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第7話 八虹隊とは3

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 レジーナもそっと灰狼の足を撫でた。

「よろしくね、アモン」
「クゥン」
「よし、じゃあ始めよう。まずはお前のやり方でやってみろ。間違っていたら指摘する」
「分かった。じゃあ、先に爪を切るね」

 それにはアルヴィンも灰狼もぎょっとした顔をした。

「ク、クゥン!」
「待て、このバカ! 精霊から爪を取ったら戦えなくなるだろう!?」
「え? ――ああっ、そっか! ごめん、犬や猫のノリでつい……えへへ」

 そうだ、相手は魔物を討伐する精霊。爪や牙を失ったら戦えなくなるだろうことは想像に難くない。危ない、危ない。アルヴィンがいてくれなかったら、早速やらかすところだった。

「アモン、ビックリさせちゃってごめんね。ええと、じゃあブラッシングをしようか」

 レジーナはそう声をかけ、腰袋からスリッガーを取り出した。スリッガーとはコームより広い面積の金属の歯がついたブラシのことで、歯の目の粗いものと細かいものがあるが、レジーナが使用しているものは歯の目が粗めだ。
 お尻の方から顔の方へと、毛の根元から梳かしていき、毛が引っかからなくなったら終わり。スリッガーからコームという順番で梳かしていく。ちなみにシャンプーの前にブラッシングをするのは、毛の汚れを落としやすくするためである。

(うーん、大きいからちょっと大変だな……やりがいはあるけど)

 それでも、クリフは日頃からブラッシングをしているのかもしれない。毛玉らしいものは一切なく、すいすいとブラッシングできた。灰狼も心地よさそうな顔をして大人しくしてくれているのでやりやすい。
 レジーナはせっせとブラッシング作業を進め、一時間かかってようやくシャンプーの作業へと取りかかる。ブラッシングについては、アルヴィンから特に指摘は入らなかった。

「じゃあ、アモン。シャワーで体を流すね」

 シャワーの水が人肌の温度になったのを確認してから、レジーナはブラッシング同様にお尻の方からシャワーをかけて濡らしていく。水を弾かないようにシャワーのヘッドを地肌に近付けてかけるのがコツだ。

「よし、と。じゃあ、次は肛門腺絞りを……」
「待て、レジーナ」

 そこでアルヴィンのストップがかかり、レジーナは後ろを振り返った。

「何? アルヴィン君」
「精霊に肛門腺絞りは必要ない。というか、そもそも肛門がない」
「え、そうなの?」

 アルヴィンが嘘を言っているわけはないだろうが、気になったのでレジーナは灰狼の尻尾を持ち上げて、肛門があるはずの辺りを覗き込んでみた。すると、本当に肛門がなく。

「本当だ……じゃあ、何も食べないってこと?」
「そうだな。精霊が食らうとされているのは……いや、それはいいか。続けろ」
「えー、気になるんだけど」
「なら、後で教えてやる。今は仕事に専念しろ」
「はーい。アモン、今からシャンプーするからね」

 レジーナは備え付けのシャンプーの容器を手に取り、灰狼の体にシャンプーをかけた。一旦シャンプーの容器を手放して、灰狼の体を揉み込むように手を動かして泡立てていく。
 胴体が終わったら、尻尾、足、と続けていき、頭や顔はシャンプーが目に入らないようにあらかじめ手で泡立てたシャンプーで洗う。鼻にもシャンプーが入らないように注意が必要だ。そして耳の部分は外側だけシャンプーをつける。

(そんなに汚れもない……いいことだけど)

 産休に入ったという人が、休暇に入る前に洗ったのだろうか。もしくは、汚れるほど外に出ていない……とか。
 いやしかし、と思う。精霊騎士団というのは魔物討伐が仕事なのだから、外に出ていないということはないだろう。となると、やはり専属トリマーが産休前に洗ったというのが妥当なところだろうか。

「アモン、シャンプーを洗い流すね」

 レジーナは再びシャワーのヘッドを持ち、先程とは逆に頭の方からお尻に向けて、シャンプーをしっかり洗い流していく。ここですすぎ残しがあると皮膚に炎症が起こる可能性があるので、丁寧に作業しなければならない。
 シャンプーを洗い流したら、仕上げはリンスだ。リンスは首から下だけでいい。全体にまんべんなくリンスをかけ、またシャワーで洗い流す。リンスの場合は艶を残すために、シャンプーの時よりは心持ち軽く洗い流すのが、綺麗に仕上げるコツだ。

