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六月九日 将太、思わぬ展開に戸惑う
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その手紙の存在に気づいたのは、夕方になってからだった。
その日、桜田将太は久しぶりにトレーニングに励んでいた。昼間に軽く五キロのランニングを終え、昼食を食べた後、夕方にウエイト・トレーニングのジムに行った。そこで徹底的に体をいじめ抜く。自らのうちに蠢く闇を、汗と共に体から追い出そうとしているかのように。
ひたすらバーベルを挙げ、ダンベルを振り、そしてマシンを動かし筋肉を鍛え抜く。その様は、端から見れば何かに取り憑かれているかのようだった。
二時間ほどのトレーニングを終えると、将太はまっすぐ家に帰った。すぐさまポストの中をチェックする。
何を宣伝しているかも分からない多種多様なチラシに混じって、大きな封筒が入っている。もちろん差出人は書かれていなかった。それ以前に、郵便局から配達されたものでは無さそうである。切手も貼られていないし、ハンコも押されていない。間違いなく、誰かがポストの中に直接ほうり込んだのだ。
封筒をさりげなくチラシの間に隠し、将太は自宅に入っていく。
封筒を開いてみた。
中には写真が二枚、それに何やらビッシリと字が書かれた紙が一枚、さらにメモ用紙が一枚入っていた。
将太は写真を手に取る。まだ若く、痩せこけた青年が写っていた。いかにも不健康そうな表情で、目つきは病的な鋭さである。髪は長めで清潔さには欠けていた。ラフな服装で、町の片隅にて立っている姿が写し出されている。隠し撮りでもしたのだろうか。あるいは、知人が撮ったものか。
いずれにせよ、まともな社会生活を営んでいる品行方正な好青年だとは思えない姿だ。
さらに、メモ用紙にはこう書かれていた。
(この男こそが、真幌市の連続絞殺事件の真犯人です。野放しにしておけば、この先ずっと人を殺し続けるでしょう。この男が死ねば、あなたは一千万円を受け取ります)
もう一枚の紙には、その青年のものらしき住所や電話番号などがこと細かに書かれている。
どういうことだろうか? と将太は思った。今回ばかりは、あまりにも怪し過ぎる。連続絞殺事件に関しては、警察が重要参考人に事情を聴取していると発表していた。だが、その後も事件は続いているらしい。模倣犯であるとの見方もあるが、似た事件が続いているのは確かだ。
かと言って、真犯人がこの男だと言われても、にわかには信じられない。そもそも、紙に書かれているのは男の住所と電話番号、さらに現在の行動パターンだけだ。これだけで、真幌の絞殺魔だと決めつけて動いていいのだろうか。
前回の場合、ターゲットとなった佐藤隆司にはちゃんとした証拠があった。いや証拠というよりは、犯した罪の記録である。
ところが、今回の場合は勝手が違う。本当に真幌の絞殺魔であるのかどうなのか……その上、相手を殺せとまで言っているのだ。
将太はこれまで、何人もの人間を殺してきた。わかっている限り、五人の人間が将太の手により命を落としている。さらに、自分の暴力がきっかけとなり、後に死んだ者もいたかもしれない。今さら、人殺しに対し躊躇などしない。殺さなければならない相手なら、容赦なく殺す。
ただ、それが無実の人間であるなら話は別だ。今まで将太が殺した相手は全て、自分との闘いの果てに死んだ。将太は事前に警告し、そして闘い殺した。さらに言うなら、その全員が一般人ではない。町の平和を乱すごろつきであった。死んだとしても、将太の心は痛まない。
だが、今回はどうなのだろう。この手紙に書かれたことを鵜呑みにしてしまっていいのだろうか。もし、この男が真犯人でなかったとしたら?
困惑する将太の耳に、テレビから聞こえてきた声が届いた。ハッと顔を上げる。
(これは、模倣犯なのでしょうか? それとも、これまでと同じ絞殺魔の仕業なのでしょうか? いずれにしても、事件の早急な解決が待たれます……)
レポーターの重々しい声が聞こえてきた。テレビ画面には、どこかの家が映し出されている。どうやら、絞殺された被害者の家のようだ。
連続絞殺事件は、まだ終わっていないのだ。何人もの罪の無い女たちが、首を絞められて殺された。そして、むごたらしい姿を晒していたのだ。その被害者の数は、将太が知っているだけで十人を超えているはずだ。
もし仮に、この男が真幌の絞殺魔だったとしたら? この男が、あちこちで歪んだ欲望を満たすために殺人を続けているのだとしたら?
