62 / 68
一行大分離
しおりを挟む
さしたる障害にも遭わず、一行は進んで行く。
長い年月をかけ、大勢の人間や動物によって踏み固められたであろう道を、ゆっくりと進む馬車……かつてはこの道を、権力者たちが大勢の生け贄を連れて通ったという話である。この山には、数多くの人間の血と怨念が染み付いているのだ。
「そういや牛で思い出したんだけどさ、ここら辺は牛男が出るんじゃなかったのか? やけに静かだけどさ」
周囲を見回し、ガイが呟く。確かに、ミノタウロスの群れが出るとは聞いていた。しかし、それらしきものの姿は全く見えない。それどころか、小動物の姿もあまり見かけなくなってきている。ヒロユキは異様なものを感じた。ヴァンパイアやライカンスロープとの戦い……だが、その時よりも更に不気味な雰囲気なのだ。ヒロユキは思わず、ギンジに話しかけた。
「ギンジさん、これは一体──」
「ガイ、それにヒロユキ……ミノタウロスには、フリントが話をつけてくれたそうだ。オレたちの旅の邪魔をしないように、ってな。だから気にするな」
そう言いながら、ギンジは腕時計をチェックする。ヒロユキは、その動作に奇妙なものを感じた。何故、腕時計をチェックする? この世界においては、細かい時刻のチェックなど、大した意味を持たないはずなのに。今までも、腕時計をチェックしていたことなどなかったはずだ。
山道の途中で、一行は馬車を止めて休憩する。干し肉や固くなったパンなどの粗末な食事をとったが、ヒロユキの違和感はさらに膨らんでいく。何かが変だ。具体的に何が変なのかはわからない。
その時、口を開く者がいた。
「ヒロユキ……お前、随分と逞しくなったよな」
突然、カツミの呟くような声が聞こえた。ヒロユキは奇妙なものを感じ、彼の顔を見る。
だが、カツミの表情は柔らかい。最近ではこんな表情を見せるようにもなってきてはいる。しかし、何か違う気もする。いつもとは違うものを感じるのだ。
「えっ、そうですか?」
ヒロユキは困惑しながらも、言葉を返した。すると、今度はタカシが喋り始める。
「そうですね。ヒロユキくん、君は本当に大したもんだよ。短期間で、君ほどの変化を遂げた者は見たことがない。初めて会った時、君はずっと震えていたのに」
相も変わらず、ヘラヘラ笑いながら話しかけてくるタカシ。ヒロユキはちらりと彼を見たが、タカシの表情はいつもと変わりない。何かを企んでいるようには見えない。
「そうですね、ぼくは本当にひ弱でした」
ヒロユキは言葉を返す。同時に、自分は考え過ぎなのかもしれないと思い始めていた。この滅びの山には奇妙な空気が流れている。死の匂い、とでも言うべき何かが。ひょっとしたら、人間が生け贄として捧げられたという話……そのイメージが、自分の気持ちに何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。それこそが違和感の正体なのではないか。
いや、あるいは……。
この辺りには、本当に怨念が渦巻いているのかもしれない。ヒロユキは今までの人生で、霊を見た記憶はない。しかし、こんな異世界が存在するのだ。霊が存在したとしても、何ら不思議ではない。
「なー、そうだったにゃ。ヒロユキは初め、とっても弱虫だったにゃ。歩けなくて、ガイにおぶってもらったりしたこともあったにゃ。でも、ヒロユキは頑張って強くなったにゃよ。狼と戦うなんて、ヒロユキは本当に凄い奴だにゃ」
珍しく、チャムもしみじみとした口調で語る。話しながらウンウンと一人で頷いていて、その横ではニーナが微笑んでいた。その光景は微笑ましく、ヒロユキは可笑しさと照れくささとを感じた。
すると、その空気に触発されたのか、ギンジが口を開く。
「そう言えばヒロユキ、お前に言ってないことがあったな。ガイの奴、凄かったんだぜ。ベルセルムでな──」
「いいよ言わなくて!」
ガイが慌てて止めに入った。しかし、ギンジは止まらない。
「いいじゃねえか。ガイはな、街中で喧嘩を売られたんだよ。しかし、ガイはさんざんバカにされたのに、一言も言い返さなかったんだ。ヒロユキ、何でだかわかるか?」
「えっ……」
ヒロユキは口ごもり、思わずガイを見つめる。すると、ガイは照れくさそうな表情でプイと横を向いた。
「ガイさん、何があったんですか?」
「別に何でもねえよ……」
