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第2話 八虹隊の隊員2

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「まず、ここが食堂だ。それからこの廊下の突き当たりに売店がある」

 アルヴィンは言葉少なに営所を説明して回った。他に一階には洗濯室、大浴場があり、そして二階以上からはそれぞれ割り当てられた部屋になる。基本的に二人部屋だそうで、女子の部屋は二階にあり、鍵付きの部屋なのだとか。
 その一室の扉を、アルヴィンはコンコンと叩いた。

「チェルシー。俺だ。入っていいか?」

 そう声をかけると、中から鈴の音のような声で「はい、どうぞ」と返ってきた。許可を得たところで扉を開けると、二段寝台が置かれた少々狭い部屋で、美しい容貌をした少女が出迎えてくれた。年はレジーナと同年代だろうか。癖のない艶やかな長髪は眩い金色で、長い睫毛に縁取られた瞳は琥珀色だ。

(うわあ、美人……)

 化粧がばっちりと施されており、身なりも爪の先まで綺麗だ。レジーナも最低限の身なりは整えているものの、着古したワンピース姿だし、化粧もしていない。女子力が高いとはこういうことかと、レジーナは感嘆した。
 アルヴィンは決して部屋には入らず、戸口に立ったままでレジーナのことを紹介する。

「こいつが今日からお前と同室になるレジーナだ。分かっているとは思うが、お前の配属されている隊の専属トリマーになる」
「初めまして。レジーナです」

 レジーナはちょこんと頭を下げた。それから顔を上げると少女はにこやかに笑っていて、「私はチェルシーよ。よろしく」と見た目に反して気さくに応えてくれた。

「中へどうぞ。お荷物があるでしょう」
「はい。ありがとうございます」

 レジーナはアルヴィンから荷物を受け取って、「失礼します」と部屋の中へ足を踏み入れた。まだまだアルヴィンの案内は続くようなので文机の上に荷物を置くだけにとどめ、すぐに部屋を出る。

「じゃあな、チェルシー。レジーナのこと頼んだぞ」

 アルヴィンはそう少女――チェルシーに声をかけてから、扉を閉めた。そして、「次は騎士団本部に行くぞ」と歩き出したので、レジーナは小走りで後を追う。
 廊下を並んで歩きながら、レジーナは顔を明るくして言った。

「チェルシーさん、すっごく美人だったね」
「ん? そうか?」

 不思議そうな顔をするアルヴィンに、レジーナは驚いてしまった。

「ええっ、あの顔でも美人認定しないって……アルヴィン君ってどれだけ面食いなの?」
「別に面食いじゃない。ただ、昔から見慣れている顔だから分からないだけだ」
「昔から見慣れてるって……幼馴染とか?」
「違う。あいつは妹だ。そういえば、さっき言わなかったか」
「え!? 兄妹だったの!?」

 意外……というほどでもないかもしれない。アルヴィンも顔立ちは整っていて、トリマー養成機関時代は女子からイケメンだと人気があったし、チェルシーもあの通りの美人だ。それによくよく考えれば、二人とも金髪に琥珀色の瞳という共通点がある。

「へえ……美男美女の兄妹かあ。それにどっちも精霊騎士団にいるし、なんかすごいね」
「妹はともかく、俺がここに就職できたのは家の力だぞ。別にすごくもなんともない。むしろ、情けないことだ」
「そんなことないよ! アルヴィン君は首席だったじゃない! ちゃんと実力が認められての採用だよ!」

 両拳に力を込めて主張するレジーナを、アルヴィンはやや呆れたような顔をして見て。

「相変わらずだな、お前は。ポジティブというべきか、能天気というべきか。そういうお前だって、今回は兄貴のコネで仕事が決まったんだろ」
「う……そ、それはそうだけど……」
「下手な気遣いはいらん。まあ、気持ちはありがたく受け取るが」

 ばっさりと言い捨ててから、アルヴィンは話を変えた。

「ところで、精霊騎士団について説明は必要か?」
「あ、うん。教えてほしいかな。精霊を使役して魔物を討伐する騎士団っていうことくらいしか分からないから」
「まず、精霊を使役という認識が間違っているな。正しくは精霊と契約を交わして与えられた力で魔物を討伐する騎士団、だ」

 アルヴィン曰く、精霊騎士団は八つの隊に分かれているらしい。レジーナが専属トリマーとして働く隊は八虹(はちこう)隊という名だそうで、五人の隊員が所属しているのだという。レジーナを呼んだクリフはもちろん、チェルシーも八虹隊だそうだ。

(ってことは、まだ会ってないのは三人かあ……)

 いや、クリフにも会っていないのだから厳密には四人かもしれないが。

「アルヴィン君はどこの隊の専属トリマーなの?」
「俺は碧風隊だ」
「そっか。私のことを案内してくれてるけど、そっちのお仕事は大丈夫?」
「今、碧風隊は……というか、ほとんどの隊がそうだが、魔物討伐に出ているから仕事はない。遠征から帰ってきたら、忙しくなるが」
「ふーん、そういうものなんだ」

