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六月七日 隆司、事件を振り返る
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何もわからなかった。
佐藤隆司は、自らの起こした傷害致死事件を振り返ってみようとした。被害者であり、今は墓の中に眠っている本田智久。その男の人生を、掘り起こそうと試みていたのだ。
昨日、自分はバイトをクビになってしまった。その裏には、何者かの意思が働いているように思われる。自分に何らかの恨みを持つ者が、会社に過去の前科を密告した……そうとしか思えない。今の隆司に恨みを持つ者といえば、考えられるのは本田の関係者である。
しかし、本田は天涯孤独の身の上だった。裁判の時、弁護士に聞いたのだが……あの男の両親は、既に亡くなっている。彼は幼少期を養護施設で過ごしたが、手の付けられない問題児だったらしい。小学生の時からケンカや万引きは当たり前、中学生になるとタバコを吸い始め、カツアゲやバイクなどの窃盗、果ては覚醒剤を打ったり路上強盗までしていたらしい。
言うまでもなく、まともなルートからは完全にドロップアウトしている。高校はおろか、中学校すらろくに通わないまま成長し、少年院や少年刑務所とシャバを行ったり来たりするような男だった……とのことだ。少なくとも、弁護士はそう言っていた。
その素行の悪さが、隆司の裁判の時に有利に働いたのも確かである。一般的にこうした事件の場合、加害者の素行もさることながら、被害者の素行もまた刑の重さに関係してくる。前科十犯のヤクザを殺害した場合と、ボランティア団体に多額の寄付をしている心優しき青年実業家を殺害した場合とでは、判決に大きな違いが出てくる。
隆司の場合もそうだった。本田は、塀の内と外を行き来する筋金入りの不良青年であり、かつ天涯孤独の身であった。前科も多々ある。一方の隆司は前科前歴のない、極めてまっとうな人生を歩んできた青年である。しかも、自分の彼女を守ろうとしての犯行なのだ。その両者の素行の差が、刑を軽くするのに役立った。
もしこれが、喧嘩で怪我を負わせた……というような単純な事件だったら、恐らくは執行猶予で済んでいただろう。それどころか、正当防衛で無罪放免となっていた可能性もあるのだ。
あいつが死ななければ、俺は刑務所に行かずに済んだのだ。
なのに、あいつは死んでからも、俺の人生に取り憑く気なのかよ?
隆司の胸に、再び暗い感情が湧き上がる。だが、その思いをどうにか押し殺した。今さらそんなことを言っていても、何にもならない。
そして、隆司は考えた。今の自分に恨みがある者がいるとすれば、それは本田の関係者であろう。しかし、彼に親兄弟はいないのだ。となると、本田の友人もしくは彼女だろうか。
だが、そんな者がいるのだろうか? 本田は天涯孤独で、さらに筋金入りの不良少年だった。周りからの評判も悪く、事件の当日に行動を共にしていたふたりですら、本田の悪口を言っていたくらいなのだ。
(いや、俺たちは嫌だって言ったんですよ。でも本田の奴が、いきなりトチ狂い出したんです。俺たちは、本当に何もしてないんですよ。むしろ、本田を止めようとしたんですから)
裁判の時、ふたりはそう証言した。それまでは、徹底して隆司を悪人に仕立てあげるような証言を繰り返していたのだ。いきなり殴りかかってきた、などと供述していたとも聞いている。
ところが、芦田美礼を三人で襲おうとした事実が公になりそうになると、彼らは手のひらを返した。自分たちは悪くない、悪いのは本田。そう繰り返すようになったのだ。結局のところ、死人に全てを押し付ける道を選んだらしい。
もっとも結果的には、そのために隆司の刑は軽くなったのだ。目の前で彼女が強姦されそうになって逆上し、彼女を守るために角材で本田を殴り死なせてしまった……情状酌量の余地ありと判断され、七年の刑で済んだのだ。
正直なところ、隆司はその判決でも不服だった。なぜ、自分が殺人犯として裁かれなくてはならないのか? 自分と、美礼の身を守っただけのはずだ。
それなのに、なぜ犯罪者として刑務所に行かなくてはならないのか?
