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第27話 レジーナとノア3

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「ちょっと待って。このこと、ニール君も知らないの?」
「もちろん、知らないよ。それがどうかしたの?」
「えっと……その、昨日言ってたニール君と離れたいって話、このことと関係あるのかなあってふと思って」
「………」
「あっ、話したくないならいいの。でも……ノアさんが何かに悩んでいるのなら力になりたいなって」
「……勘が鋭いね、レジーナは」

 ノアは「ふう」と息をつき、また湯船に浸かった。

「じゃあやっぱり……このことと関係あるの?」
「そうだね。でも不思議。そこまで勘が働くのに、理由には察しがつかないんだ」
「って言われても……分からないよ。どうして男装してるからって離れたいなんて思うの? ニール君のことが好きなんでしょ?」

 昨日、どうしてニールにつんつんするのか訊いた時、ノアは言っていた。

『嫌な奴を演じた方が、ニールの罪悪感が薄れるでしょ』

 ニールの心を慮って、嫌われるのを承知で冷たくしていたノア。それだけ大切に思っている相手を嫌いなわけがない。だから、好きという表現を使ったレジーナだったが、

「え……」

 と、ノアは目を丸くした後、その可愛らしい横顔を真っ赤にした。
 思わぬ反応にレジーナは、おやと思う。人間的に好きなのだろうという意味合いだったのだが、この反応はもしかして。

「ノアさん、ニール君のことが異性として好き……なの?」
「………」
「いつから?」
「……小さい頃に初めて会った日」
「一目惚れってこと?」
「ちょっと違う。殴られたから、かな?」
「殴られた!?」

 どういうことだ。殴られて好きになるなんて有り得るのか。
 驚きを隠せないレジーナに、ノアは説明した。

「当時の僕ってすごくわがままでさ。父上も母上にそっくりな僕を溺愛してて、使用人達も僕には何も言えないから、わがまま放題だったんだ。もう傍若無人って言った方がいいかも。それであまりにも使用人に対して横柄なものだから、ニールが怒って僕を殴ったんだよ。いい加減にしろってね」
「えーっと、それで好きになったの……?」
「あはは、おかしいでしょ。でも、それまで誰にも怒られたことがなかったから、ニールに怒られたのが新鮮だったんだよね。それにニールも僕をそのまま見放してもよかったのに、付き合いを放り出したりはしなかった。根気強く、僕に使用人はもちろんを他人に優しくすることの大切さを教えてくれた。そういうところに惹かれたのかなー」

 まあバカなんだけどね、と付け加えることを忘れないノアを、レジーナは戸惑った目で見つめた。

「それなら、なおさらどうしてニール君と離れたいの? 好きな人とは一緒にいたいと思うのが普通じゃない?」
「……レジーナってさ、恋したことないでしょ」
「え!? な、なんで分かるの!?」

 ずばり言い当てられたレジーナは動揺した。その通りだ。レジーナは、交際した経験はおろか誰かを好きになった経験もない。正真正銘の恋愛経験値ゼロなのだ。
 ノアはレジーナの動揺ぶりに一笑してから、そっと俯いた。

「恋をしたことのある人にしか分からないよ。片思いがどれだけつらいか。まして、僕は男として生きてるから、この想いが報われることもない。だったら、とっとと離れてこの気持ちを忘れたいって思うでしょ」
「それは……」
「子供の頃はレジーナの言う通り、ニールの傍にいられたらそれでよかった。でも、成長していくうちに欲が出るようになった。ニールを独り占めしたい、振り向いてもらいたい、それで愛してほしい。そんな風に」
「それは好きなら当たり前の感情じゃない?」
「そうかもしれない。でも、同時に思うんだ。これから先、ニールは普通に結婚して、子供ができて、きっと幸せな家庭を築く。このまま一緒にいたら、僕はそれを祝福しなきゃいけない。お嫁さんと子供を大事にねー、なんて笑ってさ。……そんなの耐えられないよ。ニールには幸せになってほしいとは思うけど、その姿を見るのは僕には無理。だからもうこれ以上、ニールの傍にはいられない」
「………」

 なんと言葉をかけたらいいのか、レジーナには分からなかった。ニールに本当は女の子だと打ち明けてはどうだと提案するのは簡単だ。けれど、ノアが女の子だからといってニールの気持ちが向くと決まっているわけではないし、仮にそれでノアがニールに告白して振られてしまったら、二人のこれまでの関係は壊れるかもしれない。
 そう思うと、軽はずみな言葉はかけられなかった。いや、ノアにとってはいっそ関係が壊れた方がいいのだろうか。

「ノアさん。上手く言葉をかけられないけど……私はノアさんにも幸せになってほしいと思うよ」
「……僕の幸せなんてどうでもいいよ」
「よくないっ。ノアさんが生まれてきたのは、幸せになるためだよ。そのためにノアさんのお母さんが、命懸けでノアさんを産んでくれた。ノアさんが幸せになることが、お母さんへの一番の恩返しだよ」
「レジーナ……」
「ノアさんが幸せになれる道を一緒に探そう? 絶対にあるよ」

 懸命に主張するレジーナに、ノアは優しく微笑んだ。

「……ありがとう、レジーナ」




「ん…っ……あれ? ノア?」

 男子部屋へ戻って二段寝台の梯子を上ろうとしたところで、下段で寝ているニールが目を覚ました。寝ぼけまなこを擦りながら、上体を起こす。

「風呂に行ってきたのか? お前さー、いい加減に指定されてる時間帯に入れよ」

 ニールの小言にノアはつんとして返した。

「うるさいな。僕は一人でのんびりと入りたいの」
「はあ、これだから大貴族の坊ちゃんは。少しは協調性持てっつーの」
「余計なお世話だよ」

 ふんと鼻を鳴らして梯子を上り、ノアは寝台に横になる。ニールとの冷戦状態は、夏祭りの一件から自然と終わっていた。

「……ねえ、ニール。起きてる?」
「寝てる」
「起きてるじゃん。ねえ、ニールはレジーナのことをどう思う?」
「レジーナ? どうって……普通に好きだけど? それがどうした」
「僕がレジーナのことを好きだって言ったらどうするかなって」
「は!?」

 ニールが飛び起きたのを、ノアは気配で察した。

「それ、マジ!?」
「だったら、どうする?」

 ニールはうーんと考え込む。夏祭りの日、チェルシーはアルヴィンがレジーナと二人で夏祭りに参加したかったのだと言っていた。そのことから、アルヴィンがレジーナに好意を持っていることくらいは、ニールでも察しがつく。

(ノアがアルヴィン殿下に勝てるのか……?)

 大貴族の跡取りというアドバンテージはあるが、レジーナより年下だし、今は大分改善したとはいえわがままだしで、なんだか勝てそうもない気がするが。
 いや、しかし。

(それでも、応援するのが友達ってもんだよな)

 振られた時には、慰めてやればいいのだ。そう思って、ニールは「まあ、応援するよ」とノアのいる上段に向かって返しておいた。
 ニールの想定内の返答に、ノアは笑った。

「あはは、冗談だよ。ニールがレジーナのことを好きじゃないかなあって思って、言ってみただけ」
「はあ? なんだそりゃ」
「僕は色恋沙汰に興味ないから、独身貫くつもりだし。でもニールは違うよね。まあ、モテなくてもこの広い国だもん、一人くらい誰かいい人が現れるよ」
「……モテないっていうのは一言余計だ」
「幸せになって、ね」

 ぼそりと呟いた言葉は、ニールの耳には届かなかったようだ。何も言葉は返ってこず、やがてすやすやと寝息の音が聞こえ始めた。

(来年にはニールと離れられる……)

 彩七隊、おそらく碧風隊へとニールは配属されるだろう。そうなれば部屋は別々となり、顔を合わせる機会も減って、やがては縁が切れるはずだ。遠征中に手紙を書けるわけもないし、そもそも筆不精のニールだ。ノアから手紙を送らない限り、手紙をやりとりするなんてことにもなるまい。
 ……それでいい。それでいいのだ。
 ちくりと胸が痛んだが、気のせいだと見ないふりをした。

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