灰色のエッセイ

板倉恭司

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渋谷での話

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 これは、ちょっと昔の出来事です。
 ある日の昼間、私は仕事の関係で渋谷のセンター街を歩いておりました。本当は人と待ち合わせをしていたのですが、向こうから少々……いや、かなり遅れるとの連絡が入ったのです。そのため、私はセンター街をひとりでぶらぶらして暇を潰していました。
 その時です。

「すみません、これを見ていただけませんか」

 不意に後ろから声をかけられ、同時にビラのような物が差し出されました。
 私は立ち止まり、声の主の方を向きます。そこにいたのは、短髪で鬚面の男でした。ただし、髪も髭もオシャレに刈り揃えられています。服も派手すぎず地味すぎず、センスを感じさせます。例えて言うなら、芸人のケンドーコバヤシさんを二十キロほど細くした感じでしょうか。年齢は二十代半ばかと思われます。
 しかし、そのケンコバもどきが差し出してきたのは、いかにもオシャレな雰囲気が漂う古着屋のビラでした。
 思わず呆気にとられてしまいました。私の見た目はというと、頭は五厘刈りで顔は濃く、身長は百七十センチ強ですが、当時はウエイトトレーニングをガンガンにやってて(今もですが)体重は八十五キロ前後です。知人からは「板倉はプエルトリコの囚人に似ている」と言われました。さらに当時の服装は、首周りがデロデロに伸びたTシャツにGパン、足には千円以下の靴。誰が見ても、オシャレな古着屋なんかに興味を持つようなタイプには見えないでしょう。
 しかし、ケンコバもどきはニコニコしながら私に話しかけてきます。

「こちらへは、何しに来たんですか?」

「いや、ちょっと仕事で……」

 言いながら、ゆっくりと歩き出します。いくら何でも、その場を離れれば付いて来ないだろうと思ったわけです。
 しかし、ケンコバもどきはニコニコしながら、私の横に並んで歩き出しました。そして、一方的に語り続けます。

「いやあ、もちろん商売も大切なんですが……自分は商売を通じて色んな人と知り合ったり、触れ合ったりできるのが好きなんですよね」

 そんなことを言いながら、私と並んで歩くケンコバもどき。私は笑みを浮かべて相づちを打ちながらも、このケンコバもどきの態度には困惑していました。

 こいつ、何が目的なんだ?

 先ほども書きましたように、私はどう見ても金持ちには見えません。オシャレな男でもありません。
 さらに言うと、渋谷のセンター街は昼間でも人通りが多いです。頭が痛くなるくらいに、人が大勢歩いています。そんな人混みの中で、古着屋の店長が何故『プエルトリコの囚人』などと評されるような私にピンポイントで声をかけてきたのか? まったく理解不能なのです。

 ひょっとしたら、犯罪がらみか?

 とっさに浮かんだのは、その言葉でした。ひょっとしたら、この男はヤクザの企業舎弟か何かで、昼間からブラブラしている私(仕事中なのですが)をスカウトしようと考えたのかもしれません。
 あるいは、私をハメて何かとんでもない事をやらせようとしているのでしょうか。

 こいつ、俺に近づいて来た目的は何だ? 

 頭の中で考えを巡らせ歩いてる私に、ケンコバもどきはなおも語り続けています。詳しい話の内容は今となって覚えていませんが、客商売は大変だがやりがいもある、といったものであったように記憶しています。
 しかし、さすがのケンコバもどきも、私の態度から何かを察知したようです。

「お忙しいところ、すみませんでした。よかったら、店の方に顔だけでも出してみてください」

 犯罪者のアジトなんかに誰が行くか、などと内心で思いながら、私はにこやかに会釈してその場を離れました。



 それから、しばらく経ったある日のことです。
 私は知人と会った時、この時の話をしました。いったい何が目的だったのか、未だに分からないと……知人は最後まで黙って聞いていましたが「これは俺の想像だけど……」と前置きして、おもむろに語り始めました。

「板倉、それはホモにナンパされただけなのかもしれないぞ」

 真相は未だ不明ですが、もしナンパだとしたら……ケンコバもどきさんには二重の意味で、すみませんと謝りたいですね。犯罪がらみの話だと決めつけていたことと、私にはそっちの趣味は無いことを。




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