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序章

再会 キャロル9歳

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 月日が流れるのはあっという間だ。どうにかしたいことが沢山あるのに私の幼い手は届かない。

「お嬢様、髪にお付けする飾りはこちらの青いリボンに致しますね。あぁ、でも少し大人しくなってしまいますわね。白石宝の着いた花飾りを重ね付けしてもよろしいですか?」

 返事を待たずにマリーゼが取り付ける。私を着飾る時のマリーゼは誰にも止められない。私はなすが儘にお任せだ。今日私は9歳の誕生日を迎える。

 お父様、お母様、ピロイエ家のおじい様がお祝いをしてくれる。アングラードの名を持つ方は今日も誰一人来る予定はない。

「できました! お嬢様、とっても可愛いです。お人形さんみたいですわ。」

 鏡の中の私は柔らかい色合いのフリルがたっぷりのドレスを着てて、「キミエト」にでてくる悪役令嬢の雰囲気とは全然違う。ゲームの中では濃い色使いのドレスで強い冷たいイメージだった。

「ありがとう、マリーゼ。あと7年たってもこんな風に可愛い色の似合う女の子にしてくれますか?」

「お嬢様がお望みならもちろんです!……でも七年後のお嬢様なら強い色合いの組み合わせも美しさが映えてよいかと思います。楽しみでございますね」

 時々こうやって、何気ない出来事が私の前に変わらない未来を突きつける。皆からの私のための言葉や結果にゲームのシナリオの影を感じるのだ。
 頑張っても、頑張っても私がキャロル・アングラードである限り変わらないのではないか? 自分の努力に手ごたえを感じるからこそ不安が大きくなる。
 鏡の前から立ち上がると私は大きく息をすう。気分を入れ替えて、大きく鏡の自分に微笑む。今日は九歳のバースデイ、みんながお祝いしてくれる楽しい日。一年間、頑張った自分の成果をたくさん褒めてもらって元気をだそう。
 ダイニングに降りるともう、お父様、お母様、おじい様が私を待っていた。

「お誕生日、おめでとう。キャロル!」

「ありがとうございます!!」

 おじい様にまず、きちんとした礼をとる。去年よりもずっと繊細にドレスの動きまで計算して優雅に上品に、擦り切れるまでマナーの本を見て鏡の前で練習したのだ。

「ほぉお、こんなに小さいのにきれいな礼がとれとる。社交界にいる大人より上手じゃな!」

 おじい様、いつもの笑顔で私の頭を撫でてくれる。壁際でマリーゼが髪が崩れるのを心配して目が笑っていないことに気づいて、上手に切り上げる。お父様とお母様にもお礼のご挨拶。二人とも手を叩いて私の礼をほめてくれる。
 次はお食事、私の好きなものだけを集めて料理人が腕をふるった特別なコース。頬が落ちそうなほど美味しい。テーブルマナーの成果も上々だ。カトラリーの順番、ナプキンの使い方、口元に食事を運ぶ動作、食べ方の隅から隅まできれいな所作を身けた。息をするのと同じぐらい当たり前にこなせる。
 会話だって大人顔負けの知識だ。本だっていっぱい読んだ。辞書だって本と同じようにすべて目を通した。一年の間、パラメーターがたくさん上がるように頑張って、頑張って、頑張ったんだよ。
 私……何やってるんだろ?楽しいはずのお誕生日なのにちっとも楽しめてない。
 やだ、泣いちゃいそうだ。お母様もお父様も私が嬉泣きといっても、きっと見破るから泣いちゃだめだ。

 マナー違反だけど、お母様が食事中なのに席をたつ。私の側で腰を落として目を合わせると、私の手を優しく撫でてくれる。一撫で、一撫でお母様が手が私の上を滑るたびに、心が柔らかくなる。

「ううっ、お母様。ごめんなさい。私、頑張りたくて。もっと上手にしたくて。もっと、もっとと焦るのです。せっかくのお誕生日なのに」

「大丈夫。キャロルは大変良くできてましたよ。焦らなくても、そのまま私たちはキャロルがいてくれたら幸せよ。ね?」

 お母様が私の頬を撫でる。口元が柔らかくなって、自然に私の口角があがる。お母様の手は魔法の手。

「キャロルが今笑ってくれたから、お母様はとても幸せな気分になりました」

「お母様ありがとう。おじい様、お父様ご心配をおかけしました」

 おじい様がコホンと咳ばらいをする。

「では、ちと早いが私のとっておきのプレゼントをみせようかのぅ」

 おじい様が自分の従者に声を掛けると、従者はダイニングを後にする。おじい様がとても得意げにしている。おじい様は毎年私のほしいものを見つけるのがとても上手だ。

 ドアが開くと、とても懐かしい人がそこにいた。琥珀の髪と若草の瞳。以前はかけていなかった片眼鏡をつけて我が家の従者の制服をきている。

「ジル!!」

 あの日のように跪く。以前もとても綺麗な動作だったけど、さらに洗練されていて。思わず見とれる。

「お久しぶりです、キャロル様。私をあなたの従者にしていただけますか?」

 柔らかい笑顔で私に微笑みかけて告げられた言葉に驚く。おじい様をみればにやりと笑う。お父様、お母様も見れば笑っている。私の好きなようにお返事をしても構わないということだ。

「もちろんです! でもジルはよいのですか? おじい様の隊で騎士様なのに私の従者なんて」

「はい。私はキャロル様にお仕えしたいのです。ピロイエ伯爵には昨年よりお願い申し上げていたのですが、可愛い孫娘の従者にはまだ未熟だと。こちらにお連れ頂くまで随分しごかれました」

