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第16話 ある老婆と楽器との出会い。
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『グリムガル』の街の一つホーレスは国境に近く王都にも比較的近いため物流が盛んである。
その為に様々な物が手に入るので長期の旅を予定している与人たちにとっては便利な街であった。
「えっ~と。今日買うべき物はこれで全部だったけ?」
「そうですね。思ったより速く買い物が終わりましたね与人さん。」
ホーレスの市場を巡り様々な物を買っていたのは与人とユニ。
二人は一先ずの買い物を終え宿へ戻る途中であった。
「皆さんはギルドの仕事は順調でしょうか?」
「まあ今日は雑務みたいな依頼が中心だから。…寧ろ周りの被害が出ない事を俺は心配するけど。」
「そ、それは流石に…。」
余り否定しきれないユニと与人の頭には雑草を引くのに周りの大地ごと消し去りそうな皆の姿が見えていた。
「…それはそうとアイナさん明るくなりましたね。以前は私たちにも距離を取ってましたけど。」
「ああ。まあそれはいい傾向だな。…やけに俺に対する視線が何と言うか重いけど。」
あの夜以来皆に対しての態度が明るくなったアイナであったがそれに比例して与人を見つめる、それも女性と話している時の態度が重いものになっていると思っていた。
「でもそれも含めていい事だと思いますよ。…折角人間になったのですからその生を楽しまないと。」
「…。」
「ですから与人さんも別に後悔しなくてもいいんですよ?」
「え?」
「そんな顔を時々してますよ。」
ユニにそう指摘されると軽くため息を吐く与人は思わず心情を漏らす。
「うん。…どうしても巻き込んでしまったっていう考えがさ。」
「そう思えるのは美点だと思いますけど考えすぎですよ。皆さん口にしなくても自分なりに人生を楽しんでると思いますよ。」
「そ、そうかな?」
「ええ。でなければリントさんはここまで付いてこなかったと思います。」
「あ~。リントなら確かにそうしそうだな。」
気に入らない事があれば無視しそうなリントを想像し二人の間に思わず笑みが浮かぶ。
「ですから与人さん。悩むのはいいですけど立ち止まらないでください。あなたが立ち止まらなければ私たちは何処までも行けます。」
「…難しい事を言ってくれるな~。」
「フフ、でも本音ですよ。」
「うん。…ありがとうユニ。」
「どういたしまして。」
二人がそのような事を話し合いながら住宅街を通ろうとすると何やら騒がしい一角がある。
「どうしたんだろう。ユニ分かる?」
「ちょっと待ってください。…どうやら揉め事のようですね。」
ユニが魔法を使って聞き分けると更に詳細が分かって来る。
「どうやらお年寄りの女性と中年男性の揉め事のようです。…与人さんどうします?」
「見た以上は通り過ぎるのもな~。まあ様子見て間に割って入れるようならそうしようか。」
「分かりました。じゃあ行きましょう与人さん、はぐれないで下さいね。」
二人が人波を縫って移動し最前列に行くとそこにはユニの言う通り老婆と中年の男性が揉めている。
「俺の演奏のどこがダメだって言うんだ!」
「ですからそれを決めるのは主人ですので私に言われても困ります。」
「それで納得出来るか!俺は王の前でも演奏した事があるんだぞ!」
(与人さん。どうやら男性は音楽家のようですね。)
(みたいだけどそうなるとお婆さんに何で喧嘩を売ってるんだ?)
