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ジョウジ、やりきれぬものを感じる

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「私は明日、貴族の元に行く。あなたと会うのも、今日が最後だ」

 そう言うと、ホムンクルスはジョウジを見つめる。その瞳は、あまりにも悲しげだった。



 夜のセールイ村、ジョウジは外で地べたに座っていた。傍らにはホムンクルスがいる。ふたりは毎晩、こうして会い他愛ない話をする。僅かな時間ではあったが、ジョウジにとって、何物にも換えがたい幸せな一時だった。
 だが、それも今日で終わりだ。ホムンクルスは明日、王都に住む貴族の元に行く。その後は、貴族専用の奴隷として仕えることとなる。
 ジョウジは胸の痛みを感じ、視線を逸らした。こんな気持ちは、生まれて初めてだ。どう対処していいのか、全くわからない。しかも、今日に限ってココナもいないのだ。いつもなら「ニャニャ!」などと言いながら、ホムンクルスにじゃれついて行くのだが……今夜は何故か来なかった。

 ユウキ博士、俺はどうしたらいいんですか?

 ジョウジは、心の中でユウキ博士に語りかけた。どうすればいいのか、わからない。
 ホムンクルスに会えなくなる。それは、とても悲しいことだ。

「私はこの先、あなたと会えなくなる。それはとても悲しいことだ。出来ることなら、あなたと一緒にいたい。だが、それは無理なのだ」

 ホムンクルスは、悲しげな表情で呟いた。
 その言葉を聞いたジョウジは、もう我慢できなくなった。やにわにホムンクルスの手を掴む。

「俺やココナと、一緒に行こう。一緒に、ここから逃げるんだ!」

 ジョウジは声を震わせながら、真剣な表情で言葉を発した。
 だが、ホムンクルスは首を振る。

「私もそうしたい。だが、それは出来ない」

「なぜだ!」

 語気鋭く迫った。だが、ホムンクルスの濡れた瞳に見つめられ、動きが止まる。

「私があなたと一緒に行ってしまったら、この村の人たちが困るのだ。この村には、お金が必要……私が貴族に仕えなければ、村の人たちの生活が成り立たない。私がこの世に存在できるのは、村の人たちのお陰なのだ……村の人たちを、辛い目に遭わせたくない」

 ホムンクルスの言葉は、身を切られるような悲しみに満ちていた。ジョウジは何も言えず、黙って下を向く。
 ホムンクルスは、自分と全く同じなのだ……自分は街の片隅で組織の人間に拾われ、ユウキ博士に育てられた。成長してからは、組織の人間の命ずる任務のために、何人もの人間を殺してきた。結局、組織によって創られたホムンクルスのようなものだ。
 目の前にいるホムンクルスも、村の人間によって創られ、育てられた。明日には、村のために貴族に売られていく。
 ホムンクルスは自分に出会わなければ、何も感じないまま貴族の元に行っていたはずなのだ。彼女にとって、それが人生の全てなのだから。
 だが、ホムンクルスは自分と出会ってしまった。
 もし自分がこの世界に来た直後、棺桶の蓋を開けなかったら?

「私のことより、あなたの話を聞かせてくれ。あなたは今まで、どんな場所にいたのだ?」

 突然のホムンクルスの問いに、ジョウジは戸惑った。
 だが、少しの間を置き語り始める。

「俺は、こことは違う世界から来たんだ」

「違う世界?」

「ああ、違う世界だ」

 そう言った後、ジョウジは語り出した。自分の居た世界の話を……。



「それは凄いな。遠くにいる人間と会話が出来るのか?」

「ああ、そうさ。他にも、高速で移動できる乗り物もある。水も、わざわざ汲みに行く必要がないんだ。食べ物も、この世界とは比較的にならないくらい美味しい。夜だって、松明が無くても明るい」

 そう、ネオ・トーキョーは……こと生活という面においては、この世界とは比較にならないくらい恵まれていた。実際、ジョウジもこの世界の不便さにだけは、まだ慣れることが出来ない。
 しかし、向こうでは得られなかったものが、ここにはある。

「私にはわからない。あなたはなぜ、こちらの世界に来たのだ?」

 ホムンクルスの質問に対し、ジョウジは首を横に振った。

「俺にだってわからないよ。ひょっとしたら、神の為せる業かもしれない」

「神?」

「そうさ。俺はあんたを助けるために、神によってこの世界に送り込まれたのかもしれない」

 そう言って、ジョウジは笑う。彼にとって、人生で初めての冗談……のつもりだったのだが、ホムンクルスはにこりともしなかった。
 むしろ、顔色はさらに暗くなった。

「神、か。だとしたら、その神とやらは本当に非情だな。私とあなたを、わざわざ出会わせた。挙げ句、このような形で離れなくてはならないような運命にしたのだからな」

 ホムンクルスは笑みを浮かべる。とても悲しそうな笑顔だった。ジョウジは胸が潰れそうな思いを感じながら、そっと目を逸らす。
 星空を見上げた。ホムンクルスには任務がある。セールイ村のために、貴族に仕えるという任務が。
 自分にも、任務がある。元の世界に帰り、ユウキ博士の仇を討つという任務が。──


「ジョウジさん、どうするのですニャ?」

 宿代わりの家に戻ったジョウジを迎えたのは、ココナの言葉だった。彼女は自分の帰りをじっと待っていたらしい。
 いや、ココナだけではなかった。グレイ、ムーラン、チャック、全員が起きていた。明かりを灯し、じっとジョウジを見つめている。

「どうもこうもない。明日、俺たちも村を出る。お前の住めるような場所を探す」

「ホムンクルスさんのことは、いいのですニャ?」
 真面目な顔で、ココナは尋ねる。ジョウジは顔を歪めた。

「あいつには、あいつの仕事がある。仕方ないだろうが」

「ジョウジさんは、あほうですニャ」

 その声からは、怒りが感じられる。ジョウジは面食らい、戸惑いながら言葉を返した。

「あほうじゃなくて魔法だ。それに、俺は魔法使いじゃない」

「わかってますニャ! ジョウジさんは、本物のあほうですニャ!」

 怒鳴ったかと思うと、いきなり立ち上がる。可愛らしい顔を歪め、ジョウジを睨みつけた。
 唖然となるジョウジに向かい、ココナはさらに怒鳴り散らす。

「ホムンクルスさんが可哀想ですニャ! このままだと、人間に売られてしまいますニャ!」

「仕方ないだろう。あいつを売らなきゃ、この村の連中は生活できないんだ。もう夜なんだ。寝ようぜ」
 ジョウジは無理に笑顔を作り、ココナをなだめようとした。そうしながらも、周りに助けてくれという目線を送る。どうにかして、この少女の機嫌が治さねばならない。
 すると、今度はムーランが口を開く。

「ひとつ言っておくよ。あんた、棺桶を開けたと言ってたね。その時点では、ホムンクルスは目覚めてなかった。でも、あんたが開けちまったせいで、ホムンクルスは不完全な状態で目覚めたんだよ。つまり、あのホムンクルスは不良品なのさ。あんたのせいでね」

 静かな声だ。どうやら、ジョウジに加勢する気はないらしい。
 ジョウジは何も言えず、目を逸らしてうつむいた。確かに、自分には責任がある。ホムンクルスを苦しませているのは自分だ、しかし、ホムンクルスをさらうことは出来ない。
 その時、今度はグレイが口を開いた。

「難しく考えることじゃねえだろ。要は、お前がどうしたいか、だ。これから、どうしたいんだ? 決めるのはお前だ」





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