灰色のエッセイ

板倉恭司

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狼少年な話

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 イソップ物語の中に、狼少年という話があります。有名な話ですので、今さら説明するまでも無いでしょうが……「狼が出た!」と言って嘘を吐き、町を騒がせている羊飼いの少年が酷い目に遭うという、ごく単純なストーリーですね。
 この話の教訓は、「日頃から嘘ばかり吐いていると、本当のことを言った時に信用されない」というものなのでしょう。ただ私は、別の教訓もあるような気がするんですよね。



 高校の時の知り合いに、狼田ろうた(もちろん仮名です)という男がいました。私とは違う高校に通っており、中学時代の友人を介して知り合いました。
 が、この狼田は非常にうっとおしい男でした。何かというと「あの野郎、ブッ飛ばす」「あいつ、ブッ殺してやろうか」などと言っているようなタイプの人間だったのです。
 さらに町に出ると、道行く人にちょいちょいケンカを吹っかけます。とは言っても、狼田はヤンキー漫画に出てくるような武闘派タイプではありません。明らかに自分より弱そうな少年たちを見つけると、

「おい、お前。今、ガンくれてたべ? なあ? なあ?」

 などと因縁をつけ(実際には、ちょっと目と目が合っただけなのですが)、ねちねちといたぶるようなタイプの男なのです。
 私は、この狼田が好きにはなれませんでした。はっきり言ってしまうと、典型的な弱いヤンキーの気質なんですよね。弱い者には強く、強い者には媚びへつらう……しかも、我々の前では四六時中しょうもない武勇伝ばかりしてました。
 以前にも書いた通り、私はヤンキーではありません。したがって、事実かどうかも分からないケンカ話などには興味はありませんでした。また、周りの人間たちも辟易しているようでしたね。実際、本当にヤバい時には小さくなっているような男でしたし。
 そんなこんなで、私は狼田からは距離を置いていました。はっきり言いますと、私は狼田を口だけの男だと思っていたのです。周りの人間も狼田を「あいつは言うだけ番長だ」などと言っていました。



 時は流れ、高校を卒業して狼田とは会わなくなりました。やがて、成人の日を迎えます。
 実は私、成人式には出席していません。その日は、建設現場のバイトに行っていました。とは言っても、どうしてもバイトに行かなくてはならない事情があったわけでもありません。要は「成人式に行かない俺カッケー」みたいな思いに突き動かされていたのです。ちなみに、私の友人たち数人も成人式には出席してません。私は、そんなバカ共の一人だったのです。
 話を戻しますと、私は土方のバイトを終えると、家でくつろいでいました。よくは覚えていませんが、ニュースで「荒れる成人式」みたいな報道をしていたのは記憶にあります。成人式で暴れるなんて、カッコわりーな……と思ったのも覚えてます。
 その時、不意に友人から電話が来ました。

(おい板倉、大変だぞ。狼田って奴を覚えてるか?)

 友人は、いきなり訳の分からないことを言ってきました。

「んー、覚えてるよ。あいつがどうかしたの?」

 私が聞き返すと、とんでもない言葉が飛んできたのです。

(あいつさ、人を殺したんだって)



 友人が、狼田の同級生から聞いた話によると……狼田の家に、当時つきあっていた彼女が訪れたそうなのです。
 彼女は、狼田に言いました。

「あたし、この人と付き合うことにしたから」

 そんな彼女の隣には、見知らぬ男がいたそうです。
 次の瞬間、狼田は台所の包丁を手にして、その男を滅多刺しにした……とのことです。



 私には、当時の詳しい状況は分かりません。分からないながらも推理すると、この狼田の彼女の連れていた男(便宜上Aくんとします)というのが、ちょっと軽率だったのかもしれません。狼田という男は、日頃から大きなことを言っていました。そんな狼田に、彼女も嫌気がさしていたのでしょう。
 そんな時に彼女はAくんと出会い、Aくんは「狼田なんて奴、どうせ口だけなんだろ? いざとなったら俺がブッ飛ばしてやるから、嫌なら別れるってはっきり言った方がいいよ」と彼女に忠告したのではないでしょうか。結果、このような痛ましい事件が起きてしまったのではないかと思います。
 もちろん、一番悪いのは狼田であることは言うまでもありません。ただ、世の中にはこうした人間もいます。別れ話のもつれから、刺した刺された……これは、古今東西どこにでもある事件です。今後もまた、尽きることはないでしょう。皆さんも、くれぐれも気をつけて下さい。
 ちなみに、狼田は何故か彼女のことは傷つけなかったそうです。

 私の目から見て、狼田はさほど凶悪なタイプではありません。むしろ、気が弱いけど足の震えを隠してイキがっている、どこにでもいる若者でした。
 ところが、人殺しになってしまった……これは、狼田のもともとの性格もあるでしょう。しかし、常日頃の態度もあるような気がするんですよね。「ブッ飛ばす」「殺そうかと思ったぜ」そんな言葉を、日頃から吐きまくっていた狼田。しかも狼田の場合「殺すよ(笑)」みたいな冗談めいた言葉ではなく、「あの野郎、刺しといた方が良かったんじゃねえのか」などと具体的だったのです。
 言っている本人は軽い気持ちだったのかもしれませんが、自身の吐いていた言葉に知らず知らずのうちに支配されていた部分があったのかもしれません。
 虚言症の中には、自分の嘘を本当に信じてしまう人もいるそうです。狼田もまた、自分の言葉を信じてしまい「俺は人を殺せる人間だ」と思いこんでしまった部分があったのかもしれません……。
 もちろん、これは全て私の憶測です。普段は平凡なサラリーマンだった人が、別れ話のもつれから人を殺すというケースもあります。狼田の事件も、別れ話のもつれという括りに入れるのが正解なのかもしれません。
 ただ、日本には言霊という考え方もあります。口に出す言葉が、果たしてどんな影響をもたらすか……くれぐれも、口には気を付けたいものですね。




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