22 / 32
第22話 七つの大罪『強欲』1
しおりを挟むそれからレジーナは三日間の謹慎処分を受け、四日目から出勤した。クリフに始末書の書き方を教えてもらってダグラスに提出し、その日はニールの精霊、白狼のシャンプーをこなした。
(ニール君とノアさん、まだ仲直りしてないんだ……)
昼食の時間、チェルシーとともに食堂へ赴いたレジーナは、それぞれ違うテーブル席に座っているニールとノアを見つけ、眉尻を下げた。
チェルシーも「あいつら、まだ喧嘩しているの?」と気遣わしげな顔だ。いつも一緒に食事を食べる二人が四日経ってもバラバラというのは、心配でならない。
とはいえ、上手く仲直りさせる方法も思いつかず、ひとまずレジーナとチェルシーは二人とは別のテーブル席に座って昼食を食べ始めた。
そこへ、
「よお、チェルシー、レジーナ。レジーナは謹慎が解けたのか?」
と、アルヴィンが声をかけてきた。
「アルヴィン君。うん、今日から出勤してるの。そういえば、私とノアさんを軍律違反じゃないのかってダグラスさん達に伝えたの、アルヴィン君なんだってね。ありがとう」
「……どうしてお礼を言うんだ」
「だって、おかげで湖に行くのを止めてもらえたから。それに悪いことをしたら、きちんと処罰されなくちゃ」
「頭の出来はともかく、真面目だよな、お前は」
「出来はともかくってどういう意味!?」
むうと頬を膨らませるレジーナにアルヴィンはふっと笑ってから、「あ、そうだ」と声をかけてきた理由を思い出したように口を開いた。
「来週、夏祭りがあるんだが、一緒に参加しないか?」
「え、夏祭り?」
「そういえば、もうそんな季節ね。王都の夏祭りは盛大よ。大通りには出店がずらりと並んで賑わうし、ラストには花火も上がる。いいじゃない、いってきなさいよ」
口を挟んだチェルシーを、レジーナは思わず見やる。いってきなさいということは、チェルシーは一緒に参加する気はないのか。それは意外なことだった。
ともかく、夏祭り。王都の人口を考えればさぞ盛り上がることだろう。きっと、楽しめるはず……と思ったところで。
(そうだ! 夏祭りだ!)
いいことを思いついた、とレジーナはアルヴィンに笑いかけた。
「ありがとう、アルヴィン君!」
「ん? じゃあ、一緒に参加してくれるのか?」
「うん! ――五人で!」
笑顔を弾けさせるレジーナの言葉に、アルヴィンとチェルシーは「は?」「え?」と声を重ねて、顔を見合わせる。
「「五人……?」」
「ふふ、メンバーは当日まで内緒だよ」
レジーナは悪戯っぽく笑う。レジーナと二人で参加するつもりだったアルヴィンは、なんだか想定外のことになった、と呆気に取られるのだった。
夜闇を街の街路灯が照らす。
夏祭りの日を迎え、普段以上に人々で混み合う大通りを、レジーナはアルヴィン達と歩いていた。
「うわあ、本当に出店がいっぱい! どれを食べるか迷うねえ」
「……レジーナ。お前、この雰囲気でよくそんな能天気なことを言えるな」
「本当にね。……どうするのよ、あの二人」
ひそひそと両側からレジーナに耳打ちするのは、アルヴィンとチェルシーだ。兄妹はレジーナを真ん中にしてそれぞれ隣を歩いているのだ。
そんな三人の後ろを、無言で歩くのはニールとノアだった。ちなみにニールは帯剣しており、理由を訊くと「剣は俺の魂だから」という答えが返ってきた。いつもであれば、ノアが「バカの言うことは意味分からないよね」とでも言いそうなものだが、何も突っ込まなかったので冷戦状態であると分かろうものだ。
「ええと……ほら、楽しい気分でいれば、自然と仲直りするかなって。えへへ」
「つまりは無計画というわけか。もう少し計画性を持て」
「お兄様、レジーナに頭脳を期待しても無駄だと思います」
それもそうだ、とアルヴィンはそっと息をつく。こんな重苦しい空気では、夏祭りを楽しむ気分には到底ならない。もちろん、ニールとノアもそうだろう。
(こんなはずじゃなかったんだがな……)
以前、レジーナに王都の街を案内した時のようにのんびりと、けれど楽しいひとときを過ごすつもりだったのに。
チェルシーはともかく、他の男二人、それも喧嘩中の二人を誘うとは思わなかった。仲直りさせたいという気持ちには好感が持てるが、もう少し考えて実行してほしい。
レジーナもまた、失敗したかなあ、と内心困り果てていた。ニールとノアの二人が断らないように、それぞれ相手も参加するとは教えずに誘ったのがマズかったか。
(うーん、どうしよう……)
二人を仲直りさせるいい方法はないものか。
