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第17話 思いを込めて、全てを込めて。
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お婆さんはベッドにて寝ているお爺さんをジィと見ている。
かつてヴァイオリンの演奏者として名を馳せた手はすっかりやせ細ってしまい今ではスプーンを手にすることも難しい。
お婆さんはその手を握りしめながら今後の事を考える。
伝手を使って様々なヴァイオリン奏者に来てもらい演奏してもらってるがお爺さんを満足させる者はいなかった。
「諦めるべきなのかしら…?」
お爺さんの願いは叶えたいとも彼女も思っている。
だがこれ以上周りに迷惑を掛けるのはお婆さんは良くは思っていない。
知り合いの魔法使いの見立てではもうすぐ耳も聞こえなくなっていくだろうと言われた。
お爺さんが起きたらその事を相談をしようと決めるお婆さん。
きっと悲しい顔をするだろうけれど受け入れるとお婆さんはそう思いつつ握りしめていた手を離し買い物へ向かおうとすると一人の使用人が入って来る。
「奥様。お客様です。」
「あら?誰か約束していたかしら?」
お婆さんは不思議そうに記憶をたどるが思いつかない。
「いえ。アポイントメントはないみたいなのですが、先日の男性と女性。それにもう一人がお尋ねになりました。…どうなされますか?」
「まああのお二人が…他にお客様もいらしゃらないし是非入ってもらって。」
「では客間にお通しします。」
使用人はそう言い一礼すると部屋を出ていく。
お婆さんはお爺さんの顔をもう一回見てからお茶の準備をしに部屋を出る。
「二回目来てもやっぱり慣れないな。」
「そうですね。こう住む世界が違うという感じがしますね。」
客間に通された与人とユニは前よりは緊張せずに二人で話しているがもう一人は喋ろうとせずただジッとしていた。
その黒のドレスのような服を身に纏った細目の女性は何かを思いつめたようにただ一点を見つめている。
「カナデさん大丈夫?」
「…ユニさんお気遣いありがとうございます。ですがご心配は無用です。」
カナデと呼ばれた女性はそう言うと手にヴァイオリンを手にして断言する。
「旦那様に生を受けカナデの名を授かった時から出来る事はただ一つ。最高の演奏をする、ただそれのみですから。」
そうカナデは例の貰い受けたヴァイオリンを『ぎじんか』したヴァイオリン少女である。
名の由来は当然音を奏でるからとったものであるがカナデ本人も気に入っている模様である。
そうこうしている内にお婆さんが客間に入って来た。
「お二人とも先日ぶりですね。…そちらの方はヴァイオリン奏者の方ですか?」
「はい。カナデと言います。憶えてはいないでしょうがあなたとご主人に大変世話になった者です。」
「まあそうなの。本日はそれを言いに来たのかしら?」
「いえそれだけではなく。出来ればご主人に私の演奏を聴いて貰いたいと思い来ました。」
カナデがそう言うとお婆さんは少し困ったような顔をした。
「そう。けどあの人はもう耳が遠くて聞こえるかどうか…。それにお礼も出来ませんし。」
「いえ。礼を貰う為に来たではないですから。」
「私たちの我が儘で聞いて貰いたいのですからお礼なんて必要ありませんよ。」
お婆さんの言葉に与人とユニが食い下がる。
カナデは何も言わず頭を下げる。
「…分かりました。今、主人を起こしますから少しお待ちくださいね。」
それらに動かされたのかお婆さんは客間を出ていく。
「良かったですねカナデさん。」
「ええ。けどここからです。」
カナデはお爺さんがいるであろう方向を見ていた。
お婆さんが戻って来てお爺さんの部屋に通される。
そこにはベットに横になっているお爺さんの姿があった。
カナデはその姿を見て少し手が震えている。
お爺さんはこちらの姿を確認すると声を掛ける。
