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第20話 明日に向かう逃避行。

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 『グリムガル』と『ソーサラス』との国境の間に出来た関所。
 今そこでは激しい剣戟の音が鳴り響いていた。

 「引くな!押せ!」
 「おい!近くの街に援軍を要請しろ!」

 関所に詰めていた『グリムガル』の兵士はおよそ五十人ほど。
 急遽造られた関所にては多すぎる程の人数である。
 だがそんな王の勅命によって集められた精兵たちは慌てふためいていた。
 無理やり関所を通ろうとした八人組の集団。
 それに突破されようとしていたからだ。
 八人組が槍や剣を折り戦闘力を削ぐのみなので人的被害は出ていないがそれでも既に十人ほどが怪我を負っている。

 「邪魔です!!」

 特に一番最初に剣を振るった少女、アイナは気合が入っているのか獅子奮迅の動きをしていた。
 如何に武器を持った兵士たちが囲んでも一振りで突破してしまう。
 そして彼女以外の少女たちも負けてはいなかった。

 「クソ!こうなったら男を先に!!」

 そう言ってある兵士が荷馬車に隠れている与人に近づこうとするが。

 「悪いけどそれだけはやらせないよ。」

 突如後ろに現れた二刀を持ったティアの手刀によって意識を断ち切られてしまう。
 バタンと倒れた兵士を見下ろしながらティアは風景に溶け込むように消えていくのだった。

 「おい!弓持って来い!遠くから射止めてやr…グハァ!」

 弓による長距離攻撃をしようと画策していた兵士は飛来した何かに当たり気絶してしまう。

 「良好。兵装バスターランチャー最小威力命中。続けて敵の戦闘力を低下に注力します。」

 セラの肩には大型の砲塔がそびえておりそこから魔力で出来た砲弾を発射していた。

 「ま、魔法使える奴は早く使えよ!このままだったら突破されるぞ!」
 「やろうとしてるんだが先から音が邪魔で魔力が練れない!」
 「音!?何言ってるんだ!そんなもの聞こえないぞ!!」

 荷馬車の中では与人のそばでカナデがヴァイオリンを弾いていた。
 その音楽は一定以上の魔力を持つ者にしか聞こえず魔法が使えなくなるというものであった。

 「クソ!こいつら強すぎる!」
 「じ、冗談じゃねえ!俺は逃げるぞ!」
 「ま、待て!?」

 余りの実力差に恐れを抱いたのかある一人の兵士が逃げようとするが目の前に巨大な影が現れその兵士を吹き飛ばす。

 「弱兵め。貴様に誇り高き『グリムガル』の兵士を名乗る資格は無い。」
 「た、隊長!」

 隊長と呼ばれたその男は軽く2m半は超えてそうな大男であり武器である巨大な鉄の棍棒を構えていた。

 「ほう。少しは強そうな奴が出て来たな。」

 そう言いつつ隊長の前に現れたのはリントであった。
 リントは拳を鳴らしながら隊長との距離を詰めていく。

 「随分と荒らしてくれたな。だが俺が来た以上は好きにはさせん。」
 「そう言う事は一人でも倒してから言うんだな。木偶の坊。」
 「そうか。ならお前をまず潰すとしよう。」

 隊長は棍棒を振り上げる。
 それが当たれば並の人間であれば骨が折れるどころではないであろう。
 だがリントは一切逃げる様子も無くただそこに立っている。

 「フン!!」

 そして隊長は一切の躊躇なく棍棒をリントに向かって振るう。
 棍棒は吸い込まれるように当たり周りに土煙が上がる。

 「馬鹿な女だ。」
 「本当にそうかな。」
 「!?!?」

 聞こえるはずの無い声が響き隊長は思わず動揺してしまう。
 土煙が晴れるとそこには一切の傷を負っていないリントの姿があった。
 リントは棍棒を弾き飛ばすと大きく跳びあがる。

 「眠れ。」

 そして落下していくリントの拳は隊長の頭に当たり隊長を大地にめり込ませる。

 「ふぅ~。そっちはどうだ?」
 「…問題ない。」

 リントが気絶させた隊長を確認しつつ振り返ると周りの兵士たちはリルによって制圧されていた。

 「皆さん!乗って下さい、突破します!」

 そう言っているのはユニであった。
 馬に乗ってこちらに合図しているユニを確認すると皆は荷馬車に乗り込む。
 全員が乗り込んだのを確認しユニは馬を走らせる。
 何人かの兵士たちが止めようとするが止められずその荷馬車は悠々と関所を通り抜けるのであった。
 その間わずか十分。
 その場に居合わせた者は余りの出来事に遠巻きに驚くするしか無かった。


