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第16話 七つの大罪『傲慢』1

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 その翌日の夜のことだ。
 チェルシーの下へ一通の手紙……というよりは、招待状が届いていた。営所の女子部屋にて、その招待状に目を通すチェルシーの横顔に陰りがあることに気付いたレジーナは、心配になって声をかけた。

「チェルシーちゃん、どうしたの?」
「……お義姉様達からお茶会の招待状が届いたの」

 お義姉様達。そういえば、チェルシーは第三王女であることを思い出すレジーナだ。

「ええと、それがどうかしたの?」
「………」
「もしかして、行きたくない、とか?」
「……断るわけにはいかないわ。私だけじゃなくて、お兄様の立場まで悪くなるかもしれないもの」
「チェルシーちゃん……」

 断るわけにはいかない、立場が悪くなるかもしれない。それらの言葉から義姉達との折り合いが決してよくないことが察せられる。
 チェルシーもアルヴィンも王族としては複雑な立場だという話だった。国王の側近だけでなく、もしかしたら義兄姉からの扱いも悪いのかもしれない、とレジーナは思う。

(……よし)

 ここは勇気づけるために一つ。
 レジーナはにこっと笑いかけた。

「チェルシーちゃん、そのお茶会、私も参加できないかな?」
「……え?」

 思ってもみなかったことを言われたという顔をするチェルシーに、レジーナは「ほら、お友達を連れて行きます、みたいな感じで」と付け加える。
 レジーナとて一応、伯爵令嬢だ。貴族のお茶会に参加する資格はあるはず。
 チェルシーはぽかんとしていた。

「お友達……?」
「あれ? そう思ってるの私だけだった?」
「だ、誰もそんなこと言っていないでしょ! ま、まあ? ちょうど、私の友人リストに加えてあげようかなあって思っていたところよ」
「あはは、ありがとう」

 これをツンデレというのか。相変わらず素直じゃないなあとレジーナは思いつつも、友人という言葉を喜んでいるだろうチェルシーが微笑ましい。
 チェルシーはちらっとレジーナを横目で見た。

「……でも、どうしてウチのお茶会に参加したいのよ」
「貴族のお茶会って参加したことないから、参加してみたいなって」
「ふーん……まっ、連れて行ってあげてもいいわよ。お義姉様達には、友人も連れて行くって返事を送っておくから」
「うん。よろしく」

 というわけで、王族のお茶会に参加することにしたレジーナはその五日後、チェルシーとともに王城へ向かった。精霊騎士団本部からは歩いて行ける距離のはずだが、

「徒歩でなんて行ったら、鼻で笑われるわ」

 とのことで、わざわざ馬車で向かうことになった。馬車に揺られながら、普段よりは着飾ったレジーナは、元気のなさそうなチェルシーに声をかける。

「チェルシーちゃん、大丈夫?」
「……別に。ちょっと寝不足なだけよ」

 それも嘘ではないだろうと思う。今は化粧で隠れているが、素顔の目の下にはクマがあった。あまり眠れなかったのだろう。よほど、お茶会に参加するのが嫌だと見える。

(そんなに仲が悪いのかなあ? っていうか、どういう人達なんだろ)

 気にはなるが、なんとなく訊きづらい。とはいえ、徒歩で行ったら鼻で笑われるという言葉から、あまり庶民的ではない人達だろうとは思うけれど。
 小高い丘の上にある王城へと、馬車はぐんぐんと傾斜のある坂を上っていく。ほどなくして王城の前へと停車し、レジーナとチェルシーは馬車から降りた。

「わあ、近くで見ると本当に大きいね。立派なお城」
「今日は王城の中には入らないわよ。行くのは王宮の方。ついてきなさい」

 チェルシーは王城の脇道を通って進み、草木が生い茂る庭に足を踏み入れる。レジーナはとことことその後を追った。
 歩いているとやがて見えてきたのは、外に出された丸いテーブルと椅子、そしてその席に腰かけた二人の女性だった。片や二十歳前後、片や十代後半、といったところだろうか。どちらも艶やかなピンクブロンドの長髪を背中に垂らしていて、美しい瞳は淡い紫色だ。優美な貴族服を着ており、レジーナ達に気付くとにこりとして上品に手を振ってきた。

(ん? 感じのよさそうな人達に見えるけど……)

 いやでも、と思う。チェルシーとて、アルヴィンと一緒に初めて会った時は、気さくに笑いかけてくれた。第一印象だけで判断するのは早計だ。

「アレクシアお義姉様、サブリーナお義姉様、お待たせして申し訳ありません」

 チェルシーは気まずそう謝罪してから、二人にレジーナを紹介する。

「こちら、お手紙に書いた友人のレジーナです」
「初めまして。レジーナです。本日はご姉妹水入らずのお茶会だったところ、参加したいとわがままを申し上げてすみません」
「ふふ、いいのよ。チェルシーのご友人なら歓迎するわ。私はアレクシアよ。よろしく。さあ、二人とも席に座って。お茶会を始めましょう」

 レジーナとチェルシーは勧められるがまま、空いている椅子に隣り合って座る。テーブルには色鮮やかなお菓子が乗せられたケーキスタンドがあり、各々の前には高級そうな陶磁器のティーカップが置かれている。
 そのティーカップに、おそらく使用人だろう。メイド服に身を包んだ女性が、「失礼します」と言って紅茶を注いで回る。ティーカップから漂う香りは爽やかでいい香りだ。きっと、茶葉も高級なのだろうな、とレジーナは思った。
 試しに一口飲んでみると、予想通りこれまで味わったことのない味が口に広がった。

「わあ、おいしいですね」
「ふふ、ありがとう。南国から取り寄せたものなの。お口に合ったのならよかったわ。……ところで、王宮舞踏会では見かけない顔だけれど、どちらの家の方?」

 にこやかに訊ねてきたのは、サブリーナだ。レジーナも笑みを返した。

「アークライト伯爵家です」

 そう答えると、アレクシアの目がどこか見下したものに変わった。表面上は笑みを浮かべながらも、辛辣に言う。

「ああ、あの元地方伯爵家の方なの。名誉しか取り柄のない」
「ふふ、チェルシーの友人なんてそんなものよね。平民と没落貴族。お似合いだわ」

 至って上品な声音で、アレクシアとサブリーナはくすくすと笑い合う。あまりにもさらりと言うものだから、バカにされたのだと一瞬気付かないほどだった。

「言われてみたら、どちらも瞳が茶系統だものね。庶民にありふれた色だわ。平民として暮らした方がいいのではなくて?」
「確かに。きっと、自然と暮らしに馴染めるわよ。って、ああ、チェルシーは元から平民だったわね」

 何が可笑しいのか、楽しげに笑い合う姉妹。
 レジーナは唐突な姉妹の態度の変わりように内心面食らった。

(チェルシーちゃんがお茶会に行きたがらなかった理由って、これ?)

 明らかにレジーナとチェルシーを見下している。レジーナは今回が初めてだからまだいいとして、チェルシーは……王宮で暮らすようになってから、ずっとこんな言動を受けてきたのだろうか。そりゃあ、この姉妹との関わり合いを避けたくもなる。
 アルヴィンにやたらと執着するのも、もしかしたら姉妹からバカにされ続けてきたがゆえに、自分に自信を失っているからではないのか。

(っていうか、瞳が茶系統で何が悪いわけ?)

 それはクリフの瞳はもちろん、亡き母の瞳の色も侮辱されたのも同然だった。レジーナだけをバカにするのなら勝手に言っていろという感じだが、大切な家族のことをバカにされるのは腹立たしい。
 苛立ったレジーナは、つい言っていた。

「……もったいないですね」
「「え?」」

 不思議そうにする姉妹に、レジーナはクリフそっくりの作り笑顔を浮かべて、

「せっかく顔はお美しいのに性格が最悪。平民の税金で暮らしているくせに平民をバカにするとか頭も悪いようですね。病院に行ってきたらどうです?」

 と、毒を吐いた。
 ぽかんとする姉妹に対し、チェルシーは「ぷっ」と吹き出す。これまでバカにされ続けてきたチェルシーにとって、レジーナの反撃は爽快感すら覚えた。

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