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高田という厄介者
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「ねえ、本当にこれでいいの?」
声をひそめ尋ねる理恵子に、浩市は面倒くさそうな顔で答える。
「いいんだよ。どうせ、あいつだって味わうために来てるんじゃないんだから。これで充分だよ」
小声で言いながら、浩市はミックスフライ定食を作っていく。冷凍食品のフライを温め、炊いてあったご飯とレトルトの味噌汁を並べていく。
そんな浩市を、理恵子は何とも言えない表情を浮かべて見ている。
浩市と理恵子は今、店の厨房にいる。既に田山が客として来ており、カウンター席に着いていた。
田山の注文したミックスフライ定食を作る浩市を、理恵子は黙って見ている。ややあって、彼女は口を開いた。
「健人さんはね、料理に関しては手を抜かなかった。そこだけは、尊敬できたよ」
「そうかもしれないな」
浩市は頷いた。詳しくは知らないが、父は味にはこだわっていたらしい。仕込みにも時間をかけていた。一時とはいえ店が繁盛していたのも、その味に対するこだわり故だろう。もっとも、一番の大きな理由は大きな工場があったことだが……。
そんなことを考えていた浩市だったが、続いての言葉は聴き逃がせなかった。
「そうだよ。でなけりゃ、好きになったりしなかった」
冷たい口調で、理恵子は言った。
その言葉に、彼女のどんな思いが込められていたのかはわからない。だが、浩市は強い苛立ちを覚えた。一瞬、冷凍庫に置かれている父の死体を引きずり出して「こいつの方が俺よりいいのか?」と言ってやりたい衝動に駆られる。
だが、その衝動をすぐに打ち消した。どうにか気持ちを抑え、ミックスフライ定食の載ったお盆を持っていこうとした。
その時、理恵子が耳元で囁く。
「ひょっとして、怒っちゃった?」
「怒ってないよ」
不機嫌そうな口調で答え、浩市は店に出ていった。唯一の客である田山の前に、料理の盛られた皿を置いていく。
その時だった。突然、けたたましい音が聞こえてきた。バイクのエンジン音だ。しかも、音はどんどん大きくなる。明らかに、こちらへ近づいているのだ。
浩市は、思わず舌打ちする。この音の主は、間違いなくあいつだ。彼の怒りは、そちらへと向けられた。険しい表情で、入口のドアを睨みつける。
と同時に、田山が立ち上がった。音もなく動き、トイレへと入っていく。
やがて、ひとりの男が店に入って来る。誰であるかは、バイクのエンジン音を聞いた時からわかっていた。誠司の知人である高田だ。
「あっ、どうもどうも」
親しげな声で挨拶する高田に、浩市も一応は会釈する。だが内心では、はらわたの煮えくり返るような思いだった。誠司は、まだ連絡していなかったのか。
「あのさ、誠司には君の連絡先を渡しておいたよ。すぐに連絡しろ、とも言っておいたんだけど……」
「えっ、そうなんですか? まだ、連絡きてないんですよ」
とぼけた表情で答える。
浩市は、思わず拳を握りしめていた。やはり、誠司の奴は連絡していなかった。あれほど、早く連絡をしろと言ったのに……。
その時、田山がトイレから出てきた。無言のまま元の席に着くと、再び食べ始める。高田はというと、そんな田山をじっと見ている。好奇心をくすぐられたのか。
これはマズい。浩市は、険しい表情で口を開いた。
「あのさ、君が用があるのは誠司なんだよね?」
「えっ? ああ、はい、そうです」
「だったら、店に来られても困るんだよ。店に、あいつは来ないから」
浩市は、凄むような口調で言った。表情も変わっている。
すると、高田の顔つきも変わった。何で怒ってるの? とでも言わんばかりの様子で、後ずさりながら目線を逸らす。
と、その表情が一変した。
「ちょっと待ってください!」
いきなり声を発した。真剣そのものだ。その目は、湖へと向けられている。
浩市の苛立ちは、さらに増していった。
「はあ? 何を待てって言うの? もう一度言うけど、誠司は店には来ないんだよ」
「ちがうんですよ。今、あそこで何か変なのがいたんです。でっかい魚みたいなのですよ」
言いながら、高田は湖の方を指さした。
浩市はギクリとなりながらも、表面には出さず湖へと視線を移す。
何もない。内心ではホッとしながらも、険しい表情で高田の方を向く。
