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最終話 モルガナイトの想い3
しおりを挟む「ありがとうございます、お師匠様」
「よし。死人のようだった顔が元に戻ったな。じゃあ早速、伝えてこい」
「え? でも、イアン君は総本山に向かって王都を発ったばかりで……」
「だから追いつけるかもしれないじゃないか。こいつを貸してやる。乗り心地は保証するぞ。ほら、こいつの聖石」
オーレリアは聖石ブレスレットを外してマイに差し出した。オーレリアは他にも聖石を身に付けているようなので外しても問題はない。
……もし、マイの気持ちを受け入れてもらえなかったら、と思うと怖い。けれど、このまま縁が切れて会えなくなってしまうことの方がもっと怖い。
マイは覚悟を決め、聖石ブレスレットを受け取って身に付けた。
「それじゃあ、お師匠様。行ってきます」
「おう。そいつ、結構大きくなるから、人通りの少ない所で乗って行け」
「分かりました」
オーレリアの助言通り、マイは子竜を連れて人通りの少ない街外れと向かう。この辺りでいいかな、と足を止めると、子竜は察したように巨大な竜の姿へ変身した。人が二人くらい背中に乗れそうな立派な竜だ。
「じゃあ、よろしくね」
竜の頭を撫でてから、マイはその背中へと乗る。すると、竜は翼を羽ばたかせてゆっくりと宙に浮き、空へ飛び上がった。王都の街並みが徐々に小さくなり、総本山がある方向へと向かい始めると、やがて王都の街並みは見えなくなった。
(わあ、すごい……まさか、竜に乗れるなんて)
乗り心地も悪くない。地上へ落下しないかひやひやしないわけではないが、それ以上に空を飛んでいるということに興奮する。
結果として地上に落下することはなく、マイ達は一台の馬車へ追いついた。どうやって止まってもらおうと考えるマイだったが、なんと竜は大胆にも低空飛行して馬車の前に飛び出した。
それには馬車を運転していた御者が「うわっ!?」と声を上げ、手綱を引いて馬車を急停車させる。少々乱暴な方法かもしれないが、こうするしかなかったようにも思う。中にいるだろうイアンは大丈夫だろうか。
地上へ着地した竜から降りたマイはまず御者に「すみません」と謝罪してから、中にいるはずのイアンと話をしていいか訊ねた。御者は未だに目を白黒させつつも、「私は構いませんが、お客様にお訊ね下さい」と答えた。それもそうだ。
マイが馬車の扉の前に移動するのと同時に、中から扉が開いた。顔を出したのはもちろんイアンで、おそらく馬車が急停止して何事かと思って出てきたのだろう。
しかし、目の前にいたのはマイでイアンはぽかんとしていた。
「え……クロスリー? なんでお前がこんな所に……」
「……イアン君、言い逃げなんてずるいよ」
「は?」
「今朝、告白……してくれたんでしょ? 私に」
「………」
イアンは押し黙る。やはり告白で間違いないようだ。
「忘れてくれって言っただろう」
「忘れられるはずないよ。だって私、戸惑いもあったけど嬉しかった。私もイアン君のことが好きだから。イアン君が私のことを想ってくれているような『好き』なのかはまだ分からないけど……それでも、私はイアン君と一緒にいたい。もっとイアン君のことについて知りたい。それじゃダメ、かな?」
「……お友達から始めましょうってことか?」
「そうなるのかもしれない。私、このままイアン君と離れて縁が切れるのは嫌だよ。いつ王都に戻って来られるのか分からないけど、ずっと待ってる。待ってるから。だから、このブレスレットを預けるね」
マイは自分の聖石ブレスレットを外し、イアンに差し出した。
ちなみにマイの聖石はモルガナイトだ。エメラルドやアクアマリンと同じベリルという鉱物の一種で、優しい桃色をしている。石言葉には『素直な心』、『純愛』などがある。
イアンは差し出されたマイの聖石ブレスレットを、そっと受け取った。
「いつ返しに行けるか分からないぞ」
「それでもいい。何年でも待ってるから」
「定年後だったらどうするんだ」
「それでも待ってるよ」
「……そうなったら、なんか責任を感じるな」
イアンは苦笑しながら呟いて。
