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龍神大聖地
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一行は滅びの山を目指し、道なりに馬車を走らせていた。ヒロユキは意識を取り戻してはいるが、未だ寝たきりの状態だ。
ヒロユキの体に刻まれた傷は、既にふさがっている。しかし、その傷がもたらした病は……今も彼の体を蝕んでいる。高熱とそれに伴う激しい頭痛、消化機能の低下、さらに大量の発汗。ヒロユキの体は衰弱しきっていた。このまま旅を続けるのが困難なのは、誰の目にも明らかである。
「ニーナ、お前の魔法で何とかならないのか? ヒロユキの病気を治せないのかよ?」
馬車の上でガイが尋ねると、ニーナは首を振りノートを広げた。
(ワタシ ケガ ナオス デキル ツヨイ ビョウキ ナオス デキナイ モット ツヨイ マホウ ヒツヨウ)
「そうか、それじゃあ仕方ないな」
そう言うと、ガイはヒロユキへと視線を移す。しかし、ヒロユキは苦しそうな表情で眠っていた。悪夢を見ているのだろうか、呼吸も荒い。時おり、唸るような寝言を発したかと思うと、咳き込んだりしているのだ。
「なあギンジさん、ヒロユキの奴は大丈夫だよな? 病気は治るんだよな?」
ガイは、今度はギンジに尋ねる。しかし、ギンジは首を振った。
「オレも医者じゃないからな。正直、わからんよ……こればかりはどうにもしようがない。ダークエルフからもらった薬はちゃんと飲ませた。あとは、運次第だな」
馬車は進んでいく。しかし、ヒロユキのことを気遣い、その速度は遅い。
幸いなことに、道中は何事もなかった。もっとも、警戒は怠れない。あの人狼は、エルフたちに雇われて一行を襲ったらしい。となると、また次の襲撃があったとしても不思議ではないのだ。次に、人狼たちの襲撃があるとしたら……今度は向こうも、殺す気で来るだろう。ほとんど動けないヒロユキを守りながらの、馬車に乗っての戦い……それは、あまりにも不利だ。
「前から、妙な連中が来ますよ。皆さん、気を付けてください」
不意に御者台から、タカシが声をかける。その声に反応し、ガイとカツミが動いた。二人とも武器を構え、周囲に気を配る。
「嫌なタイミングだぜ。ニーナ、チャム、ヒロユキを頼むぞ」
そう言いながら、ギンジは拳銃を取り出し、弾倉をチェックする。しかし、顔をしかめた。
「クソ、弾丸はあと一発か……」
前方からやって来たのは、数人の奇妙な一団だった。全員が奇妙な模様の書かれた青いマントに身を包み、頭からすっぽりとフードを被っていた。その背中には、大きなリュックのような物を背負っている。恐らくは長旅のための荷物であろう。徒歩でこちらに進んで来るその姿からは、得体の知れない雰囲気を感じる。
「何なんだ、あいつらは……チャム、あいつらは人間か?」
ギンジが尋ねると、チャムは頷いた。
「な、そうだにゃ。たぶんニャンゲン人だと思うにゃ。でも、変な匂いもするにゃ。トカゲの黒焦げみたいな匂いだにゃ」
そう言いながら、チャムは不思議そうに首を傾げる。
「何だと?」
ギンジは拳銃を懐にしまい、エルフから奪った細身の剣を手にする。軽く振ってみたが、使い心地は悪くない。それにしても、トカゲの匂いがする人間とは何者だろうか。
マント姿の一団との距離は徐々に縮んでいく。およそ十メートルほどの位置まで来た時、一団は立ち止まった。
うち一人が、片手を上げる。止まれという合図だろうか。
「皆さん……一応、止まってはみますが、何かあったらすぐ出しますからね。皆さんも注意してください」
小声で皆に注意を促すタカシ。と同時に、馬車が止まった。
「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが……皆さんは、旅のお方でしょうか?」