ユニと与人がそう相談している間にも男はヒートアップしていく。
「っ~!!人が下手に出れば調子に乗りやがって!!」
そう言って男は老婆を胸倉を掴もうとする。
「ユニ!!」
「はい!!」
だがそれを許すほど与人は冷徹ではない。
ユニも与人の言葉に素早く男の手を掴む。
「い、痛ててててて!!何をしやがる!!」
ユニは六人の中では最も非力ではあるがそれでも一般男性に負けるほど力が無い訳では無かった。
男は何とか振り払おうとするがユニはそれを許さない。
「あの~。自分たちブラッド・アライアンスの一員何ですが。」
「ぶ、ブラッド・アライアンス!?」
与人がユニの後ろからギルド名を出すと男は怖気づいたのか抵抗を止める。
その様子を見たユニは手を離す。
「何があったのか分かりませんが暴力では物事は解決できませんよ?」
「う!?…す、すまん。頭に血が上っていて…頭を冷やして出直してくる。」
ユニ諭された男はそう言ってとぼとぼと去って行った。
野次馬もそれと同時に次々に去って行き最終的には老婆と二人が残った。
「お婆さん大丈夫ですか?」
「ええ大丈夫よ。ありがとうお二人方、助かりました。」
「…あの方はお知り合いの方ですか?出直すと言っていましたが。」
「はい。普段はいい方なんですけど少し事情がありまして…。」
「また何かあるようでしたらギルドに相談された方がいいですよ。…では私たちはこれで。」
与人がそう言ってユニと一緒に宿屋に再び戻ろうとするがお婆さんはそれを引き留める。
「待ってください。よろしければ我が家でお茶を飲みませんか?お礼をしたいので。」
「そんな。たまたま通りがかっただけですのでお気になさらず。」
「お礼もせずにお返ししたら主人に怒られてしまいます。私の顔を立てると思ってどうか…。」
「与人さん。ここまで言われてるのに断るというのも…。」
「…分かりました。では一杯だけ。」
そう言うと与人はユニと共にお婆さんについて行くのであった。
「…。」
「与人さん。そんなに緊張しないでください。」
「いや緊張するだろう。誰がこんな豪邸だと思うよ。」
二人が案内された家は周りと比べても豪邸で入る前から与人は緊張し続けていたが客間に入ってからは加速していた。
一方のユニは冷静に見えるがやはりどこか落ち着かないでいた。
そこに老婆がお茶のセットを持って客間に入ってきた。
「お待たせしました。お口に合うといいのですけど。」
そう言って老婆は慣れた手つきでお茶を注いでいく。
「あの失礼かも知れませんけどお手伝いさんとかはいないんですか?先ほどから見かけませんが…。」
「主人があまり人を寄せ付けないもので。ですからお手伝いさんも最小限にしてるんです。はい準備できましたよ、茶菓子も用意したので遠慮なくどうぞ。」
「で、では遠慮なく。…あ!このお茶いい香りですね!」
「ホントですね。味もとてもいいです。」
二人がお茶や菓子に舌鼓を打っていると与人の目にある若い男女の写真が飛び込んでくる。
「あの写真は…お婆さんとご主人ですか?」
「ええ。…お互い見る影もなく歳をとってしまいましたがね。」
「ご主人様が持っているのは…何ですか?」
「あああれはヴァイオリンという異世界から伝わった楽器ですよ。」
ユニの質問にお婆さんがそう答えると与人はお茶を吹き出しそうになる。
似てるとは思っていたがその名をここで聞くとは思わなかったのである。
そんな与人の様子に気付かなかったのかお婆さんは懐かしむように語る。
「主人は若い頃から音楽を嗜んでいて特にヴァイオリンは『ルーンベル』随一と言われてた程なんですよ。」
「なるほど。それでこういった家も建てれた訳ですね。」
「ええ。でも若い頃は主人は中々家にいなくて…。今は動こうにも動けませんが。」
「何かあったんですか?」
与人がそう聞くとお婆さんは首を静かに縦に振る。
「ええ治癒不可能の病気で…手足があまり動かせなくてベッドから起き上がる事も出来ないんです。」
「…そうですか。すみません不躾に。」
「いいえ構いません。変に気を使われるよりは楽ですから。」
「あの良ければ私は回復魔法使えるのですが…。」