「よく頑張ったね、アモン。じゃあ、タオルドライを……って、あれ? アルヴィン君、タオルはどこにあるの?」

 レジーナは今になって、タオルが見当たらないことに気付く。
 アルヴィンを振り向いて訊ねると、アルヴィンは「必要ない」と答えた。それにはレジーナは困惑する。

「で、でも、濡れたままじゃ風邪を引いちゃうんじゃ……」
「まあ、ちょっとこっちに来い。そうすれば、意味が分かる」
「……?」

 レジーナは首を傾げつつ、言われた通りに灰狼から離れてアルヴィンの隣に移動する。すると、灰狼は水浸しの床部分から軽やかに乾いた場所へ跳躍し、被毛の水分を飛ばすように勢いよくブルブルッと体を振った。そうしたら、なんと。

「え!? か、乾いた!?」

 そう、ほとんど一瞬で灰狼の濡れていた被毛が乾いたのである。それも、シャンプーをする前よりもふわふわとした毛並みに、だ。

「なんで!?」
「どうしてなのかは知らんが、精霊はそういう体質だ。だからタオルドライの必要はないんだよ。というわけで、仕上げに軽くブラッシングしてやれ」
「う、うん」

 精霊って不思議な生き物だなあと思いつつ、レジーナは腰袋からコームを取り出して灰狼に近付いた。そして、すっかり艶やかになった毛並みをブラッシングして整える。

「よし、できた。いい子だったね、アモン。さあ、お兄ちゃんに綺麗になった姿を見せに行こうか」
「クゥン」

 灰狼はありがとう、と言うように鳴いて、鼻面をレジーナの頬に擦りつけた。くすぐったい。けれど、こうして動物相手――この場合、精霊相手か――に感謝されたり、喜んでもらえたりすることが、トリマーとしては嬉しい。
 灰狼はトリミング室の扉の前までのしのしと歩いて。

「クゥン、クゥン」
「あはは、分かったってば。今、扉を開けるよ」

 レジーナは小走りで扉の前に行き、扉を開けた。すると、灰狼はトリミング室を飛び出して、今度は隣にある待合室の扉の前で「クゥン、クゥン」と鳴く。早くクリフに会いたくて仕方がないようだ。なんて可愛らしいことだろう。
 レジーナが待合室の扉を開ける、前に。灰狼の鳴き声が耳に届いたのだろう。中から扉が開いて、クリフが顔を出した。
 己に鼻面を擦り寄せる灰狼に、クリフはふっと表情を和らげる。

「終わったんですね。よかったですね、アモン。綺麗に仕上げてもらって」
「クゥン」

 クリフは甘えた声を出す灰狼の頭を撫でながら、レジーナを見た。

「レジーナ、ありがとうございます。三ヶ月ぶりなので、アモンも喜んでいますよ」
「え、三ヶ月ぶり?」

 それにしては、綺麗過ぎた気が……する。
 そういえば、と思う。昨日、アルヴィンが言っていたではないか。八虹隊での仕事のスケジュールについては、クリフに訊け、と。

「あの、お兄ちゃん」
「なんです?」
「八虹隊って……いつ、魔物討伐に行くの?」

 少なくとも三ヶ月前からは行っていないことは確かだ。そうでなければ、あんなに綺麗なはずがない。そしてそれはたまたまなのか、――それとも。
 クリフは灰狼から手を離し、そっと息をついた。

「……まだ、ウチの隊の事情を話していませんでしたね。結論から言うと、今のところ出撃する予定はありません」
「どうして?」
「まずは精霊騎士団の隊について話しましょうか。精霊騎士団の隊は八つあることはアルヴィン殿下から聞きましたね? そのうち七つが緋炎隊、蒼水隊、碧風隊、黄土隊、紫雷隊、白光隊、黒闇隊……という命名から彩七隊と呼ばれます。その中で色を持たない八番目の隊、八虹隊というのは――精霊と契約を結べずにいる精霊騎士、俗に言う落ちこぼれが集まった隊なんですよ」

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