不貞腐れたような様子で答えるガイ。代わりにギンジが答える。
「ガイは何を言われようとも、さらには殴られても手を出さなかったんだよ。騒ぎを起こして、皆に……いや、病気のヒロユキに迷惑をかけないためにな。ガイ、お前もこの世界にいる間に、随分と成長したよ。お前たち二人は、本当に……」
そこまで言うと、ギンジは言葉を止めた。穏やかな表情で笑みを浮かべる。優しげな微笑みだった。
一方、それを聞いたヒロユキは……胸にこみ上げてくるものを感じた。ガイの優しさが心に染みてくる。
ガイもまた、柄にもなく顔を赤くしていた。そんな三人のやり取りに心を動かされたのか、ガイに抱きついていくチャム……。
「ガイー! ガイはとっても格好いいにゃ! 大好きだにゃ!」
「バ、バカ野郎!」
そう言いながらも、ガイはされるがままになっている。だが、そんな二人を見ているうちに……ヒロユキもまた、こみ上げてくる気持ちを押さえられなくなっていた。
「ガイさん……本当に、すみませんでした。ぼくなんかのために、本当に……」
「お前のためだけじゃねえよ」
しかめっ面をしながら言い、うつむくガイ。だがチャムに抱きつかれているため、全くサマになっていない。その横で、ニコニコしているニーナとリン。ようやく、いつも通りの一行に戻った……ヒロユキはそう思った。今までの違和感は気のせいだったのだ。
仮に違和感があるにしても、それは緊張感のなせる技だろう。あるいは、ここの山に漂う呪いに当てられたのか。いずれにせよ、一行には何も変わったところなどない。
しかし、それは間違いだった。
休憩を終え、再び進み始めた一行。山の空気はどんどん変わってきている。さすがのチャムやリンも、ここの不気味さに気づいたようで、一気に口数が少なくなった。気味悪そうに、周囲をキョロキョロしている……。
ヒロユキも、周りを見回してみた。道は非常になだらかである。木もあまり生えていないため、視界は良好だ。かなり広い範囲を見渡せる。しかし、小動物や野鳥といった生物の気配が全く感じられない。
だが何よりも恐ろしいのは、その空気だった。妙に生暖かく、重いのだ。ここの空気には、何か別なものが混じっている……そうとしか思えない。
しかし、そんな不気味な雰囲気とは裏腹に、道のりは平坦なものだった。さしたる障害もなく、馬車は進んで行く。
そんな中、馬車はいきなり停止した。不審に思ったヒロユキが立ち上がり、前方に目を凝らす。見ると、道が二つに分かれているのだ。なぜ止まったのだろう? ヒロユキが尋ねようとした時だった。
「ギンジさん、ここですね」
タカシの声だ。ギンジは頷き、馬車から降りた。
「ヒロユキ、お前も降りるんだ。ここから先は、二手に分かれるぞ。オレとお前は別行動だ」
「はい?」
一体、何を言っているのだろう……ヒロユキは困惑し、ギンジの顔を見る。だが、ギンジの表情はいつもと変わりない。飄々とした様子で馬車から降り、ヒロユキに目を向ける。
「ヒロユキ、オレたちにはオレたちにしかできない仕事がある。行くぞ」
「えっ、仕事? 何ですかそれは?」
「説明してる暇はない。黙って付いて来るんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ヒロユキ、オレが信用できねえのか?」
ギンジの声は、いつも通り自信に満ちている。ヒロユキは返すべき言葉がなかった。
「ヒロユキ、早く降りろ。オレたちにしか、できない仕事が待ってるんだ」
促され、ヒロユキは馬車を降りた。そう、ギンジはいつでも正しかった。ギンジの指示に従っていれば間違いないのだ。それに……前に言われたことがある。
(自分で気づく……それが一番大切だ)
そう、自分で気づくことこそが大切……ギンジの教えだ。ならば自分で考え、自分で気づいてみせよう。ヒロユキは馬車を降り、ギンジのそばに行った。ふと、ニーナの方に顔を向けたが……。 ニーナは笑みを浮かべている。しかし、その笑みはどこかぎこちない。ヒロユキは腑に落ちないものを感じたが、その気持ちはすぐに消えた。
「ちょっと待てよ。オレは聞いてねえぞ。ギンジさんよう、二人で何をする気だよ?」
不満そうな様子で騒ぎ始めたガイ。その顔には不満だけでなく、戸惑いもあった。そして不安も……こんな状況下で、二人と別行動をするのは納得がいないのだろう。しかし、その質問に答えたのはギンジではなかった。