マント姿の一団。その中のひとりがフードを上げ、にこやかな表情で話しかけてきた。
「はい! 我々は人畜無害な旅の商人です! 商売できそうな場所がないかと思いまして……どうでしょうか皆さん! いい場所がないでしょうかねえ!?」
大抵の相手なら、確実に引いてしまうであろうテンションで言葉を返すタカシ。さすがに、相手も面食らっているようだ。
「い、いえ、我々はそういった事には……ただ、この先には、我々の御神体が祀られている聖地があるのですよ。お時間はかかりますが、よろしければ是非とも一度訪れていただきたいのです。我々の信仰に興味がない方たちでも、差別はしません。我々の御神体は、一度はご覧になられた方がよろしいかと思いますよ。許可さえもらえれば、商売もできるかもしれませんし」
「ほう、御神体ですか! それは一体どのような物でしょうか?」
「ドラゴン様です。言っておきますが、本物の生きたドラゴン様ですよ」
その言葉には、さすがのタカシも絶句してしまった。ドラゴン……この有名な怪物のことは、一行の誰もが知っている。だが、本物の生きたドラゴンを捕らえているというのだろうか。
それに、本物のドラゴンを祀るとは……どんな連中なのだろう。
「ほう! 本物のドラゴン様ですか! それは是非とも見てみたいものですね! どちらに行けばよいのでしょうか?」
黙っていたのは、ほんの僅かな間だった。すぐさま立て板に水の如く喋り始めるタカシ。相手はかなり引き気味ではある。だが、ちゃんと説明してくれた。
「このまま道なりに進んでいくと、十字路になっています。そこを右に曲がれば……」
青いマント姿の男たちは、ドラゴニアン教という宗教の僧侶の集団だった。ドラゴンを神として崇めているらしい。
そんなドラゴニアン教の象徴とも言える、本物の生きたドラゴン。それが、この先の聖地ベルセルムにいるというのだ。お布施を払えば、本尊であるドラゴンに直接会うことも出来る……とのことである。
「さて皆さん、どうします? そのドラゴン様とやらを見に行きますか? それとも、無視して先を急ぎますか? ちなみに私は、是非ともベルセルムに寄り道したいですね。だいぶ回り道にはなりますが、本物の生きたドラゴンなんか、この先ぜったいに見られませんし」
ドラゴニアン教の者たちと別れた後、タカシはそんなことを言い出した。皆は思わず顔を見合わせる。
「なあ、今のオレたちにとって……そのドラゴンとかいう生き物を見ることに、何か意味はあるのか?」
尋ねるカツミ。
「うーん、ドラゴンを見たいってのもありますが、それより問題なのはヒロユキくんです。治るまでは、ちゃんとした場所でしばらく休ませた方がいいでしょうね。このままだと、脱水症状を起こす危険性もありますし、他の病気を併発する可能性も……ギンジさん、そう思いませんか?」
タカシはいつものようにヘラヘラ笑いながら、ギンジの方を見る。だが、ギンジは黙っていた。普段なら、肯定するにせよ否定するにせよ、即座に答えるはずなのに……。
黙っているギンジに業を煮やしたのか、ガイが代わりに答える。
「ヒロユキのためだったら、仕方ねえだろ。そこの聖地とやらに行こう。そこで、ヒロユキが治るまで休ませようぜ」
「ちょっと待て。なあ、みんな……ここでひとつ確認しておきたい。ヒロユキのために、戦争する覚悟はあるのか?」
突然のギンジの問い。皆は当惑の表情を浮かべ、ギンジの顔を見つめる。
「な、何言ってんだよギンジさん。戦争って──」
「ガイ、お前は忘れたのか? オレたちはな、追われているんだぞ。そんな何とかの聖地みたいな場所に行ったら、否応なしに人目につく。どういう事になるか、わかるな?」
「そ、それは……」
口ごもるガイ。確かに、その通りなのだ。聖地ベルセルムが、どんな場所かは知らない。しかし本物のドラゴンが見られるのであるならば、信者以外の者も大勢来ている可能性がある。もし、自分たちを追っている者が来ていたとしたら……。