「あなたですか?駆け込みのヴァイオリン奏者というのは?」
「ええ。カナデと申します。」
お爺さんの声を聴くとカナデは涙を見せながら答える。
長年彼に使われていたヴァイオリンとしては思うところもたくさんあるのだろう。
「どうしましたか?」
「いえ、お世話になった事を思い出して…すみません。」
「そうですか。すみません思い出せなくて。」
「思い出しせなくても仕方がありません。ですがこの恩は返せきれるものではありません。…ですから。」
そう言うとカナデはヴァイオリンを取り出し演奏準備に入る。
「今、私が出来る最高の演奏をあなたに捧げます。」
「そうですか。」
「じゃあ自分たちは外に…。」
「あの出来れば奥さまや旦那様たちにも聞いてもらいたいのですがよろしいですか?」
「それは構いませんが…理由は?」
「今私がここにいるのは皆さんのお陰だと思うからです。故に私の全ての演奏を皆さんにも聞いて貰いたいのです。」
「カナデさん…。」
カナデの説明に納得したのかお爺さんはそのまま聞く体勢に入る。
お婆さんと与人、そしてユニは近くにあった椅子に腰かける。
カナデは深呼吸を一つするとヴァイオリンを弾き始める。
♪~♪~
曲は『ルーンベル』によって作られた曲。
作曲家が想い人に想いを伝える為に作ったと言われる曲である。
カナデは己の染みついた技術の全てを使って表現する。
このお爺さんが初めて自分を手にした時の嬉しさ。
中々評価されない時の挫折感。
共に有名になった時の高揚感。
言葉では伝えきれない思いを込めてカナデは演奏する。
そして演奏が終わった時、聞いていた者は思わず拍手をしていた。
「ユニさん。旦那様。…やり切りました。」
「ああ凄かった。音楽に詳しくは無いけど何か引き込まれた。」
「はい。本当に凄いとしか。」
「二人ともありがとうございます。」
二人とそう話していると拍手しながらお婆さんが近づく。
「ええ本当に。とても心が豊かになる演奏でした。無名なのが信じられないほどです。」
「過分なお褒めの言葉ありがとうございます奥様。」
「過分だなんてとんでもない。あの人も同じ思いのようよ。」
お婆さんが振り向いた方を見るとそこには涙を流し何時までも拍手を続けるお爺さんの姿があった。
「素晴らしい。本当に素晴らしい演奏だった。」
「ありがとうございます。あなたにそう言って貰えたのが何よりの宝です。」
カナデはそう言うと深々とお爺さんに頭を下げる。
「今までの奏者はどの者も金のために奏でているのが丸分かりだった。だがあなたはただ儂を、いや皆を喜ばせるためだけに音を奏でるのが良く分かった。」
「…そのように聞いて下さったら何よりです。私が演奏できるのもあなたとここにいる旦那様のお陰です。」
「そうか。理解者がいれば音は豊かになる。儂がそうだったようにな。…出来ればもう一曲聞かせてはくれないか。」
「一曲とは言わず何度でも。」
カナデは再びヴァイオリンで曲を演奏しだすがお婆さんとユニ、与人は静かに部屋の外に出た。
「ありがとうございます。主人にも良い思い出になったと思います。」
「いえ。そんな…。こっちが聞いて貰いたかっただけですよ。」
「ええ。そんな気にしないでくださいお婆さん。」
「…一つ伝手で聞いた噂話があるの。」
お婆さんは不意に思い出したように別の事を話し出す。
「王が異世界から若者を召喚して『スキル』を授けた際に物に命を与える『アーニス教』に反する『スキル』の持ち主が追放されたと。」
「「!!」」
その話を聞いた途端にユニと与人は思わず動揺してしてしまう。
だがお婆さんはそんな二人を見て優しく笑う。
「心配しないで、突き出したりしないわ。寧ろ感謝しても仕切れないほどなの。」
お婆さんは未だ部屋から聞こえてくるヴァイオリンの演奏を聞きつつ笑顔でそう言う。
「これまで主人と共に演奏してきたあの子が主人が音が聞こえなく前に姿を現し演奏する。考えもしなかった事でけどそれでも十分なほどお話としては出来過ぎなほどでしょ?」