「ガイ、オレたちは今から門番と戦うんだ。ギンジさんとヒロユキは、足手まといになる。二人には別のルートから、別の仕事をしてもらう」
それはカツミの言葉だった。さらに、タカシが言い添える。
「そう……二人には、二人の仕事があります。ガイくん、我々は我々の役目を果たしましょう」
二人と別れ、馬車は右側の道を進んでいく。
ガイは先ほどから不満そうな表情のままだ。しかし、馬車の中の空気もまた変化していた。カツミはギターケースから武器を取り出し、手入れを始める。タカシは黙ったまま、ずっと前を見ている。チャムとリンも、この空気のせいか押し黙ったままだ。重苦しい沈黙が馬車を支配している。
ふと、ガイは奇妙な点に気づいた。
「おいニーナ、お前は何でヒロユキと一緒じゃないんだよ?」
ガイの質問に対し、うつむくニーナ。明らかに何かを隠している。ガイは苛立った。
「ニーナ! お前は何か隠してるな! なんとか言え!」
しかし、ニーナはうつむいたままだ。すると、チャムが険しい表情で止めに入る。
「ガイ! ニーナは喋れないんだにゃ! 忘れたのかにゃ!」
その瞬間、はっとなるガイ。その表情が一変する。
「ニーナ、すまねえ……」
神妙な顔で、ガイは頭を下げる。しかしニーナはうつむいたまま、こちらを見ようともしない。
オレは、ニーナを傷つけてしまった……その思いからガイは落ち込み、それきり口を開かなくなった。
しかし、ガイは間違っていた。確かに今、ニーナは暗く沈んだ表情をしている。しかし、それはガイの言葉が原因ではなかった。
やがて、荒れ地にさしかかる。周囲は荒涼としており、草木もまばらである。さらに、障気のようなものが濃さを増してきており、若干の息苦しさすら感じる。その時、不意に馬車が止まった。
「ここからは、歩きで行きましょう。もうすぐですよ。奴も私たちに気づいているでしょうし。カツミさん、準備しておいてください」
そう言うと、タカシは視線を腕時計に移す。しかし、それは一瞬だった。タカシは馬車を降り、馬を繋いでいる革ひもをほどいた。馬の鼻先を優しく撫でる。
「本当に世話になったね。こんなことしか言えなくて申し訳ないけど、今までありがとう。さあ、早くこの場から離れるんだ。間もなく、この辺りは戦場になる。早く山を降りるんだ」
タカシは優しい表情で、馬に話しかける。馬は何か言いたげな様子でタカシを見ていた。
だが突然、様子が変わる。何かに怯えたように、凄まじい勢いで走り去って行った……。
次の瞬間、チャムとリンが声もなく倒れる。傍らには、杖を握りしめたニーナがいる。間違いなく、彼女が何かしたのだ。
ガイは凄まじい形相になった。
「おいニーナ! 何しやがったんだ!」
「落ち着けガイ、眠らせただけだ。この二人は戦いの間、眠っていてもらう。いざとなったら、お前は二人を連れて逃げろ」
カツミの冷静な声が聞こえた。いつの間にかショットガンを両手に構え、腰には日本刀と拳銃をぶら下げている。
「カツミさん、どういうことだよ?」
「もう黙れ。おいでなすったようだぜ……門番さんがな」
長い年月をかけ、大勢の人間や動物によって踏み固められたであろう道を、ゆっくりと進む馬車……かつてはこの道を、権力者たちが大勢の生け贄を連れて通ったという話である。この山には、数多くの人間の血と怨念が染み付いているのだ。
「そういや牛で思い出したんだけどさ、ここら辺は牛男が出るんじゃなかったのか? やけに静かだけどさ」
周囲を見回し、ガイが呟く。確かに、ミノタウロスの群れが出るとは聞いていた。しかし、それらしきものの姿は全く見えない。それどころか、小動物の姿もあまり見かけなくなってきている。ヒロユキは異様なものを感じた。ヴァンパイアやライカンスロープとの戦い……だが、その時よりも更に不気味な雰囲気なのだ。ヒロユキは思わず、ギンジに話しかけた。
「ギンジさん、これは一体──」
「ガイ、それにヒロユキ……ミノタウロスには、フリントが話をつけてくれたそうだ。オレたちの旅の邪魔をしないように、ってな。だから気にするな」
そう言いながら、ギンジは腕時計をチェックする。ヒロユキは、その動作に奇妙なものを感じた。何故、腕時計をチェックする? この世界においては、細かい時刻のチェックなど、大した意味を持たないはずなのに。今までも、腕時計をチェックしていたことなどなかったはずだ。
