ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司

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 さしたる障害にも遭わず、一行は進んで行く。
 長い年月をかけ、大勢の人間や動物によって踏み固められたであろう道を、ゆっくりと進む馬車……かつてはこの道を、権力者たちが大勢の生け贄を連れて通ったという話である。この山には、数多くの人間の血と怨念が染み付いているのだ。

「そういや牛で思い出したんだけどさ、ここら辺は牛男が出るんじゃなかったのか? やけに静かだけどさ」

 周囲を見回し、ガイが呟く。確かに、ミノタウロスの群れが出るとは聞いていた。しかし、それらしきものの姿は全く見えない。それどころか、小動物の姿もあまり見かけなくなってきている。ヒロユキは異様なものを感じた。ヴァンパイアやライカンスロープとの戦い……だが、その時よりも更に不気味な雰囲気なのだ。ヒロユキは思わず、ギンジに話しかけた。

「ギンジさん、これは一体──」

「ガイ、それにヒロユキ……ミノタウロスには、フリントが話をつけてくれたそうだ。オレたちの旅の邪魔をしないように、ってな。だから気にするな」

 そう言いながら、ギンジは腕時計をチェックする。ヒロユキは、その動作に奇妙なものを感じた。何故、腕時計をチェックする? この世界においては、細かい時刻のチェックなど、大した意味を持たないはずなのに。今までも、腕時計をチェックしていたことなどなかったはずだ。



 山道の途中で、一行は馬車を止めて休憩する。干し肉や固くなったパンなどの粗末な食事をとったが、ヒロユキの違和感はさらに膨らんでいく。何かが変だ。具体的に何が変なのかはわからない。
 その時、口を開く者がいた。

「ヒロユキ……お前、随分と逞しくなったよな」

 突然、カツミの呟くような声が聞こえた。ヒロユキは奇妙なものを感じ、彼の顔を見る。
 だが、カツミの表情は柔らかい。最近ではこんな表情を見せるようにもなってきてはいる。しかし、何か違う気もする。いつもとは違うものを感じるのだ。

「えっ、そうですか?」

 ヒロユキは困惑しながらも、言葉を返した。すると、今度はタカシが喋り始める。

「そうですね。ヒロユキくん、君は本当に大したもんだよ。短期間で、君ほどの変化を遂げた者は見たことがない。初めて会った時、君はずっと震えていたのに」

 相も変わらず、ヘラヘラ笑いながら話しかけてくるタカシ。ヒロユキはちらりと彼を見たが、タカシの表情はいつもと変わりない。何かを企んでいるようには見えない。

「そうですね、ぼくは本当にひ弱でした」

 ヒロユキは言葉を返す。同時に、自分は考え過ぎなのかもしれないと思い始めていた。この滅びの山には奇妙な空気が流れている。死の匂い、とでも言うべき何かが。ひょっとしたら、人間が生け贄として捧げられたという話……そのイメージが、自分の気持ちに何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。それこそが違和感の正体なのではないか。
 いや、あるいは……。
 この辺りには、本当に怨念が渦巻いているのかもしれない。ヒロユキは今までの人生で、霊を見た記憶はない。しかし、こんな異世界が存在するのだ。霊が存在したとしても、何ら不思議ではない。

「なー、そうだったにゃ。ヒロユキは初め、とっても弱虫だったにゃ。歩けなくて、ガイにおぶってもらったりしたこともあったにゃ。でも、ヒロユキは頑張って強くなったにゃよ。狼と戦うなんて、ヒロユキは本当に凄い奴だにゃ」

 珍しく、チャムもしみじみとした口調で語る。話しながらウンウンと一人で頷いていて、その横ではニーナが微笑んでいた。その光景は微笑ましく、ヒロユキは可笑しさと照れくささとを感じた。
 すると、その空気に触発されたのか、ギンジが口を開く。