「ありがとう。でも回復魔法の使い手に頼みましたが無理でした。」
ユニの提案を断るお婆さんであったがその顔は悲観は無かった。
「私も主人も別段生きるのが苦であるというのはありません。これでも幸せに暮らしているんですよ。」
「…そうですか。それは素晴らしい事だと思います。」
そう言う与人にお婆さんは笑みを浮かべるがその顔に少し影が差す。
「けど主人は少し心残りがあるみたいで。…それを果たせないのは心残りですね。」
「?…ヴァイオリンをもう一度引く事ですか?」
「いえ、違うんですが…。実は主人が至高のヴァイオリン演奏を聞きたいと言うんです。」
「…ああもしかしてさっきの男性って。」
ユニがそう思い出したように出した言葉にお婆さんは深く頷く。
「ええ。あの方は今、国一番と言われている演奏者だったのですが主人は気に入らなかったみたいで…。」
「だからあの男性は文句を?」
「はい。どうしても理由を聞きたかったようでたまたま私を見つけて…。お茶が冷めてしまいましたね。もう一杯どうですか?」
「いえもう十分頂きましたから。」
「まあそう言わず。もう少しこの老婆のお話に付き合ってくださいな。」
そう言ってお婆さんは再び客間を出て行った。
二人きりになったユニと与人は写真を見つつ相談する。
「与人さん。もしかして何とかならないか考えてます?」
「…悪いか?」
「いいえ?らしいなと思っただけですよ。…ですけどどうするんです?与人さんそのヴァイオリンって弾けるんですか?」
「フ…自慢じゃないが音楽のセンスは欠片も無い!!」
「それは多分自慢してはいけない事だと思います。けど困りましたね、力にはなりたいんですけど私も楽器に触れた事はありませんし…。皆さんも同じでしょうし。」
「僅かな可能性でセラがどうにか出来そう…かな?」
ああでも無いこうでも無いと二人で話している間にお婆さんが戻ってきて話は一旦中断する。
「さあ熱いうちにどうぞ。宜しければお代わりも幾らでもお出ししますから。」
そう言ってお婆さんがお茶を注いでいるとコンコンと扉がノックされる。
「あらどうしたのかしら?少し外しますね。」
そう言ってお婆さんが扉を開けるとそこにはお手伝いさんが立っていて何かを持っている。
しばらく二人で話していたがお婆さんは何かを受け取ると扉はゆっくりと閉じられる。
「ごめんなさいね、今注ぎ直しますから。」
「お気になさらず。…それがヴァイオリンですか?」
ユニの視線の先には確かにヴァイオリンが握られていた。
お婆さんはそれを大事そうに擦る。
「ええ。主人が大切にした名器です。…もういい音は鳴りませんが。」
「どこか壊れたんですか?」
「はい。それもこのヴァイオリンは昔の異世界の技術のみで作られた物なんです。今の魔法で作られている物とは違って修復が出来ないんです。ですからいっその事何処かに展示してもらおうかと。」
「…そうなんですか。…あ!」
「与人さん、もしかしたら!」
「お二人ともどうなされました?」
与人とユニが顔を見合わせある事を思いつく。
不思議そうな顔をするお婆さんに与人は食い気味にお願いをする。
「お婆さん!もし宜しければそのヴァイオリンを私たちに貰えませんか!」
「え?ですが本当にいい音は鳴りませんよ?」
「それでも構いません!是非お譲り下さい!」
「…他ならぬ助けて頂いたお二人の頼みです。お譲りしましょう。」
「ありがとうございます。…後悔はさせません。」
「…で。金にもならない事をやろうとしてるのか主は。」
「人道支援と言って欲しいな。」
その後与人は宿に戻りリントたちと合流し詳細を語っていた。
「だがな主。楽器では戦力にならんと思うぞ?制限も分からないのに無暗に『スキル』を使うのは…。」
「リントさんの言いたい事は分かります。ですけどあのままでは…。」
ユニがそう言うとリントはため息を吐く。
「はあ仕方ない。そもそも主が決めた事だそれを否定する気は無いが後悔はするなよ。」
「ああ分かってる。」
「完了。マスター修理が終わりました。単純に弦が古くなっていたのが原因と思われます。」