その後、隆司は最高裁まで争った。しかし、判決は覆らなかった。傷害致死で七年……情状酌量の余地があったとはいえ、決め手となったのは、落ちていた角材を拾い、怒りに任せて執拗に何度も殴ったことであった。自分と彼女を守るためとはいえ、やり過ぎであると判断されたのだ。その部分に関しては、どこから見ても言い訳が出来なかった。むしろ、殺人罪で裁かれなかったのがせめてもの幸い……と捉えるべきなのであろう。
最終的に懲役七年の判決は覆らず、隆司は刑務所に行った。
結果、隆司は七年もの年月を空費してしまったのである。そこで得た知識は、シャバでのまともな暮らしには何の役にも立たないものばかりだった。
そう……刑務所は善い人間を悪く、悪い人間をさらに悪くする効果しかない。生まれながらの悪党に囲まれて生活し、様々な話を聞かされるのだ。朱に交われば赤くなる、という言葉があるが、周囲の環境が人間に与える影響は計り知れないものがある。
しかも、出所してからも前科の影響は消えない。ネットで名前を検索すれば、過去の前科前歴などは簡単に調べられるのだ。
隆司は今まで、そんな事は考えもしなかった。しかし、実際に自分が逮捕され刑務所に行き、さらに今回の件により初めて理解できたのだ。この世界は、本当に冷酷である。
その後、さらにネットで本田智久について調べてみたが、大したことはわからなかった。そもそも、本田のことなど話題にすらなっていない。そんな人間のために、復讐しようなどという人間がいるとは思えなかった。
隆司は途方に暮れ、ため息をつく。結局、何も分からないままだ。自分を陥れようとしているのは、いったい何者なのだろうか?
その時、ふと思いついたことがあった。隆司は念のため、自身の名前を検索してみる。
だが、引っ掛かった件数はあまりに多かった。そこで今度は「佐藤隆司 傷害致死」で検索してみた。
数分後、隆司は見たことを後悔した。他の大物犯罪者と比べると、大した扱いではない。それでも、自分の起こした事件の記事は載っている。
さらに、匿名のコメントも。
「結局、こいつ人殺しでしょ?」
「普通、角材で死ぬまで殴らねえよな」
「人殺して七年で済むなんて、甘いよな」
佐藤隆司は、自らの起こした傷害致死事件を振り返ってみようとした。被害者であり、今は墓の中に眠っている本田智久。その男の人生を、掘り起こそうと試みていたのだ。
昨日、自分はバイトをクビになってしまった。その裏には、何者かの意思が働いているように思われる。自分に何らかの恨みを持つ者が、会社に過去の前科を密告した……そうとしか思えない。今の隆司に恨みを持つ者といえば、考えられるのは本田の関係者である。
しかし、本田は天涯孤独の身の上だった。裁判の時、弁護士に聞いたのだが……あの男の両親は、既に亡くなっている。彼は幼少期を養護施設で過ごしたが、手の付けられない問題児だったらしい。小学生の時からケンカや万引きは当たり前、中学生になるとタバコを吸い始め、カツアゲやバイクなどの窃盗、果ては覚醒剤を打ったり路上強盗までしていたらしい。
言うまでもなく、まともなルートからは完全にドロップアウトしている。高校はおろか、中学校すらろくに通わないまま成長し、少年院や少年刑務所とシャバを行ったり来たりするような男だった……とのことだ。少なくとも、弁護士はそう言っていた。
その素行の悪さが、隆司の裁判の時に有利に働いたのも確かである。一般的にこうした事件の場合、加害者の素行もさることながら、被害者の素行もまた刑の重さに関係してくる。前科十犯のヤクザを殺害した場合と、ボランティア団体に多額の寄付をしている心優しき青年実業家を殺害した場合とでは、判決に大きな違いが出てくる。
隆司の場合もそうだった。本田は、塀の内と外を行き来する筋金入りの不良青年であり、かつ天涯孤独の身であった。前科も多々ある。一方の隆司は前科前歴のない、極めてまっとうな人生を歩んできた青年である。しかも、自分の彼女を守ろうとしての犯行なのだ。その両者の素行の差が、刑を軽くするのに役立った。
もしこれが、喧嘩で怪我を負わせた……というような単純な事件だったら、恐らくは執行猶予で済んでいただろう。それどころか、正当防衛で無罪放免となっていた可能性もあるのだ。
あいつが死ななければ、俺は刑務所に行かずに済んだのだ。
なのに、あいつは死んでからも、俺の人生に取り憑く気なのかよ?
