62 / 68
一行大分離
しおりを挟む
さしたる障害にも遭わず、一行は進んで行く。
長い年月をかけ、大勢の人間や動物によって踏み固められたであろう道を、ゆっくりと進む馬車……かつてはこの道を、権力者たちが大勢の生け贄を連れて通ったという話である。この山には、数多くの人間の血と怨念が染み付いているのだ。
「そういや牛で思い出したんだけどさ、ここら辺は牛男が出るんじゃなかったのか? やけに静かだけどさ」
周囲を見回し、ガイが呟く。確かに、ミノタウロスの群れが出るとは聞いていた。しかし、それらしきものの姿は全く見えない。それどころか、小動物の姿もあまり見かけなくなってきている。ヒロユキは異様なものを感じた。ヴァンパイアやライカンスロープとの戦い……だが、その時よりも更に不気味な雰囲気なのだ。ヒロユキは思わず、ギンジに話しかけた。
「ギンジさん、これは一体──」
「ガイ、それにヒロユキ……ミノタウロスには、フリントが話をつけてくれたそうだ。オレたちの旅の邪魔をしないように、ってな。だから気にするな」
そう言いながら、ギンジは腕時計をチェックする。ヒロユキは、その動作に奇妙なものを感じた。何故、腕時計をチェックする? この世界においては、細かい時刻のチェックなど、大した意味を持たないはずなのに。今までも、腕時計をチェックしていたことなどなかったはずだ。
山道の途中で、一行は馬車を止めて休憩する。干し肉や固くなったパンなどの粗末な食事をとったが、ヒロユキの違和感はさらに膨らんでいく。何かが変だ。具体的に何が変なのかはわからない。
その時、口を開く者がいた。
「ヒロユキ……お前、随分と逞しくなったよな」
突然、カツミの呟くような声が聞こえた。ヒロユキは奇妙なものを感じ、彼の顔を見る。
だが、カツミの表情は柔らかい。最近ではこんな表情を見せるようにもなってきてはいる。しかし、何か違う気もする。いつもとは違うものを感じるのだ。
「えっ、そうですか?」
ヒロユキは困惑しながらも、言葉を返した。すると、今度はタカシが喋り始める。
「そうですね。ヒロユキくん、君は本当に大したもんだよ。短期間で、君ほどの変化を遂げた者は見たことがない。初めて会った時、君はずっと震えていたのに」
相も変わらず、ヘラヘラ笑いながら話しかけてくるタカシ。ヒロユキはちらりと彼を見たが、タカシの表情はいつもと変わりない。何かを企んでいるようには見えない。
「そうですね、ぼくは本当にひ弱でした」
ヒロユキは言葉を返す。同時に、自分は考え過ぎなのかもしれないと思い始めていた。この滅びの山には奇妙な空気が流れている。死の匂い、とでも言うべき何かが。ひょっとしたら、人間が生け贄として捧げられたという話……そのイメージが、自分の気持ちに何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。それこそが違和感の正体なのではないか。
いや、あるいは……。
この辺りには、本当に怨念が渦巻いているのかもしれない。ヒロユキは今までの人生で、霊を見た記憶はない。しかし、こんな異世界が存在するのだ。霊が存在したとしても、何ら不思議ではない。
「なー、そうだったにゃ。ヒロユキは初め、とっても弱虫だったにゃ。歩けなくて、ガイにおぶってもらったりしたこともあったにゃ。でも、ヒロユキは頑張って強くなったにゃよ。狼と戦うなんて、ヒロユキは本当に凄い奴だにゃ」
珍しく、チャムもしみじみとした口調で語る。話しながらウンウンと一人で頷いていて、その横ではニーナが微笑んでいた。その光景は微笑ましく、ヒロユキは可笑しさと照れくささとを感じた。
すると、その空気に触発されたのか、ギンジが口を開く。
「そう言えばヒロユキ、お前に言ってないことがあったな。ガイの奴、凄かったんだぜ。ベルセルムでな──」
「いいよ言わなくて!」
ガイが慌てて止めに入った。しかし、ギンジは止まらない。