そう言ってセラが修復の終えたヴァイオリンを持って来る。
「ああありがとうセラ。それにしてもヴァイオリンの修復も出来るとは思わなかった。」
「博士が異世界の様々な知識を与えて下さったおかげです。私もこうして実行する機会があるとは思いませんでしたが。」
「…ご主人。これで音が鳴るの?」
「ああリル。俺には無理だけどね。」
与人は近寄って来るリルを撫でつつセラからヴァイオリンを受け取る。
そして部屋に周りを見渡してきたアイナとティアが戻って来る。
「主君戻って来たよ。周囲に『スキル』を察知できるような人物はいなかったよ。」
「こちらも同じです。主様、『スキル』を使うなら今かと。」
「よし。二人ともご苦労様。」
二人はそれを聞くとスッと与人の後ろに下がる。
与人はヴァイオリンをそっと床に置くと心持ち気合を入れる。
「…良し。」
そう気合を入れると与人はそっとヴァイオリンに触れるのであった。
その為に様々な物が手に入るので長期の旅を予定している与人たちにとっては便利な街であった。
「えっ~と。今日買うべき物はこれで全部だったけ?」
「そうですね。思ったより速く買い物が終わりましたね与人さん。」
ホーレスの市場を巡り様々な物を買っていたのは与人とユニ。
二人は一先ずの買い物を終え宿へ戻る途中であった。
「皆さんはギルドの仕事は順調でしょうか?」
「まあ今日は雑務みたいな依頼が中心だから。…寧ろ周りの被害が出ない事を俺は心配するけど。」
「そ、それは流石に…。」
余り否定しきれないユニと与人の頭には雑草を引くのに周りの大地ごと消し去りそうな皆の姿が見えていた。
「…それはそうとアイナさん明るくなりましたね。以前は私たちにも距離を取ってましたけど。」
「ああ。まあそれはいい傾向だな。…やけに俺に対する視線が何と言うか重いけど。」
あの夜以来皆に対しての態度が明るくなったアイナであったがそれに比例して与人を見つめる、それも女性と話している時の態度が重いものになっていると思っていた。
「でもそれも含めていい事だと思いますよ。…折角人間になったのですからその生を楽しまないと。」
「…。」
「ですから与人さんも別に後悔しなくてもいいんですよ?」
「え?」
「そんな顔を時々してますよ。」
ユニにそう指摘されると軽くため息を吐く与人は思わず心情を漏らす。
「うん。…どうしても巻き込んでしまったっていう考えがさ。」
「そう思えるのは美点だと思いますけど考えすぎですよ。皆さん口にしなくても自分なりに人生を楽しんでると思いますよ。」
「そ、そうかな?」
「ええ。でなければリントさんはここまで付いてこなかったと思います。」
「あ~。リントなら確かにそうしそうだな。」
気に入らない事があれば無視しそうなリントを想像し二人の間に思わず笑みが浮かぶ。
「ですから与人さん。悩むのはいいですけど立ち止まらないでください。あなたが立ち止まらなければ私たちは何処までも行けます。」
「…難しい事を言ってくれるな~。」
「フフ、でも本音ですよ。」
「うん。…ありがとうユニ。」
「どういたしまして。」
二人がそのような事を話し合いながら住宅街を通ろうとすると何やら騒がしい一角がある。
「どうしたんだろう。ユニ分かる?」
「ちょっと待ってください。…どうやら揉め事のようですね。」
ユニが魔法を使って聞き分けると更に詳細が分かって来る。
「どうやらお年寄りの女性と中年男性の揉め事のようです。…与人さんどうします?」
「見た以上は通り過ぎるのもな~。まあ様子見て間に割って入れるようならそうしようか。」
「分かりました。じゃあ行きましょう与人さん、はぐれないで下さいね。」
二人が人波を縫って移動し最前列に行くとそこにはユニの言う通り老婆と中年の男性が揉めている。
「俺の演奏のどこがダメだって言うんだ!」
「ですからそれを決めるのは主人ですので私に言われても困ります。」
「それで納得出来るか!俺は王の前でも演奏した事があるんだぞ!」
(与人さん。どうやら男性は音楽家のようですね。)
(みたいだけどそうなるとお婆さんに何で喧嘩を売ってるんだ?)