「お婆さん。」
「ありがとう。危険を顧みずあの子を人間にしてくださって。」
そう言ってお婆さんは与人に頭を下げる。
「あ、頭を上げて下さい!」
「そうですよお婆さん。与人さんはそんな事のためにした訳では無いんですから。」
「そう。…けどお礼はさせて。」
「「お礼?」」
ユニと与人が不思議そうに聞き返す。
「ええ。昨日のお話だとこれから旅を続けていくのでしょ?それを援助させて頂戴。」
「あ、ありがたい申し出ですけど…。」
「遠慮は無用よ。どうせ使い道の無いお金なのだから。…ただし誓って欲しい事もあるわ。」
「な、なんでしょう。」
ユニと与人が少し身構えるとお婆さんは優しい笑みを浮かべながら条件を言う。
「何時までもあの子の、カナデちゃんの理解者でいてあげて。そうすれば主人の愛した演奏は何時までも生き続けるわ。そしてどんな困難が起ころうと他人のために行動できるそんなあなた達でいて?」
「…そ、それだけですか?」
「ええ。でも難しい事よ変わらないという事は。」
「大丈夫ですよお婆さん。与人さんはこれからも変わらずカナデさんの、私たちの理解者ですよ。」
与人が答える前にユニが自信満々にお婆さんにそう答える。
その答えに満足したのかお婆さんは近くを通り掛かった使用人に何か言いつける。
「今、使用人に支援の準備をさせています。二日ほど掛かりますが。」
「…何から何まですみません。」
「いえ。きっとこうなる宿命だったのですよ。…今は聞こえてくる音楽を楽しみましょう。」
そう言って三人はお爺さんの部屋から聞こえてくるヴァイオリンの音を聞くのであった。
「改めて旦那様ありがとうございます。これで恩を返す事ができました。」
「いや、こっちが勝手にした事だよ。」
「そうですよカナデさん。」
お爺さんお婆さんの家からの帰り道。
再び礼を言うカナデに対してユニと与人はそう返す。
「寧ろなんか利用して支援させてもらったみたいで悪いな。」
「いえあの方が決めた事ですからそれは気にしなくともいいと思いますよ旦那様。」
「…でさ。さっきの話だけど本当にカナデは旅について来るの?」
「ええ。…お邪魔でしょうか。」
「いやそうじゃないけど…あの家でヴァイオリンを弾いていた方がいいんじゃ?」
実際最初の計画ではカナデはあの家に預けるつもりであったのだ。
だがカナデは旅に同行するのを強く希望したのだ。
与人の言葉にカナデは首を横に振る。
「確かにそれも道の一つでしょう。ですがそれだと旦那様に恩を返す事が出来ません。それに補助魔法は使えますよ。」
「そうなんですね。私も使えますけど主に回復役ですから専門の方がいらっしゃると頼もしいです。」
「…気は変わらないんだな。」
「ええ。それともヴァイオリンではお役に立てませんか?」
「それを言ったら俺は何にも出来ないからな。…改めて歓迎するよカナデ。」
そう言って与人は握手のために手を差し出す。
カナデもそれに応じて二人は固く握手をした。
「フフ、これからよろしくお願いしますねカナデさあ。」
「ウム。新しい仲間の誕生だね。お祝いはした方がいいかな?」
「そうだな。皆にもカナデの演奏を聞いて欲しいし…。って!ティア!?何でここにいるんだ!?」
っと与人が不意に入って来たティアに突っ込む。
カナデとユニもそう言われて気づいてようで非常に驚いていた。
「やあ三人とも。その様子だと演奏会は上手くいったみたいだね。。」
「それはそうだけど。…ティア?ギルドの仕事はどうした?」
そうティアをはじめとしたメンバーはギルドで簡単な仕事をしてもらっていたはずである。
まだ昼間であるし終わるにしても早すぎる。
ティアは与人にそう問われると少し困ったような顔をする。
「ああうん。まあ聞かれるよね。…他にどう言えばいいか分からないから単刀直入に言わせて貰うよ主君。少し問題が起きた。」
「…どんな問題。」
与人はゴクッと唾を飲み込みティアの次の言葉を待つ。
ユニとカナデも緊張の面持ちで聞いている。
「…よく聞いてくれ。リンドが求婚された。」
「「「…はい?」」」
三人の間抜けな声が街中で一つになるのであった。
かつてヴァイオリンの演奏者として名を馳せた手はすっかりやせ細ってしまい今ではスプーンを手にすることも難しい。
お婆さんはその手を握りしめながら今後の事を考える。
伝手を使って様々なヴァイオリン奏者に来てもらい演奏してもらってるがお爺さんを満足させる者はいなかった。
「諦めるべきなのかしら…?」
お爺さんの願いは叶えたいとも彼女も思っている。
だがこれ以上周りに迷惑を掛けるのはお婆さんは良くは思っていない。
知り合いの魔法使いの見立てではもうすぐ耳も聞こえなくなっていくだろうと言われた。
お爺さんが起きたらその事を相談をしようと決めるお婆さん。
きっと悲しい顔をするだろうけれど受け入れるとお婆さんはそう思いつつ握りしめていた手を離し買い物へ向かおうとすると一人の使用人が入って来る。
「奥様。お客様です。」
「あら?誰か約束していたかしら?」
お婆さんは不思議そうに記憶をたどるが思いつかない。
「いえ。アポイントメントはないみたいなのですが、先日の男性と女性。それにもう一人がお尋ねになりました。…どうなされますか?」
「まああのお二人が…他にお客様もいらしゃらないし是非入ってもらって。」
「では客間にお通しします。」
使用人はそう言い一礼すると部屋を出ていく。
お婆さんはお爺さんの顔をもう一回見てからお茶の準備をしに部屋を出る。
「二回目来てもやっぱり慣れないな。」
「そうですね。こう住む世界が違うという感じがしますね。」
客間に通された与人とユニは前よりは緊張せずに二人で話しているがもう一人は喋ろうとせずただジッとしていた。
その黒のドレスのような服を身に纏った細目の女性は何かを思いつめたようにただ一点を見つめている。
「カナデさん大丈夫?」
「…ユニさんお気遣いありがとうございます。ですがご心配は無用です。」
カナデと呼ばれた女性はそう言うと手にヴァイオリンを手にして断言する。
「旦那様に生を受けカナデの名を授かった時から出来る事はただ一つ。最高の演奏をする、ただそれのみですから。」
そうカナデは例の貰い受けたヴァイオリンを『ぎじんか』したヴァイオリン少女である。
名の由来は当然音を奏でるからとったものであるがカナデ本人も気に入っている模様である。
そうこうしている内にお婆さんが客間に入って来た。
「お二人とも先日ぶりですね。…そちらの方はヴァイオリン奏者の方ですか?」
「はい。カナデと言います。憶えてはいないでしょうがあなたとご主人に大変世話になった者です。」
「まあそうなの。本日はそれを言いに来たのかしら?」
「いえそれだけではなく。出来ればご主人に私の演奏を聴いて貰いたいと思い来ました。」
カナデがそう言うとお婆さんは少し困ったような顔をした。
「そう。けどあの人はもう耳が遠くて聞こえるかどうか…。それにお礼も出来ませんし。」
「いえ。礼を貰う為に来たではないですから。」
「私たちの我が儘で聞いて貰いたいのですからお礼なんて必要ありませんよ。」
お婆さんの言葉に与人とユニが食い下がる。
カナデは何も言わず頭を下げる。
「…分かりました。今、主人を起こしますから少しお待ちくださいね。」
それらに動かされたのかお婆さんは客間を出ていく。
「良かったですねカナデさん。」
「ええ。けどここからです。」
カナデはお爺さんがいるであろう方向を見ていた。
お婆さんが戻って来てお爺さんの部屋に通される。
そこにはベットに横になっているお爺さんの姿があった。
カナデはその姿を見て少し手が震えている。
お爺さんはこちらの姿を確認すると声を掛ける。
「あなたですか?駆け込みのヴァイオリン奏者というのは?」
「ええ。カナデと申します。」
お爺さんの声を聴くとカナデは涙を見せながら答える。
長年彼に使われていたヴァイオリンとしては思うところもたくさんあるのだろう。
