白き死の仮面

板倉恭司

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マスクレンジャー(1)

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 夜、真幌駅前にあるカラオケボックスの一室にて、ふたりの男が無言で睨み合っていた。
 言うまでもなく、省吾と刑事の正岡だ。両方とも、地味なスーツ姿である。はたから見れば、仕事帰りのサラリーマンという雰囲気である。さしづめ、パワハラ上司のカラオケに付き合わされた部下という感じに映るだろうか。もっとも、どちらもサラリーマンにしては強面こわもてすぎる風貌ではあった。
 モニターには、何やら楽しそうな表情ではしゃぐ男女のグループが映し出されている。だが、省吾も正岡も、そちらに目を向けたりはしない。完全に無視している。テーブルの上には、ウーロン茶とアイスコーヒーの入ったグラスが置かれているが、これまた双方ともに口をつける気配がない。
 当然ながら、どちらにも歌い出す気配などなかった。室内には、ピリピリした空気が漂っている。今にも粉塵爆発が起きそうな、危険な匂いが充満していた。気の弱い男が間違えてこの部屋に入ったなら、一瞬で泣きながら退散するのではないだろうか。
 もっとも、いかつい顔の刑事に呼び出され、室内でふたりきり……という状況を考えれば、こんな空気になるのも致し方あるまい。



 ひりついた空気の中、会話の口火を切ったのは正岡だった。不意に険しい表情を崩し、和やかな顔つきで口を開く。

「まあまあ、そう構えるな。さっきも言った通り、お前をパクりに来たわけじゃないんだ。お前がろくでもないことをしてるのは、俺もよーくわかっている。だがな、お前より先に取っ捕まえなきゃならねえ奴がいるんだよ。さっきも言った通り、とんでもなく悪い野郎だ」

 そんなことを言われて、はいそうですかとベラベラ喋り出せるわけがない。
 そもそも、とんでもなく悪い奴とは何者なのか。おそらくは、教団の上にいる人間だろう。わざわざ真幌支部に来たということは、狙いは朝永か。
 つまり、正岡は……朝永の情報を探りにきた、というのが妥当な線だろう。脅したりなだめたりしながら、どうにか省吾から情報を引きだそうという腹づもりだろうか。
 本来なら、こんな刑事の申し出に応じる必要などない。あくまでも任意のものだし、断ることも出来た。いざとなれば、教団の顧問弁護士に電話して終わりである。だが、この正岡は妙にしつこい。しかも、なぜか省吾に興味を抱いているようでもある。一応、相手が何を探っているのか知っておくべきだ……省吾はそう判断し、ふたりきりで話すことにしたのだ。

「なるほど。まあ、僕は何も悪いことしてないから関係ないですけどね」

 すました表情で、言葉を返していく。途端に、正岡の顔つきが変わった。

「はあ? 悪いことしてない、だと? どの口が言ってんだコラ。調子こいてるとな、そのうち絞首刑台で吊るされることになるぞ」

 言いながら、じろりと睨んできた。だが、省吾はすっと目を逸らす。ヤンキー中学生でもあるまいし、こんな場所でガンの垂れ合い飛ばし合いなどしていても仕方ない。まずは、相手の出方を窺うのだ。
 殺伐とした空気が漂い出したが、それは一瞬だった。正岡の表情は、すぐに和らいだものになる。
 しかし、続けて放たれた言葉は完全に意表を突いたものだった。

「まあ、いいや。お前のした悪さなんざ、どうでもいいんだよ。ところで話は変わるが、十五年前の事件だけどよ……お前、あの時は何も証言してくれなかったな」

 愕然となった。十五年前の事件といえば、しかない。
 湧き上がる様々な思いを押し殺し、平静な風を装い答える。

「はい。それが何か?」

「あれから、気は変わってないのかよ? 今からても遅くないんだぜ。思い出したことがあったら、俺に教えてくれねえかな」

「いいえ、全く覚えていません」

 怒鳴りつけてやりたい気持ちを押さえ、静かな口調で返した。あの事件と教団とは、何の関係もないはずである。
 つまり、これは揺さぶりだ。相手の心にダメージを与え、精神的にぐらついた状態に陥らせる。そこから、ポロッと情報がこぼれ落ちることを狙っているのだ。

「おいおい、本当かよ。ちょっとくらいなら、覚えていることもあるんじゃないか?」

 とぼけた顔で、なおも聞いて来る正岡。省吾は、気持ちの動揺を押さえ答えた。

「残念ながら本当です。あの日のことは、何も覚えていません。医師からも言われたんです。あまりにひどいものを見ると、人間はその記憶を消し去ろうとするものだってね」

 もちろん嘘である。あの日の出来事は、今もはっきり覚えている。むしろ、忘れたいくらいだ。なのに、忘れられない。今もまだ、定期的に夢に見る。
 そんな記憶を、正岡などに話したくはない。

「そうか……あのな、ここからは俺のひとり言だ。そう思って聞いてくれや」

 意外にも、正岡はあっさりと引いてくれた。しかも、自ら話題を変えてくれたのだ。
 意外な展開に戸惑う省吾に向かい。正岡は静かな口調で語り出す。だが、その内容はとんでもないものだった。

「一月くらい前、ひとりの女が殺された。ひどいもんだったよ。死体の両手両足は、バラバラに引きちぎられていたんだからな。人間のやることとは思えねえよ。現場に駆けつけた若い警官は、見るなりゲロを吐いちまったそうだ。そういや、どっかの誰かさんもゲロ吐いて現場を汚してくれたっけな」
 
 聞いている省吾の顔から、血の気が引いていた。両手両足をバラバラ……あいつと、手口が全く一緒である。
 では、奴がまた活動を開始したというのか? 
 この刑事の狙いは教団ではなく、奴だとでもいうのか? 
 驚愕の表情を浮かべている省吾に向かい、正岡はなおも語り続ける。

「んでもって、十日くらい前にも同じ手口で殺された女がいた。ふたりとも、同じ新興宗教の信者だったらしいんだよなあ。あっ、捜査機密だから被害者の名前は明かせないぜ」

 黙って聞いてはいるが、省吾の体は、いつのまにか震え出していた。
 被害者の名前は開かせない……などと正岡は言っているが、わざわざ聞くまでもない。間違いなく岩崎成美と関谷亜由美のことだ。ふたりとも、オルガノ救人教会の熱心な信者である。つい最近、殺されてしまった。時期的にも、ちょうどピッタリだ。
 間違いない。目の前にいる刑事は、あの怪人を追っているのだ。十五年前、目の前で後藤伸介を殺したマスクレンジャーを──

「この手口はだ、十五年前に起きた殺人事件に酷似している。何の事件かは、一般人である松原くんには言えないけどな」
 
 言いながら、正岡は顔を近づけてきた。
 何の事件かなど、いちいち説明してもらわずともわかっている。思い出したくもない、あの事件だ。正岡の方も、省吾が全てをわかっているという事実を理解している。理解した上で、ここに呼び出し話しているのだ。

「この三つの事件だが、マスコミにも詳しい発表はしていない。被害者の手足がバラバラにされていた……なんて凄惨な状況のせいもあるが、この一連の事件は同じ人間の犯行である可能性が高いからだ。マスコミが大げさに騒ぎ立てると、いろいろ面倒なことになりそうだからな。陰謀だの都市伝説だのが好きな連中が動き出したら、何をしでかすかわからねえよ」

 その時、正岡の表情が穏やかなものになった。

「ところで、十五年前に起きた後藤伸介殺害事件について、思い出したことがあったら、俺に話してくれないか? お前以外に、目撃者はいないんだ。この犯人は、また同じことをやらかすぞ。こいつを止めるには、お前の協力が必要なんだ。どんなに些細なことでもいい、思い出したなら話してくれ。頼む」

 そう言って、深々と頭を下げる。
 ついさっきまで、こんな男には何も話したくないと思っていた。しかし今、省吾の気持ちに変化が生じている。催眠術にでもかかったように、促されるまま語り始めていた。
 誰にも語ったことのない、あの事件を──




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