考え込むレジーナや気まずさに耐える兄妹へ、
「僕、ちょっと鶏の串焼きを買ってくる。みんなは先に行ってていいよ」
と、ノアが声をかけてから離れていった。ノアが離脱したことでニールのぴりついた雰囲気も幾分か和らぎ、レジーナ達は少しほっとする。
(――って、ほっとしてどうするの!)
なんとしてでも、二人を仲直りさせなくては。
使命感に駆られるレジーナを、チェルシーは横目に見てから後ろへ下がり、ニールに耳打ちした。
「……ちょっと、ニール。私達も串焼きを食べたくなったってことにして、お兄様達と離れるわよ」
「へ? なんで?」
「はあ? あんたも鈍いわね。お兄様はレジーナと二人で夏祭りに参加したかったのよ。だから私達はお邪魔虫なの。お邪魔虫はさっさと退散よ」
「まあ、別にいいけど……お前、変わったな。前のお前なら、兄貴と他の女を二人にするのを嫌がってそうなのに」
チェルシーは筋金入りのブラコンだったとニールは記憶している。兄離れできていないというのがチェルシーに抱く印象だったが、何か心変わりするようなことがあったのか。
不思議な顔をするニールに、チェルシーは自信満々に言う。
「仮にレジーナとくっついたって、お兄様の私への愛は変わらないわ。それに……相手がレジーナなら、まあいいかなって」
「へえ……お前も少しは大人になったな。じゃあ、二人から離れるか」
と、こそこそと話していたニールとチェルシーは、前を歩くレジーナとアルヴィンに声をかけた。
「レジーナ、アルヴィン殿下」
「私達も鶏の串焼きを食べたくなったから、ちょっと買ってくるわね。二人は先に行ってて」
「え? でも……」
「いいから、いいから。後で合流しましょう」
「じゃあ、また後でな」
通り過ぎた鶏の串焼きの出店へ向かっていく、ニールとチェルシー。喧騒の中へ消えていった二人をレジーナとアルヴィンは見送って、顔を見合わせる。
「二人になっちゃったね」
「そうだな。まあ、すぐに追いついてくるだろうから、先に行こう」
そうして二人は歩き出し、色々な出店を見て回った。飲食物の店が大半だが、中には装飾物を取り扱う店もある。その一つに、レジーナは足を止めた。
「あ、ミモザを象った髪飾りだ」
ミモザとは春に咲く鮮やかな黄色の花のことだ。春を告げる花として国民から親しまれている。春生まれのレジーナは、なんとなく親近感が湧いて好きな花だった。
アルヴィンも足を止め、覗き込むようにして髪飾りを見た。
「ん? ほしいのか?」
「えっと、そういうわけじゃ……」
「買ってやるよ。せっかく、祭りに来たんだし」
「ええっ、悪いからいいよ!」
ただ、目に入ってちょっと気になっただけなのだ。買うつもりはなかったし、まして人様に買ってもらうなんて申し訳ない。
即座に断ったレジーナを、けれどアルヴィンは「遠慮するな」と言って、本当に髪飾りを購入してしまった。
「ほら。やるよ」
「う、受け取れないよ!」
「そう言うな。俺からのささやかな感謝の気持ちとして受け取ってくれ」
「感謝……?」
レジーナはきょとんとした。アルヴィンに感謝されるようなことを何かしただろうか。身に覚えがない。
すると、アルヴィンは「覚えてないか」と苦笑した。
「前に王都を案内した時のことだ。俺の出生について話した時、お前は俺達を人間と人間の間の子供だろう、と言った。その言葉になんだか心が軽くなったんだ。王宮では平民の子供だからとずっと蔑まれてきたからな」
そういえば、そんなことを言ったような気もする。何気ない言葉だったが、アルヴィンの心を少しでも軽くさせられたのなら、嬉しく思う。
「だから、これはそのお礼だ。受け取ってくれ」
「……そういうことなら」
お礼を頑なに拒否するのも失礼な気がして、レジーナはおずおずと髪飾りを受け取った。そして一つに結んでいる髪に付ける。
「ありがとう。……どう? 似合う?」
「ああ。よく似合っている」
優しげに微笑むアルヴィンにレジーナも柔和に笑う。穏やかに笑みを浮かべ合う二人だったが、その時、近くで悲鳴が上がった。
20
お気に入りに追加
563
あなたにおすすめの小説
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活
高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。
黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、
接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。
中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。
無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。
猫耳獣人なんでもござれ……。
ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。
R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。
そして『ほの暗いです』
追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!
沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。
「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」
Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。
さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。
毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。
騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。
公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~
石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。
しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。
冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。
自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。
※小説家になろうにも掲載しています。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
始まりは最悪でも幸せとは出会えるものです
夢々(むむ)
ファンタジー
今世の家庭環境が最低最悪な前世の記憶持ちの少女ラフィリア。5歳になりこのままでは両親に売られ奴隷人生まっしぐらになってしまうっっ...との思いから必死で逃げた先で魔法使いのおじいさんに出会い、ほのぼのスローライフを手に入れる............予定☆(初投稿・ノープロット・気まぐれ更新です(*´ω`*))※思いつくままに書いているので途中書き直すこともあるかもしれません(;^ω^)
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
ミニゴブリンから始まる神の箱庭~トンデモ進化で最弱からの成り上がり~
リーズン
ファンタジー
〈はい、ミニゴブリンに転生した貴女の寿命は一ヶ月約三十日です〉
……えーと? マジっすか?
トラックに引かれチートスキル【喰吸】を貰い異世界へ。そんなありふれた転生を果たしたハクアだが、なんと転生先はミニゴブリンだった。
ステータスは子供にも劣り、寿命も一ヶ月しかなく、生き残る為には進化するしか道は無い。
しかし群れのゴブリンにも奴隷扱いされ、せっかく手に入れた相手の能力を奪うスキルも、最弱のミニゴブリンでは能力を発揮できない。
「ちくしょうそれでも絶対生き延びてやる!」
同じ日に産まれたゴブゑと、捕まったエルフのアリシアを仲間に進化を目指す。
次々に仲間になる吸血鬼、ドワーフ、元魔王、ロボ娘、勇者etc。
そして敵として現れる強力なモンスター、魔族、勇者を相手に生き延びろ!
「いや、私はそんな冒険ファンタジーよりもキャッキャウフフなラブコメスローライフの方が……」
予想外な行動とトラブルに巻き込まれ、巻き起こすハクアのドタバタ成り上がりファンタジーここに開幕。
「ダメだこの作者私の言葉聞く気ねぇ!?」
お楽しみください。
色々な所で投稿してます。
バトル多め、題名がゴブリンだけどゴブリン感は少ないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる