。壁は全面が黒く塗り潰されており、肉眼では隙間は見当たらない。ただ、ドアらしき部分はある。異様な外観であった。
もっとも、外観など賢一の知ったことではない。ずかずか近づいていき、ドアの取っ手を掴む。
直後、一気に剥ぎ取った──
扉は、布切れか何かのように軽々と吹っ飛ぶ。賢一は入って行き、中を見回した。暗いが、人の匂いがする。それも複数だ。しかし、それ以外のデータが入って来ない。闇は異常に濃く、獣の目でも先が見通せないのだ。しかも、鼻も上手く使えていない。
普段なら、相手の人数や強さなどといったデータが、匂いを通して入って来るはずだった。ところが今は、奇妙な煙の匂いが立ちこめている。恐らくは、何らかの薬効がある植物を燃やしたのだろう。その煙のせいで、鼻が上手く利かない。
賢一は顔をしかめながらも、さらに奥へと足を踏み入れる。通路はかなり大きい。肉眼では確認できないが、道幅は三メートルから四メートルはありそうだ。天井も高い。
そんな通路を、賢一は進んでいく。彼は焦っていた。この建物に到着した瞬間から、嫌な予感がしていた。真理絵に、命の危機が迫っている……その予感が、賢一から警戒心や慎重さを奪っていた。
早足で、真っすぐ進んでいく。だが。すぐに行き止まりにぶつかった。舌打ちし、右を向いた。こちらには、通路が続いているようだ。右方向に進路を変えた時だった。
不意に明かりがついた。ほぼ同時に、凄まじい衝撃が襲う──
腹をもぎ取られるような一撃だ。銃弾というより、小型のミサイルにも等しい威力であった。しかも、完全な不意打ちである。さすがの賢一も耐えきれず、後ろに吹っ飛んでいく。壁に背中をつける形で、撃った者を睨みつけた。
「どしたあ? 痛いか!」
狂ったような叫び声が響く。そこにいたのはキリー・キャラダインであった。スーツ姿で、大型のライフルを構えている。その隣にいるのは、ジェニー島田だ。こちらは、黒いレザージャケット姿である。
「どうだ! こいつは、対戦車用の装甲貫通弾使用ライフルだぜ! てめえを殺すために特注したんだよ! 死ね! くたばれ! 地獄へ行け!」
早口で喚きながら、さらに銃を撃ち続ける。賢一は強力な銃弾を受け、またしても倒れた。
「ひゃっひゃっひゃっひゃ! ざまあみろ!」
げらげら笑いながら、なおもトリガーを引く。弾丸は、狙い違わず賢一へと命中する。
だが、賢一は起き上がった。激痛をものともせず、大股で歩き間合いを詰めていく。接近していく間に、受けた傷が次々とふさがっていった。弾丸が押し出され、弾痕を肉が覆っていく。
この異様な現象を見て、キリーの顔が恐怖で歪んだ。さらにライフルのトリガーを引くが、カチカチと音が鳴るだけだった。弾丸が切れたのだ。彼は慌てて、弾丸を込め直そうとする。
だが、賢一がそんな暇を与えるはずがない。間合いを詰め、腕をブンと振るう──
一撃で、キリーの体は吹っ飛ばされた。壁に叩きつけられ、べチャリと潰れる。彼は、痛みを感じる間もなく死亡した。残ったのは、原型を留めぬ肉塊だ。
だが、賢一はキリーの死体など見ようともしない。恐ろしい形相でジェニーの方を向いた。
「真理絵はどこだ? 正直にいえば、命だけは助けてやる」
賢一の言葉に、ジェニーはニヤリと笑う。
「この下の階にいるよ。一本道だから、バカでも辿りつける。早く行かなきゃ、死んじゃうかもね……あとは、自分の目で確かめてみな」
「ああ、そうさせてもらう。だから、とっとと消えろ」
そう言うと、賢一は背を向け歩み去ろうとした。直後、背後から何かが突き刺さる──
焦りと慢心……その二つが、賢一の心に隙を産み出していた。今までなら、女を仕留めてから先に進んでいたはずだ。
しかし、真理絵を思う気持ちが彼を急き立ていた。さらに己に対する自信が過信となり、警戒が疎かになっていたのだ。
賢一は顔をしかめ、振り返った。チクリとした痛みはあるが、何のダメージもない。ただただ、腹が立った。振り返ると同時に、ジェニーの顔面に拳を叩き込む。彼女は吹っ飛び、キリーと同じくトマトのように潰れた。
顔をしかめながら、賢一は刺さったものを抜く。巨大な注射器だ。恐らく、大型獣に薬を注入するためのものだろう。中は空である。刺すと同時に、薬品を注入したのか。
直後、賢一の体が重くなった。大量の麻酔薬を、一気に打ち込まれたらしい。視界も霞んできた。
賢一は必死の形相で耐え、どうにか歩き出す。ここで寝ているわけにはいかないのだ。よろよろと、前に進んで行く。やがて、階段へと到着した。重い体を引きずりながら、どうにか階段を降りていく。
ようやく地下へと降り立った。地上階よりも、さらに広い。天井も高く、十メートル以上はあるだろう。地下トンネル並の大きさの通路だ。明かりはついているが、上と同じく煙の匂いが濃い。
体の重さを感じつつも、賢一は必死で歩いていく。その時、何者かの気配を感じた。横から、何かが突っ込で来る。異様な速度だ──
はっと思った時には手遅れだった。麻酔薬のせいで、反応が鈍くなっていたのだ。鋭い痛みが走る。
直後に、ボトリと鈍い音がした。床を見ると、賢一の左腕が床に落ちていた。どんな刃物だろうが、傷ひとつ付けられないはずの超獣の肉体のはずなのに。
賢一は反射的に、残った右腕をブンと振った。だが、襲撃者は飛び退き攻撃を躱す。
次の瞬間、賢一の傷口から大量の血液が流れる。同時に凄まじい痛みが走る。この世に復活して以来、もっとも強く感じる痛みだ。思わず呻き声を上げた。
その激痛が、麻酔薬の効果を消し去った。どうにか体が動くようになる。顔をしかめながら、新手の敵を睨んだ。
「てめえら、また来やがったのか!」
そこにいたのは、日本刀を構えた権藤だった。羽織袴にたすき掛けの姿で、賢一を見つめている。さらに通路の端には、三味線を抱えた老婆もいた。
前に会った連中だが、格段に強くなっている。少なくとも、前回は賢一を傷つけることすら出来なかったのに。
なぜだ!?
混乱する賢一に向かい、権藤は怒鳴った。
「お前を斬るために用意した斬魔刀! 今日こそ、存分に振るわせてもらうぞ!」
「ざけんな! てめえと遊んでる暇はねえんだよ!」
吠える賢一。だが権藤はお構い無しだ。とどめを刺すべく、一瞬のうちに接近する──
素早く飛び退き、間合いを離そうとした。しかし、そこで三味線の音が響き渡る。音は賢一の聴覚を貫き、脳をえぐってきた……それは、銃や刀による直接的な痛みとは違うタイプの苦痛だ。
賢一は顔をしかめながら、切り落とされた腕を拾い上げた。と同時に、老婆めがけ投げつける──
老婆は、とっさに手にした三味線で防いだ。三味線は砕け、音は消える。だが、老婆は怯まない。バチを構え、再び間合いを詰めてくる。老人、いや人間とは思えないタフさだ。老婆の皮を被った妖怪のようである。
その刹那、権藤の刀が襲う。かろうじて避けたものの、その一撃は背中の肉を切り裂いた。痛みで顔を歪め、地面を転がり間合いを離す。血が失われていくと同時に、己の力も失われていく。自身が弱体しているのを、はっきりと感じていた。
二人はなおも、両側からじりじりと迫ってくる。賢一は奥歯を噛みしめた。これ以上、時間はかけたくない。
こうなったら、奥の手を使うしかない。
「仕方ねえなあ。俺の野性、見せてやるぜ! 行け、お前ら!」
叫んだ直後、賢一の体が変化する。筋肉が肥大化したかと思うと、次の瞬間には粘土のような不定形のものへと変わる。権藤も老婆も、想定外の事態に唖然となり動きが止まる。
そんな中、賢一の肉体はなおも変化する。零コンマ何秒かの間に、体から何かが飛び出した──
それは虎だった。二メートルを超える巨体で、体毛は白い。雄牛ほどの大きさの白虎が賢一の体より出現し、その場に降り立ったのだ。
しかも、そこで終わりではなかった。さらに賢一の背中からは、猛禽の頭が出て来ている。鋭い目と刃物のような嘴を持つ顔、続けて翼が現れ、最後には尾羽……大きな鷹が、床の上に舞い降りた。
突如として現れた白虎と鷹……あまりのことに意表を突かれ、権藤と老婆は顔を歪めて立ち止まる。
その隙を逃す賢一ではなかった。
「後は任せたぞ! そいつらを殺せ!」
叫ぶと同時に、賢一は二人を無視し走り抜ける。
「貴様! 逃がさんぞ!」
権藤が吠え、老婆が三味線のバチを投げつける。バチは、賢一の背中に突き刺さった。激痛が走り、賢一は転倒する。だが、賢一は痛みを無視してバチを抜いた。その場に放り投げ、再び立ち上がる。
と同時に白虎は地を駆け、老婆へと襲いかかった。老婆は身構えるも、この巨獣が相手では成す術がない。
白虎は、前足を振り上げる。老婆は、とっさに床を転がり躱した。だが、次の一撃は避けられない。強力な前足が振り下ろされ、一瞬で体を潰される。ぐちゃりという音が響き、老婆は即死した。しかし、白虎の攻撃はなおも続く。口を開け。牙で肉を咬みちぎる。
白虎は、老婆を食らってしまった──
一方、鷹は宙を舞い、権藤へと襲いかかる。しかし、彼の反応は速い。攻撃を避けると、斬魔刀を振りかざし鷹に斬りつける。鷹は素早い動きで上昇し、権藤の太刀を躱した。ありえない状況だ。本来、この大きさの鳥が飛ぶには助走が必要である。にもかかわらず、鷹は重力を無視して悠々と飛んでいるのだ。
権藤は、ぎりりと奥歯を噛みしめ鷹を睨む。それは、してはならない過ちであった。
次の瞬間、彼の背後から白虎が襲いかかる。白虎は権藤にのしかかり、首を咬みちぎった。
白虎と鷹は、倒れた権藤の屍肉を食らう──
賢一は深い傷を負いながらも、どうにか奥へと進んでいく。やがて、頑丈そうなドアに突き当たった。
手を伸ばし、ドアを開ける。その時だった。
「さあ、入って来たまえ」
部屋の中から、落ち着いた声が聞こえてきた。賢一は顔を歪めながらも、慎重に入っていく。
暗くて、何も見えない。その上、この部屋にも何かを燻したような匂いが漂っている。通路よりも、さらに濃い。そのため、嗅覚が完全に殺されている。
賢一は焦った。このままでは、真理絵がどうなるか……。
「南条! 真理絵は関係ないはずだ! 殺したいのは俺だろう! さっさと出てきやがれ!」
吠える賢一。その時、背後で扉の閉まる音がした。
直後、風景は一変する。
一瞬にして、明るくなった広い室内。そこは白い金属の壁に囲まれており、ソファーやテーブルなどがおかれている。天井は高く、ライトは異様に明るい。
そんな部屋の中央には、南条が立っていた。白いスーツ姿で、うやうやしく一礼する。だが、賢一の視界に彼は入っていなかった。
彼の目が捉えていたもの……向こう側の壁に、真理絵が逆さまの状態で貼り付けにされていたのだ。腕の静脈には透明の管が刺さり、血液がぽたぽた流れている。その血液は、ガラス瓶の中に溜まっていた。今や、かなりの量だ。
このままでは、出血多量で死んでしまう──
「ま、真理絵!」
叫びながら、賢一は走った。その時、南条が拳銃を抜く。
直後、銃声が轟く。それも、立て続けに数発──
賢一の体に激痛が走り、どうと倒れた。
「ク、クソがぁ……」
流れる血を見つめ、呆然と呟く。この程度の怪我など、今までなら数秒あれば治るはずだ。なのに、治る気配がない。痛みも引かないのだ。
それでも、何とか立ち上がろうとする。真理絵だけは助けなくてはならない……このままでは、彼女が死んでしまう。優愛に、母親を連れて来ると約束したのだ。
しかし、またしても銃声が轟いた。それも数回。放たれた銃弾は、正確に賢一の五体を貫く。
痛みのあまり、賢一は呻いた。現世に復活して以来、ここまでの激痛を感じたことはない。
俺の体に、何が起きた?
