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第9話 レジーナとチェルシー1
しおりを挟むそして、翌日。
「うわあ、すっごく賑わってるねえ」
人々でごった返している王都の大通りを、レジーナはアルヴィンとともに歩いていた。行き交う人の波は強く、もし転んでしまったら踏み潰されてしまいそうだ。
能天気な感想を述べるレジーナにアルヴィンは釘を刺す。
「俺からはぐれるなよ」
「うん。……っと、すみません」
すれ違った人と肩がぶつかったので咄嗟に謝ったが、相手は聞いていないのかさっさと通り過ぎていく。これが地元なら「こっちこそ、ごめんなさいね」などと返事が来るところだが――というか、そもそもわざとでなければ肩がぶつかることがそうそうない――、都会の人間はこんなものなのか。
つい足を止めたレジーナの手を、アルヴィンが力強く引っ張る。
「立ち止まるな。他の通行人の迷惑になる。それからいちいち謝らなくてもいい。王都じゃ肩がぶつかるなんて日常茶飯事だ」
「わ、分かった」
住む場所によって勝手が違うのだなと思いつつ、再び歩き出したレジーナに、アルヴィンはともに歩きながら、言葉少なに王都の街を案内してくれた。
といっても、王都の街は広過ぎるので、とりあえず四つに分かれている区域のうちの西区を一緒に回った。西区は主に平民が住まう区だそうで、商店街、正午に鐘が鳴るという時計塔、公園、派出所など、生活に根付いている場所を教わった。
「覚えられたか?」
「う、うーん、商店街は分かりやすいから覚えたけど……」
それ以外の場所はあやふやだ。一人で行こうとしたら、迷子になる自信がある。
そんなレジーナを、けれどアルヴィンはバカにすることもなく、「そうか」と返した。
「確かに一度見て回っただけで覚えきれるはずもないな。まあ、商店街の場所を覚えられたのなら、ひとまず生活には困らないだろう」
「せっかく、案内してくれてるのにごめんね」
「別に謝らなくていい。また機会があったら、案内し直してやる」
「……ふふ、アルヴィン君って優しいよね」
こうして手も繋いでくれているし、とレジーナがふわりと笑うと、アルヴィンは言われて気付いたという顔でぱっと手を離した。その横顔はうっすらと赤い。
「わ、悪い。お前が通行人とぶつかった時に手を引っ張った時のままだった……!」
「別にいいよ。はぐれたら私が困るもん」
レジーナは鷹揚に笑って、ちょんとアルヴィンの服の袖を掴む。はぐれぬためだと理解したのだろう。アルヴィンは拒否することはなく。
「……さっき、時計塔の鐘が鳴ったな。昼食を食べて帰るか」
「そうだね。あ、ちょうど喫茶店があるよ」
今日は雲一つない快晴だ。春の陽気でぽかぽかと暖かく、外のテラス席で食べたらさぞ心地いいだろう。
というわけで、二人は喫茶店に入ってサンドイッチと紅茶を注文し、商品を受け取ってから外のテラス席に向かい合うように座った。
「ふう、一息つけるね」
「そうだな。慣れない人混みで疲れただろう。帰ったらゆっくり休め」
「ふふ、ありがとう」
レジーナはまず紅茶を一口飲み、渇いた喉を潤した。すると、柑橘系のいい香りが鼻を吹き抜ける。いい茶葉を使っているようだ。
そして彩り豊かなサンドイッチを食べながら、そういえば、とレジーナは気になっていたことをアルヴィンに訊ねた。
「ねえ、アルヴィン君。アルヴィン君って王子だって話なのに、なんでわざわざトリマーとして働いてるの?」
王子なら王子としての仕事があるのではないか。チェルシーは精霊騎士適性があるから仕方ないとしても、アルヴィンは平民のように働く必要はなさそうなものだが。
アルヴィンはしばし沈黙したのち、
「……まあ、隠すことでもないか」
と、まずは己の出生について語り始めた。
曰く、アルヴィンとチェルシーは、国王と平民であるメイドの間に生まれた子供だという。そのため小さい頃は母と三人で暮らしていたそうだのだが、十年ほど前に母が亡くなったことがきっかけで国王に引き取られ、王族になったのだとか。
レジーナは「へえ、そうなんだ」とあっさりと相槌を打った。あまりにもあっさりとしているものだから、アルヴィンは肩透かしを食らった。