「変なの? 何もないじゃないか。どうせ、旅行者が外来魚でも捨てていったんだろ」
苦しい言い訳であるが、それくらいしか思いつかなかった。
当然ながら、高田は大きく首を横に振った。
「外来魚? いや、そんなもんじゃなかったですよ。もっとデカい奴です」
言うなり、高田はスマホを取り出した。何をするかと思えば、店のあちこちに向け撮影を始めたのだ。
浩市は近づいていき、彼の肩を掴んだ。
「ちょっと何やってんの?」
キツい口調で尋ねた。その時になって気づいたが、厨房から理恵子が出てきていた。鋭い表情で、ふたりのやり取りを見守っている。
明らかに歓迎されていない状況にもかかわらず、高田は怯んでいなかった。ヘラヘラした態度で答える。
「今の変なのを撮影するんですよ。もしかしたら、世紀の大発見になるかもしれないですからね。光司湖に未知の生物発見なんて言って、マスコミが取材しにくるかもしれない。ちょっと、ここから撮影させてください」
「駄目だ。許可できない」
浩市はそう返したが、高田は引かなかった。
「えっ? 何でですか? 店の宣伝にもなるんですよ?」
「宣伝って言っても、一時的に君みたいな客が増えるだけだろ。とにかく、ウチは撮影禁止だから。何も注文しないなら、帰ってくれないかな」
「あ、そうっスか。何か頼めばいいんですね。じゃあ、この人と同じのを」
不満そうな表情で言いながら、田山の皿を指さした。
直後、高田は図々しい態度で田山の隣に腰掛ける。
「すみません、ここの人ですか?」
馴れ馴れしい口調で話しかけたのだ。しかし、田山は答えない。完全に無視して箸を動かしている。
その時、浩市がふたりの間に割り込んでいった。高田を睨みつけ口を開く。
「あのね、君もう出ていってよ」
「はあ? ちょっと待ってくださいよ! 俺は客ですよ! 何で出ていかなくちゃならないんですか!?」
さすがに怒ったらしい。高田は顔を歪めて食ってかかるが、浩市は構わず話し続ける。
「他のお客さんの迷惑だからだよ。さあ、出て行って」
「そ、そんな──」
「ウチには、話しかけて欲しくない人もいる。ひとりで静かに食事したい人もいる。君みたいな人が来て、馴れ馴れしく話しかけられると迷惑なんだよ。さあ、出て行って」
低い声で凄む浩市に、高田は何も言えなかった。不満そうな表情を浮かべながらも、黙ったまま店を出ていく。
やがて、派手なエンジン音とともにバイクが去って行くのが見えた。
「おい、よくやったぞ。上出来だ。ああいう奴は、出入禁止にして正解だ」
カウンター内に戻った浩市に、田山が上機嫌で言った。対する浩市は、頭を下げる。
「すみません。誠司に、ちゃんと言っておきます。あいつをウチに近づけるな、と」
「そうしてくれ。ところで……」
田山の視線は、理恵子へと移った。
「そっちのお姉さんは何者だ? お前の彼女か?」
「えっ? あっ、いや──」
「まあ、そんなところです」
答えに窮していた浩市を見かねたのか、横から理恵子が口を挟んだ。
すると、田山は続けて尋ねる。
「姉さん、あんた事情は知ってるのか?」
「だいたいのところは」
理恵子は、落ち着いた様子で答える。
横で見ている浩市は、改めて彼女の度胸に感心した。田山は、体が大きいわけでも恐ろしい顔つきをしているわけでもない。にもかかわらず、近くで話すと得体の知れぬ凄みを感じる。裏の世界で生きてきた者ならではの所作があるのかもしれない。
そんな田山を相手に、理恵子は平静な態度で接している。ごく自然に会話しているのだ。先ほど、彼女に対し抱いていた怒りの感情は、あっさりと消え去っていた。
「そうか……」
言いながら、田山は再び浩市に視線を向けた。
「この姉さんは、しっかりしていそうだ。けど、まさか弟にまで俺のことを話してないよな?」
「はい、話してません」
「ならいい。念のため、お姉さんにも知っといてもらいたいんだよ。俺たちは、運命共同体だ。それはわかってるな?」
田山の目は、またしても理恵子に向けられる。対する理恵子は、にこやかな表情で頷いた。
「ええ、まあ」
「俺の方は、全て上手くいってる。あと一週間もあれば、ここをおさらば出来そうだ。それまでは、仲良くやろうや」
言った後、田山は浩市の顔を見つめる。
「ところで、親父さんの死体はどうなった? 始末したのか?」
「いえ、まだです」
「おいおい、本当かよ。俺の方は、思ったより早く消えられそうだからいいよ。けどな、お前らの方はどうすんだ? 死体を始末するまでは、逃げられないだろうが」
確かに、その通りだ。浩市は、すぐに答える。
「早いうちに、何とかします」
声をひそめ尋ねる理恵子に、浩市は面倒くさそうな顔で答える。
「いいんだよ。どうせ、あいつだって味わうために来てるんじゃないんだから。これで充分だよ」
小声で言いながら、浩市はミックスフライ定食を作っていく。冷凍食品のフライを温め、炊いてあったご飯とレトルトの味噌汁を並べていく。
そんな浩市を、理恵子は何とも言えない表情を浮かべて見ている。
浩市と理恵子は今、店の厨房にいる。既に田山が客として来ており、カウンター席に着いていた。
田山の注文したミックスフライ定食を作る浩市を、理恵子は黙って見ている。ややあって、彼女は口を開いた。
「健人さんはね、料理に関しては手を抜かなかった。そこだけは、尊敬できたよ」
「そうかもしれないな」
浩市は頷いた。詳しくは知らないが、父は味にはこだわっていたらしい。仕込みにも時間をかけていた。一時とはいえ店が繁盛していたのも、その味に対するこだわり故だろう。もっとも、一番の大きな理由は大きな工場があったことだが……。
そんなことを考えていた浩市だったが、続いての言葉は聴き逃がせなかった。
「そうだよ。でなけりゃ、好きになったりしなかった」
冷たい口調で、理恵子は言った。
その言葉に、彼女のどんな思いが込められていたのかはわからない。だが、浩市は強い苛立ちを覚えた。一瞬、冷凍庫に置かれている父の死体を引きずり出して「こいつの方が俺よりいいのか?」と言ってやりたい衝動に駆られる。
だが、その衝動をすぐに打ち消した。どうにか気持ちを抑え、ミックスフライ定食の載ったお盆を持っていこうとした。
その時、理恵子が耳元で囁く。
「ひょっとして、怒っちゃった?」
「怒ってないよ」
不機嫌そうな口調で答え、浩市は店に出ていった。唯一の客である田山の前に、料理の盛られた皿を置いていく。
その時だった。突然、けたたましい音が聞こえてきた。バイクのエンジン音だ。しかも、音はどんどん大きくなる。明らかに、こちらへ近づいているのだ。
浩市は、思わず舌打ちする。この音の主は、間違いなくあいつだ。彼の怒りは、そちらへと向けられた。険しい表情で、入口のドアを睨みつける。
と同時に、田山が立ち上がった。音もなく動き、トイレへと入っていく。
やがて、ひとりの男が店に入って来る。誰であるかは、バイクのエンジン音を聞いた時からわかっていた。誠司の知人である高田だ。
「あっ、どうもどうも」
親しげな声で挨拶する高田に、浩市も一応は会釈する。だが内心では、はらわたの煮えくり返るような思いだった。誠司は、まだ連絡していなかったのか。
「あのさ、誠司には君の連絡先を渡しておいたよ。すぐに連絡しろ、とも言っておいたんだけど……」
「えっ、そうなんですか? まだ、連絡きてないんですよ」
とぼけた表情で答える。
浩市は、思わず拳を握りしめていた。やはり、誠司の奴は連絡していなかった。あれほど、早く連絡をしろと言ったのに……。
その時、田山がトイレから出てきた。無言のまま元の席に着くと、再び食べ始める。高田はというと、そんな田山をじっと見ている。好奇心をくすぐられたのか。
これはマズい。浩市は、険しい表情で口を開いた。
「あのさ、君が用があるのは誠司なんだよね?」
「えっ? ああ、はい、そうです」
「だったら、店に来られても困るんだよ。店に、あいつは来ないから」
浩市は、凄むような口調で言った。表情も変わっている。
すると、高田の顔つきも変わった。何で怒ってるの? とでも言わんばかりの様子で、後ずさりながら目線を逸らす。
と、その表情が一変した。
「ちょっと待ってください!」
いきなり声を発した。真剣そのものだ。その目は、湖へと向けられている。
浩市の苛立ちは、さらに増していった。
「はあ? 何を待てって言うの? もう一度言うけど、誠司は店には来ないんだよ」
「ちがうんですよ。今、あそこで何か変なのがいたんです。でっかい魚みたいなのですよ」
言いながら、高田は湖の方を指さした。
浩市はギクリとなりながらも、表面には出さず湖へと視線を移す。
何もない。内心ではホッとしながらも、険しい表情で高田の方を向く。
「変なの? 何もないじゃないか。どうせ、旅行者が外来魚でも捨てていったんだろ」
苦しい言い訳であるが、それくらいしか思いつかなかった。
当然ながら、高田は大きく首を横に振った。
「外来魚? いや、そんなもんじゃなかったですよ。もっとデカい奴です」