下手をすると、そのドラゴニアン教の者たちまで敵に回すことになるかもしれないのだ。
「オレは、ヒロユキを静かな場所で休ませてやりたい。病気が治るまで、な。行こうぜ、その聖地に。最悪の場合、戦争になってもオレは構わねえぜ」
僅かな沈黙の時間……それを破ったのは、カツミだった。カツミは立ち上がり、ギターケースを持って来る。みんなの前で、開けて見せた。
ショットガン一挺、拳銃二挺、数個の手榴弾に弾薬……それらの武器が、きちんと整理されて収納されている。
「オレは、今までの戦いで銃を使わなかったからな。ゲリラ戦の基本として、現地で調達できる武器を使って戦え、と教わってきた。その教えを守って、この世界で今まで戦ってきた。だが、今回ばかりはそうも言ってられねえ。この飛び道具をフル活用すれば、宗教団体のひとつやふたつは相手にできるだろうよ」
そう言いながら、カツミは武器の手入れを始める。その表情は静かなものだった。だが、瞳には決意が浮かんでいるのが見てとれる。そこには、不退転の意志があった。ヒロユキのためならば、戦争をも辞さないという意志がみなぎっている。
「そうか……カツミ、お前の気持ちはわかった。他のみんなはどうなんだ?」
「正直言いますと、ヒロユキくんのためだけでなく、ここいらに関する情報収集もしたいですからね。滅びの山も、近くなってきましたし。行きましょうよ、そのベルセルムとやらに。いざとなったら、ドラゴン様もろとも全滅させてやりましょう」
今度はタカシだ。タカシは相も変わらずヘラヘラ笑いながら、能天気な表情でギンジを見つめている。この男にとっては、戦争という言葉ですら恐怖を呼び覚まされないらしい。
もっとも、彼はただふざけているわけではない。ギンジを見つめる瞳の奥底には、カツミと同じものが感じられる。
「なるほどな、それも一理ある。で、あとの二人は……まあ、聞くまでもないよな──」
「な!? 何でだにゃ! チャムとニーナにも、ちゃんと聞くにゃ!」
突然立ち上がり、怒り出すチャム。ガイは血相を変えて間に入るが、ギンジはくすりと笑った。
「ああ、わかったよ。チャム、お前はどうなんだ? ヒロユキのために戦いになるのを覚悟の上で、聖地とやらに行くか?」
尋ねるギンジに、チャムは胸を張ってみせた。勝ち誇った表情で言葉を返す。
「なー! 当然だにゃ! チャムはヒロユキのために戦うにゃ! ヒロユキをいじめる奴は、みんなブッ飛ばしてやるにゃ!」
「そいつは頼もしいな。で、ニーナ、お前はどうなんだ?」
ギンジはニーナに視線を向ける。すると、ニーナは力強い表情で頷き、杖を握ってみせた。
出会った当時はひ弱そうで、自分の意志などないかのように見えていたニーナ。だが、今ギンジの目の前にいるのは、無気力な奴隷少女ではなかった。他の者たちに守られるだけの存在ではない。ガイやカツミにも劣らぬ、戦う意志を感じさせられた。紛れもない、戦士の眼をしていたのだ。
「みんな、気持ちは同じらしいな。じゃあ、その聖地とやらに乗り込むとするか。だがな……全員、顔は隠して行くぞ。特にチャムとニーナ、お前らは目立ち過ぎる。あとな、くれぐれも目立つような振る舞いは避けるんだ。特にガイ、もめ事は起こすな」
そう言った後、ギンジはヒロユキに目を向けた。ヒロユキは苦悶の表情を浮かべて眠っている。時おり、苦しそうな声を出し、咳き込んでいた。ニーナが顔から吹き出る汗を拭いてあげている。
「本当に、不思議な奴だな。ヒロユキは出会った時、どうしようもないひ弱な甘ったれのガキだった。なのに……いつの間にか、ヒロユキのために全員が命を張る気になっている。人間てのは、こうまで変われるものなのかねえ」
「そういやギンジさん、あんたの意見を聞いてなかったな……あんたの意見はどうなんだよ?」
ガイが尋ねると、ギンジは視線を下に落とした。そして、彼らしからぬ表情で口を開く。