将太は写真を手に取り、もう一度じっくりと眺めて見た。果たして、この男が本当に真幌の絞殺魔なのだろうか? 見た感じは、そこらのチンピラと代わりない。連続絞殺事件のような、大それたことをしでかすタイプには見えないが。
しかし、この男が真犯人なのだとしたら……見てみぬふりは出来ない。自分の手で仕留める。
だからこそ、自分の目と耳で確かめる必要がある。
明日にでも、男の自宅とその周辺を見に行ってみるとしよう。あの男が果たして真犯人なのかどうか、それを自身で確かめるのだ。
もし、奴が真犯人だと判明したなら……。
その時は、俺がこの手で殺す。
その日、桜田将太は久しぶりにトレーニングに励んでいた。昼間に軽く五キロのランニングを終え、昼食を食べた後、夕方にウエイト・トレーニングのジムに行った。そこで徹底的に体をいじめ抜く。自らのうちに蠢く闇を、汗と共に体から追い出そうとしているかのように。
ひたすらバーベルを挙げ、ダンベルを振り、そしてマシンを動かし筋肉を鍛え抜く。その様は、端から見れば何かに取り憑かれているかのようだった。
二時間ほどのトレーニングを終えると、将太はまっすぐ家に帰った。すぐさまポストの中をチェックする。
何を宣伝しているかも分からない多種多様なチラシに混じって、大きな封筒が入っている。もちろん差出人は書かれていなかった。それ以前に、郵便局から配達されたものでは無さそうである。切手も貼られていないし、ハンコも押されていない。間違いなく、誰かがポストの中に直接ほうり込んだのだ。
封筒をさりげなくチラシの間に隠し、将太は自宅に入っていく。
封筒を開いてみた。
中には写真が二枚、それに何やらビッシリと字が書かれた紙が一枚、さらにメモ用紙が一枚入っていた。
将太は写真を手に取る。まだ若く、痩せこけた青年が写っていた。いかにも不健康そうな表情で、目つきは病的な鋭さである。髪は長めで清潔さには欠けていた。ラフな服装で、町の片隅にて立っている姿が写し出されている。隠し撮りでもしたのだろうか。あるいは、知人が撮ったものか。
いずれにせよ、まともな社会生活を営んでいる品行方正な好青年だとは思えない姿だ。
さらに、メモ用紙にはこう書かれていた。
(この男こそが、真幌市の連続絞殺事件の真犯人です。野放しにしておけば、この先ずっと人を殺し続けるでしょう。この男が死ねば、あなたは一千万円を受け取ります)
もう一枚の紙には、その青年のものらしき住所や電話番号などがこと細かに書かれている。
どういうことだろうか? と将太は思った。今回ばかりは、あまりにも怪し過ぎる。連続絞殺事件に関しては、警察が重要参考人に事情を聴取していると発表していた。だが、その後も事件は続いているらしい。模倣犯であるとの見方もあるが、似た事件が続いているのは確かだ。
かと言って、真犯人がこの男だと言われても、にわかには信じられない。そもそも、紙に書かれているのは男の住所と電話番号、さらに現在の行動パターンだけだ。これだけで、真幌の絞殺魔だと決めつけて動いていいのだろうか。
前回の場合、ターゲットとなった佐藤隆司にはちゃんとした証拠があった。いや証拠というよりは、犯した罪の記録である。
ところが、今回の場合は勝手が違う。本当に真幌の絞殺魔であるのかどうなのか……その上、相手を殺せとまで言っているのだ。
将太はこれまで、何人もの人間を殺してきた。わかっている限り、五人の人間が将太の手により命を落としている。さらに、自分の暴力がきっかけとなり、後に死んだ者もいたかもしれない。今さら、人殺しに対し躊躇などしない。殺さなければならない相手なら、容赦なく殺す。
ただ、それが無実の人間であるなら話は別だ。今まで将太が殺した相手は全て、自分との闘いの果てに死んだ。将太は事前に警告し、そして闘い殺した。さらに言うなら、その全員が一般人ではない。町の平和を乱すごろつきであった。死んだとしても、将太の心は痛まない。
だが、今回はどうなのだろう。この手紙に書かれたことを鵜呑みにしてしまっていいのだろうか。もし、この男が真犯人でなかったとしたら?
困惑する将太の耳に、テレビから聞こえてきた声が届いた。ハッと顔を上げる。
(これは、模倣犯なのでしょうか? それとも、これまでと同じ絞殺魔の仕業なのでしょうか? いずれにしても、事件の早急な解決が待たれます……)
レポーターの重々しい声が聞こえてきた。テレビ画面には、どこかの家が映し出されている。どうやら、絞殺された被害者の家のようだ。
連続絞殺事件は、まだ終わっていないのだ。何人もの罪の無い女たちが、首を絞められて殺された。そして、むごたらしい姿を晒していたのだ。その被害者の数は、将太が知っているだけで十人を超えているはずだ。
もし仮に、この男が真幌の絞殺魔だったとしたら? この男が、あちこちで歪んだ欲望を満たすために殺人を続けているのだとしたら?
将太は写真を手に取り、もう一度じっくりと眺めて見た。果たして、この男が本当に真幌の絞殺魔なのだろうか? 見た感じは、そこらのチンピラと代わりない。連続絞殺事件のような、大それたことをしでかすタイプには見えないが。
しかし、この男が真犯人なのだとしたら……見てみぬふりは出来ない。自分の手で仕留める。
だからこそ、自分の目と耳で確かめる必要がある。
明日にでも、男の自宅とその周辺を見に行ってみるとしよう。あの男が果たして真犯人なのかどうか、それを自身で確かめるのだ。
もし、奴が真犯人だと判明したなら……。
その時は、俺がこの手で殺す。
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