「どうしましたか?」
「いえ、お世話になった事を思い出して…すみません。」
「そうですか。すみません思い出せなくて。」
「思い出しせなくても仕方がありません。ですがこの恩は返せきれるものではありません。…ですから。」
そう言うとカナデはヴァイオリンを取り出し演奏準備に入る。
「今、私が出来る最高の演奏をあなたに捧げます。」
「そうですか。」
「じゃあ自分たちは外に…。」
「あの出来れば奥さまや旦那様たちにも聞いてもらいたいのですがよろしいですか?」
「それは構いませんが…理由は?」
「今私がここにいるのは皆さんのお陰だと思うからです。故に私の全ての演奏を皆さんにも聞いて貰いたいのです。」
「カナデさん…。」
カナデの説明に納得したのかお爺さんはそのまま聞く体勢に入る。
お婆さんと与人、そしてユニは近くにあった椅子に腰かける。
カナデは深呼吸を一つするとヴァイオリンを弾き始める。
♪~♪~
曲は『ルーンベル』によって作られた曲。
作曲家が想い人に想いを伝える為に作ったと言われる曲である。
カナデは己の染みついた技術の全てを使って表現する。
このお爺さんが初めて自分を手にした時の嬉しさ。
中々評価されない時の挫折感。
共に有名になった時の高揚感。
言葉では伝えきれない思いを込めてカナデは演奏する。
そして演奏が終わった時、聞いていた者は思わず拍手をしていた。
「ユニさん。旦那様。…やり切りました。」
「ああ凄かった。音楽に詳しくは無いけど何か引き込まれた。」
「はい。本当に凄いとしか。」
「二人ともありがとうございます。」
二人とそう話していると拍手しながらお婆さんが近づく。
「ええ本当に。とても心が豊かになる演奏でした。無名なのが信じられないほどです。」
「過分なお褒めの言葉ありがとうございます奥様。」
「過分だなんてとんでもない。あの人も同じ思いのようよ。」
お婆さんが振り向いた方を見るとそこには涙を流し何時までも拍手を続けるお爺さんの姿があった。
「素晴らしい。本当に素晴らしい演奏だった。」
「ありがとうございます。あなたにそう言って貰えたのが何よりの宝です。」
カナデはそう言うと深々とお爺さんに頭を下げる。
「今までの奏者はどの者も金のために奏でているのが丸分かりだった。だがあなたはただ儂を、いや皆を喜ばせるためだけに音を奏でるのが良く分かった。」
「…そのように聞いて下さったら何よりです。私が演奏できるのもあなたとここにいる旦那様のお陰です。」
「そうか。理解者がいれば音は豊かになる。儂がそうだったようにな。…出来ればもう一曲聞かせてはくれないか。」
「一曲とは言わず何度でも。」
カナデは再びヴァイオリンで曲を演奏しだすがお婆さんとユニ、与人は静かに部屋の外に出た。
「ありがとうございます。主人にも良い思い出になったと思います。」
「いえ。そんな…。こっちが聞いて貰いたかっただけですよ。」
「ええ。そんな気にしないでくださいお婆さん。」
「…一つ伝手で聞いた噂話があるの。」
お婆さんは不意に思い出したように別の事を話し出す。
「王が異世界から若者を召喚して『スキル』を授けた際に物に命を与える『アーニス教』に反する『スキル』の持ち主が追放されたと。」
「「!!」」
その話を聞いた途端にユニと与人は思わず動揺してしてしまう。
だがお婆さんはそんな二人を見て優しく笑う。
「心配しないで、突き出したりしないわ。寧ろ感謝しても仕切れないほどなの。」
お婆さんは未だ部屋から聞こえてくるヴァイオリンの演奏を聞きつつ笑顔でそう言う。
「これまで主人と共に演奏してきたあの子が主人が音が聞こえなく前に姿を現し演奏する。考えもしなかった事でけどそれでも十分なほどお話としては出来過ぎなほどでしょ?」
「お婆さん。」
「ありがとう。危険を顧みずあの子を人間にしてくださって。」
そう言ってお婆さんは与人に頭を下げる。
「あ、頭を上げて下さい!」
