灰色のエッセイ

板倉恭司

文字の大きさ
上 下
24 / 151

ウィル・スミスだからあれで済んでるよ、な話

しおりを挟む
 先日、ウィル・スミスがアカデミー賞の壇上にて司会者クリス・ロックを殴り問題となりました。どうも、ウィル・スミスの妻に対しクリス・ロックの放った侮辱的な発言がきっかけのようです。 
 ネットなど見ていると「ウィル・スミスは男を上げた」「侮辱された奥さんのために殴るなんてカッコいい」「ウィル・スミスの行動を指示する」といった意見が少なからず目に付きました。 
 私は、なるほどと思いました。この方たちは、暴力の怖さをまるでわかっていないのだな、と。 



 私の知人ゴッツ(仮名です)は、男気のある人でした。彼はとある会社に勤めておりましたが、ある日数人のパートの女性たちから相談を受けました。聞けば、上司であるキノ氏からのセクハラがひどいとか。すれ違いざまに「オッパイでかくなってないか? 彼氏できたか?」「おばさん、いっぺん俺がボランティアで蜘蛛の巣を掃除したろか?」などというものです。しかも、胸や尻を撫でながらです。ちなみに蜘蛛の巣は聞いたままですが、それが何を表すスラングなのかは想像に任せます。
 令和となった今では信じられない話ですが、昭和から平成にかけての時代には、こんなセクハラがまかり通っていたのですよ。
 それはともかく、相手のキノ氏はゴッツさんより立場が上です。ゴッツさんは板挟みになっていたのですが、ある日目の前でパート女性がセクハラを受けているのを見て、我慢が限界を超えキノ氏の顔面を殴りました。 
 これが何をもたらしたかといいますと、ゴッツさんは傷害罪で訴えられ、逮捕されました。一応、パートの人たちも情状証人として証言をしたらしいのですが、最終的には執行猶予付きの有罪判決を受けました。つまり、ゴッツさんは前科一犯になってしまったのです。当然ながら、仕事はクビですね。

 別のケースもあります。私の知人のセトピー(これまた仮名です)は、会社の社長でした。とはいっても、社員四人の小さな会社ですが……社員のひとりが、とんでもない奴だったのです。
 この社員のジロン(いうまでもなく仮名です)はかつて少年院にいたそうですが、無断欠勤は多いは仕事はサボるは客と揉めるは口を開けば悪口しか言わないは、とにかく最悪でした。セトピーは彼を更生させようと口をすっぱくして注意していたそうですが、いっこうに改める気配がありません。
 やがて、決定的なことが起きました。ジロンが、事務所から金品をくすねていることが判明したのです。
 普通なら、ここでクビでしょう。いや、普通ならこうなる前にクビにしていると思います。ところが、セトピーはクビにしなかったのです。警察にもいわず、代わりに腹を一発殴って収めようと考えました。
 で、セトピーはジロンの腹を殴りました。しかし、セトピーのパンチが強すぎたのでしょうね。ジロンは内臓のどこかが破裂してしまったのです。
 結果、セトピーは傷害罪で刑務所に入りました。二年近く入っていたそうです。



 暴力を行使すると、最終的には法の番人である警察が動きます。いかなる理由があれど、暴力を振るった方が悪い……これは、法律で定められているのですよ。これは、むしろ当然のことです。そうすることで、我々は平和に生きていけるのですよ。
 今回のウイル・スミスのケースが、この先どうなるかはわかりません。ただ、ウイル・スミスは仕事を失うことはないでしょう。彼は、これからも映画に出て巨万の富を稼ぎ出すものと思います。そんなウイル・スミスにとって、クリス・ロックを殴ったなどという話はさしたる傷にはならないでしょう。
 ところが、我々のような一般人は違うのですよ。我々が他人に暴力を振るえば、逮捕されるのです。逮捕されれば、何もかも失う可能性があるのですよ。まだ未成年のうちなら、ダメージも少なく済むかもしれません。が、社会人になってからの逮捕は本当にキツイです。不愉快な取り調べを受け、拘禁生活を余儀なくされます。前科も付きます。職も失います。
 この件について「奥さんを侮辱され殴るなんて、妻の立場としてはカッコイイと思う」などと言った女性タレントがいましたが、殴ったことで夫が仕事を失っても同じことが言えるのでしょうか。
 ですから、ウイル・スミスを英雄視する方々は、現実の暴力の怖さを全く知らないのでしょうね。彼らにとって、人を殴って逮捕されるという事態は異世界ファンタジーにおける魔法と同じくらい縁遠いものなのでしょう。つくづく、日本は平和な国なのだあなあと感じました。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

悪魔に憑かれた男

板倉恭司
BL
 校内暴力が盛んな198X年。「ゴミ溜め」とさえ呼ばれる都内でも屈指の底辺高校に、ひとりの不思議な少年が入学する。後に日本最悪の少年犯罪として伝えられることになる「浜川高校・立てこもり事件」は、その時から既に始まっていた……残虐なシーンや鬱な展開があります。苦手な方はご注意ください。

初めてアルファポリスで投稿してみました。スコアってどうだろう?

無責任
エッセイ・ノンフィクション
2021年4月よりカクヨムにて投稿開始の筆者の『無責任』 一番人気作の『高校生 家を買う そして同棲する・・・』を投稿してみました。 この作品は、カクヨムの部門ランキング上位になった事があります。 日間ランキング 7位 週間ランキング11位 月間ランキング12位 この作品を投稿してスコア(収入)がどのようになっていくのかを投稿したいと思います。 他の作品も公開してだいぶ変わりました。 そこも含めてアップします。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

【名前の由来 ~武士外道と救済消滅~】

ガネード
ライト文芸
【名前の由来 ~武士外道と救済消滅~】 1000文字の物語。 お題は、コスパ、絶叫、武士道。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...