山道の途中で、一行は馬車を止めて休憩する。干し肉や固くなったパンなどの粗末な食事をとったが、ヒロユキの違和感はさらに膨らんでいく。何かが変だ。具体的に何が変なのかはわからない。
その時、口を開く者がいた。
「ヒロユキ……お前、随分と逞しくなったよな」
突然、カツミの呟くような声が聞こえた。ヒロユキは奇妙なものを感じ、彼の顔を見る。
だが、カツミの表情は柔らかい。最近ではこんな表情を見せるようにもなってきてはいる。しかし、何か違う気もする。いつもとは違うものを感じるのだ。
「えっ、そうですか?」
ヒロユキは困惑しながらも、言葉を返した。すると、今度はタカシが喋り始める。
「そうですね。ヒロユキくん、君は本当に大したもんだよ。短期間で、君ほどの変化を遂げた者は見たことがない。初めて会った時、君はずっと震えていたのに」
相も変わらず、ヘラヘラ笑いながら話しかけてくるタカシ。ヒロユキはちらりと彼を見たが、タカシの表情はいつもと変わりない。何かを企んでいるようには見えない。
「そうですね、ぼくは本当にひ弱でした」
ヒロユキは言葉を返す。同時に、自分は考え過ぎなのかもしれないと思い始めていた。この滅びの山には奇妙な空気が流れている。死の匂い、とでも言うべき何かが。ひょっとしたら、人間が生け贄として捧げられたという話……そのイメージが、自分の気持ちに何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。それこそが違和感の正体なのではないか。
いや、あるいは……。
この辺りには、本当に怨念が渦巻いているのかもしれない。ヒロユキは今までの人生で、霊を見た記憶はない。しかし、こんな異世界が存在するのだ。霊が存在したとしても、何ら不思議ではない。
「なー、そうだったにゃ。ヒロユキは初め、とっても弱虫だったにゃ。歩けなくて、ガイにおぶってもらったりしたこともあったにゃ。でも、ヒロユキは頑張って強くなったにゃよ。狼と戦うなんて、ヒロユキは本当に凄い奴だにゃ」
珍しく、チャムもしみじみとした口調で語る。話しながらウンウンと一人で頷いていて、その横ではニーナが微笑んでいた。その光景は微笑ましく、ヒロユキは可笑しさと照れくささとを感じた。
すると、その空気に触発されたのか、ギンジが口を開く。
「そう言えばヒロユキ、お前に言ってないことがあったな。ガイの奴、凄かったんだぜ。ベルセルムでな──」
「いいよ言わなくて!」
ガイが慌てて止めに入った。しかし、ギンジは止まらない。
「いいじゃねえか。ガイはな、街中で喧嘩を売られたんだよ。しかし、ガイはさんざんバカにされたのに、一言も言い返さなかったんだ。ヒロユキ、何でだかわかるか?」
「えっ……」
ヒロユキは口ごもり、思わずガイを見つめる。すると、ガイは照れくさそうな表情でプイと横を向いた。
「ガイさん、何があったんですか?」
「別に何でもねえよ……」
不貞腐れたような様子で答えるガイ。代わりにギンジが答える。
「ガイは何を言われようとも、さらには殴られても手を出さなかったんだよ。騒ぎを起こして、皆に……いや、病気のヒロユキに迷惑をかけないためにな。ガイ、お前もこの世界にいる間に、随分と成長したよ。お前たち二人は、本当に……」
そこまで言うと、ギンジは言葉を止めた。穏やかな表情で笑みを浮かべる。優しげな微笑みだった。
一方、それを聞いたヒロユキは……胸にこみ上げてくるものを感じた。ガイの優しさが心に染みてくる。
ガイもまた、柄にもなく顔を赤くしていた。そんな三人のやり取りに心を動かされたのか、ガイに抱きついていくチャム……。
「ガイー! ガイはとっても格好いいにゃ! 大好きだにゃ!」
「バ、バカ野郎!」
そう言いながらも、ガイはされるがままになっている。だが、そんな二人を見ているうちに……ヒロユキもまた、こみ上げてくる気持ちを押さえられなくなっていた。
「ガイさん……本当に、すみませんでした。ぼくなんかのために、本当に……」
「お前のためだけじゃねえよ」
しかめっ面をしながら言い、うつむくガイ。だがチャムに抱きつかれているため、全くサマになっていない。その横で、ニコニコしているニーナとリン。ようやく、いつも通りの一行に戻った……ヒロユキはそう思った。今までの違和感は気のせいだったのだ。