 「はぁ~~~。何とかなった。」

 『グリムガル』の兵士を突破し『ソーサラス』の国境に入ったところでようやく与人は大きく息を吐く事が出来た。

 「全く心配性だな主は。あの程度の数の兵士で止められると思っていたのか?」
 「そりゃあ思わないけどさ。それでも何が起こるか分からない訳だし。」

 そのようにリントとの会話をしていると先に偵察をしていたティアが戻って来た。

 「主君『ソーサラス』の様子を見て来たよ。向こうにも関所はあるけど最小限で警戒している様子は無いね。」
 「ありがとティア。」
 「疑問。『グリムガル』は『ソーサラス』に情報を伝達していないのでしょうか?」

 セラの疑問にアイナが顎に手を当て考えつつ答える。

 「国の意地と言うものでしょうか?八人に五十人が突破された訳ですし。」

 アイナの言葉に皆が悩みつつも否定する材料も無いため話はそこで止まる。

 「ともかく関所が問題なく突破出来るのならようやく『ソーサラス』です。旦那様準備は大丈夫ですね?」
 「だ、大丈夫だ。」

 そして与人たちは関所を無事に通り『ソーサラス』の領土に足を踏むのであった。

 「…味気ない。」
 「いやリル。何も無いのが一番だから。」

 リルの言葉に突っ込みつつ与人は『グリムガル』とは違う『ソーサラス』の空気を感じ取っていた。

 「なんか空気が重いというか、こう変な感じ。」
 「恐らくそれは高濃度のマナの影響でしょね。与人さんも気分が悪くなったら言って下さいね。酔いやすいですから。」

 与人はユニに礼を言いつつ目の前の風景を見る。
 いや、正確にはこの先にあるだろう『マキナス』を見ていた。

 「よし行こうか皆!!」

 その言葉に皆が頷き先に進めるのであった。


 ところは変わって『グリムガル』王都エディン。
 兵士からのある報告を聞いた『グリムガル』の王であるマハディーンは怒り狂っていた。

 「お、王よ落ち着いて下さい。」
 「落ち着け?貴様は今、余に落ち着けと言ったか!?この聖なる『ルーンベル』の地を外道の者が蝕んでいくのに貴様は落ち着けと言うか!?」

 マハディーンは剣を取ると怒りを収めようとした臣下を切りつける。
 その臣下は肩を切られ悲鳴を上げつつ玉座の間をのたうち回る。

 「それで奴らの動向はどうなっている。」

 兵士たちによって玉座の間から出される臣下には目もくれずマハディーンは別の臣下に問う。

 「は、は!奴らは『ソーサラス』と入りました。恐らくそこから『オーシェン』を通り『マキナス』へと向かうつもりかと。」
 「ならばすぐに討伐隊を編成しろ。何なら勇者も一人や二人使っても構わん。」
 「そ、それよりも『ソーサラス』に協力を頼んだほうが賢明では?」

 そう文官の一人が言うとマハディーンはその者を睨みつける。

 「貴様。この『ルーンベル』の真の覇者である『グリムガル』の王である余にたかが『ソーサラス』如きに頭を下げろというか。」
 「い、いえ!決してそのような事は!!」

 『グリムガル』の王であるマハディーンは『グリムガル』という国を愛していた。
 それと同時に他の大国である国たちを見下していた。
 それに加え傲慢であり人の話を聞かないという欠点も抱えていた。
 そんな彼にとって他の国に協力を頼むと言う事は屈辱以外の何ものでも無かった。

 「…時間だ。余は礼拝堂に行く。」

 そう言うとマハディーンは玉座から立ち上がり数人の供と共に玉座の間から去って行く。
 文武含めての臣下たちは恐怖を抱え見送る他に無かった。
 マハディーンがしばらく歩いていくと見事な装飾が施された扉があった。