「いいじゃねえか。ガイはな、街中で喧嘩を売られたんだよ。しかし、ガイはさんざんバカにされたのに、一言も言い返さなかったんだ。ヒロユキ、何でだかわかるか?」
「えっ……」
ヒロユキは口ごもり、思わずガイを見つめる。すると、ガイは照れくさそうな表情でプイと横を向いた。
「ガイさん、何があったんですか?」
「別に何でもねえよ……」
不貞腐れたような様子で答えるガイ。代わりにギンジが答える。
「ガイは何を言われようとも、さらには殴られても手を出さなかったんだよ。騒ぎを起こして、皆に……いや、病気のヒロユキに迷惑をかけないためにな。ガイ、お前もこの世界にいる間に、随分と成長したよ。お前たち二人は、本当に……」
そこまで言うと、ギンジは言葉を止めた。穏やかな表情で笑みを浮かべる。優しげな微笑みだった。
一方、それを聞いたヒロユキは……胸にこみ上げてくるものを感じた。ガイの優しさが心に染みてくる。
ガイもまた、柄にもなく顔を赤くしていた。そんな三人のやり取りに心を動かされたのか、ガイに抱きついていくチャム……。
「ガイー! ガイはとっても格好いいにゃ! 大好きだにゃ!」
「バ、バカ野郎!」
そう言いながらも、ガイはされるがままになっている。だが、そんな二人を見ているうちに……ヒロユキもまた、こみ上げてくる気持ちを押さえられなくなっていた。
「ガイさん……本当に、すみませんでした。ぼくなんかのために、本当に……」
「お前のためだけじゃねえよ」
しかめっ面をしながら言い、うつむくガイ。だがチャムに抱きつかれているため、全くサマになっていない。その横で、ニコニコしているニーナとリン。ようやく、いつも通りの一行に戻った……ヒロユキはそう思った。今までの違和感は気のせいだったのだ。
仮に違和感があるにしても、それは緊張感のなせる技だろう。あるいは、ここの山に漂う呪いに当てられたのか。いずれにせよ、一行には何も変わったところなどない。
しかし、それは間違いだった。
休憩を終え、再び進み始めた一行。山の空気はどんどん変わってきている。さすがのチャムやリンも、ここの不気味さに気づいたようで、一気に口数が少なくなった。気味悪そうに、周囲をキョロキョロしている……。
ヒロユキも、周りを見回してみた。道は非常になだらかである。木もあまり生えていないため、視界は良好だ。かなり広い範囲を見渡せる。しかし、小動物や野鳥といった生物の気配が全く感じられない。
だが何よりも恐ろしいのは、その空気だった。妙に生暖かく、重いのだ。ここの空気には、何か別なものが混じっている……そうとしか思えない。
しかし、そんな不気味な雰囲気とは裏腹に、道のりは平坦なものだった。さしたる障害もなく、馬車は進んで行く。
そんな中、馬車はいきなり停止した。不審に思ったヒロユキが立ち上がり、前方に目を凝らす。見ると、道が二つに分かれているのだ。なぜ止まったのだろう? ヒロユキが尋ねようとした時だった。
「ギンジさん、ここですね」
タカシの声だ。ギンジは頷き、馬車から降りた。
「ヒロユキ、お前も降りるんだ。ここから先は、二手に分かれるぞ。オレとお前は別行動だ」
「はい?」
一体、何を言っているのだろう……ヒロユキは困惑し、ギンジの顔を見る。だが、ギンジの表情はいつもと変わりない。飄々とした様子で馬車から降り、ヒロユキに目を向ける。
「ヒロユキ、オレたちにはオレたちにしかできない仕事がある。行くぞ」
「えっ、仕事? 何ですかそれは?」
「説明してる暇はない。黙って付いて来るんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ヒロユキ、オレが信用できねえのか?」
ギンジの声は、いつも通り自信に満ちている。ヒロユキは返すべき言葉がなかった。
「ヒロユキ、早く降りろ。オレたちにしか、できない仕事が待ってるんだ」