「まあ、分かった。必ず返しに行く。じゃあ俺、そろそろ行くから」
「うん。気を付けて」
イアンは御者に話をして、再び馬車の中に戻った。竜はいつの間にか馬車の進路からどいており、馬のいななきが聞こえたかと思うと馬車はゆっくりと動き出す。
遠ざかっていく馬車を、マイは見えなくなるまで見送った。
それから一ヶ月半後――。
「えへへ。イアン君、元気そうでよかったあ」
「……マイ、またイアンからの手紙を読み返しているのか? 一応、仕事中だぞ」
「お師匠様だって、紅茶を飲んで一服してるじゃないですか」
聖石店『クロスリー』。マイはカウンターの席に座ってイアンから届いた手紙を読み返しており、一方のオーレリアは応対用のソファーに座って紅茶を飲んでいる。第三者がいたらどっちもどっちだと評するだろう。
イアンから手紙が届いたのは二週間前のこと。元気にやっているという旨が書かれており、マイも返事をすぐに出した。もう届いているだろうか。
窓の外を見れば、空が夕焼けに染まっている。そろそろ店を閉める頃だな、とマイは席を立った。
「お師匠様、表札を『CLOSE』に変えてきます」
「おう。よろしく」
そうしてマイは店を出て、表札を『OPEN』から『CLOSE』へと変えた。今日も客が来なかったなあと振り返りながら店内に戻ろうとすると、
「クロスリー」
と、聞き慣れた声がしてマイは振り向く。すると、そこには少々バツの悪そうな顔をしたイアンが立っており、マイは驚いた。
「イアン君!? え、もう戻って来たの!?」
「ああ。それが……ただの新人研修だったらしくて。一ヶ月で終わった」
「そうなんだ! よかった、じゃあまたすぐ会えるようになったね!」
笑顔を弾けさせるマイにイアンはほっとしたような顔をした。あんな別れ方をしたのにこんなに早く帰ってくるなんて、と怒られるとでも思っていたのだろうか。
まあ確かに、思っていたより早かったなあ、とは思うけれども。
「これ、返すよ。約束していただろう」
「あ、うん。ありがとう」
イアンがマイに差し出したのは、マイが半ば強引に預けた聖石ブレスレットだ。すでにマイは新しい聖石ペンダントを身に付けているが、異世界転移してオーレリアからもらった大切な聖石だ。イアンから受け取ったマイはすぐにそれも身に付けた。
「イアン君はまたラジラエール教会に勤めるの?」
「それなんだが、実は聖石店にも祓魔騎士がいた方がいいんじゃないかって、上層部で話し合われていたそうでな。俺が新人研修を終えた頃に正式決定した。それでこの店には俺が常駐することになった」
「えーっと、それってつまり……」
「またこの店に通ってお前と一緒にいられるってことだ」
「本当に!?」
ぱあっと顔を輝かせるマイにイアンは優しく笑った。
「よろしくな」
「うん! あ、お師匠様を紹介するよ!」
「ああ。俺も彼女に挨拶しに来たんだ」
というわけで店内に戻ったマイはオーレリアにイアンを紹介し、イアンが明日から店に通うことになったことを説明した。オーレリアは「そうか、そうか」と終始にこにこしていて、どうやらイアンの第一印象は悪くなかったようだとマイは一安心した。
しかし、その本当の意味を知るのは翌朝であった。
「え……嘘、でしょ?」
起床したマイは、テーブルに置かれてある書き置きを見て茫然とした。というのも、その書き置きにはオーレリアの字で、
『お邪魔虫は旅に出まーす! この店は任せた!』
と、書かれていたからである。
「ま、また!?」
また旅に出るのか。この店を放り出して。いや、今回はマイとイアンに気を遣ってのことかもしれないけれど。
二回目ということで現実を理解するのに時間はかからず、マイは盛大なため息をつくだけだった。
そうして、再び一人で店を経営することになったマイ。しかし、イアンが一緒ということで安心感を持って仕事に臨めた。
そんな二人はそれから半年後には交際に発展し、三年後には結婚することになる。イアンとの間に二人の子宝に恵まれながらも、マイは旅から戻って来たオーレリアとともに仕事を続け、定年まで勤め上げてから穏やかな余生を過ごした――。
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