 「礼拝をする。誰であろうと近づけさせるな。」

 護衛の兵士にそう言うとマハディーンは礼拝堂の扉を開け一人で入っていく。
 中に入ると魔法により一斉に明かりが付く。
 そこには黄金で造られた巨大なアーニスを模した像があった。
 マハディーンはアーニス像に跪き日課である礼拝を行う。

 「偉大なるアーニス様、お許しください。おなたの教えに反する愚か者を取り逃してしまいました。」
 「…。」
 「はい。もちろんすぐに追っ手を編成し後を追わせます。」
 「…。」
 「はい。全てはアーニス様のために。」

 マハディーンの声は礼拝堂に溶けていくのであった。


 それから一週間後。

 「ハァ!!」

 アイナの振るう聖剣が赤い色をしたスライムを切り裂き消滅させる。

 「ふぅ。スライム相手も大分慣れてきましたね。」
 「だな。最初は少し手こずったがな。」

 アイナの隣で同じくスライムを吹き飛ばし消滅させたリントが相槌を打つ。
 最初は生物ではないモンスターであるスライムの攻略に苦戦していたが今となっては片手間でも出来る程余裕であった。

 「二人ともお疲れ様です。」

 そこにカナデが近づいて来る。
 三人は先行して与人たちが通る道の安全を確保していた。

 「さて一先ず合流した方がいいな。」
 「そうですね。主様を待った方がいいですね。」

 三人は近くにあった大きな岩に腰かけ雑談をする。

 「ところでだ聖剣。前々から疑問だったのだが。」
 「何ですか?」
 「お前は主のどこに惚れたのだ?」
 「なっ!!」
 「それは私も気になります。アイナさんは旦那様のどこに魅力を?」

 顔を真っ赤にするアイナに対し二人が前のめりになる。

 「な、何故私が主様に惚れていると!?」
 「いや見てれば分かるだろ。ちょっとした事ですぐに嫉妬するからな。」
 「それに距離を縮めようとされているのが丸分かりでしたよ。」
 「い、いやそれはその…。」

 ここ最近のアイナの状況を冷静に言われアイナは思わず顔を伏せる。

 「い、一生懸命頑張っている横顔を見ていたら…。」
 「まったく伝説の聖剣とあろうものが随分と惚れやすいものだな。」
 「そ、そう言うあなたたちはどうなんです!?」

 そう慌てたように言うアイナに対しカナデがまず答える。

 「そうですね、とても良き方だと思います。口では何と言おうと折れぬ芯がありますから。ただ好きかどうかと問われると…。」
 「で、ではリントはどうなんですか!?」

 カナデがそう答え終わるとアイナは当然リントに振る。

 「ん?私も似たようなものだぞ。まあ危なっかしくてほっとけないと言うのはあるがな。」

 そう言うリントの顔はとても優しいものであった。

 「む。」
 「あら。」
 「ん?何だ?」

 ジロジロと自分の顔を見る二人を疑問に思うリント。
 それに対しカナデがニコニコにながら答える。

 「いえ。リントさんと旦那様はまるで姉弟みたいだと思って。」
 「…悔しいですが絆を感じました。」

 カナデに対しアイナはどこか不貞腐れたようにしながら率直に答える。

 「姉弟…か。いまいちピンと来ないがな。庇護対象と言う意味ではあってるかも知れんがな。」
 「フフ。ではそろそろおしゃべりを止めましょうか。旦那様たちの声が近づいて来ました。」

 カナデがそう言ってしばらくして後、与人たちの荷馬車が見えて来た。

 「三人とも問題は無かった?」
 「はい問題ありません。安心してください主様。」

 そう言って答えるアイナの顔はどこか赤かったが幸いにして与人が気づかなかったようである。

 「…でだ主。食料品が尽きはじめたのもあるからな。次で不足品を買い足した方がいいと思うぞ。」
 「賛成。同時に情報を収集するためにしばらく滞在することを進めます。」

 リントとセラの言葉に頷きながら与人は目の前の都市を見る。
 その都市こそ『ソーサラス』の王都マーリに匹敵する大都市であるパラケス。
 大きさに少しビビるが与人は意を決して皆に言うのであった。

 「よし行こう!パラケスへ!!」
 「「「「「「「おー!!」」」」」」」


 与人たちにこれから何が待ち受けているのかはまだ不明であったが、八人は前を向きパラケスへと向かうのであった。
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