「そうですよお婆さん。与人さんはそんな事のためにした訳では無いんですから。」
「そう。…けどお礼はさせて。」
「「お礼?」」
ユニと与人が不思議そうに聞き返す。
「ええ。昨日のお話だとこれから旅を続けていくのでしょ?それを援助させて頂戴。」
「あ、ありがたい申し出ですけど…。」
「遠慮は無用よ。どうせ使い道の無いお金なのだから。…ただし誓って欲しい事もあるわ。」
「な、なんでしょう。」
ユニと与人が少し身構えるとお婆さんは優しい笑みを浮かべながら条件を言う。
「何時までもあの子の、カナデちゃんの理解者でいてあげて。そうすれば主人の愛した演奏は何時までも生き続けるわ。そしてどんな困難が起ころうと他人のために行動できるそんなあなた達でいて?」
「…そ、それだけですか?」
「ええ。でも難しい事よ変わらないという事は。」
「大丈夫ですよお婆さん。与人さんはこれからも変わらずカナデさんの、私たちの理解者ですよ。」
与人が答える前にユニが自信満々にお婆さんにそう答える。
その答えに満足したのかお婆さんは近くを通り掛かった使用人に何か言いつける。
「今、使用人に支援の準備をさせています。二日ほど掛かりますが。」
「…何から何まですみません。」
「いえ。きっとこうなる宿命だったのですよ。…今は聞こえてくる音楽を楽しみましょう。」
そう言って三人はお爺さんの部屋から聞こえてくるヴァイオリンの音を聞くのであった。
「改めて旦那様ありがとうございます。これで恩を返す事ができました。」
「いや、こっちが勝手にした事だよ。」
「そうですよカナデさん。」
お爺さんお婆さんの家からの帰り道。
再び礼を言うカナデに対してユニと与人はそう返す。
「寧ろなんか利用して支援させてもらったみたいで悪いな。」
「いえあの方が決めた事ですからそれは気にしなくともいいと思いますよ旦那様。」
「…でさ。さっきの話だけど本当にカナデは旅について来るの?」
「ええ。…お邪魔でしょうか。」
「いやそうじゃないけど…あの家でヴァイオリンを弾いていた方がいいんじゃ?」
実際最初の計画ではカナデはあの家に預けるつもりであったのだ。
だがカナデは旅に同行するのを強く希望したのだ。
与人の言葉にカナデは首を横に振る。
「確かにそれも道の一つでしょう。ですがそれだと旦那様に恩を返す事が出来ません。それに補助魔法は使えますよ。」
「そうなんですね。私も使えますけど主に回復役ですから専門の方がいらっしゃると頼もしいです。」
「…気は変わらないんだな。」
「ええ。それともヴァイオリンではお役に立てませんか?」
「それを言ったら俺は何にも出来ないからな。…改めて歓迎するよカナデ。」
そう言って与人は握手のために手を差し出す。
カナデもそれに応じて二人は固く握手をした。
「フフ、これからよろしくお願いしますねカナデさあ。」
「ウム。新しい仲間の誕生だね。お祝いはした方がいいかな?」
「そうだな。皆にもカナデの演奏を聞いて欲しいし…。って!ティア!?何でここにいるんだ!?」
っと与人が不意に入って来たティアに突っ込む。
カナデとユニもそう言われて気づいてようで非常に驚いていた。
「やあ三人とも。その様子だと演奏会は上手くいったみたいだね。。」
「それはそうだけど。…ティア?ギルドの仕事はどうした?」
そうティアをはじめとしたメンバーはギルドで簡単な仕事をしてもらっていたはずである。
まだ昼間であるし終わるにしても早すぎる。
ティアは与人にそう問われると少し困ったような顔をする。
「ああうん。まあ聞かれるよね。…他にどう言えばいいか分からないから単刀直入に言わせて貰うよ主君。少し問題が起きた。」
「…どんな問題。」
与人はゴクッと唾を飲み込みティアの次の言葉を待つ。
ユニとカナデも緊張の面持ちで聞いている。
「…よく聞いてくれ。リンドが求婚された。」
「「「…はい?」」」
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