「そ、それだけか?」
「え? 別にどうも思わないけど。だって、人間と人間の間の子供でしょ? 人間と精霊の間の子供です、だなんて言われたらそりゃあビックリするけど」
レジーナの返答にアルヴィンは虚を突かれた顔をした後、
「……人間と人間の間の子供、か。ははっ、いいな、その考え方」
と、ふっと笑った。柔らかいその表情にレジーナはきょとんとした。
「アルヴィン君も笑うんだね」
「は? 当たり前だろう。俺をなんだと思っているんだ」
「だって、トリマー養成機関時代は笑ったところ見たことないし……だから、女子の間では『氷零の貴公子』なんて呼ばれてたよ」
「そんな恥ずかしいあだ名をつけられていたのか!?」
全然知らなかった……と顔を引き攣らせるアルヴィン。まあ、アルヴィンは一匹狼だったから気付かないのも無理はないかも、とレジーナは思う。
衝撃を受けているアルヴィンに、レジーナは一応フォローを入れておいた。
「まあでも、そこがカッコいいみたいな意味だったから。褒め言葉だよ」
「……フォローしてくれているんだろうが、恥ずかしいあだ名であることに変わりはないと思うが。はあ、とはいえ過ぎたことは仕方ないか……」
なんだかどっと疲れた雰囲気の顔でアルヴィンは言い、「まあ、それはともかく」と話を戻した。
「それでどうしてトリマーとして働いているのか、だったな。俺とチェルシーは形式的には王族になったが、現実的には王族の一員として認められていないんだよ。俺は第二王子、チェルシーは第三王女だが、王侯貴族くらいにしか存在は知られていない。平民との子供なんて国王の恥、といったところだな」
「ええ? 手を出しておいて何それ!」
「いやまあ、国王……つまり父は俺達に優しいが、側近達の方がな。見ての通り、護衛なんてものもつかないし、王宮にはとてもじゃないが居場所がない。だから、トリマーとして働いているんだ。精霊騎士団にも就職できたというよりは、就職させられたという感じだ。一応、第二王子という立場を考えてのことだろうな」
「……なんだか、複雑な立場なんだね。アルヴィン君もチェルシーさんも」
平民から王族になる。夢のある話のはずなのに、実際はこうも大変なのか。
レジーナはまた紅茶を一口飲んでから、口を開いた。
「でもどうしてトリマーなの? 正直、そんなにお給料高くないよね、このお仕事」
仕事なら他にたくさんある。アルヴィンの頭ならもっと給料のいい仕事に就けたはずだろう。それなのに、数ある仕事の中で何故トリマーなのか。
レジーナのもっともな疑問に、けれどアルヴィンは簡潔に答えた。
「動物が好きだからだ」
「え?」
「お前だってそうだろう。動物が好きでなきゃ、トリマーになんてならん」
「……それもそうだね」
愚問だったな、とレジーナは内心苦笑した。そうだ。どうしてトリマーになったのか。そんなものは動物が好きだからに決まっている。
「子供の頃、動物を飼ってたとか?」
「ああ。チェルシーが捨て犬を拾ってきてな、二年くらい死ぬまで飼っていた。その時からだ、動物が好きになったのは」
「へえ……捨て犬を拾うなんてチェルシーさん、優しいんだね」
意外だ。あの高飛車なキャラからしたら、むしろ汚いと忌避しそうなイメージだけれど。……とはもちろん、口には出せないが。
「そうだな。勝気であまり素直じゃないから誤解されることも多いが……根は優しくていい子だよ。俺達を養うために働き詰めだった母さんの身を心配して家事を率先して手伝ったり、捨て犬が病気になった時には一晩中傍についてやっていたり」
そう語るアルヴィンの表情は優しげだった。どれだけチェルシーのことを大切に思っているのかが伝わってくる。たった一人の兄妹なのだ。大事にしていないわけがない。
(チェルシーさんも、だからアルヴィン君のことが好きなんだろうな)
かといって、アルヴィンの周りにいる女性を敵視するのはどうかと思うけれど。
それでも、それだけアルヴィンのことを慕っているのだと思えば、少しはいじらしくて可愛く思える。あくまで少しは、だが。
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