仮に違和感があるにしても、それは緊張感のなせる技だろう。あるいは、ここの山に漂う呪いに当てられたのか。いずれにせよ、一行には何も変わったところなどない。
しかし、それは間違いだった。
休憩を終え、再び進み始めた一行。山の空気はどんどん変わってきている。さすがのチャムやリンも、ここの不気味さに気づいたようで、一気に口数が少なくなった。気味悪そうに、周囲をキョロキョロしている……。
ヒロユキも、周りを見回してみた。道は非常になだらかである。木もあまり生えていないため、視界は良好だ。かなり広い範囲を見渡せる。しかし、小動物や野鳥といった生物の気配が全く感じられない。
だが何よりも恐ろしいのは、その空気だった。妙に生暖かく、重いのだ。ここの空気には、何か別なものが混じっている……そうとしか思えない。
しかし、そんな不気味な雰囲気とは裏腹に、道のりは平坦なものだった。さしたる障害もなく、馬車は進んで行く。
そんな中、馬車はいきなり停止した。不審に思ったヒロユキが立ち上がり、前方に目を凝らす。見ると、道が二つに分かれているのだ。なぜ止まったのだろう? ヒロユキが尋ねようとした時だった。
「ギンジさん、ここですね」
タカシの声だ。ギンジは頷き、馬車から降りた。
「ヒロユキ、お前も降りるんだ。ここから先は、二手に分かれるぞ。オレとお前は別行動だ」
「はい?」
一体、何を言っているのだろう……ヒロユキは困惑し、ギンジの顔を見る。だが、ギンジの表情はいつもと変わりない。飄々とした様子で馬車から降り、ヒロユキに目を向ける。
「ヒロユキ、オレたちにはオレたちにしかできない仕事がある。行くぞ」
「えっ、仕事? 何ですかそれは?」
「説明してる暇はない。黙って付いて来るんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ヒロユキ、オレが信用できねえのか?」
ギンジの声は、いつも通り自信に満ちている。ヒロユキは返すべき言葉がなかった。
「ヒロユキ、早く降りろ。オレたちにしか、できない仕事が待ってるんだ」
促され、ヒロユキは馬車を降りた。そう、ギンジはいつでも正しかった。ギンジの指示に従っていれば間違いないのだ。それに……前に言われたことがある。
(自分で気づく……それが一番大切だ)
そう、自分で気づくことこそが大切……ギンジの教えだ。ならば自分で考え、自分で気づいてみせよう。ヒロユキは馬車を降り、ギンジのそばに行った。ふと、ニーナの方に顔を向けたが……。 ニーナは笑みを浮かべている。しかし、その笑みはどこかぎこちない。ヒロユキは腑に落ちないものを感じたが、その気持ちはすぐに消えた。
「ちょっと待てよ。オレは聞いてねえぞ。ギンジさんよう、二人で何をする気だよ?」
不満そうな様子で騒ぎ始めたガイ。その顔には不満だけでなく、戸惑いもあった。そして不安も……こんな状況下で、二人と別行動をするのは納得がいないのだろう。しかし、その質問に答えたのはギンジではなかった。
「ガイ、オレたちは今から門番と戦うんだ。ギンジさんとヒロユキは、足手まといになる。二人には別のルートから、別の仕事をしてもらう」
それはカツミの言葉だった。さらに、タカシが言い添える。
「そう……二人には、二人の仕事があります。ガイくん、我々は我々の役目を果たしましょう」
二人と別れ、馬車は右側の道を進んでいく。
ガイは先ほどから不満そうな表情のままだ。しかし、馬車の中の空気もまた変化していた。カツミはギターケースから武器を取り出し、手入れを始める。タカシは黙ったまま、ずっと前を見ている。チャムとリンも、この空気のせいか押し黙ったままだ。重苦しい沈黙が馬車を支配している。
ふと、ガイは奇妙な点に気づいた。
「おいニーナ、お前は何でヒロユキと一緒じゃないんだよ?」
ガイの質問に対し、うつむくニーナ。明らかに何かを隠している。ガイは苛立った。
「ニーナ! お前は何か隠してるな! なんとか言え!」
しかし、ニーナはうつむいたままだ。すると、チャムが険しい表情で止めに入る。
「ガイ! ニーナは喋れないんだにゃ! 忘れたのかにゃ!」
その瞬間、はっとなるガイ。その表情が一変する。
「ニーナ、すまねえ……」
神妙な顔で、ガイは頭を下げる。しかしニーナはうつむいたまま、こちらを見ようともしない。
オレは、ニーナを傷つけてしまった……その思いからガイは落ち込み、それきり口を開かなくなった。
