灰色のエッセイ

板倉恭司

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復讐の話

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 かつて読んだマンガの中に、こんな短編がありました。主人公は殺人犯であり、とある家に押し入り母親と子供を惨殺した罪で逮捕されました。
 皮肉なことに、主人公を弁護することになった弁護士は……主人公に殺された女の旦那さんであり、殺された子供の父親です。現実には、そのようなケースはまず有り得ないのですが、そこにツッコミを入れていては始まらないので話を進めていきます。
 当然ながら、この裁判は世間の注目を集めることとなりました。人々は、この弁護士がどのように弁護をするのか? という興味を持って裁判の行方を見守ります。中には「自分の奥さんと子供を殺した奴の弁護をするなんて、お前は人間じゃねえ!」などと誹謗中傷する人までいました。
 しかし意外なことに、この弁護士は自分の職務をきちんと果たします。徹底的に証拠を集め、裁判では検察の矛盾点を突き、結果として主人公を無罪にしてしまいます(確か心神喪失で無罪を勝ち取ったように記憶しています)。
 その後、主人公と弁護士はシャバで直接会うのですが……その時、弁護士は主人公を殺してしまいました。最後に、弁護士はこう言い放ちます。

「私はね、お前を死刑にしたくなかったんだよ。なぜなら、自分の手でお前を殺したかったからさ」

 長々と引用して申し訳ないですが、実は私はこのマンガのタイトルを知りません。小学生か中学生の時、何かの雑誌で一度読んだ記憶があるだけです。特に話の細かい部分に関しては、記憶があやふやであり正確には覚えていません。
 しかし、ただ一度読んだだけなのに……このストーリーは、私に強烈な印象を残してくれましたね。



 昔、ニュースで家族を殺されたが犯人が死刑を免れ「私は司法に絶望した! こうなったら、犯人は私の手で殺す!」と宣言していた遺族がいました。また、似たケースで「もし犯人が死刑にならないなら、私が犯人を殺します! 国は私を殺人犯にしたいんですか!?」とマスコミに訴えていた遺族もいました。
 件の遺族が、その後どうなったのかは知りませんが……恐らくは、復讐を果たしていないのではないかと思われます。
 もっとも、これは特別な例ではありません。少なくとも日本では、殺された人の遺族が犯人に復讐した、などという話は聞いたことがないですね。報道されていないだけなのかもしれないですが。
 漫画家の山口貴由さんは、作中でこんなセリフを言わせています。

「受けた恨みを返せぬ者は、受けた恩を返すことも出来ない。復讐は平和のためにある」

 この言葉が正しいかどうか、私には分かりません。ただ、受けた恩を返せないというのは……実生活において、結構ありがちなパターンだと思うんですよね。
 かつてお世話になった人がいる。でも自分は忙しく、なかなか挨拶にもいけない。そうこうしているうちに時が経ち、いつの間にか疎遠になっている。挨拶に行くタイミングを完全に逸してしまった。さらに日々の生活に追われているうちに、完全に交流が止まってしまった……社会人になると、ありがちではないでしょうか。
 つまり、我々一般人は受けた恩ですら返せないことがあります。まして、受けた仇に関しては……日々の雑事に追われていくうちに、復讐の気持ちが消え去っていたとしても不思議ではありません。
 しかも、復讐というのは明らかに反社会的な行動です。仮に綿密な復讐計画を立て、実行したとしても一文の得にもなりません。それどころか、今までの人生で築いてきたもの全てを失う可能性もあります。
 さらに、「復讐は何も生み出さない」というような言葉を周りからかけられ、復讐心を捨ててしまうケースもあるでしょう。
 いずれにしても、怒りという感情は一時的なものであって長続きはしません。ましてや、映画や小説のような数年がかりの復讐劇となると……相当な意思の強さが必要なのではないでしょうか。不断の努力で、幼い頃の夢を叶えてしまう人間と同種の何かを持っている者でなければ不可能ではないか、と私は思います。だからと言って、復讐を遂げることの出来ない人間を悪し様に言うつもりはありませんが。むしろ、それが普通なのでしょうね。



 最後に、実際にあった怖い復讐劇を紹介します。
 これは一九七九年、スコットランドで起きた出来事です。サリー・ポータリンは高校生になる娘のペニーと暮らしていました。ところが、ペニーのボーイフレンドになったモーリス(二十一歳)は、恐ろしくたちの悪い男だったのです。
 やがて、ペニーは家に帰らなくなりました。さらに月日が経ち、ペニーは変わり果てた姿で発見されます。近くの川から、遺体となった姿で。
 その後、ペニーの書いた遺書が発見されました。そこには、自分の体を売ってまでモーリスに尽くしたにもかかわらず捨てられた事実が書かれていました。また母サリーへの詫びの言葉と、自分なりの責任の取り方だ……ということも書かれていたそうです。入水自殺であることは、誰の目にも明らかでした。
 遺書を読んだ母サリーは、復讐の鬼と化します。彼女は、まず拳銃を手に入れました。恐らくは、違法な手段でしょう。
 その後、サリーは看護師の仕事を辞めてモーリスを探します。生活の全てをモーリスの追跡に費やした結果、サリーはモーリスの実家を発見しました。
 しかし近所からの聞き込みによれば、モーリスは普段あちこちを泊まり歩いており、自宅には滅多に帰らない……とのことでした。たまに金をせびりに戻ることはあるが、自宅にはほとんど寄り付かないらしいのです。
 並の人間なら、そこで諦めていたかもしれません。ところが、サリーは違いました。モーリスの実家の周辺を徘徊した挙げ句、隠れるのに適した場所を見つけました。彼女はそこに隠れ、モーリスが自宅に立ち寄るのを待ったのです。
 もはや狂気としか言い様の無い、サリーの執念……しかし、その狂気は幸運の女神をも動かしました。張り込みを始めてから四日後、モーリスが自宅に立ち寄ったのです。
 サリーはすぐさま行動を開始しました。モーリスに拳銃を向け、こう言ったのです。

「ペニーが会いたがっている。ちょっと来てくれ」

 チンピラのモーリスも、拳銃が相手ではどうしようもありません。彼は大人しく、サリーの言う通りにしました。しかも、この時モーリスはペニーが死んだことを知らなかったようです。そのため、サリーの言葉に隠された意味を理解できていませんでした。
 車に乗り込んだモーリスに、サリーは薬物を使い意識を失わせます。詳しいことは書かれていないので不明ですが、クロロホルムか何かを用いたのでしょうか……とにかく、モーリスは気絶しました。
 
 しばらくして、モーリスは目を覚ましました。すると、彼は両手両足を縛られており身動きできません。さらに、サリーはモーリスの静脈に献血注射用の針を突き刺し、血が少しずつ流れ出るよう固定しました。その流れ出た血は、大きな皿に溜まっていくようになっていたそうです。
 怯えるモーリスに向かい、サリーはようやく真実を告げました……彼が原因で、ペニーが入水自殺したことを。
 モーリスは泣き、喚き、さらには脅し文句を並べたてました。俺が死んだら、お前は確実に逮捕されると……しかし、サリーはいささかも怯みませんでした。
 やがて、モーリスは出血多量で死亡しました。彼の死を見届けた後、サリーは警察に自首します。

「一晩かけて、死の恐怖をじっくり味わわせて殺しました。あいつが娘に与えた悲しみと絶望を、そのまま返してやっただけです」

 警察の取り調べに対し、サリーはこのように言ったとか。彼女の行動に、敬意のようなものを感じるのは私だけでしょうか。





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