「オレの意見か? 無用な戦いはもちろん、人目につくのも避けたいが……タカシの言う通り、情報は必要だ。それに、食料や水も補充しておきたい。これはもう、行くしかないだろうな」
ヒロユキの体に刻まれた傷は、既にふさがっている。しかし、その傷がもたらした病は……今も彼の体を蝕んでいる。高熱とそれに伴う激しい頭痛、消化機能の低下、さらに大量の発汗。ヒロユキの体は衰弱しきっていた。このまま旅を続けるのが困難なのは、誰の目にも明らかである。
「ニーナ、お前の魔法で何とかならないのか? ヒロユキの病気を治せないのかよ?」
馬車の上でガイが尋ねると、ニーナは首を振りノートを広げた。
(ワタシ ケガ ナオス デキル ツヨイ ビョウキ ナオス デキナイ モット ツヨイ マホウ ヒツヨウ)
「そうか、それじゃあ仕方ないな」
そう言うと、ガイはヒロユキへと視線を移す。しかし、ヒロユキは苦しそうな表情で眠っていた。悪夢を見ているのだろうか、呼吸も荒い。時おり、唸るような寝言を発したかと思うと、咳き込んだりしているのだ。
「なあギンジさん、ヒロユキの奴は大丈夫だよな? 病気は治るんだよな?」
ガイは、今度はギンジに尋ねる。しかし、ギンジは首を振った。
「オレも医者じゃないからな。正直、わからんよ……こればかりはどうにもしようがない。ダークエルフからもらった薬はちゃんと飲ませた。あとは、運次第だな」
馬車は進んでいく。しかし、ヒロユキのことを気遣い、その速度は遅い。
幸いなことに、道中は何事もなかった。もっとも、警戒は怠れない。あの人狼は、エルフたちに雇われて一行を襲ったらしい。となると、また次の襲撃があったとしても不思議ではないのだ。次に、人狼たちの襲撃があるとしたら……今度は向こうも、殺す気で来るだろう。ほとんど動けないヒロユキを守りながらの、馬車に乗っての戦い……それは、あまりにも不利だ。
「前から、妙な連中が来ますよ。皆さん、気を付けてください」
不意に御者台から、タカシが声をかける。その声に反応し、ガイとカツミが動いた。二人とも武器を構え、周囲に気を配る。
「嫌なタイミングだぜ。ニーナ、チャム、ヒロユキを頼むぞ」
そう言いながら、ギンジは拳銃を取り出し、弾倉をチェックする。しかし、顔をしかめた。
「クソ、弾丸はあと一発か……」
前方からやって来たのは、数人の奇妙な一団だった。全員が奇妙な模様の書かれた青いマントに身を包み、頭からすっぽりとフードを被っていた。その背中には、大きなリュックのような物を背負っている。恐らくは長旅のための荷物であろう。徒歩でこちらに進んで来るその姿からは、得体の知れない雰囲気を感じる。
「何なんだ、あいつらは……チャム、あいつらは人間か?」
ギンジが尋ねると、チャムは頷いた。
「な、そうだにゃ。たぶんニャンゲン人だと思うにゃ。でも、変な匂いもするにゃ。トカゲの黒焦げみたいな匂いだにゃ」
そう言いながら、チャムは不思議そうに首を傾げる。
「何だと?」
ギンジは拳銃を懐にしまい、エルフから奪った細身の剣を手にする。軽く振ってみたが、使い心地は悪くない。それにしても、トカゲの匂いがする人間とは何者だろうか。
マント姿の一団との距離は徐々に縮んでいく。およそ十メートルほどの位置まで来た時、一団は立ち止まった。
うち一人が、片手を上げる。止まれという合図だろうか。
「皆さん……一応、止まってはみますが、何かあったらすぐ出しますからね。皆さんも注意してください」
小声で皆に注意を促すタカシ。と同時に、馬車が止まった。
「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが……皆さんは、旅のお方でしょうか?」
マント姿の一団。その中のひとりがフードを上げ、にこやかな表情で話しかけてきた。
「はい! 我々は人畜無害な旅の商人です! 商売できそうな場所がないかと思いまして……どうでしょうか皆さん! いい場所がないでしょうかねえ!?」
大抵の相手なら、確実に引いてしまうであろうテンションで言葉を返すタカシ。さすがに、相手も面食らっているようだ。
「い、いえ、我々はそういった事には……ただ、この先には、我々の御神体が祀られている聖地があるのですよ。お時間はかかりますが、よろしければ是非とも一度訪れていただきたいのです。我々の信仰に興味がない方たちでも、差別はしません。我々の御神体は、一度はご覧になられた方がよろしいかと思いますよ。許可さえもらえれば、商売もできるかもしれませんし」
「ほう、御神体ですか! それは一体どのような物でしょうか?」
「ドラゴン様です。言っておきますが、本物の生きたドラゴン様ですよ」
その言葉には、さすがのタカシも絶句してしまった。ドラゴン……この有名な怪物のことは、一行の誰もが知っている。だが、本物の生きたドラゴンを捕らえているというのだろうか。
それに、本物のドラゴンを祀るとは……どんな連中なのだろう。
「ほう! 本物のドラゴン様ですか! それは是非とも見てみたいものですね! どちらに行けばよいのでしょうか?」
黙っていたのは、ほんの僅かな間だった。すぐさま立て板に水の如く喋り始めるタカシ。相手はかなり引き気味ではある。だが、ちゃんと説明してくれた。
「このまま道なりに進んでいくと、十字路になっています。そこを右に曲がれば……」
青いマント姿の男たちは、ドラゴニアン教という宗教の僧侶の集団だった。ドラゴンを神として崇めているらしい。
そんなドラゴニアン教の象徴とも言える、本物の生きたドラゴン。それが、この先の聖地ベルセルムにいるというのだ。お布施を払えば、本尊であるドラゴンに直接会うことも出来る……とのことである。
「さて皆さん、どうします? そのドラゴン様とやらを見に行きますか? それとも、無視して先を急ぎますか? ちなみに私は、是非ともベルセルムに寄り道したいですね。だいぶ回り道にはなりますが、本物の生きたドラゴンなんか、この先ぜったいに見られませんし」
ドラゴニアン教の者たちと別れた後、タカシはそんなことを言い出した。皆は思わず顔を見合わせる。
「なあ、今のオレたちにとって……そのドラゴンとかいう生き物を見ることに、何か意味はあるのか?」
尋ねるカツミ。
「うーん、ドラゴンを見たいってのもありますが、それより問題なのはヒロユキくんです。治るまでは、ちゃんとした場所でしばらく休ませた方がいいでしょうね。このままだと、脱水症状を起こす危険性もありますし、他の病気を併発する可能性も……ギンジさん、そう思いませんか?」
タカシはいつものようにヘラヘラ笑いながら、ギンジの方を見る。だが、ギンジは黙っていた。普段なら、肯定するにせよ否定するにせよ、即座に答えるはずなのに……。
黙っているギンジに業を煮やしたのか、ガイが代わりに答える。
「ヒロユキのためだったら、仕方ねえだろ。そこの聖地とやらに行こう。そこで、ヒロユキが治るまで休ませようぜ」
「ちょっと待て。なあ、みんな……ここでひとつ確認しておきたい。ヒロユキのために、戦争する覚悟はあるのか?」
突然のギンジの問い。皆は当惑の表情を浮かべ、ギンジの顔を見つめる。
「な、何言ってんだよギンジさん。戦争って──」
「ガイ、お前は忘れたのか? オレたちはな、追われているんだぞ。そんな何とかの聖地みたいな場所に行ったら、否応なしに人目につく。どういう事になるか、わかるな?」
「そ、それは……」
口ごもるガイ。確かに、その通りなのだ。聖地ベルセルムが、どんな場所かは知らない。しかし本物のドラゴンが見られるのであるならば、信者以外の者も大勢来ている可能性がある。もし、自分たちを追っている者が来ていたとしたら……。
下手をすると、そのドラゴニアン教の者たちまで敵に回すことになるかもしれないのだ。
「オレは、ヒロユキを静かな場所で休ませてやりたい。病気が治るまで、な。行こうぜ、その聖地に。最悪の場合、戦争になってもオレは構わねえぜ」
僅かな沈黙の時間……それを破ったのは、カツミだった。カツミは立ち上がり、ギターケースを持って来る。みんなの前で、開けて見せた。
ショットガン一挺、拳銃二挺、数個の手榴弾に弾薬……それらの武器が、きちんと整理されて収納されている。
「オレは、今までの戦いで銃を使わなかったからな。ゲリラ戦の基本として、現地で調達できる武器を使って戦え、と教わってきた。その教えを守って、この世界で今まで戦ってきた。だが、今回ばかりはそうも言ってられねえ。この飛び道具をフル活用すれば、宗教団体のひとつやふたつは相手にできるだろうよ」
そう言いながら、カツミは武器の手入れを始める。その表情は静かなものだった。だが、瞳には決意が浮かんでいるのが見てとれる。そこには、不退転の意志があった。ヒロユキのためならば、戦争をも辞さないという意志がみなぎっている。
「そうか……カツミ、お前の気持ちはわかった。他のみんなはどうなんだ?」
「正直言いますと、ヒロユキくんのためだけでなく、ここいらに関する情報収集もしたいですからね。滅びの山も、近くなってきましたし。行きましょうよ、そのベルセルムとやらに。いざとなったら、ドラゴン様もろとも全滅させてやりましょう」
今度はタカシだ。タカシは相も変わらずヘラヘラ笑いながら、能天気な表情でギンジを見つめている。この男にとっては、戦争という言葉ですら恐怖を呼び覚まされないらしい。
もっとも、彼はただふざけているわけではない。ギンジを見つめる瞳の奥底には、カツミと同じものが感じられる。
「なるほどな、それも一理ある。で、あとの二人は……まあ、聞くまでもないよな──」
「な!? 何でだにゃ! チャムとニーナにも、ちゃんと聞くにゃ!」
突然立ち上がり、怒り出すチャム。ガイは血相を変えて間に入るが、ギンジはくすりと笑った。
「ああ、わかったよ。チャム、お前はどうなんだ? ヒロユキのために戦いになるのを覚悟の上で、聖地とやらに行くか?」
尋ねるギンジに、チャムは胸を張ってみせた。勝ち誇った表情で言葉を返す。
「なー! 当然だにゃ! チャムはヒロユキのために戦うにゃ! ヒロユキをいじめる奴は、みんなブッ飛ばしてやるにゃ!」
「そいつは頼もしいな。で、ニーナ、お前はどうなんだ?」
ギンジはニーナに視線を向ける。すると、ニーナは力強い表情で頷き、杖を握ってみせた。
出会った当時はひ弱そうで、自分の意志などないかのように見えていたニーナ。だが、今ギンジの目の前にいるのは、無気力な奴隷少女ではなかった。他の者たちに守られるだけの存在ではない。ガイやカツミにも劣らぬ、戦う意志を感じさせられた。紛れもない、戦士の眼をしていたのだ。
「みんな、気持ちは同じらしいな。じゃあ、その聖地とやらに乗り込むとするか。だがな……全員、顔は隠して行くぞ。特にチャムとニーナ、お前らは目立ち過ぎる。あとな、くれぐれも目立つような振る舞いは避けるんだ。特にガイ、もめ事は起こすな」
そう言った後、ギンジはヒロユキに目を向けた。ヒロユキは苦悶の表情を浮かべて眠っている。時おり、苦しそうな声を出し、咳き込んでいた。ニーナが顔から吹き出る汗を拭いてあげている。
「本当に、不思議な奴だな。ヒロユキは出会った時、どうしようもないひ弱な甘ったれのガキだった。なのに……いつの間にか、ヒロユキのために全員が命を張る気になっている。人間てのは、こうまで変われるものなのかねえ」
「そういやギンジさん、あんたの意見を聞いてなかったな……あんたの意見はどうなんだよ?」
ガイが尋ねると、ギンジは視線を下に落とした。そして、彼らしからぬ表情で口を開く。
「オレの意見か? 無用な戦いはもちろん、人目につくのも避けたいが……タカシの言う通り、情報は必要だ。それに、食料や水も補充しておきたい。これはもう、行くしかないだろうな」
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