血を流し倒れている賢一を、南条は冷酷な表情で見つめている。
「君は、体に獣を同居させていたようだがね、そいつらは、外にいる。そのせいで、君は力を発揮できない……違うかい?」
「な、何だと……」
言いながら、賢一は立ち上がろうとする。南条はクスリと笑い、手にした拳銃を撃った。
銃弾が体を貫き、賢一は痛みのあまり呻いた。床に倒れ、ゴフッと咳込む。
その姿を見て、南条は満足げに微笑んだ。
「もう、君の超能力は使えないようだな。その体では、もう何も出来ないだろう。君みたいな男は、嫌いではない。だが、許すことは出来ないな。君のせいで、大切な仲間が死んだ。ただでは殺さないよ。これから、地獄の方がマシという苦しみを味わって死んでもらう」
言いながら、南条は新たな拳銃を抜いた。ゆっくりと近づいていく。
「この先、お願いだから死なせてくれ、と哀願することになるよ」
南条はニヤリと笑い、つかつかと近づいていく。両者の距離は縮まり、手を伸ばせば届く位置だ。
すると賢一は、自身をかばうように手のひらを顔の前にかざした。その様を見て、南条は口元を歪める。
「何の真似だい? 見苦しいなあ」
「残念だったな……俺の中には、もう一匹いたんだよ……」
言った直後、賢一の手のひらから何かが飛び出す。それは魚……いや、ホオジロザメであった。二メートルはあろうかというホオジロザメが、いきなり出現したのだ。南条に襲いかかったかと思うと、首に食らいつく──
まばたきする間もいうちに、南条は胸から上を噛みちぎられる。一瞬で絶命した。
傷ついた体を引きずり、賢一はようやくたどり着いた。吊るされていた真理絵を降ろし、抱きしめる。
真理絵の体は冷たく、意識がない。もはや、命が尽きかけているのだ。
「しっかりしろ!」
賢一は耳元で呼びかける。すると、真理絵は意識を取り戻した。目を開け、力なく微笑む。
「奴を殺ったの?」
「ああ、殺ったよ。もう大丈夫だ」
「そう、良かった……」
言った直後、真理絵の体が崩れ落ちる。
賢一は、慌てて彼女を抱き起こした。自分の復讐に巻き込み、死なせてしまうなど……あってはならないのだ。
「真理絵! しっかりしろ!」
「賢一……最後のお願いがあるの。聞いて……」
今にも消えそうな声で囁き、賢一の手を握る真理絵。だが、その手からは力が全く感じられない。彼女の命の炎は、今にも消えようとしているのだ。
賢一は顔を歪めながら、何度も頷いてみせる。
「な、何だ? 俺は何でもするぞ! お前のためなら、何でもする!」
「あの子を、優愛を助けて。愛してあげて。私の、代わりに……」
「わかった! 約束する! だから、死なないでくれ!」
叫んだ時、賢一の目から涙がこぼれる。すると、真理絵は微笑んだ。
「好きだよ、賢一」
言った直後、真理絵の体から力が抜けていく。賢一は体を震わせ、じっと彼女を見つめていた。
やがて賢一は、真理絵を抱き上げる。よろよろしながらも、扉を開けて外に出た。すると、白虎と鷹が近づいて来る。二匹は、賢一の体に同化した。
すると、肉体に再び力が漲ってきた。先ほどまでの疲労が、一瞬にして消え去る。もっとも、切断された腕はそのままだった。この傷は、もう治らないらしい……。
しかし、そんなことに構っている時ではない。真理絵を抱いたまま、急いで外に出る。
巨大な翼を広げ、空を飛んだ──
木々に囲まれた山道で、賢一はひとり毒づいていた。
彼の目の前には、黒く四角い建物がある。地図にて指定された場所だ。高さは、四階建てのビルと同じくらいか。広さは、市営の体育館ほどか。数百単位のコンサートなら開けそうである。壁は全面が黒く塗り潰されており、肉眼では隙間は見当たらない。ただ、ドアらしき部分はある。異様な外観であった。
もっとも、外観など賢一の知ったことではない。ずかずか近づいていき、ドアの取っ手を掴む。