 なるほど確かに、魔物討伐に出ている間は仕事があるはずもない。ペットサロンにしか勤めたことがないので、なんだか仕事のスケジュールが慣れないが。

「じゃあ、私の仕事もそんな感じ?」

 一応訊ねてはみたが、てっきり「ああ、そうだ」と返ってくると思っていた。同じように魔物討伐に出ている間は仕事がなく、帰ってきたら忙しくなるのだろう、と。
 けれど、アルヴィンは何故か押し黙ってから、

「……その辺りは兄貴に訊け」

 と、言うだけで質問に答えることはなかった。レジーナは首を傾げるしかない。

「……?」

 八虹隊は他の隊と何か違うのか、あるいは何か事情があるのか。気になったが、クリフに訊いてくれと言うのなら、クリフに訊こうとレジーナはそれ以上追及しなかった。
 そうして営所を出て、広い敷地内を進み、もう一つの建物の中へと入る。大きさの割にはひとけが少なく――ほとんどの隊が魔物討伐に出ているという話だから当然かもしれないが――、誰かとすれ違うこともない。いや、考えてみると営所でも同様だったが。
 二階に上がっていくつもの扉が並ぶ廊下を端まで移動すると、やがて『八虹隊 事務室』と書かれた部屋に辿り着いた。

「ここがお前の兄貴達がいる事務室だ。入るぞ」

 アルヴィンは扉をノックしてから、「失礼します」と扉を開けて中に入った。その後ろにレジーナも「失礼します」と述べて続く。
 部屋の中は、壁にいくつもの本棚が並び、中央には文机がずらりとあって、奥に大きな文机が置かれている。そこには二十代半ばだろうか、金茶色の髪をした男性が椅子にふんぞり返っていて、その傍の文机で栗色の髪をした青年が書類仕事をしていた。

「ダグラス隊長、クリフ副隊長。レジーナをお連れしました」

 アルヴィンがそう言うと、

「おお、連れて来てくれたのか。お疲れさん」

 と、金茶色の髪をした男性は椅子に座ったまま応え、

「ありがとうございます、アルヴィン殿下」

 と、栗色の髪をした青年は椅子から立ち上がりながら応えてこちらに向かってくる。
 レジーナは「えっ」と小さく声を上げた。

「で、殿下? え、アルヴィン君って王子だったの!?」
「ん? ああ、そういえばそれも言ってなかったか。トリマー養成機関時代はちょっと家柄のいい坊ちゃんで通していたからな」

 ということは、妹だというチェルシーは王女なのか。アルヴィンといい、チェルシーといい、王族にしては気さくな人柄だ。
 けれど、どうして王子がトリマーをしているのか――と疑問に思ったが、それよりも目の前までやって来た栗色の髪をした青年の姿に、レジーナは気を取られた。
 年は二十代前半頃だろうか。柔らかそうな栗色の髪は癖毛であちこちピンと跳ねているが、寝癖ではなくそういう髪型なのだと整った身なりから分かる。怜悧な容貌をしているものの、優しげな瞳は茶色い。
 記憶にある姿からぐっと大人びているが――間違いない。クリフだ。

「レジーナ、長旅おつ……」
「お兄ちゃん!」

 レジーナは衝動的に青年――クリフに抱きついていた。大好きな兄との十年ぶりの再会だ。感動するなという方が無理だろう。
 クリフは目を丸くしつつレジーナを受け止め、やがてふっと笑みをこぼしてレジーナの頭をそっと撫でた。

「久しぶりですね。元気にしていましたか?」
「うん! お兄ちゃんは?」
「私もこの通り元気ですよ。長旅お疲れ様でした。今回は仕事を引き受けて下さってありがとうございます」
「私の方こそ助かったよ。実は勤め先のペットサロンをクビになったところだったから」
「おや、そうだったんですか。父も元気にしていますか?」
「お父さんも元気にしてるよ。お兄ちゃんによろしく、だって」
「そうですか。話したいことは色々ありますが、積もる話はまた後で。まずは私の上司を紹介しましょう」

 クリフはそう言ってやんわりとレジーナを引き離し、奥の文机に座っている金茶色の髪をした男性を見やった。レジーナも男性の方に顔を向ける。すると、男性は手をひらひらと振って、にこやかに応じた。

「八虹隊隊長のダグラスだよん。お兄さんには日頃から助けられてる」
「レジーナです。こちらこそ、兄がお世話になってます」

 レジーナはちょこんと頭を下げた。チェルシーの時もそうだったが、ワンピースの裾を持ち上げて膝を折る貴族令嬢らしい挨拶をするべきだっただろうか、と後で思い至る。ペットサロンで働いていたこともあって、平民の挨拶の仕方にすっかり慣れてしまった。
 けれど、特に突っ込まれたりはしなかったので、まあいいやとレジーナは自然に振る舞うことにした。貴族令嬢らしい所作は存外疲れるものだ。

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