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第22話 七つの大罪『強欲』1

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 それからレジーナは三日間の謹慎処分を受け、四日目から出勤した。クリフに始末書の書き方を教えてもらってダグラスに提出し、その日はニールの精霊、白狼のシャンプーをこなした。

(ニール君とノアさん、まだ仲直りしてないんだ……)

 昼食の時間、チェルシーとともに食堂へ赴いたレジーナは、それぞれ違うテーブル席に座っているニールとノアを見つけ、眉尻を下げた。
 チェルシーも「あいつら、まだ喧嘩しているの?」と気遣わしげな顔だ。いつも一緒に食事を食べる二人が四日経ってもバラバラというのは、心配でならない。
 とはいえ、上手く仲直りさせる方法も思いつかず、ひとまずレジーナとチェルシーは二人とは別のテーブル席に座って昼食を食べ始めた。
 そこへ、

「よお、チェルシー、レジーナ。レジーナは謹慎が解けたのか?」

 と、アルヴィンが声をかけてきた。

「アルヴィン君。うん、今日から出勤してるの。そういえば、私とノアさんを軍律違反じゃないのかってダグラスさん達に伝えたの、アルヴィン君なんだってね。ありがとう」
「……どうしてお礼を言うんだ」
「だって、おかげで湖に行くのを止めてもらえたから。それに悪いことをしたら、きちんと処罰されなくちゃ」
「頭の出来はともかく、真面目だよな、お前は」
「出来はともかくってどういう意味!?」

 むうと頬を膨らませるレジーナにアルヴィンはふっと笑ってから、「あ、そうだ」と声をかけてきた理由を思い出したように口を開いた。

「来週、夏祭りがあるんだが、一緒に参加しないか?」
「え、夏祭り?」
「そういえば、もうそんな季節ね。王都の夏祭りは盛大よ。大通りには出店がずらりと並んで賑わうし、ラストには花火も上がる。いいじゃない、いってきなさいよ」

 口を挟んだチェルシーを、レジーナは思わず見やる。いってきなさいということは、チェルシーは一緒に参加する気はないのか。それは意外なことだった。
 ともかく、夏祭り。王都の人口を考えればさぞ盛り上がることだろう。きっと、楽しめるはず……と思ったところで。

(そうだ! 夏祭りだ!)

 いいことを思いついた、とレジーナはアルヴィンに笑いかけた。

「ありがとう、アルヴィン君!」
「ん? じゃあ、一緒に参加してくれるのか?」
「うん! ――五人で!」

 笑顔を弾けさせるレジーナの言葉に、アルヴィンとチェルシーは「は?」「え?」と声を重ねて、顔を見合わせる。

「「五人……?」」
「ふふ、メンバーは当日まで内緒だよ」

 レジーナは悪戯っぽく笑う。レジーナと二人で参加するつもりだったアルヴィンは、なんだか想定外のことになった、と呆気に取られるのだった。




 夜闇を街の街路灯が照らす。
 夏祭りの日を迎え、普段以上に人々で混み合う大通りを、レジーナはアルヴィン達と歩いていた。

「うわあ、本当に出店がいっぱい! どれを食べるか迷うねえ」
「……レジーナ。お前、この雰囲気でよくそんな能天気なことを言えるな」
「本当にね。……どうするのよ、あの二人」

 ひそひそと両側からレジーナに耳打ちするのは、アルヴィンとチェルシーだ。兄妹はレジーナを真ん中にしてそれぞれ隣を歩いているのだ。
 そんな三人の後ろを、無言で歩くのはニールとノアだった。ちなみにニールは帯剣しており、理由を訊くと「剣は俺の魂だから」という答えが返ってきた。いつもであれば、ノアが「バカの言うことは意味分からないよね」とでも言いそうなものだが、何も突っ込まなかったので冷戦状態であると分かろうものだ。

「ええと……ほら、楽しい気分でいれば、自然と仲直りするかなって。えへへ」
「つまりは無計画というわけか。もう少し計画性を持て」
「お兄様、レジーナに頭脳を期待しても無駄だと思います」

 それもそうだ、とアルヴィンはそっと息をつく。こんな重苦しい空気では、夏祭りを楽しむ気分には到底ならない。もちろん、ニールとノアもそうだろう。

(こんなはずじゃなかったんだがな……)

 以前、レジーナに王都の街を案内した時のようにのんびりと、けれど楽しいひとときを過ごすつもりだったのに。
 チェルシーはともかく、他の男二人、それも喧嘩中の二人を誘うとは思わなかった。仲直りさせたいという気持ちには好感が持てるが、もう少し考えて実行してほしい。
 レジーナもまた、失敗したかなあ、と内心困り果てていた。ニールとノアの二人が断らないように、それぞれ相手も参加するとは教えずに誘ったのがマズかったか。

(うーん、どうしよう……)

 二人を仲直りさせるいい方法はないものか。
 考え込むレジーナや気まずさに耐える兄妹へ、

「僕、ちょっと鶏の串焼きを買ってくる。みんなは先に行ってていいよ」

 と、ノアが声をかけてから離れていった。ノアが離脱したことでニールのぴりついた雰囲気も幾分か和らぎ、レジーナ達は少しほっとする。

(――って、ほっとしてどうするの!)

 なんとしてでも、二人を仲直りさせなくては。
 使命感に駆られるレジーナを、チェルシーは横目に見てから後ろへ下がり、ニールに耳打ちした。

「……ちょっと、ニール。私達も串焼きを食べたくなったってことにして、お兄様達と離れるわよ」
「へ? なんで?」
「はあ? あんたも鈍いわね。お兄様はレジーナと二人で夏祭りに参加したかったのよ。だから私達はお邪魔虫なの。お邪魔虫はさっさと退散よ」
「まあ、別にいいけど……お前、変わったな。前のお前なら、兄貴と他の女を二人にするのを嫌がってそうなのに」

 チェルシーは筋金入りのブラコンだったとニールは記憶している。兄離れできていないというのがチェルシーに抱く印象だったが、何か心変わりするようなことがあったのか。
 不思議な顔をするニールに、チェルシーは自信満々に言う。

「仮にレジーナとくっついたって、お兄様の私への愛は変わらないわ。それに……相手がレジーナなら、まあいいかなって」
「へえ……お前も少しは大人になったな。じゃあ、二人から離れるか」

 と、こそこそと話していたニールとチェルシーは、前を歩くレジーナとアルヴィンに声をかけた。

「レジーナ、アルヴィン殿下」
「私達も鶏の串焼きを食べたくなったから、ちょっと買ってくるわね。二人は先に行ってて」
「え? でも……」
「いいから、いいから。後で合流しましょう」
「じゃあ、また後でな」

 通り過ぎた鶏の串焼きの出店へ向かっていく、ニールとチェルシー。喧騒の中へ消えていった二人をレジーナとアルヴィンは見送って、顔を見合わせる。

「二人になっちゃったね」
「そうだな。まあ、すぐに追いついてくるだろうから、先に行こう」

 そうして二人は歩き出し、色々な出店を見て回った。飲食物の店が大半だが、中には装飾物を取り扱う店もある。その一つに、レジーナは足を止めた。

「あ、ミモザを象った髪飾りだ」

 ミモザとは春に咲く鮮やかな黄色の花のことだ。春を告げる花として国民から親しまれている。春生まれのレジーナは、なんとなく親近感が湧いて好きな花だった。
 アルヴィンも足を止め、覗き込むようにして髪飾りを見た。

「ん? ほしいのか?」
「えっと、そういうわけじゃ……」
「買ってやるよ。せっかく、祭りに来たんだし」
「ええっ、悪いからいいよ!」

 ただ、目に入ってちょっと気になっただけなのだ。買うつもりはなかったし、まして人様に買ってもらうなんて申し訳ない。
 即座に断ったレジーナを、けれどアルヴィンは「遠慮するな」と言って、本当に髪飾りを購入してしまった。

「ほら。やるよ」
「う、受け取れないよ!」
「そう言うな。俺からのささやかな感謝の気持ちとして受け取ってくれ」
「感謝……?」

 レジーナはきょとんとした。アルヴィンに感謝されるようなことを何かしただろうか。身に覚えがない。
 すると、アルヴィンは「覚えてないか」と苦笑した。

「前に王都を案内した時のことだ。俺の出生について話した時、お前は俺達を人間と人間の間の子供だろう、と言った。その言葉になんだか心が軽くなったんだ。王宮では平民の子供だからとずっと蔑まれてきたからな」

 そういえば、そんなことを言ったような気もする。何気ない言葉だったが、アルヴィンの心を少しでも軽くさせられたのなら、嬉しく思う。

「だから、これはそのお礼だ。受け取ってくれ」
「……そういうことなら」

 お礼を頑なに拒否するのも失礼な気がして、レジーナはおずおずと髪飾りを受け取った。そして一つに結んでいる髪に付ける。

「ありがとう。……どう? 似合う?」
「ああ。よく似合っている」

 優しげに微笑むアルヴィンにレジーナも柔和に笑う。穏やかに笑みを浮かべ合う二人だったが、その時、近くで悲鳴が上がった。

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