白き死の仮面

板倉恭司

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朝永からの電話

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 不意に、スマホが震えだした。
 自室にて寝転んでいた省吾は、体を起こした。画面を見れば、朝永からの着信である。
 思わず首を捻った。連絡事項がある場合、朝永は簡単なメッセージをよこすだけだ。基本的に、電話での会話を好まないタイプである。
 なのに、わざわざ電話をかけてきた。これは、どういうことだろう……省吾は、不安を感じながらスマホを手にした。

「お疲れさまです。どうされたんですか?」

(いや、ちょっと話したいことがあってな。その前に、そっちの方はどうだ? 何か変わったことはあるか?)

 スマホ越しではあるが、朝永の声は、普段と変わらないように思えた。

「ちょっと面倒なことが起きました。大原興業をご存知ですか?」

(大原興業? 知らねえなあ。どうかしたのか?)

「昨日、その大原興業の若林とかいう奴が来ました。チンピラみたいなのを引き連れて、因縁をつけてきましたよ」

(何だそりゃ。山川はどうしてたんだ?)

「山川さんは……まあ、あの人が出るほどのことでもなかったので、俺が相手しときました」

 さすがに、目を白黒させうろたえていたとも言えない。もっとも朝永は、何が起きたかを即座に察したらしい。笑い声が聞こえてきた。

(まあ、山川じゃあ仕方ねえ。で、そのバカ林とかいうアホは、何を言ってきたんだ?)

「まあ、たいしたことは言ってないですよ。ウチに献金した挙げ句に自己破産した人がいる、とか何とか。そこで俺が、その自己破産した元信者さんを連れてきてください。でなければ何も出来ませんと言ったら、あっさり引き上げて行きました」

(そうか。どうせ、ちんけなシノギで飯食ってるチンピラだろうけどな、一応は調べておく。ヤバい連中がバックにいるかもしれねえからな)

 そう、ごく稀にではあるが……単なるチンピラかと思いきや、実は大きな組織が裏で糸を引いているケースもある。チンピラをわざと派遣して相手を油断させ、いざ本番では上の人間が出てくるのだ。どうせチンピラだ、と高をくくって向こうの呼び出しに応じたら、業界でも名のしれた大物がズラリ揃っている、という手口である。
 なので、一応は調べてもらった方がいい。

「はい、お願いします」

 省吾が答えると、突然スマホからの声が止まる。何が起きたのかと思いきや、少しの間を置いて再び声が聴こえてきた。

(それとな、明日なんたが……ちょっと時間あるか?)

「えっ? 明日ですか?」

 いきなりの申し出に、省吾は戸惑う。どうやら、こちらが本題らしい。となると、仕事か。

(ああ。無理か? 明日が無理なら、都合のいい日を言ってくれ。ただ、出来るだけ早い方がいい)

「いえ、大丈夫ですけど……何かあったんですか?」

 正直なところ、大丈夫とも言えない。今は昼の二時である。仕事ともなると、場所によってほ今すぐ動かねばならない。まずは、恭子と咲耶に連絡しなくては……省吾は、頭の中で考えも巡らせながら次の言葉を待つ。
 しかし、聴こえてきたのは想定外の言葉であった。

(ちょっと大事な話がある。ここじゃあ、アレだからな。明日、直接会って話したいんだよ)

 省吾は、思わずぽかんとなった。大事な話、とは何なのだろう。てっきり、急なグリーンカードもしくはイエローカード案件かと思ったのだが……。
 すぐに気を取り直し、平静を装い答える。

「わかりました。明日、空けておきます」

(そうか。時間と場所は、後で知らせる)



 話が終わりスマホを置いた後、省吾はそのままの姿勢でじっと座り込んでいた。頭の中では、様々な考えが浮かんでは消えている。
 あの朝永が、直接会って話がしたい……ときた。いったい何の話だろう。少なくとも、単なる世間話でないのは間違いない。
 なぜ、顔を合わせることにこだわるのか……おそらく、教団の人間に聞かれたくない話があるのだろうか。
 頭の片隅に引っかかっていた大原興業の件は、今や完全に消え去っていた。

 ・・・

 大原興業は、実のところ広域指定暴力団『銀星会』のフロント企業である。表向きの業務は人材派遣だが、本当の業務は闇バイトの斡旋やドラッグの売買などといった反社会的なものだ。事務所は、真幌市内のマンション四階の一室である。
 その事務所にて、恐ろしいことが起きようとしていた。



『お、お前何なんだよ……』

 事務所の番を仰せつかっていたチンピラは、呆然とした顔で呟いていた。
 目の前には、異様な格好をした者が立っている。悪役プロレスラーのように白い覆面を被り、白いジャージの上下を着ていた。身長ほさほど高くなく、中肉中背といったところか。マスクのせいで性別はわからないが、おそらく男だろう。
 いや、性別がなんであれ……この風体は、不審人物以外の何者でもない。夜の十時過ぎに、突然こんな奇怪な男が目の前に現れれば、誰しもが混乱するだろう。何せ、この奇怪な侵入者はドアを使っていないのだ。突然、ベランダのガラス戸を開け入って来たのである。
 一方、奇怪な侵入者は堂々たる態度だ。胸を張り、背筋をピンと伸ばした姿勢で口を開く。

「私の名はマスクレンジャー。神を愛し、神に愛された男だ。本日は、正義を執行しに来た」

 いきなりの宣言に対し、チンピラは何も言い返せなかった。風貌および侵入の手口からしてまともではないのに、発する言葉はさらに意味不明だ。道を歩いていて、目の前にUFOが着陸した方が、まだわかりやすかったであろう。
 目を白黒させ状況を把握しようと努めるチンピラに対し、マスクレンジャーは爽やかな声で語り出す。

「貴様らは、真面目に生きている一般市民の生き血をすすり私腹を肥やしているようだな。その罪、万死に値する。よって、これより正義を執行する」

 そこで、チンピラの頭はようやく働き出した。どうにか口を開く。

「て、てめえ何者だ?」

 言いながら、スマホに手を伸ばす。無論、助けを呼ぶためである。しかし、マスクレンジャーはお構い無しだ。

「神! 心! 悪! 即! 壊! 神の心もて悪を即座に壊す!」

 上を向き高らかに叫んだかと思うと、マスクレンジャーは動いた。チンピラの腕を掴んだかと思うと、凄まじい腕力で引き倒す。
 チンピラは抵抗すら出来ず、侵入者の前でひっくり返った。マスクレンジャーは、掴んでいる腕めがけ手刀を放つ──
 鈍い音がした。さらに一瞬の間を置き、チンピラの口から悲鳴が上がる。彼の腕は、一撃でへし折れてしまったのだ。壊れた人形のように、肘から先がプラプラしている。
 激痛と恐怖のあまりガタガタ震えるチンピラに向かい、マスクレンジャーは爽やかな口調で語りかける。  

『君に、教えて欲しいことがある。若林貴文なる人物は、どこに住んでいるのかな? 聞かせてくれれば、君に慈悲をかけてあげよう。苦しむことなく、速やかに死なせる。だが自供しない場合、ひどく苦しんで死ぬことになる。どうするのだ?』

「言うよ! 何でも言うから! 命だけは助けてえぇ!」

 チンピラは、涙と鼻水を撒き散らしながら懇願する。と、マスクレンジャーの手が動く。
 直後、チンピラは倒れた。口からビュービューという音を立てながら、床を這い回る。喉を指先で突かれたのだ。

「私は、そんなことは聞いていない。若林貴文なる人物の居場所を教えてくれと聞いたのだ。君は、日本語を理解出来ないのか?」

 よく通る声で尋ねたが、チンピラは答えない。いや、答えられないのだ。ヒューヒューと喉を鳴らしながら、必死で両手を上げ許しを乞う。
 すると、マスクレンジャーは首を傾げる。

「今気づいたが、声が出せないのでは、聞こうにも聞けないな。すまない。では、慈悲の心を持って苦しまずに死なせてあげよう!」

 言った直後、マスクレンジャーの手が伸びできた。チンピラは床を這い回り、どうにか逃れようとする。
 しかし、それは無駄な努力であった。
 

 



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