言うなり、高田はスマホを取り出した。何をするかと思えば、店のあちこちに向け撮影を始めたのだ。
浩市は近づいていき、彼の肩を掴んだ。
「ちょっと何やってんの?」
キツい口調で尋ねた。その時になって気づいたが、厨房から理恵子が出てきていた。鋭い表情で、ふたりのやり取りを見守っている。
明らかに歓迎されていない状況にもかかわらず、高田は怯んでいなかった。ヘラヘラした態度で答える。
「今の変なのを撮影するんですよ。もしかしたら、世紀の大発見になるかもしれないですからね。光司湖に未知の生物発見なんて言って、マスコミが取材しにくるかもしれない。ちょっと、ここから撮影させてください」
「駄目だ。許可できない」
浩市はそう返したが、高田は引かなかった。
「えっ? 何でですか? 店の宣伝にもなるんですよ?」
「宣伝って言っても、一時的に君みたいな客が増えるだけだろ。とにかく、ウチは撮影禁止だから。何も注文しないなら、帰ってくれないかな」
「あ、そうっスか。何か頼めばいいんですね。じゃあ、この人と同じのを」
不満そうな表情で言いながら、田山の皿を指さした。
直後、高田は図々しい態度で田山の隣に腰掛ける。
「すみません、ここの人ですか?」
馴れ馴れしい口調で話しかけたのだ。しかし、田山は答えない。完全に無視して箸を動かしている。
その時、浩市がふたりの間に割り込んでいった。高田を睨みつけ口を開く。
「あのね、君もう出ていってよ」
「はあ? ちょっと待ってくださいよ! 俺は客ですよ! 何で出ていかなくちゃならないんですか!?」
さすがに怒ったらしい。高田は顔を歪めて食ってかかるが、浩市は構わず話し続ける。
「他のお客さんの迷惑だからだよ。さあ、出て行って」
「そ、そんな──」
「ウチには、話しかけて欲しくない人もいる。ひとりで静かに食事したい人もいる。君みたいな人が来て、馴れ馴れしく話しかけられると迷惑なんだよ。さあ、出て行って」
低い声で凄む浩市に、高田は何も言えなかった。不満そうな表情を浮かべながらも、黙ったまま店を出ていく。
やがて、派手なエンジン音とともにバイクが去って行くのが見えた。
「おい、よくやったぞ。上出来だ。ああいう奴は、出入禁止にして正解だ」
カウンター内に戻った浩市に、田山が上機嫌で言った。対する浩市は、頭を下げる。
「すみません。誠司に、ちゃんと言っておきます。あいつをウチに近づけるな、と」
「そうしてくれ。ところで……」
田山の視線は、理恵子へと移った。
「そっちのお姉さんは何者だ? お前の彼女か?」
「えっ? あっ、いや──」
「まあ、そんなところです」
答えに窮していた浩市を見かねたのか、横から理恵子が口を挟んだ。
すると、田山は続けて尋ねる。
「姉さん、あんた事情は知ってるのか?」
「だいたいのところは」
理恵子は、落ち着いた様子で答える。
横で見ている浩市は、改めて彼女の度胸に感心した。田山は、体が大きいわけでも恐ろしい顔つきをしているわけでもない。にもかかわらず、近くで話すと得体の知れぬ凄みを感じる。裏の世界で生きてきた者ならではの所作があるのかもしれない。
そんな田山を相手に、理恵子は平静な態度で接している。ごく自然に会話しているのだ。先ほど、彼女に対し抱いていた怒りの感情は、あっさりと消え去っていた。
「そうか……」
言いながら、田山は再び浩市に視線を向けた。
「この姉さんは、しっかりしていそうだ。けど、まさか弟にまで俺のことを話してないよな?」
「はい、話してません」
「ならいい。念のため、お姉さんにも知っといてもらいたいんだよ。俺たちは、運命共同体だ。それはわかってるな?」
田山の目は、またしても理恵子に向けられる。対する理恵子は、にこやかな表情で頷いた。
「ええ、まあ」
「俺の方は、全て上手くいってる。あと一週間もあれば、ここをおさらば出来そうだ。それまでは、仲良くやろうや」
言った後、田山は浩市の顔を見つめる。
「ところで、親父さんの死体はどうなった? 始末したのか?」
「いえ、まだです」
「おいおい、本当かよ。俺の方は、思ったより早く消えられそうだからいいよ。けどな、お前らの方はどうすんだ? 死体を始末するまでは、逃げられないだろうが」
確かに、その通りだ。浩市は、すぐに答える。
「早いうちに、何とかします」
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