促され、ヒロユキは馬車を降りた。そう、ギンジはいつでも正しかった。ギンジの指示に従っていれば間違いないのだ。それに……前に言われたことがある。
(自分で気づく……それが一番大切だ)
そう、自分で気づくことこそが大切……ギンジの教えだ。ならば自分で考え、自分で気づいてみせよう。ヒロユキは馬車を降り、ギンジのそばに行った。ふと、ニーナの方に顔を向けたが……。 ニーナは笑みを浮かべている。しかし、その笑みはどこかぎこちない。ヒロユキは腑に落ちないものを感じたが、その気持ちはすぐに消えた。
「ちょっと待てよ。オレは聞いてねえぞ。ギンジさんよう、二人で何をする気だよ?」
不満そうな様子で騒ぎ始めたガイ。その顔には不満だけでなく、戸惑いもあった。そして不安も……こんな状況下で、二人と別行動をするのは納得がいないのだろう。しかし、その質問に答えたのはギンジではなかった。
「ガイ、オレたちは今から門番と戦うんだ。ギンジさんとヒロユキは、足手まといになる。二人には別のルートから、別の仕事をしてもらう」
それはカツミの言葉だった。さらに、タカシが言い添える。
「そう……二人には、二人の仕事があります。ガイくん、我々は我々の役目を果たしましょう」
二人と別れ、馬車は右側の道を進んでいく。
ガイは先ほどから不満そうな表情のままだ。しかし、馬車の中の空気もまた変化していた。カツミはギターケースから武器を取り出し、手入れを始める。タカシは黙ったまま、ずっと前を見ている。チャムとリンも、この空気のせいか押し黙ったままだ。重苦しい沈黙が馬車を支配している。
ふと、ガイは奇妙な点に気づいた。
「おいニーナ、お前は何でヒロユキと一緒じゃないんだよ?」
ガイの質問に対し、うつむくニーナ。明らかに何かを隠している。ガイは苛立った。
「ニーナ! お前は何か隠してるな! なんとか言え!」
しかし、ニーナはうつむいたままだ。すると、チャムが険しい表情で止めに入る。
「ガイ! ニーナは喋れないんだにゃ! 忘れたのかにゃ!」
その瞬間、はっとなるガイ。その表情が一変する。
「ニーナ、すまねえ……」
神妙な顔で、ガイは頭を下げる。しかしニーナはうつむいたまま、こちらを見ようともしない。
オレは、ニーナを傷つけてしまった……その思いからガイは落ち込み、それきり口を開かなくなった。
しかし、ガイは間違っていた。確かに今、ニーナは暗く沈んだ表情をしている。しかし、それはガイの言葉が原因ではなかった。
やがて、荒れ地にさしかかる。周囲は荒涼としており、草木もまばらである。さらに、障気のようなものが濃さを増してきており、若干の息苦しさすら感じる。その時、不意に馬車が止まった。
「ここからは、歩きで行きましょう。もうすぐですよ。奴も私たちに気づいているでしょうし。カツミさん、準備しておいてください」
そう言うと、タカシは視線を腕時計に移す。しかし、それは一瞬だった。タカシは馬車を降り、馬を繋いでいる革ひもをほどいた。馬の鼻先を優しく撫でる。
「本当に世話になったね。こんなことしか言えなくて申し訳ないけど、今までありがとう。さあ、早くこの場から離れるんだ。間もなく、この辺りは戦場になる。早く山を降りるんだ」
タカシは優しい表情で、馬に話しかける。馬は何か言いたげな様子でタカシを見ていた。
だが突然、様子が変わる。何かに怯えたように、凄まじい勢いで走り去って行った……。
次の瞬間、チャムとリンが声もなく倒れる。傍らには、杖を握りしめたニーナがいる。間違いなく、彼女が何かしたのだ。
ガイは凄まじい形相になった。
「おいニーナ! 何しやがったんだ!」
「落ち着けガイ、眠らせただけだ。この二人は戦いの間、眠っていてもらう。いざとなったら、お前は二人を連れて逃げろ」
カツミの冷静な声が聞こえた。いつの間にかショットガンを両手に構え、腰には日本刀と拳銃をぶら下げている。
「カツミさん、どういうことだよ?」
「もう黙れ。おいでなすったようだぜ……門番さんがな」
長い年月をかけ、大勢の人間や動物によって踏み固められたであろう道を、ゆっくりと進む馬車……かつてはこの道を、権力者たちが大勢の生け贄を連れて通ったという話である。この山には、数多くの人間の血と怨念が染み付いているのだ。
「そういや牛で思い出したんだけどさ、ここら辺は牛男が出るんじゃなかったのか? やけに静かだけどさ」
周囲を見回し、ガイが呟く。確かに、ミノタウロスの群れが出るとは聞いていた。しかし、それらしきものの姿は全く見えない。それどころか、小動物の姿もあまり見かけなくなってきている。ヒロユキは異様なものを感じた。ヴァンパイアやライカンスロープとの戦い……だが、その時よりも更に不気味な雰囲気なのだ。ヒロユキは思わず、ギンジに話しかけた。
「ギンジさん、これは一体──」
「ガイ、それにヒロユキ……ミノタウロスには、フリントが話をつけてくれたそうだ。オレたちの旅の邪魔をしないように、ってな。だから気にするな」
そう言いながら、ギンジは腕時計をチェックする。ヒロユキは、その動作に奇妙なものを感じた。何故、腕時計をチェックする? この世界においては、細かい時刻のチェックなど、大した意味を持たないはずなのに。今までも、腕時計をチェックしていたことなどなかったはずだ。
山道の途中で、一行は馬車を止めて休憩する。干し肉や固くなったパンなどの粗末な食事をとったが、ヒロユキの違和感はさらに膨らんでいく。何かが変だ。具体的に何が変なのかはわからない。
その時、口を開く者がいた。
「ヒロユキ……お前、随分と逞しくなったよな」
突然、カツミの呟くような声が聞こえた。ヒロユキは奇妙なものを感じ、彼の顔を見る。
だが、カツミの表情は柔らかい。最近ではこんな表情を見せるようにもなってきてはいる。しかし、何か違う気もする。いつもとは違うものを感じるのだ。
「えっ、そうですか?」
ヒロユキは困惑しながらも、言葉を返した。すると、今度はタカシが喋り始める。
「そうですね。ヒロユキくん、君は本当に大したもんだよ。短期間で、君ほどの変化を遂げた者は見たことがない。初めて会った時、君はずっと震えていたのに」
相も変わらず、ヘラヘラ笑いながら話しかけてくるタカシ。ヒロユキはちらりと彼を見たが、タカシの表情はいつもと変わりない。何かを企んでいるようには見えない。
「そうですね、ぼくは本当にひ弱でした」
ヒロユキは言葉を返す。同時に、自分は考え過ぎなのかもしれないと思い始めていた。この滅びの山には奇妙な空気が流れている。死の匂い、とでも言うべき何かが。ひょっとしたら、人間が生け贄として捧げられたという話……そのイメージが、自分の気持ちに何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。それこそが違和感の正体なのではないか。
いや、あるいは……。
この辺りには、本当に怨念が渦巻いているのかもしれない。ヒロユキは今までの人生で、霊を見た記憶はない。しかし、こんな異世界が存在するのだ。霊が存在したとしても、何ら不思議ではない。
「なー、そうだったにゃ。ヒロユキは初め、とっても弱虫だったにゃ。歩けなくて、ガイにおぶってもらったりしたこともあったにゃ。でも、ヒロユキは頑張って強くなったにゃよ。狼と戦うなんて、ヒロユキは本当に凄い奴だにゃ」
珍しく、チャムもしみじみとした口調で語る。話しながらウンウンと一人で頷いていて、その横ではニーナが微笑んでいた。その光景は微笑ましく、ヒロユキは可笑しさと照れくささとを感じた。
すると、その空気に触発されたのか、ギンジが口を開く。
「そう言えばヒロユキ、お前に言ってないことがあったな。ガイの奴、凄かったんだぜ。ベルセルムでな──」
「いいよ言わなくて!」
ガイが慌てて止めに入った。しかし、ギンジは止まらない。
「いいじゃねえか。ガイはな、街中で喧嘩を売られたんだよ。しかし、ガイはさんざんバカにされたのに、一言も言い返さなかったんだ。ヒロユキ、何でだかわかるか?」