しかし、ガイは間違っていた。確かに今、ニーナは暗く沈んだ表情をしている。しかし、それはガイの言葉が原因ではなかった。
やがて、荒れ地にさしかかる。周囲は荒涼としており、草木もまばらである。さらに、障気のようなものが濃さを増してきており、若干の息苦しさすら感じる。その時、不意に馬車が止まった。
「ここからは、歩きで行きましょう。もうすぐですよ。奴も私たちに気づいているでしょうし。カツミさん、準備しておいてください」
そう言うと、タカシは視線を腕時計に移す。しかし、それは一瞬だった。タカシは馬車を降り、馬を繋いでいる革ひもをほどいた。馬の鼻先を優しく撫でる。
「本当に世話になったね。こんなことしか言えなくて申し訳ないけど、今までありがとう。さあ、早くこの場から離れるんだ。間もなく、この辺りは戦場になる。早く山を降りるんだ」
タカシは優しい表情で、馬に話しかける。馬は何か言いたげな様子でタカシを見ていた。
だが突然、様子が変わる。何かに怯えたように、凄まじい勢いで走り去って行った……。
次の瞬間、チャムとリンが声もなく倒れる。傍らには、杖を握りしめたニーナがいる。間違いなく、彼女が何かしたのだ。
ガイは凄まじい形相になった。
「おいニーナ! 何しやがったんだ!」
「落ち着けガイ、眠らせただけだ。この二人は戦いの間、眠っていてもらう。いざとなったら、お前は二人を連れて逃げろ」
カツミの冷静な声が聞こえた。いつの間にかショットガンを両手に構え、腰には日本刀と拳銃をぶら下げている。
「カツミさん、どういうことだよ?」
「もう黙れ。おいでなすったようだぜ……門番さんがな」
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!
花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】
《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》
天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。
キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。
一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。
キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。
辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。
辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。
国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。
リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。
※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい
カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
魔族に支配された世界で奴隷落ち!?じゃあ魔族滅ぼします!(暫定)
こゆりん
ファンタジー
魔族に支配される世界にて、人間として魔族のために働く主人公のノア・レイブン。
魔族の力を借り受ける契約【魔人契約】を結んでいた彼は、それなりに活躍もしており、順風満帆な生活を送っていた。
幸せの絶頂であった彼を待ち受けていたのは、仲間や恋人、魔族からの壮絶な裏切り。
その裏切りの結果、彼は奴隷へと身分を落とされてしまう。
そんな彼を奮い立たせるのは復讐心。
魔人契約をもって【魔人】となり、一世を風靡した彼は、最底辺の奴隷から魔族を滅ぼすことを決意する。
この物語は、人間や魔族への不信感を心に刻まれた一人の人間が、魔族を利用して魔族を滅ぼすことを目的とする半生を描いた物語である。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる