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第23話 七つの大罪『強欲』2

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「え、な、何?」

 人の波が一気に押し寄せてきて、レジーナは危うく転倒しそうになった。手を掴んで支えてくれたのはアルヴィンだ。

「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう。それにしても、一体何事?」
「ちょっと話が聞こえたんだが、魔物が出たそうだ。それでみんな混乱して逃げているんだろうな。俺達もここを離れてチェルシー達と合流しよう」

 というわけで、レジーナとアルヴィンも人の波に乗って来た道を引き返した。けれど、周囲を見渡してもニール達の姿は見つからない。

(三人とも、どこにいるの?)

 ニール達には精霊がいるし、チェルシーに至っては精霊術が使える。あの三人なら、現れたという魔物に対応できるのではないかと思うのだが。
 そう思いつつ走っていると、向こう側から走ってくるチェルシーとようやく遭遇した。

「チェルシーちゃん!」
「チェルシー、無事だったか」
「はい。お兄様達もご無事でよかったです」

 そう答えるチェルシーは一人だ。レジーナは首を傾げた。

「チェルシーちゃん、ニール君とノアさんは?」
「ニールなら、魔物が出たって聞いたら血相を変えてノアを探しに行ったわ。そのノアはどこにいるのか私も分からない」
「……そっか」
「私は人通りの少ない所まで行って、ヴィネを呼び出すわ。お兄様達は精霊騎士団本部まで戻って、ダグラス隊長とクリフ副隊長を呼びに行って下さい。私達だけで対処できるとは思えないので」

 チェルシーの冷静な言葉に、アルヴィンも冷静に頷いた。

「分かった。気を付けろよ。行くぞ、レジーナ」
「うん。チェルシーちゃん、本当に気を付けてね」
「大丈夫よ。ほら、さっさと行きなさい」

 手で追い払うような仕草を見せるチェルシーに、レジーナは頼もしさを感じつつ、

(それにしても、なんでこんな街中に魔物が出たんだろう……?)

 と、首を捻りながらアルヴィンとともに精霊騎士団本部へと向かった。




 そしてその頃、ニールはノアを探して走り回っていた。

「ノア! ノア、どこにいる!?」

 ノアの銀髪なら人混みの中でも目立つはずだが、さっぱり見つからない。そのことにニールは焦っていた。

(ノアだけは守らねえと……!)

 大切な幼馴染だ。もう二度と、ノアにだけは傷付いてほしくない。そう思うのは、かつてニールのせいで怪我を負わせた負い目があるから、というのもあるかもしれないが。

《――それだけでいいの?》
「え?」

 脳内に直接響くような甲高い声に、ニールは思わず足を止めた。……なんだ、この声。

《僕が選んだ主は、そんなつまらない男だったかなあ?》
「……勝手なこと言ってんじゃねえよ」

 ニールはきつく拳を握りしめた。
 それだけでいいのか。いいはず、だ。つまらないと言われようとも、ニールにはノアを守るだけでも手一杯。いや、違う。ノアのことさえ……守れなかった。
 ずっと昔、抱いていた勇者になるという夢。それはあの時に粉々に打ち砕かれた。心が折れた。ああ、みんなを守るなんて無理なんだったんだなと。
 どれだけ剣技を磨いても、その虚無感が満たされることはなく。

『私はニール君のその夢、好きだな。みんなを守りたいなんて、ヒーローみたいでカッコいいよ』

 ふとレジーナに言われた言葉が脳裏をよぎって、ニールは顔を歪めた。

(……やめろ。やめてくれ)

 もうその夢は捨て去った。諦めた。
 ……はずだった、のに。

『うん、ニール君ならきっと叶えられる。間違いない』

 魔物から逃げ惑う人々。彼ら全員を守ることが、ニールにできるのか。
 そう自問自答した時。

「ちょっと! 何しようとしてるのよ!」

 レジーナの怒った声が聞こえて視線を向けると、子供に襲いかかろうとした黒い狼のような魔物を、レジーナが鞄でぶん殴ったところだった。意外と鞄の中身は重みがあるようで魔物にクリティカルヒットしたらしい。魔物は吹っ飛ばされていた。
 それを見たニールはぽかんとしてから、

「……ふっ、ははっ」

 と、吹き出してしまった。そして思う。

(あんな小柄で非力な女が見知らぬ子供を守ろうと戦ってんのに……男の俺が戦わないわけにいかねえよな)

 そしてそれは、精霊騎士としての本分でもあるはずだ。
 覚悟を決めたその時、一迅の風が吹いた。ニールは気付いたら、真っ暗な世界で白狼と向かい合うように立っており、白狼は嬉々として言う。

《気付いたみたいだね。君の夢は終わっていないことを》

 勇者になる。そしてみんな守る。
 子供のような夢は、けれど今なおニールの胸にある。

「ああ。俺はみんなを守る。守るために戦う。だから、力を貸せ、マルコ」
《あはは、目に映るすべての人を守りたいなんて強欲だ。でもそれでこそ、僕が選んだ主。いいよ、その強欲を食らう代わりに力を与えよう――》

 そこでぱっと景色が切り替わり、ニールの意識は現実世界へと戻っていた。ニールはすぐさま視線を滑らせ、魔物の数、位置を把握する。そして剣を抜き、地を蹴った。

「――【風迅閃】、一撃!」

 まずレジーナが吹っ飛ばした魔物の前に高速移動し、風を纏った剣で斬り伏せる。次いで左。老人に襲いかかろうとした魔物の背に追いつき、「二撃!」と剣を振るう。
 応戦するニールに背後から襲おうとした魔物は、けれど高速移動するニールに背後を取られて「三撃!」という叫びとともに真っ二つに斬られた。
 そのまま、ニールは縦横無尽に駆け回り、四撃、五撃、六撃……と攻撃は続き、

「これがラストだ! 七撃!」

 と、最後に背中から斬った魔物は、ノアを襲おうとしていた魔物だった……。




「おー♪ 『強欲』の風か~。それにしても、やっぱり戦闘センスあるねえ、ニールは。詠唱なしの風迅閃を七連発に疾風脚の併用か」
「……ダグラス隊長、立っていると見つかりますよ」

 高層住宅の屋根の上に、クリフとダグラスはいた。堂々と立っているダグラスに対し、クリフはしゃがみ込んで身を隠すようにしている。
 クリフの言葉にダグラスは「大丈夫、大丈夫」と楽観的だ。

「誰もこっちなんて見てないよ。みんなニールに注目してるから。あーあ、ニールは来年から碧風隊に持って行かれそうだな~」
「無事に契約を結べたんです。よかったじゃないですか」
「それはそうだけど、寂しくなるじゃん。まあでも、荒療治した甲斐があったね♪」
「……せっかくの祭りをぶち壊してしまって、私は心苦しいですけどね」

 そう、あの魔物はダグラスが闇の精霊術で生み出した使い魔であり、わざと夏祭りを楽しむ人々を襲わせていたのだ。せいぜい体当たり程度の攻撃しかさせてはいなかったものの、夏祭りを台無しにしたことには変わりない。
 罪悪感を覚えるクリフとは対照的に、ダグラスは悪びれずに言う。

「まあこれも、巡り巡って国民のためになるんだから。気にしない、気にしない」
「本当にあんたって人は……はあ、傍観していた私も同罪ですからいいです。それより、レジーナ達がじきに本部に来るかもしれません。戻りましょう」
「そうだね。あ、俺の疾風脚で戻ろうか。お姫様抱っこして運んであげる♪」

 相変わらずふざけた上官を、クリフは冷ややかな目で見上げた。

「そんなことをされるくらいだったら、ここから飛び下りて死んだ方がマシです。もちろん、あんたを灰燼にしてからですがね」
「死んで一緒になろうってこと? え、ヤンデレ属性に目覚めたの?」
「……その無駄に回る軽口、火で炙って強制的に閉じさせましょうか」
「あっはっは、こわっ。冗談だよ。――おいで、グラシャ」

 ダグラスがそう呼びかけると、ペンダントから黒犬が屋根の上に現れた。その背中に、ダグラスとクリフは飛び乗る。

「行って、グラシャ」

 主からの命令に黒犬は応えるように小さく鳴き、翼を羽ばたかせて二人を精霊騎士団本部まで運んだのだった。

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