ユニと与人がそう相談している間にも男はヒートアップしていく。
「っ~!!人が下手に出れば調子に乗りやがって!!」
そう言って男は老婆を胸倉を掴もうとする。
「ユニ!!」
「はい!!」
だがそれを許すほど与人は冷徹ではない。
ユニも与人の言葉に素早く男の手を掴む。
「い、痛ててててて!!何をしやがる!!」
ユニは六人の中では最も非力ではあるがそれでも一般男性に負けるほど力が無い訳では無かった。
男は何とか振り払おうとするがユニはそれを許さない。
「あの~。自分たちブラッド・アライアンスの一員何ですが。」
「ぶ、ブラッド・アライアンス!?」
与人がユニの後ろからギルド名を出すと男は怖気づいたのか抵抗を止める。
その様子を見たユニは手を離す。
「何があったのか分かりませんが暴力では物事は解決できませんよ?」
「う!?…す、すまん。頭に血が上っていて…頭を冷やして出直してくる。」
ユニ諭された男はそう言ってとぼとぼと去って行った。
野次馬もそれと同時に次々に去って行き最終的には老婆と二人が残った。
「お婆さん大丈夫ですか?」
「ええ大丈夫よ。ありがとうお二人方、助かりました。」
「…あの方はお知り合いの方ですか?出直すと言っていましたが。」
「はい。普段はいい方なんですけど少し事情がありまして…。」
「また何かあるようでしたらギルドに相談された方がいいですよ。…では私たちはこれで。」
与人がそう言ってユニと一緒に宿屋に再び戻ろうとするがお婆さんはそれを引き留める。
「待ってください。よろしければ我が家でお茶を飲みませんか?お礼をしたいので。」
「そんな。たまたま通りがかっただけですのでお気になさらず。」
「お礼もせずにお返ししたら主人に怒られてしまいます。私の顔を立てると思ってどうか…。」
「与人さん。ここまで言われてるのに断るというのも…。」
「…分かりました。では一杯だけ。」
そう言うと与人はユニと共にお婆さんについて行くのであった。
「…。」
「与人さん。そんなに緊張しないでください。」
「いや緊張するだろう。誰がこんな豪邸だと思うよ。」
二人が案内された家は周りと比べても豪邸で入る前から与人は緊張し続けていたが客間に入ってからは加速していた。
一方のユニは冷静に見えるがやはりどこか落ち着かないでいた。
そこに老婆がお茶のセットを持って客間に入ってきた。
「お待たせしました。お口に合うといいのですけど。」
そう言って老婆は慣れた手つきでお茶を注いでいく。
「あの失礼かも知れませんけどお手伝いさんとかはいないんですか?先ほどから見かけませんが…。」
「主人があまり人を寄せ付けないもので。ですからお手伝いさんも最小限にしてるんです。はい準備できましたよ、茶菓子も用意したので遠慮なくどうぞ。」
「で、では遠慮なく。…あ!このお茶いい香りですね!」
「ホントですね。味もとてもいいです。」
二人がお茶や菓子に舌鼓を打っていると与人の目にある若い男女の写真が飛び込んでくる。
「あの写真は…お婆さんとご主人ですか?」
「ええ。…お互い見る影もなく歳をとってしまいましたがね。」
「ご主人様が持っているのは…何ですか?」
「あああれはヴァイオリンという異世界から伝わった楽器ですよ。」
ユニの質問にお婆さんがそう答えると与人はお茶を吹き出しそうになる。
似てるとは思っていたがその名をここで聞くとは思わなかったのである。
そんな与人の様子に気付かなかったのかお婆さんは懐かしむように語る。
「主人は若い頃から音楽を嗜んでいて特にヴァイオリンは『ルーンベル』随一と言われてた程なんですよ。」
「なるほど。それでこういった家も建てれた訳ですね。」
「ええ。でも若い頃は主人は中々家にいなくて…。今は動こうにも動けませんが。」
「何かあったんですか?」
与人がそう聞くとお婆さんは首を静かに縦に振る。
「ええ治癒不可能の病気で…手足があまり動かせなくてベッドから起き上がる事も出来ないんです。」
「…そうですか。すみません不躾に。」
「いいえ構いません。変に気を使われるよりは楽ですから。」
「あの良ければ私は回復魔法使えるのですが…。」
「ありがとう。でも回復魔法の使い手に頼みましたが無理でした。」
ユニの提案を断るお婆さんであったがその顔は悲観は無かった。
「私も主人も別段生きるのが苦であるというのはありません。これでも幸せに暮らしているんですよ。」
「…そうですか。それは素晴らしい事だと思います。」
そう言う与人にお婆さんは笑みを浮かべるがその顔に少し影が差す。
「けど主人は少し心残りがあるみたいで。…それを果たせないのは心残りですね。」