「そう言えばヒロユキ、お前に言ってないことがあったな。ガイの奴、凄かったんだぜ。ベルセルムでな──」

「いいよ言わなくて!」

 ガイが慌てて止めに入った。しかし、ギンジは止まらない。

「いいじゃねえか。ガイはな、街中で喧嘩を売られたんだよ。しかし、ガイはさんざんバカにされたのに、一言も言い返さなかったんだ。ヒロユキ、何でだかわかるか?」

「えっ……」

 ヒロユキは口ごもり、思わずガイを見つめる。すると、ガイは照れくさそうな表情でプイと横を向いた。

「ガイさん、何があったんですか?」

「別に何でもねえよ……」

 不貞腐れたような様子で答えるガイ。代わりにギンジが答える。

「ガイは何を言われようとも、さらには殴られても手を出さなかったんだよ。騒ぎを起こして、皆に……いや、病気のヒロユキに迷惑をかけないためにな。ガイ、お前もこの世界にいる間に、随分と成長したよ。お前たち二人は、本当に……」

 そこまで言うと、ギンジは言葉を止めた。穏やかな表情で笑みを浮かべる。優しげな微笑みだった。
 一方、それを聞いたヒロユキは……胸にこみ上げてくるものを感じた。ガイの優しさが心に染みてくる。
 ガイもまた、柄にもなく顔を赤くしていた。そんな三人のやり取りに心を動かされたのか、ガイに抱きついていくチャム……。

「ガイー! ガイはとっても格好いいにゃ! 大好きだにゃ!」

「バ、バカ野郎!」

 そう言いながらも、ガイはされるがままになっている。だが、そんな二人を見ているうちに……ヒロユキもまた、こみ上げてくる気持ちを押さえられなくなっていた。

「ガイさん……本当に、すみませんでした。ぼくなんかのために、本当に……」

「お前のためだけじゃねえよ」

 しかめっ面をしながら言い、うつむくガイ。だがチャムに抱きつかれているため、全くサマになっていない。その横で、ニコニコしているニーナとリン。ようやく、いつも通りの一行に戻った……ヒロユキはそう思った。今までの違和感は気のせいだったのだ。
 仮に違和感があるにしても、それは緊張感のなせる技だろう。あるいは、ここの山に漂う呪いに当てられたのか。いずれにせよ、一行には何も変わったところなどない。
 しかし、それは間違いだった。



 休憩を終え、再び進み始めた一行。山の空気はどんどん変わってきている。さすがのチャムやリンも、ここの不気味さに気づいたようで、一気に口数が少なくなった。気味悪そうに、周囲をキョロキョロしている……。
 ヒロユキも、周りを見回してみた。道は非常になだらかである。木もあまり生えていないため、視界は良好だ。かなり広い範囲を見渡せる。しかし、小動物や野鳥といった生物の気配が全く感じられない。
 だが何よりも恐ろしいのは、その空気だった。妙に生暖かく、重いのだ。ここの空気には、何か別なものが混じっている……そうとしか思えない。

 しかし、そんな不気味な雰囲気とは裏腹に、道のりは平坦なものだった。さしたる障害もなく、馬車は進んで行く。
 そんな中、馬車はいきなり停止した。不審に思ったヒロユキが立ち上がり、前方に目を凝らす。見ると、道が二つに分かれているのだ。なぜ止まったのだろう? ヒロユキが尋ねようとした時だった。

「ギンジさん、ここですね」

 タカシの声だ。ギンジは頷き、馬車から降りた。

「ヒロユキ、お前も降りるんだ。ここから先は、二手に分かれるぞ。オレとお前は別行動だ」

「はい?」

 一体、何を言っているのだろう……ヒロユキは困惑し、ギンジの顔を見る。だが、ギンジの表情はいつもと変わりない。飄々とした様子で馬車から降り、ヒロユキに目を向ける。

「ヒロユキ、オレたちにはオレたちにしかできない仕事がある。行くぞ」

「えっ、仕事? 何ですかそれは?」

「説明してる暇はない。黙って付いて来るんだ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「ヒロユキ、オレが信用できねえのか?」

 ギンジの声は、いつも通り自信に満ちている。ヒロユキは返すべき言葉がなかった。

「ヒロユキ、早く降りろ。オレたちにしか、できない仕事が待ってるんだ」

 促され、ヒロユキは馬車を降りた。そう、ギンジはいつでも正しかった。ギンジの指示に従っていれば間違いないのだ。それに……前に言われたことがある。

(自分で気づく……それが一番大切だ)