「私、ジルとまた会えて嬉しいです。よろしくお願いします」

 あまりの出来事に興奮してしまって、そこからは私の頭の中からマナーの文字が消えた。早速、従者としてジルが私の給仕をしてくれるから、側に来る度に話しかける。食事中なのに夢中になっておしゃべりとははしたない! でも、なんだかとっても嬉しくてしかたない。

「キャロル様。私はこれからずっとお側におります。今日はお客様のピロイエ伯爵のお相手を」

 ジルが苦笑して囁く。見れば、おじい様がとっても寂しそうだ。ごめんなさい、おじい様。こんなに素敵なプレゼントを用意してくれたのに。
 そこからはおじい様とお話をする。ジルがうちに来てくれた経緯とか、ジルは何をしていたのかとか、ジルがすごいとか、ジルが……。あれ、おもてなしできていない?
 お父様、お母様からはこの世界では新しく開発されたペンをもらう。前世のものと違って石製で重いけど、羽ペンのようにインクを付け直す必要が格段に減るし。持ち運びもできる。私用にきれいな装飾がつけられていてとても素敵なデザインだ。ちょっと重いのは筋力をつける鍛錬に丁度いいとお母様は言う。
 瞬く間に楽しい時間は流れて日が落ちる。おじい様をお見送りする時間になった。

「レオナール。今年のプレゼントも儂の勝ちじゃな」

 得意げにおじい様がお父様につげる。お父様が含みたっぷりの最上級の笑顔で答える。

「ええ。このお誕生日会のプレゼントでは、今年もお義父様に負けてしまいましたね。さて、ジル。ピロイエ伯爵にご挨拶なさい」

「お心づかいありがとうございます、旦那様。ピロイエ伯爵、直接お声掛けするご無礼をお許しください」

 ジルがおじい様に丁寧に呼びかける。その言葉遣いに改めてジルはおじい様の部下ではなく、私の従者になったのだと実感する。ジルはおじい様の前に跪いた。

「学園を出て行き場のない私をお引き立てを頂き、本当に感謝しております。私にとって貴方様は父より信頼を寄せえる方でした。そして、拾っていただけなければ、今素晴らしい主を得ることはできませんでした。これよりキャロル様のお側を離れず、私の全てに変えてお守りします」

「長らくの務めに感謝する。私の孫娘の側にお前がいてくれることを心強く思う。頼んだぞ、ジル」

 ジルが別れの挨拶を済ませる。私は頬が熱くなるのを感じた。目の前で誰かに仕えてもらう瞬間を見るのは初めてだ。その決意の重さに心を打たれる。私の最初の騎士様が私の従者になった。

 おじい様の馬車が見えなくなると、私はジルの腕に飛びついた。あまり褒められた行動ではないけれど。

「ジル、私のお部屋とかお屋敷の中の案内をします」

「キャロル、もうクレイが済ませているよ。それより、お父様はキャロルにお話があるんだけどな。」

「いいえ、お父様は後です! 私の好きなもの、好きな場所をジルに知ってもらいたいので案内が先です。後で書斎に伺いますね」

 お母様との練習場所、大好きな花壇、最近見つけた本邸へいく秘密の近道。私の部屋、こっそりつまみ食いにいく厨房。ジルに苦笑いされる場所もあるけれど、全部見てもらう。従者の仕事は主をしり、助けることなのだ。一番の秘密は教えることはできないけれど、ジルには私を知ってもらって力になってほしい。

「そういえば、ジル。学園はどんなところですか?」

 先ほど、学園を出て行き場がないとジルは言っていた。その事も聞きたかったけど、あまりよくない話であることは想像ができたから今日は聞かない。

「はい。騎士専科をとっておりました。キャロル様は令嬢専科になりますね。十四歳で入学されて二年間は共通授業ですので、その間は在籍していた頃の知識が少しお役に立つでしょう」

「むぅ。女の子はみんな令嬢専科なのですよね。私は騎士専科とか文官専科に進みたいです」

 マールブランシュ王立学園。それがゲームの舞台になる学校だ。殆どの生徒は貴族で、偶然にも魔力を見いだされた庶民も通うがそれは僅か数名だ。二年の共通課程の後に騎士専科、文官専科、令嬢専科にそれぞれ進む。残念なことにこの世界ではまだ女性は文官、武官にはなる道はない。領地も跡取りも全て男性が就く。なので女性は令嬢専科しか選べない。

「キャロル様の騎士や文官での活躍は個人的にぜひ見てみたいですが、現状だと難しいですね」

 例えば、騎士専科や文化専科といったヒロインとは違う専科に進むことができたらどうなるだろう? 接触も減るだろうし何かが少し変わるのではないか。目指せ女性の社会進出? お父様頑張ってお仕事してください。

「魔法も学園に入ったら使えるようになるのですよね?」

「はい。入学前に偶然発動してしまう話もありますが稀な例です。学園に入ると最初に、エトワールの泉の水を使って自分の属性を確認します。その後、その泉の水を飲むことで、魔法の印が体に表れて制御ができるようになるのです」

「エトワールの泉。絵本のお話に出てきました。この国の学園の中にある不思議な泉。そこで女性が愛する方の為に祈りを捧げると、水が七色に輝いて星のように天に昇り、愛しい人のもとへ祝福となり降り注ぐ」

 お父様が買ってきてくれた美しい挿絵の絵本。それは昔の王様とお妃さまの悲しい結末の物語だった。けれど、挿絵の美しさと、愛する人のために命を懸ける物語が古くから多くの人に愛されている。

 最後にお父様の書斎に向かう。実は1週間前にお父様の課題を提出してあった。きっと採点結果を教えてくれるのだと思う。
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