「?…ヴァイオリンをもう一度引く事ですか?」
「いえ、違うんですが…。実は主人が至高のヴァイオリン演奏を聞きたいと言うんです。」
「…ああもしかしてさっきの男性って。」
ユニがそう思い出したように出した言葉にお婆さんは深く頷く。
「ええ。あの方は今、国一番と言われている演奏者だったのですが主人は気に入らなかったみたいで…。」
「だからあの男性は文句を?」
「はい。どうしても理由を聞きたかったようでたまたま私を見つけて…。お茶が冷めてしまいましたね。もう一杯どうですか?」
「いえもう十分頂きましたから。」
「まあそう言わず。もう少しこの老婆のお話に付き合ってくださいな。」
そう言ってお婆さんは再び客間を出て行った。
二人きりになったユニと与人は写真を見つつ相談する。
「与人さん。もしかして何とかならないか考えてます?」
「…悪いか?」
「いいえ?らしいなと思っただけですよ。…ですけどどうするんです?与人さんそのヴァイオリンって弾けるんですか?」
「フ…自慢じゃないが音楽のセンスは欠片も無い!!」
「それは多分自慢してはいけない事だと思います。けど困りましたね、力にはなりたいんですけど私も楽器に触れた事はありませんし…。皆さんも同じでしょうし。」
「僅かな可能性でセラがどうにか出来そう…かな?」
ああでも無いこうでも無いと二人で話している間にお婆さんが戻ってきて話は一旦中断する。
「さあ熱いうちにどうぞ。宜しければお代わりも幾らでもお出ししますから。」
そう言ってお婆さんがお茶を注いでいるとコンコンと扉がノックされる。
「あらどうしたのかしら?少し外しますね。」
そう言ってお婆さんが扉を開けるとそこにはお手伝いさんが立っていて何かを持っている。
しばらく二人で話していたがお婆さんは何かを受け取ると扉はゆっくりと閉じられる。
「ごめんなさいね、今注ぎ直しますから。」
「お気になさらず。…それがヴァイオリンですか?」
ユニの視線の先には確かにヴァイオリンが握られていた。
お婆さんはそれを大事そうに擦る。
「ええ。主人が大切にした名器です。…もういい音は鳴りませんが。」
「どこか壊れたんですか?」
「はい。それもこのヴァイオリンは昔の異世界の技術のみで作られた物なんです。今の魔法で作られている物とは違って修復が出来ないんです。ですからいっその事何処かに展示してもらおうかと。」
「…そうなんですか。…あ!」
「与人さん、もしかしたら!」
「お二人ともどうなされました?」
与人とユニが顔を見合わせある事を思いつく。
不思議そうな顔をするお婆さんに与人は食い気味にお願いをする。
「お婆さん!もし宜しければそのヴァイオリンを私たちに貰えませんか!」
「え?ですが本当にいい音は鳴りませんよ?」
「それでも構いません!是非お譲り下さい!」
「…他ならぬ助けて頂いたお二人の頼みです。お譲りしましょう。」
「ありがとうございます。…後悔はさせません。」
「…で。金にもならない事をやろうとしてるのか主は。」
「人道支援と言って欲しいな。」
その後与人は宿に戻りリントたちと合流し詳細を語っていた。
「だがな主。楽器では戦力にならんと思うぞ?制限も分からないのに無暗に『スキル』を使うのは…。」
「リントさんの言いたい事は分かります。ですけどあのままでは…。」
ユニがそう言うとリントはため息を吐く。
「はあ仕方ない。そもそも主が決めた事だそれを否定する気は無いが後悔はするなよ。」
「ああ分かってる。」
「完了。マスター修理が終わりました。単純に弦が古くなっていたのが原因と思われます。」
そう言ってセラが修復の終えたヴァイオリンを持って来る。
「ああありがとうセラ。それにしてもヴァイオリンの修復も出来るとは思わなかった。」
「博士が異世界の様々な知識を与えて下さったおかげです。私もこうして実行する機会があるとは思いませんでしたが。」
「…ご主人。これで音が鳴るの?」
「ああリル。俺には無理だけどね。」
与人は近寄って来るリルを撫でつつセラからヴァイオリンを受け取る。
そして部屋に周りを見渡してきたアイナとティアが戻って来る。
「主君戻って来たよ。周囲に『スキル』を察知できるような人物はいなかったよ。」
「こちらも同じです。主様、『スキル』を使うなら今かと。」
「よし。二人ともご苦労様。」
二人はそれを聞くとスッと与人の後ろに下がる。
与人はヴァイオリンをそっと床に置くと心持ち気合を入れる。
「…良し。」
そう気合を入れると与人はそっとヴァイオリンに触れるのであった。
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