上 下
13 / 32

第13話 クリフの恋人?1

しおりを挟む


 それからレジーナは、チェルシーとよく行動をともにするようになった。三食の食事と入浴は毎日一緒に行き、二週間ほど経った頃だろうか。

「あれ? 知らない人達がきた……」

 今日も食堂でチェルシーとともに朝食を食べていると、襟高の深緑色の騎士服を着た男性や女性がわらわらとやって来た。
 今まで食堂では八虹隊の隊員しか見かけたことがなかったので、目を瞬かせるレジーナにチェルシーは言う。

「碧風隊が帰って来たのよ。騎士服が緑色でしょう? 彩七隊はそれぞれの色の騎士服だから、色で判別するといいわ」
「へえ……そうなんだ」

 ちなみに八虹隊の隊員は、淡い空色の騎士服だ。虹がかかる空の色に寄せたのだと、以前クリフが雑談がてら教えてくれた。ちなみに同系色の蒼水隊の騎士服は濃紺らしい。
 そんなわけで、碧風隊の精霊騎士達の中にはアルヴィンの姿もあった。若い女性の精霊騎士と話していて、朝食を受け取った後は同じテーブル席に座って朝食を食べ始める。
 その光景を、チェルシーは憎々しげに睨んでいた。

「あの女……! お兄様に馴れ馴れしくして!」
「えー……ただお喋りしてるだけじゃない。別に馴れ馴れしいとは思わないけど」
「あんたは鈍いわね。あの女、絶対お兄様に気があるわ。お兄様に見初められようとしているのよ」
「そうかなあ?」

 レジーナには、同じ隊の仲間として打ち解けているようにしか見えない。それに若い女性といっても二十代半ば頃に見えるので、アルヴィンのことは弟のようにしか見えていないのではなかろうか。

「チェルシーちゃんって、そんなにアルヴィン君に恋人ができるのが嫌なの?」

 チェルシーはようやくアルヴィンからレジーナに視線を戻して、鼻を鳴らした。

「当然でしょう。私のお兄様なんだから」
「そういうもの?」
「あんただって、クリフ副隊長に恋人ができたら嫌だって思うわよ」
「うーん……どうだろ」

 ――もし、クリフに恋人がいたら。
 そうしたら、チェルシーの言う通りレジーナも嫌がるのだろうか。レジーナとしては、クリフの幸せを願いたいと思うけれど。
 そんなことがありつつ、朝食を食べ終えた後は、いつものようにチェルシーとともに精霊騎士団本部の八虹隊事務室へと直行した。そこで出勤簿をつけて、今日も仕事がないのだろうかと思いながらも、一応ダグラスに訊ねる。

「ダグラスさん。今日のお仕事はありますか?」
「あ、じゃあ俺の精霊のシャンプーをお願いしようかな。グラシャは綺麗好きだから、そろそろシャンプーしてほしいんだ」

 ダグラスの返答にレジーナはぱっと顔を輝かせた。ようやく仕事ができるのか。クリフの精霊をシャンプーして以来だ。

「分かりました! 気合を入れてシャンプーさせていただきます!」
「あっはっは、真面目だねえ。よろしく頼むよ。じゃあ、トリミング室に行こうか」
「――ちょっと待って下さい」

 ダグラスが席を立ったところで、口を挟んだのはクリフだ。クリフは事務作業をする手を止め、クリフもまた椅子から立ち上がる。

「私も行きます」
「え? なんでお兄ちゃんまで?」

 首を傾げるレジーナに、クリフは曖昧に笑った。

「ええと……ちょっと、仕事の息抜きに」
「息抜きって……今日のお仕事は始めたばっかりじゃ……」

 ますます首を傾げるレジーナに対して、ダグラスは何故か楽しげに笑って、「え~?」と声を上げる。

「クーちゃん、その書類の山、今日までの仕事でしょ? 間に合うの?」
「……その時は残業しますよ」
「え! お兄ちゃん、残業なんてよくないよ! 体に悪いし、何より私達のお給料は税金なんだよ? 息抜きの時間がそれこそ『給料泥棒』になっちゃうよ」

 レジーナの正論にクリフは「う……」と言葉に詰まらせる。それはその通りだ。
 可愛い妹からの心象を下げたくはない。クリフは「そうですね……」と渋々と同意し、その代わりにつかつかとダグラスの下に近寄った。
 そして、地を這うような低い声でダグラスに耳打ちする。

「私の妹に手を出したら……分かっているでしょうね」
「もー、だから俺はクーちゃん一筋だってえ♪」
「私は真面目に言っています」
「じゃあ俺も真面目に返すよ。この妹バカ。年の差というものを考えようね?」

 ダグラスはにこりと笑って返し、「じゃあ、レジーナちゃん、行こうか」とレジーナに声をかけてさっさと歩き出す。その後ろを、レジーナは小走りで追った。
 事務室を出て行く二人を見送ったクリフは、ダグラスに心の中で毒づく。

(あんたの女癖の悪さじゃ、信用ならないんだよ……!)

 とはいえ、何事もなく戻って来るのを信じて待つしかない。クリフは再び席について書類作業を再開しながら、大きくため息をついた。




 レジーナがダグラスとともにトリミング室に着くと、

「じゃあ、グラシャを出すね~」

 と、ダグラスはペンダントの宝石から精霊を呼び出した。緑の光に包まれて現れたのは黒い毛並みの大きな犬で、背中には翼が生えており、レジーナは目を輝かせた。

「わあ! 翼があるんですね!」
「うん。だから空を飛べるよ~。定員は二人までだけど」
「そうなんですか。翼が生えた精霊なんて初めて見ましたよ」

 クリフの精霊は灰狼、ニールの精霊は白狼、ノアの精霊は黒豹、そしてチェルシーの精霊は赤獅子だった。正直、毛色の珍しい動物という印象が拭えなかったので、いかにもファンタジーらしい容貌の黒犬には心が弾む。

「グラシャって名前なんですか?」
「正式にはグラシャラボラス。略してグラシャ。でも、翼が生えた精霊なら他にもう一体いるよ。カイムっていう黒鳥なんだけど、こっちは小さいから乗れないな~」
「え? もう一体?」

 どういうことだ、とレジーナは首を捻った。精霊とは一人につき一体しか契約できないのではないのか。少なくとも、レジーナは勝手にそう思い込んでいた。

「グラシャの他にも契約している精霊がいるんですか?」
「あれ、お兄さんから聞いてない? 俺、七体の精霊と契約を結んでいるんだけど」
「な、七体!?」

 目を丸くするレジーナに、ダグラスはあっさりと言う。

「うん。ちなみに属性もみんな違うよ。精霊の七属性を制覇しちゃったんだ、俺。すごいっしょ~?」

 精霊の七属性とは、火、水、風、土、雷、光、闇、のことである、と以前クリフからやはり雑談がてら聞いた。精霊七体と契約を交わしている上に、七属性を制覇したというのは……チート過ぎやしないだろうか。
 レジーナは素直に賛辞を送った。

「すごいです! さすが、八虹隊の隊長です!」
「あっはっは、ありがと♪ 素直だねえ、レジーナちゃんは。いや、お兄さんもある意味素直っていえば素直かな? 兄妹って似るものだねえ」

 兄妹。その言葉にレジーナは、ダグラスが次男であることを思い出して、今朝からずっと気になっていたことを訊ねてみた。

「あの、ダグラスさん。ダグラスさんはご兄弟に恋人ができたとして、嫌だと思います?」
「へ? どうしたの、急に」
「えーっと、実は――」

 レジーナは、今朝のチェルシーの言動について話した。話を聞いたダグラスは、「チェルシーはやっぱりブラコンだねえ」と苦笑していた。

「俺には兄貴と妹がいるけど、別に恋人ができても嫌だなんて思わないよ。っていうか、どっちももう結婚してるし。兄妹の恋人にヤキモチを焼くなんて、その方が珍しいと思う」
「そう、ですよね……」
「レジーナちゃんは、お兄さんに恋人ができたら嫌なの?」
「それがよく分からなくて。兄に女性の陰なんて見たことないし……」

 レジーナが知っている限りでは、クリフに恋人ができたことはない。子供時代は勉強に専念していて恋愛事には興味なさそうだったし、今もきっとそうだろう。
 そう思っていた、のだが。

「あれ、知らない? クーちゃん、恋人いるよ?」
「え?」

 思わぬ言葉を、レジーナは一瞬理解ができなかった。けれど、ダグラスの言葉に理解が追いつくと、自分でも驚くほどに動揺していた。

「え? え? い、いるんですか!?」
「うん」
「嘘!? どなたです!?」
「みんなには内緒だよ?」

 そう前置いて、ダグラスはレジーナに耳打ちした。告げられた言葉に、レジーナはまたもすぐには理解できず。

「え……?」

 にこにこと笑っているダグラスを、レジーナは信じられないといった顔で見上げる。そしてつい大きな声を上げてしまった。

「えぇええええ!?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

推しに断罪される悪役王女は嫌なので、愛され王女を目指すことにしました

春乃紅葉@コミカライズ2作品配信中
ファンタジー
四年間勤めた会社を退職し、大好きな乙女ゲームの舞台となったとされるスポットへ聖地巡礼の旅に出た羽咲 灯(うさき あかり)二十二歳。 しかし、飛行機に乗っていたはずなのに、目が覚めると、乙女ゲームの世界の悪役、トルシュ王国の王女になっていた。 王女の運命は、乙女ゲームのヒロインである神獣の巫女を殺そうとした罪で国外追放されるか、神獣の業火で焼かれて処刑されるかのみ。 そんなの絶対嫌。 何とか運命を変えようと決意する灯だが、この世界のヒロインが行方不明に!? 敵対勢力であった魔族もいなければ、隠しキャラもいないし、国は荒れ果てている。 さらに王女には妹もいて……??? 大好きな乙女ゲームの世界だけど、ちょっと何かがズレている様子。 奇跡的に推しキャラの神獣の世話係に任命された灯は、推しを成長させる為に五人の攻略対象者の好感度をあげまくる、愛され王女を目指すことに――。 感想ありがとうございます! 返信遅くてすみません。励みになります(^o^)/

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~

柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。 想像と、違ったんだけど?神様! 寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。 神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗ もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。 とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗ いくぞ、「【【オー❗】】」 誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。 「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。 コメントをくれた方にはお返事します。 こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。 2日に1回更新しています。(予定によって変更あり) 小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。 少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

眠り姫な私は王女の地位を剥奪されました。実は眠りながらこの国を護っていたのですけれどね

たつき
ファンタジー
「おまえは王族に相応しくない!今日限りで追放する!」 「お父様!何故ですの!」 「分かり切ってるだろ!おまえがいつも寝ているからだ!」 「お兄様!それは!」 「もういい!今すぐ出て行け!王族の権威を傷つけるな!」 こうして私は王女の身分を剥奪されました。 眠りの世界でこの国を魔物とかから護っていただけですのに。

処理中です...