隆司の胸に、再び暗い感情が湧き上がる。だが、その思いをどうにか押し殺した。今さらそんなことを言っていても、何にもならない。
そして、隆司は考えた。今の自分に恨みがある者がいるとすれば、それは本田の関係者であろう。しかし、彼に親兄弟はいないのだ。となると、本田の友人もしくは彼女だろうか。
だが、そんな者がいるのだろうか? 本田は天涯孤独で、さらに筋金入りの不良少年だった。周りからの評判も悪く、事件の当日に行動を共にしていたふたりですら、本田の悪口を言っていたくらいなのだ。
(いや、俺たちは嫌だって言ったんですよ。でも本田の奴が、いきなりトチ狂い出したんです。俺たちは、本当に何もしてないんですよ。むしろ、本田を止めようとしたんですから)
裁判の時、ふたりはそう証言した。それまでは、徹底して隆司を悪人に仕立てあげるような証言を繰り返していたのだ。いきなり殴りかかってきた、などと供述していたとも聞いている。
ところが、芦田美礼を三人で襲おうとした事実が公になりそうになると、彼らは手のひらを返した。自分たちは悪くない、悪いのは本田。そう繰り返すようになったのだ。結局のところ、死人に全てを押し付ける道を選んだらしい。
もっとも結果的には、そのために隆司の刑は軽くなったのだ。目の前で彼女が強姦されそうになって逆上し、彼女を守るために角材で本田を殴り死なせてしまった……情状酌量の余地ありと判断され、七年の刑で済んだのだ。
正直なところ、隆司はその判決でも不服だった。なぜ、自分が殺人犯として裁かれなくてはならないのか? 自分と、美礼の身を守っただけのはずだ。
それなのに、なぜ犯罪者として刑務所に行かなくてはならないのか?
その後、隆司は最高裁まで争った。しかし、判決は覆らなかった。傷害致死で七年……情状酌量の余地があったとはいえ、決め手となったのは、落ちていた角材を拾い、怒りに任せて執拗に何度も殴ったことであった。自分と彼女を守るためとはいえ、やり過ぎであると判断されたのだ。その部分に関しては、どこから見ても言い訳が出来なかった。むしろ、殺人罪で裁かれなかったのがせめてもの幸い……と捉えるべきなのであろう。
最終的に懲役七年の判決は覆らず、隆司は刑務所に行った。
結果、隆司は七年もの年月を空費してしまったのである。そこで得た知識は、シャバでのまともな暮らしには何の役にも立たないものばかりだった。
そう……刑務所は善い人間を悪く、悪い人間をさらに悪くする効果しかない。生まれながらの悪党に囲まれて生活し、様々な話を聞かされるのだ。朱に交われば赤くなる、という言葉があるが、周囲の環境が人間に与える影響は計り知れないものがある。
しかも、出所してからも前科の影響は消えない。ネットで名前を検索すれば、過去の前科前歴などは簡単に調べられるのだ。
隆司は今まで、そんな事は考えもしなかった。しかし、実際に自分が逮捕され刑務所に行き、さらに今回の件により初めて理解できたのだ。この世界は、本当に冷酷である。
その後、さらにネットで本田智久について調べてみたが、大したことはわからなかった。そもそも、本田のことなど話題にすらなっていない。そんな人間のために、復讐しようなどという人間がいるとは思えなかった。
隆司は途方に暮れ、ため息をつく。結局、何も分からないままだ。自分を陥れようとしているのは、いったい何者なのだろうか?
その時、ふと思いついたことがあった。隆司は念のため、自身の名前を検索してみる。
だが、引っ掛かった件数はあまりに多かった。そこで今度は「佐藤隆司 傷害致死」で検索してみた。
数分後、隆司は見たことを後悔した。他の大物犯罪者と比べると、大した扱いではない。それでも、自分の起こした事件の記事は載っている。
さらに、匿名のコメントも。
「結局、こいつ人殺しでしょ?」
「普通、角材で死ぬまで殴らねえよな」
「人殺して七年で済むなんて、甘いよな」
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