「えっ……」
ヒロユキは口ごもり、思わずガイを見つめる。すると、ガイは照れくさそうな表情でプイと横を向いた。
「ガイさん、何があったんですか?」
「別に何でもねえよ……」
不貞腐れたような様子で答えるガイ。代わりにギンジが答える。
「ガイは何を言われようとも、さらには殴られても手を出さなかったんだよ。騒ぎを起こして、皆に……いや、病気のヒロユキに迷惑をかけないためにな。ガイ、お前もこの世界にいる間に、随分と成長したよ。お前たち二人は、本当に……」
そこまで言うと、ギンジは言葉を止めた。穏やかな表情で笑みを浮かべる。優しげな微笑みだった。
一方、それを聞いたヒロユキは……胸にこみ上げてくるものを感じた。ガイの優しさが心に染みてくる。
ガイもまた、柄にもなく顔を赤くしていた。そんな三人のやり取りに心を動かされたのか、ガイに抱きついていくチャム……。
「ガイー! ガイはとっても格好いいにゃ! 大好きだにゃ!」
「バ、バカ野郎!」
そう言いながらも、ガイはされるがままになっている。だが、そんな二人を見ているうちに……ヒロユキもまた、こみ上げてくる気持ちを押さえられなくなっていた。
「ガイさん……本当に、すみませんでした。ぼくなんかのために、本当に……」
「お前のためだけじゃねえよ」
しかめっ面をしながら言い、うつむくガイ。だがチャムに抱きつかれているため、全くサマになっていない。その横で、ニコニコしているニーナとリン。ようやく、いつも通りの一行に戻った……ヒロユキはそう思った。今までの違和感は気のせいだったのだ。
仮に違和感があるにしても、それは緊張感のなせる技だろう。あるいは、ここの山に漂う呪いに当てられたのか。いずれにせよ、一行には何も変わったところなどない。
しかし、それは間違いだった。
休憩を終え、再び進み始めた一行。山の空気はどんどん変わってきている。さすがのチャムやリンも、ここの不気味さに気づいたようで、一気に口数が少なくなった。気味悪そうに、周囲をキョロキョロしている……。
ヒロユキも、周りを見回してみた。道は非常になだらかである。木もあまり生えていないため、視界は良好だ。かなり広い範囲を見渡せる。しかし、小動物や野鳥といった生物の気配が全く感じられない。
だが何よりも恐ろしいのは、その空気だった。妙に生暖かく、重いのだ。ここの空気には、何か別なものが混じっている……そうとしか思えない。
しかし、そんな不気味な雰囲気とは裏腹に、道のりは平坦なものだった。さしたる障害もなく、馬車は進んで行く。
そんな中、馬車はいきなり停止した。不審に思ったヒロユキが立ち上がり、前方に目を凝らす。見ると、道が二つに分かれているのだ。なぜ止まったのだろう? ヒロユキが尋ねようとした時だった。
「ギンジさん、ここですね」
タカシの声だ。ギンジは頷き、馬車から降りた。
「ヒロユキ、お前も降りるんだ。ここから先は、二手に分かれるぞ。オレとお前は別行動だ」
「はい?」
一体、何を言っているのだろう……ヒロユキは困惑し、ギンジの顔を見る。だが、ギンジの表情はいつもと変わりない。飄々とした様子で馬車から降り、ヒロユキに目を向ける。
「ヒロユキ、オレたちにはオレたちにしかできない仕事がある。行くぞ」
「えっ、仕事? 何ですかそれは?」
「説明してる暇はない。黙って付いて来るんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ヒロユキ、オレが信用できねえのか?」
ギンジの声は、いつも通り自信に満ちている。ヒロユキは返すべき言葉がなかった。
「ヒロユキ、早く降りろ。オレたちにしか、できない仕事が待ってるんだ」
促され、ヒロユキは馬車を降りた。そう、ギンジはいつでも正しかった。ギンジの指示に従っていれば間違いないのだ。それに……前に言われたことがある。