直後、一気に剥ぎ取った──
扉は、布切れか何かのように軽々と吹っ飛ぶ。賢一は入って行き、中を見回した。暗いが、人の匂いがする。それも複数だ。しかし、それ以外のデータが入って来ない。闇は異常に濃く、獣の目でも先が見通せないのだ。しかも、鼻も上手く使えていない。
普段なら、相手の人数や強さなどといったデータが、匂いを通して入って来るはずだった。ところが今は、奇妙な煙の匂いが立ちこめている。恐らくは、何らかの薬効がある植物を燃やしたのだろう。その煙のせいで、鼻が上手く利かない。
賢一は顔をしかめながらも、さらに奥へと足を踏み入れる。通路はかなり大きい。肉眼では確認できないが、道幅は三メートルから四メートルはありそうだ。天井も高い。
そんな通路を、賢一は進んでいく。彼は焦っていた。この建物に到着した瞬間から、嫌な予感がしていた。真理絵に、命の危機が迫っている……その予感が、賢一から警戒心や慎重さを奪っていた。
早足で、真っすぐ進んでいく。だが。すぐに行き止まりにぶつかった。舌打ちし、右を向いた。こちらには、通路が続いているようだ。右方向に進路を変えた時だった。
不意に明かりがついた。ほぼ同時に、凄まじい衝撃が襲う──
腹をもぎ取られるような一撃だ。銃弾というより、小型のミサイルにも等しい威力であった。しかも、完全な不意打ちである。さすがの賢一も耐えきれず、後ろに吹っ飛んでいく。壁に背中をつける形で、撃った者を睨みつけた。
「どしたあ? 痛いか!」
狂ったような叫び声が響く。そこにいたのはキリー・キャラダインであった。スーツ姿で、大型のライフルを構えている。その隣にいるのは、ジェニー島田だ。こちらは、黒いレザージャケット姿である。
「どうだ! こいつは、対戦車用の装甲貫通弾使用ライフルだぜ! てめえを殺すために特注したんだよ! 死ね! くたばれ! 地獄へ行け!」
早口で喚きながら、さらに銃を撃ち続ける。賢一は強力な銃弾を受け、またしても倒れた。
「ひゃっひゃっひゃっひゃ! ざまあみろ!」
げらげら笑いながら、なおもトリガーを引く。弾丸は、狙い違わず賢一へと命中する。
だが、賢一は起き上がった。激痛をものともせず、大股で歩き間合いを詰めていく。接近していく間に、受けた傷が次々とふさがっていった。弾丸が押し出され、弾痕を肉が覆っていく。
この異様な現象を見て、キリーの顔が恐怖で歪んだ。さらにライフルのトリガーを引くが、カチカチと音が鳴るだけだった。弾丸が切れたのだ。彼は慌てて、弾丸を込め直そうとする。
だが、賢一がそんな暇を与えるはずがない。間合いを詰め、腕をブンと振るう──
一撃で、キリーの体は吹っ飛ばされた。壁に叩きつけられ、べチャリと潰れる。彼は、痛みを感じる間もなく死亡した。残ったのは、原型を留めぬ肉塊だ。
だが、賢一はキリーの死体など見ようともしない。恐ろしい形相でジェニーの方を向いた。
「真理絵はどこだ? 正直にいえば、命だけは助けてやる」
賢一の言葉に、ジェニーはニヤリと笑う。
「この下の階にいるよ。一本道だから、バカでも辿りつける。早く行かなきゃ、死んじゃうかもね……あとは、自分の目で確かめてみな」
「ああ、そうさせてもらう。だから、とっとと消えろ」
そう言うと、賢一は背を向け歩み去ろうとした。直後、背後から何かが突き刺さる──
焦りと慢心……その二つが、賢一の心に隙を産み出していた。今までなら、女を仕留めてから先に進んでいたはずだ。
しかし、真理絵を思う気持ちが彼を急き立ていた。さらに己に対する自信が過信となり、警戒が疎かになっていたのだ。
賢一は顔をしかめ、振り返った。チクリとした痛みはあるが、何のダメージもない。ただただ、腹が立った。振り返ると同時に、ジェニーの顔面に拳を叩き込む。彼女は吹っ飛び、キリーと同じくトマトのように潰れた。
顔をしかめながら、賢一は刺さったものを抜く。巨大な注射器だ。恐らく、大型獣に薬を注入するためのものだろう。中は空である。刺すと同時に、薬品を注入したのか。
直後、賢一の体が重くなった。大量の麻酔薬を、一気に打ち込まれたらしい。視界も霞んできた。
賢一は必死の形相で耐え、どうにか歩き出す。ここで寝ているわけにはいかないのだ。よろよろと、前に進んで行く。やがて、階段へと到着した。重い体を引きずりながら、どうにか階段を降りていく。
ようやく地下へと降り立った。地上階よりも、さらに広い。天井も高く、十メートル以上はあるだろう。地下トンネル並の大きさの通路だ。明かりはついているが、上と同じく煙の匂いが濃い。
体の重さを感じつつも、賢一は必死で歩いていく。その時、何者かの気配を感じた。横から、何かが突っ込で来る。異様な速度だ──
はっと思った時には手遅れだった。麻酔薬のせいで、反応が鈍くなっていたのだ。鋭い痛みが走る。
直後に、ボトリと鈍い音がした。床を見ると、賢一の左腕が床に落ちていた。どんな刃物だろうが、傷ひとつ付けられないはずの超獣の肉体のはずなのに。
賢一は反射的に、残った右腕をブンと振った。だが、襲撃者は飛び退き攻撃を躱す。
次の瞬間、賢一の傷口から大量の血液が流れる。同時に凄まじい痛みが走る。この世に復活して以来、もっとも強く感じる痛みだ。思わず呻き声を上げた。
その激痛が、麻酔薬の効果を消し去った。どうにか体が動くようになる。顔をしかめながら、新手の敵を睨んだ。
「てめえら、また来やがったのか!」
そこにいたのは、日本刀を構えた権藤だった。羽織袴にたすき掛けの姿で、賢一を見つめている。さらに通路の端には、三味線を抱えた老婆もいた。
前に会った連中だが、格段に強くなっている。少なくとも、前回は賢一を傷つけることすら出来なかったのに。
なぜだ!?
混乱する賢一に向かい、権藤は怒鳴った。
「お前を斬るために用意した斬魔刀! 今日こそ、存分に振るわせてもらうぞ!」
「ざけんな! てめえと遊んでる暇はねえんだよ!」
吠える賢一。だが権藤はお構い無しだ。とどめを刺すべく、一瞬のうちに接近する──
素早く飛び退き、間合いを離そうとした。しかし、そこで三味線の音が響き渡る。音は賢一の聴覚を貫き、脳をえぐってきた……それは、銃や刀による直接的な痛みとは違うタイプの苦痛だ。
賢一は顔をしかめながら、切り落とされた腕を拾い上げた。と同時に、老婆めがけ投げつける──
老婆は、とっさに手にした三味線で防いだ。三味線は砕け、音は消える。だが、老婆は怯まない。バチを構え、再び間合いを詰めてくる。老人、いや人間とは思えないタフさだ。老婆の皮を被った妖怪のようである。
その刹那、権藤の刀が襲う。かろうじて避けたものの、その一撃は背中の肉を切り裂いた。痛みで顔を歪め、地面を転がり間合いを離す。血が失われていくと同時に、己の力も失われていく。自身が弱体しているのを、はっきりと感じていた。
二人はなおも、両側からじりじりと迫ってくる。賢一は奥歯を噛みしめた。これ以上、時間はかけたくない。
こうなったら、奥の手を使うしかない。
「仕方ねえなあ。俺の野性、見せてやるぜ! 行け、お前ら!」
叫んだ直後、賢一の体が変化する。筋肉が肥大化したかと思うと、次の瞬間には粘土のような不定形のものへと変わる。権藤も老婆も、想定外の事態に唖然となり動きが止まる。
そんな中、賢一の肉体はなおも変化する。零コンマ何秒かの間に、体から何かが飛び出した──
それは虎だった。二メートルを超える巨体で、体毛は白い。雄牛ほどの大きさの白虎が賢一の体より出現し、その場に降り立ったのだ。
しかも、そこで終わりではなかった。さらに賢一の背中からは、猛禽の頭が出て来ている。鋭い目と刃物のような嘴を持つ顔、続けて翼が現れ、最後には尾羽……大きな鷹が、床の上に舞い降りた。
突如として現れた白虎と鷹……あまりのことに意表を突かれ、権藤と老婆は顔を歪めて立ち止まる。
その隙を逃す賢一ではなかった。
「後は任せたぞ! そいつらを殺せ!」
叫ぶと同時に、賢一は二人を無視し走り抜ける。
「貴様! 逃がさんぞ!」
権藤が吠え、老婆が三味線のバチを投げつける。バチは、賢一の背中に突き刺さった。激痛が走り、賢一は転倒する。だが、賢一は痛みを無視してバチを抜いた。その場に放り投げ、再び立ち上がる。
と同時に白虎は地を駆け、老婆へと襲いかかった。老婆は身構えるも、この巨獣が相手では成す術がない。
白虎は、前足を振り上げる。老婆は、とっさに床を転がり躱した。だが、次の一撃は避けられない。強力な前足が振り下ろされ、一瞬で体を潰される。ぐちゃりという音が響き、老婆は即死した。しかし、白虎の攻撃はなおも続く。口を開け。牙で肉を咬みちぎる。
白虎は、老婆を食らってしまった──
一方、鷹は宙を舞い、権藤へと襲いかかる。しかし、彼の反応は速い。攻撃を避けると、斬魔刀を振りかざし鷹に斬りつける。鷹は素早い動きで上昇し、権藤の太刀を躱した。ありえない状況だ。本来、この大きさの鳥が飛ぶには助走が必要である。にもかかわらず、鷹は重力を無視して悠々と飛んでいるのだ。
権藤は、ぎりりと奥歯を噛みしめ鷹を睨む。それは、してはならない過ちであった。
次の瞬間、彼の背後から白虎が襲いかかる。白虎は権藤にのしかかり、首を咬みちぎった。
白虎と鷹は、倒れた権藤の屍肉を食らう──
賢一は深い傷を負いながらも、どうにか奥へと進んでいく。やがて、頑丈そうなドアに突き当たった。
手を伸ばし、ドアを開ける。その時だった。
「さあ、入って来たまえ」
部屋の中から、落ち着いた声が聞こえてきた。賢一は顔を歪めながらも、慎重に入っていく。
暗くて、何も見えない。その上、この部屋にも何かを燻したような匂いが漂っている。通路よりも、さらに濃い。そのため、嗅覚が完全に殺されている。
賢一は焦った。このままでは、真理絵がどうなるか……。
「南条! 真理絵は関係ないはずだ! 殺したいのは俺だろう! さっさと出てきやがれ!」
吠える賢一。その時、背後で扉の閉まる音がした。
直後、風景は一変する。
一瞬にして、明るくなった広い室内。そこは白い金属の壁に囲まれており、ソファーやテーブルなどがおかれている。天井は高く、ライトは異様に明るい。
そんな部屋の中央には、南条が立っていた。白いスーツ姿で、うやうやしく一礼する。だが、賢一の視界に彼は入っていなかった。
彼の目が捉えていたもの……向こう側の壁に、真理絵が逆さまの状態で貼り付けにされていたのだ。腕の静脈には透明の管が刺さり、血液がぽたぽた流れている。その血液は、ガラス瓶の中に溜まっていた。今や、かなりの量だ。
このままでは、出血多量で死んでしまう──
「ま、真理絵!」
叫びながら、賢一は走った。その時、南条が拳銃を抜く。
直後、銃声が轟く。それも、立て続けに数発──
賢一の体に激痛が走り、どうと倒れた。
「ク、クソがぁ……」
流れる血を見つめ、呆然と呟く。この程度の怪我など、今までなら数秒あれば治るはずだ。なのに、治る気配がない。痛みも引かないのだ。
それでも、何とか立ち上がろうとする。真理絵だけは助けなくてはならない……このままでは、彼女が死んでしまう。優愛に、母親を連れて来ると約束したのだ。
しかし、またしても銃声が轟いた。それも数回。放たれた銃弾は、正確に賢一の五体を貫く。
痛みのあまり、賢一は呻いた。現世に復活して以来、ここまでの激痛を感じたことはない。
俺の体に、何が起きた?
血を流し倒れている賢一を、南条は冷酷な表情で見つめている。
「君は、体に獣を同居させていたようだがね、そいつらは、外にいる。そのせいで、君は力を発揮できない……違うかい?」
「な、何だと……」
言いながら、賢一は立ち上がろうとする。南条はクスリと笑い、手にした拳銃を撃った。
銃弾が体を貫き、賢一は痛みのあまり呻いた。床に倒れ、ゴフッと咳込む。
その姿を見て、南条は満足げに微笑んだ。
「もう、君の超能力は使えないようだな。その体では、もう何も出来ないだろう。君みたいな男は、嫌いではない。だが、許すことは出来ないな。君のせいで、大切な仲間が死んだ。ただでは殺さないよ。これから、地獄の方がマシという苦しみを味わって死んでもらう」
言いながら、南条は新たな拳銃を抜いた。ゆっくりと近づいていく。
「この先、お願いだから死なせてくれ、と哀願することになるよ」
南条はニヤリと笑い、つかつかと近づいていく。両者の距離は縮まり、手を伸ばせば届く位置だ。
すると賢一は、自身をかばうように手のひらを顔の前にかざした。その様を見て、南条は口元を歪める。
「何の真似だい? 見苦しいなあ」
「残念だったな……俺の中には、もう一匹いたんだよ……」
言った直後、賢一の手のひらから何かが飛び出す。それは魚……いや、ホオジロザメであった。二メートルはあろうかというホオジロザメが、いきなり出現したのだ。南条に襲いかかったかと思うと、首に食らいつく──
まばたきする間もいうちに、南条は胸から上を噛みちぎられる。一瞬で絶命した。
傷ついた体を引きずり、賢一はようやくたどり着いた。吊るされていた真理絵を降ろし、抱きしめる。
真理絵の体は冷たく、意識がない。もはや、命が尽きかけているのだ。
「しっかりしろ!」
賢一は耳元で呼びかける。すると、真理絵は意識を取り戻した。目を開け、力なく微笑む。
「奴を殺ったの?」
「ああ、殺ったよ。もう大丈夫だ」
「そう、良かった……」
言った直後、真理絵の体が崩れ落ちる。
賢一は、慌てて彼女を抱き起こした。自分の復讐に巻き込み、死なせてしまうなど……あってはならないのだ。
「真理絵! しっかりしろ!」
「賢一……最後のお願いがあるの。聞いて……」
今にも消えそうな声で囁き、賢一の手を握る真理絵。だが、その手からは力が全く感じられない。彼女の命の炎は、今にも消えようとしているのだ。
賢一は顔を歪めながら、何度も頷いてみせる。
「な、何だ? 俺は何でもするぞ! お前のためなら、何でもする!」
「あの子を、優愛を助けて。愛してあげて。私の、代わりに……」
「わかった! 約束する! だから、死なないでくれ!」
叫んだ時、賢一の目から涙がこぼれる。すると、真理絵は微笑んだ。
「好きだよ、賢一」
言った直後、真理絵の体から力が抜けていく。賢一は体を震わせ、じっと彼女を見つめていた。
やがて賢一は、真理絵を抱き上げる。よろよろしながらも、扉を開けて外に出た。すると、白虎と鷹が近づいて来る。二匹は、賢一の体に同化した。
すると、肉体に再び力が漲ってきた。先ほどまでの疲労が、一瞬にして消え去る。もっとも、切断された腕はそのままだった。この傷は、もう治らないらしい……。
しかし、そんなことに構っている時ではない。真理絵を抱いたまま、急いで外に出る。
巨大な翼を広げ、空を飛んだ──
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