 そう、自分で気づくことこそが大切……ギンジの教えだ。ならば自分で考え、自分で気づいてみせよう。ヒロユキは馬車を降り、ギンジのそばに行った。ふと、ニーナの方に顔を向けたが……。 ニーナは笑みを浮かべている。しかし、その笑みはどこかぎこちない。ヒロユキは腑に落ちないものを感じたが、その気持ちはすぐに消えた。

「ちょっと待てよ。オレは聞いてねえぞ。ギンジさんよう、二人で何をする気だよ?」

 不満そうな様子で騒ぎ始めたガイ。その顔には不満だけでなく、戸惑いもあった。そして不安も……こんな状況下で、二人と別行動をするのは納得がいないのだろう。しかし、その質問に答えたのはギンジではなかった。

「ガイ、オレたちは今から門番と戦うんだ。ギンジさんとヒロユキは、足手まといになる。二人には別のルートから、別の仕事をしてもらう」

 それはカツミの言葉だった。さらに、タカシが言い添える。

「そう……二人には、二人の仕事があります。ガイくん、我々は我々の役目を果たしましょう」



 二人と別れ、馬車は右側の道を進んでいく。
 ガイは先ほどから不満そうな表情のままだ。しかし、馬車の中の空気もまた変化していた。カツミはギターケースから武器を取り出し、手入れを始める。タカシは黙ったまま、ずっと前を見ている。チャムとリンも、この空気のせいか押し黙ったままだ。重苦しい沈黙が馬車を支配している。

 ふと、ガイは奇妙な点に気づいた。

「おいニーナ、お前は何でヒロユキと一緒じゃないんだよ?」

 ガイの質問に対し、うつむくニーナ。明らかに何かを隠している。ガイは苛立った。

「ニーナ! お前は何か隠してるな! なんとか言え!」

 しかし、ニーナはうつむいたままだ。すると、チャムが険しい表情で止めに入る。

「ガイ! ニーナは喋れないんだにゃ! 忘れたのかにゃ!」

 その瞬間、はっとなるガイ。その表情が一変する。

「ニーナ、すまねえ……」

 神妙な顔で、ガイは頭を下げる。しかしニーナはうつむいたまま、こちらを見ようともしない。
 オレは、ニーナを傷つけてしまった……その思いからガイは落ち込み、それきり口を開かなくなった。
 しかし、ガイは間違っていた。確かに今、ニーナは暗く沈んだ表情をしている。しかし、それはガイの言葉が原因ではなかった。



 やがて、荒れ地にさしかかる。周囲は荒涼としており、草木もまばらである。さらに、障気のようなものが濃さを増してきており、若干の息苦しさすら感じる。その時、不意に馬車が止まった。

「ここからは、歩きで行きましょう。もうすぐですよ。奴も私たちに気づいているでしょうし。カツミさん、準備しておいてください」

 そう言うと、タカシは視線を腕時計に移す。しかし、それは一瞬だった。タカシは馬車を降り、馬を繋いでいる革ひもをほどいた。馬の鼻先を優しく撫でる。

「本当に世話になったね。こんなことしか言えなくて申し訳ないけど、今までありがとう。さあ、早くこの場から離れるんだ。間もなく、この辺りは戦場になる。早く山を降りるんだ」

 タカシは優しい表情で、馬に話しかける。馬は何か言いたげな様子でタカシを見ていた。
 だが突然、様子が変わる。何かに怯えたように、凄まじい勢いで走り去って行った……。
 次の瞬間、チャムとリンが声もなく倒れる。傍らには、杖を握りしめたニーナがいる。間違いなく、彼女が何かしたのだ。
 ガイは凄まじい形相になった。

「おいニーナ! 何しやがったんだ!」

「落ち着けガイ、眠らせただけだ。この二人は戦いの間、眠っていてもらう。いざとなったら、お前は二人を連れて逃げろ」

 カツミの冷静な声が聞こえた。いつの間にかショットガンを両手に構え、腰には日本刀と拳銃をぶら下げている。

「カツミさん、どういうことだよ?」

「もう黙れ。おいでなすったようだぜ……門番さんがな」











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