白き死の仮面

板倉恭司

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招かれざる客

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 省吾がその事実を知ったのは、前回と同じく朝永からの電話からだった。

「関谷亜由美がな、死んだってよ」

 朝永の声音は、普段と全く変わりない。芸能人の誰々が不倫した、というゴシップを語る時と、全く同じ口調である。

「えっ、本当ですか?」

 とっさにそんな言葉が出たものの、この男がつまらない嘘をつくタイプでないことはわかっていた。
 関谷は死んだのだ。

「んなことで嘘ついてどうすんだよ。俺も確かめてみたんだがな、間違いない。関谷は死んだんだよ」

 予想通りの返事である。そういえば、前回の講演に関谷は来ていなかった。あの時、既に死んでいたのか……などと思っている間にも、朝永の話は続く。

「しかもだ、どうやら殺されたみたいなんだ。あいつの家に、警官が何人か出入りしてたし、入口にはテープも貼られてたし、あれは殺人事件の可能性が高いな」

「はい? どういうことです?」

 思わず顔をしかめる。殺人事件とは、どういうわけだろう。関谷は、他人に恨まれていたのか。

「どういうことか、聞きたいのはこっちだよ。まあ、あいつは頭おかしいファンに付きまとわれたこともあったらしいからな。ひょっとすると、そっち関係かもしれない」

「そうですか」

「しかし、まいったよなあ。こないだの岩崎に続き、今度は関谷だぜ。ウチの支部の信者たちが、立て続けにふたり消えちまったよ。どっちも、なかなかの稼ぎ手だったのにな」

「そうですね」

「仕方ないから、ふたりの抜けた穴は、新山親子に埋めてもらうとしようか」

 軽い口調であった。やはり、この男は関谷の死を悼む気持ちなど、欠片ほども持ち合わせていないのだ。
 そんなことを思いつつ、ふと頭に浮かんだ疑問を口にしてみた。

「まさかと思うんですが、どっかのバカがウチに何か仕掛けてきたって可能性はありますか?」

「ねえと思うけどな。ウチはヤクザじゃなくて、まっとうな宗教法人だぜ。だいたい、そんなバカが本当にいると仮定したらだ……そいつが狙うのは岩崎とか関谷みたいな一般信者じゃなく、お前や俺だろう」

「まあ、そうですよね」

「ただ、その可能性もゼロとはいえねえ。一応、そちらの方も調べておくよ。にしても妙なんだよな。何か事件がらみなんだろうけど、警察から情報が一切入って来ないんだよな。ま、そっちも気をつけてくれや」

 そこで話が終わり、省吾はスマホを置いた。
 岩崎に続き、関谷が殺された。これを、単なる偶然と捉えていいのだろうか。何か、恐ろしいことが起きているのではないか。
 何か打てる手はないだろうか、と考えてみた。しかし、省吾には何の力もない。今は、自身が警戒するしかないのだ。
 



 夜になり、集会所には信者たちが集まっていた。その中には、新山杏奈もいる。
 やがて、ひとりの男が壇上に上がる。今回、講演を行うのは朝永ではない。山川優孝ヤマカワ ユウコウという中年男である。この山川も、一応は幹部クラスの信者だ。もっとも朝永と比べると、様々な面で見劣りする存在ではある。

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。今日は、非常に悲しいお知らせがあります。関谷亜由美さんが、昨日亡くなりました」

 言った直後、信者たちの間にざわめきが起こる。どうやら、ほとんどの者が知らなかったらしい。
 そんな中、山川は淡々と語っていく。

「皆さん、今日は関谷さんの思い出を存分に語ってあげてください。私も、あの人がいなくなり悲しいです」

 一生懸命に語っているのは伝わってくる。しかし、滑舌も声もよくない。顔の表情や体の動きも変化がなく、魅力に欠ける講演である。
 講演だけではない。この山川という男、全てにおいて朝永より劣っている。見た目は地味だし、覇気もない。ボソボソと喋る姿は、リストラ寸前の窓際族といった雰囲気だ。
 朝永とて、見目麗しいイケメン中年男……というわけではない。スーツ姿で街中を歩いていれば、平凡なサラリーマンにしか見えないだろう。だが、壇上にて講演を始めれば。その印象は一変する。先天的な才能を後天的な努力で磨き抜いてきた結果、朝永はカリスマ性を手に入れたのだ。
 しかし、山川にはそれがない。彼は、朝永よりも真面目な人間だ。友人として選べと言われたら、朝永よりは山川だろう。しかし、ボスに選ぶなら迷うことなく朝永だ。

「我々は、光の中を歩まなくてはなりません。闇は、正しく生きようとする人にとって不要なものです。確かに、関谷さんが亡くなった事実は悲しむべき事実ではしょう。しかし、その事実のみに捕われてはなりません」

 山川は、淡々とした口調で語っていく。直立不動の姿勢であり、朝永と違い派手なアクションはない。これも、性格の違いによるものか。

「我々は、光の方を向き光の中を進んで行かねばならないのです。決して闇に目を向けてはなりません、闇には、恐ろしいものが潜んでいるのです。我々を、闇の世界に引きずりこもうとする存在がいるのです」

 光の中を歩め。
 確かに、間違いではない。ただし、光あるところには闇も存在する。目を逸らしたところで、闇が消えるわけではないのだ……そんなことを思いつつ、省吾は集会所で立ち続けていた。
 山川は、さらに語り続けている。しかし、どうにも印象が薄く心に残らない。今ひとつ盛り上がりに欠ける講演の最中、異変が起きた。
 突然、集会所のドアが開く。現れたのは、ひとりの中年男であった。くたびれたスーツ姿で、体格は中肉中背だ。髪は短めで、白いものが目立っていた。色は黒く、目つきは鋭い。傍目には、ちょっと面倒くさそうなオヤジにしか見えないだろう。
 しかし、十代の頃に夜の街で生きてきた省吾は、この男が何者であるか一目で見抜いていた。

 あいつ、刑事だ。

 そう、刑事という連中は独特の匂いを放っている。一般人には感じとれないが、裏の世界で生きてきた者は、その匂いをすぐに嗅ぎ取る。でなければ。裏社会にて長く生きていくことなど出来ないのだ。
 刑事は、鋭い目つきで会場内を見回す。と、その目は省吾のところで止まった。
 ニヤリと笑う。かと思うと、手近なパイプ椅子にどっかと座り込んだ。じっと講演の内容に耳を傾ける……ように見えるが、時おり周囲に視線を送る。何かを探っているのか。
 さて、どうしたものか……などと思いつつ、省吾は刑事の動きを注視していた。
 ふと、あの刑事の顔に見覚えがあるような気がした。どこで会ったのだろうか。記憶を辿ってみるが、思い出せない。
 ひょっとして、夜の街を徘徊していた時代に追いかけられたことがあったのかもしれない……などと想いつつ、省吾は刑事の動きに目を配っていた。いざとなったら、教団の顧問弁護士を呼ばなくてはならないだろう。



 やがて講演が終わり、皆が談笑を始めた時だった。刑事はスッと立ち上がり、こちらに歩いてくる。
 省吾の前に立ち、笑みを浮かべた。

「久しぶりだなあ、松原省吾くん」

 予想通りだった。やはり、目当ては自分だった。

「すみませんが、どちらさんでしたっけ?」

「おいおい、俺の顔を忘れちまったってえのかい。悲しい話だね。俺は。君の顔を忘れたことはなかったのになあ」

 刑事は、大袈裟にかぶりを振って見せた。嘆かわしい、とでも言わんばかりの表情である。省吾は腹が立ってきた。

「ですから、どちらさんですか?」

 強い口調で尋ねるが、返ってきた言葉は意外なものだった。

「何とも切ない話だねえ。まあ、十五年ぶりだからな。覚えてないのも仕方ないか」

「えっ……」

 それ以上、何も言えなかった。十五年ぶり……ということは、あの事件か……となると、この男は事件の関係者なのか?
 愕然となっている省吾に、刑事はニヤリと笑う。

「俺の名は、正岡直人マサオカ ナオトだ。十五年前に、後藤伸介殺害事件で君から事情聴取した刑事さんだよ」

「なんだと……」

 まさかの言葉に二の句が継げない省吾に向かい、正岡はゆっくりと近づき耳元で囁いた。

「お前には、いろいろ聞きたいことがあるが……今は、別件で忙しい。また日を改めて来るぜ」






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