(自分で気づく……それが一番大切だ)
そう、自分で気づくことこそが大切……ギンジの教えだ。ならば自分で考え、自分で気づいてみせよう。ヒロユキは馬車を降り、ギンジのそばに行った。ふと、ニーナの方に顔を向けたが……。 ニーナは笑みを浮かべている。しかし、その笑みはどこかぎこちない。ヒロユキは腑に落ちないものを感じたが、その気持ちはすぐに消えた。
「ちょっと待てよ。オレは聞いてねえぞ。ギンジさんよう、二人で何をする気だよ?」
不満そうな様子で騒ぎ始めたガイ。その顔には不満だけでなく、戸惑いもあった。そして不安も……こんな状況下で、二人と別行動をするのは納得がいないのだろう。しかし、その質問に答えたのはギンジではなかった。
「ガイ、オレたちは今から門番と戦うんだ。ギンジさんとヒロユキは、足手まといになる。二人には別のルートから、別の仕事をしてもらう」
それはカツミの言葉だった。さらに、タカシが言い添える。
「そう……二人には、二人の仕事があります。ガイくん、我々は我々の役目を果たしましょう」
二人と別れ、馬車は右側の道を進んでいく。
ガイは先ほどから不満そうな表情のままだ。しかし、馬車の中の空気もまた変化していた。カツミはギターケースから武器を取り出し、手入れを始める。タカシは黙ったまま、ずっと前を見ている。チャムとリンも、この空気のせいか押し黙ったままだ。重苦しい沈黙が馬車を支配している。
ふと、ガイは奇妙な点に気づいた。
「おいニーナ、お前は何でヒロユキと一緒じゃないんだよ?」
ガイの質問に対し、うつむくニーナ。明らかに何かを隠している。ガイは苛立った。
「ニーナ! お前は何か隠してるな! なんとか言え!」
しかし、ニーナはうつむいたままだ。すると、チャムが険しい表情で止めに入る。
「ガイ! ニーナは喋れないんだにゃ! 忘れたのかにゃ!」
その瞬間、はっとなるガイ。その表情が一変する。
「ニーナ、すまねえ……」
神妙な顔で、ガイは頭を下げる。しかしニーナはうつむいたまま、こちらを見ようともしない。
オレは、ニーナを傷つけてしまった……その思いからガイは落ち込み、それきり口を開かなくなった。
しかし、ガイは間違っていた。確かに今、ニーナは暗く沈んだ表情をしている。しかし、それはガイの言葉が原因ではなかった。
やがて、荒れ地にさしかかる。周囲は荒涼としており、草木もまばらである。さらに、障気のようなものが濃さを増してきており、若干の息苦しさすら感じる。その時、不意に馬車が止まった。
「ここからは、歩きで行きましょう。もうすぐですよ。奴も私たちに気づいているでしょうし。カツミさん、準備しておいてください」
そう言うと、タカシは視線を腕時計に移す。しかし、それは一瞬だった。タカシは馬車を降り、馬を繋いでいる革ひもをほどいた。馬の鼻先を優しく撫でる。
「本当に世話になったね。こんなことしか言えなくて申し訳ないけど、今までありがとう。さあ、早くこの場から離れるんだ。間もなく、この辺りは戦場になる。早く山を降りるんだ」
タカシは優しい表情で、馬に話しかける。馬は何か言いたげな様子でタカシを見ていた。
だが突然、様子が変わる。何かに怯えたように、凄まじい勢いで走り去って行った……。
次の瞬間、チャムとリンが声もなく倒れる。傍らには、杖を握りしめたニーナがいる。間違いなく、彼女が何かしたのだ。
ガイは凄まじい形相になった。
「おいニーナ! 何しやがったんだ!」
「落ち着けガイ、眠らせただけだ。この二人は戦いの間、眠っていてもらう。いざとなったら、お前は二人を連れて逃げろ」
カツミの冷静な声が聞こえた。いつの間にかショットガンを両手に構え、腰には日本刀と拳銃をぶら下げている。
「カツミさん、どういうことだよ?」
「もう黙れ。おいでなすったようだぜ……門番さんがな」
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる