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第24話 七つの大罪『強欲』3
しおりを挟む人々の歓声と、弾けるような拍手の音に、ニールははっとした。
(……俺、みんなを守れた、のか?)
剣を鞘に収めながら周囲を見渡せば、死傷者がいる様子はなく、見た限りではみんな無事だ。魔物を退治したニールを称えるように拍手喝采であり、そんな中でノアは驚いた顔をして目の前に立っていた。
ニールはノアと喧嘩中だったことも忘れて、無邪気に笑いながらノアに抱きついた。
「ノア! やった! 俺、マルコと契約を結べた!」
正面から体が密着した時に何か違和感を覚えたが、精霊と契約を結べたこと、そして何より人々を守れたことが嬉しくて、ニールは気に留めない。
突然、抱きつかれたノアはしばし固まっていたが、
「あ、暑苦しいんだよ!」
「うおっ!?」
と、ニールを力あらん限りで突き飛ばした。といっても、ニールは一歩下がっただけで、距離感はそう変わらない。そのため、ノアの方から距離を置いて「ふん!」とそっぽ向く。
「はいはい、よかったね。これで来年にはめでたくさよならできるよ」
ニールは怪訝な顔をする。
「はあ? なんでそうなるんだよ」
「バカなの? 精霊と契約を結べたってことは、もう落ちこぼれじゃないんだから、彩七隊に配属されるに決まってるでしょ。だから僕とはさよならだよ」
「仮にそうだとして、それで縁が切れるわけじゃねえだろ、俺達の友情は」
「はあ、本当に暑苦しい。僕達は腐れ縁だよ。腐ってるんだ。いつか、腐り落ちるよ」
「お前はなんでそう……」
可愛げがないんだ、とニールが続けようとした時だった。
「ニール君!」
と、己を呼ぶ声が聞こえて、ニールは振り返る。
「ん? あ、レジーナ。と、アルヴィン殿下」
アルヴィンとともにやって来たレジーナは、ニールの前で足を止めた。そして、興奮冷めやらぬ様子で言う。
「ニール君! すごかったよ! マルコと契約を結べたんだね!」
「レジーナのおかげだよ」
「え、私?」
きょとんとするレジーナに、ニールは快活に笑った。
「そう。子供を庇うために魔物を鞄でぶっ飛ばしてただろ? その姿を見て、俺もみんなを守るために戦おうって思えた。……俺の夢は終わってなかったよ」
ニールの夢。それがなんなのか、一週間前のニールとの会話を思い出したレジーナには、言われなくても察しがついた。
(ニール君……よかったね)
きっと、ニールなら勇者になれる。いや、もう勇者なのかもしれない。今、この場にいる人々を誰一人死なせずに守ったのだから。
「おめでとう、ニール君」
レジーナがふわりと笑うと、ニールも笑って応えた。
「おう。サンキュー、レジーナ」
笑い合う二人を、
「………」
ノアはなんとも形容し難い顔でじっと見つめていた。
ニールが魔物を討伐したとはいえ、混乱を極めた夏祭りは中止になった。レジーナ達はクリフとダグラスにこの件を報告すべく、精霊騎士団本部へ戻るところだ。
「はあ、私の出番はまるでなかったわね……」
そうため息をつくのは、チェルシーだった。
チェルシーは人通りの少ない所で赤獅子を呼び出したものの、人混みに紛れていった魔物を追わせることはできず、慌てて赤獅子をペンダントに戻してチェルシー本人が追いかけたそうなのだが、追いついた時にはニールが討伐していた、のだとか。
レジーナは「今回は仕方ないよ」と、隣を歩くチェルシーを宥めた。実際、仕方のないことだろう。チェルシーはまだ戦闘訓練中の身だ。自分の力を過信せず、冷静に赤獅子に対応させようとした判断は間違っていないはずだ。
アルヴィンも、「そうだ。元気を出せ」とチェルシーに優しく声をかけた。
そんな三人の後ろを歩くニールとノアは、しばらく無言だった。けれど、ニールが意を決したようにぽつりと呟く。
「……お前さ、やっぱりまだ昔のこと怒ってんの?」
「………」
「そうだよな。左目が見えなくなったんだもんな。恨んでないわけない、よな……」
そっと目を伏せるニールに、ノアはそこで立ち止まった。ニールは不思議に思いつつも、ノアと同じように立ち止まる。
「おい、急にどうしたんだよ」
「バカじゃないの」
「え?」
「そんな昔のことを気にしてるのはニールだけだよ。この左目は僕の名誉の負傷だ。のちに勇者になったニール・カウエンを守った、ね」
思ってもみなかった言葉を投げかけられたニールは、咄嗟に何も言い返せなかった。思わずじっとノアの横顔を見つめたが、ノアはその視線から逃れるようにぷいとそっぽ向く。
「……僕、先に戻るから。――おいで、シトリー」
ペンダントから黒豹を呼び出したノアはその背中に乗り、「行って」と命じて走り去る黒豹とともにあっという間に見えなくなった。
「ノア……」
名誉の負傷。そう言ってくれるのか。
レジーナの言う通りだったのかもしれない。ノアは別に過去の一件を根に持って、つんつんしているわけではなかったのだ。いや、では何故つんつんしているのかは、やはり分からないけれど。
(……って、ん? あいつ、精霊に乗って行った、よな?)
仕事以外での、精霊騎士団本部の敷地外での精霊の呼び出しは――。
ニールはもう届かないとは分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
「ノア! さりげなく、また軍律違反してるんじゃねええええ!」
レジーナ達より一足早く精霊騎士団本部に戻ったノアは、その足で八虹隊事務室へ向かった。すると、中ではダグラスが文机で珍しく書類を書いていた。
己の所にやって来たノアに、ダグラスは手を止めて顔を上げる。
「ん? ノア、どうした」
「ニールが精霊と契約を結んだから、その報告に」
「へえ、そっか。属性は?」
「多分、風」
「ふーん。風かあ。経緯は分からないけど、よかったよね」
へらっと笑うダグラスを、ノアは片目でじっと見つめて。
「……嘘つき」
「へ?」
「ダグラス隊長でしょ、あの魔物を操ってたの」
「………」
「自然界を縄張りとする魔物がこんな街中に入ってくるわけがない。何より、あの魔物の動きは本気で人を傷付けようとしているように見えなかった。ニールが精霊と契約を結べるように仕組んだんじゃないの?」
疑惑の目を向けるノアにダグラスはしばし押し黙った後、
「……バレたか。そうだよ、俺がやったの。祭りを台無しにしてごめんね」
と、あっさりと白状した。そして、ゆったりと指を組んでにこっと笑う。
「それで? それを確かめてどうするの? 軍律違反だーって上層部に言いつけて俺を謹慎処分にしたい? 今そのことに関する報告書を書いてるところだから、先に言いつけちゃえば多分できるよ」
「違うよ。そんなつもりはない。ただ、確かめたかっただけ」
「そう。安心したよ。じゃあ俺も特別に今回は見逃してあげる。距離的にも、ノアの性格的にも、走ってきたとは思えないから、またシトリーを足代わりにしたんでしょ?」
「……僕はまた謹慎処分でもいいよ。精霊騎士なんて本当はやめたいんだからね」
じゃあまた明日、とノアはさっさと事務室を出て行く。そして入れ替わるようにして、クリフが事務室へと入ってきた。
「ノアらしき背中を見ましたが、もしかしてノアが来たんですか?」
言いながら、ダグラスの下へやって来たクリフは、アイスコーヒーが入ったグラスを「はい、どうぞ」とダグラスに差し出す。ダグラスはそれを受け取りながら、返した。
「うん、ニールが精霊と契約を結んだ報告だってさ」
「……ノアだけ先に来るなんておかしいですね。まさか、また軍律違反したんじゃ」
「ま、それはお互い様ってことで今回は不問にするよ」
ダグラスはアイスコーヒーを一口飲んで、「ふう」と息をつく。慣れない仕事をしているものだから、精神的に疲れる。こういった事務仕事を一手に担うクリフはすごいと思う。
まあ、それはともかく。
「……クーちゃんはさ、恋したことある?」
「は?」
いきなり、何を言っているんだ、こいつ。
クリフはそんな目でダグラスを見たが、ダグラスの表情はあくまで真面目だった。
「恋する乙女の扱いって難しいよねえ」
「……一体、誰のことを言ってるんですか?」
「副官は鈍いし。あー、どうしよう。参ったなあ」
「……?」
がりがりと頭を掻くダグラスに、クリフは首を傾げるしかなかった。
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