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第29話 モルガナイトの想い2
しおりを挟む考えた末、マイは今度はアルバータが働く喫茶店へと向かった。今日は出勤しているだろうかと思いつつ、喫茶店の注文口で果汁ジュースを注文がてら従業員にアルバータは出勤しているかどうかを訊ねる。すると、「ええ、おりますよ」と返ってきた。
「アルバータにご用ですか?」
「はい。ちょっと相談がありまして……」
「分かりました。どうぞ、お好きな席でお待ち下さい。アルバータを行かせますので」
「ありがとうございます!」
お礼を言ってからマイはテラス席に移動した。春の日差しは柔らかく、気温もぽかぽかと暖かい。春を感じながらアルバータがやって来るのを待っていると、ほどなくしてウエイトレス姿のアルバータが注文した果汁ジュースを運んできた。その後ろにはベアトリスもいる。
「マイ、お待たせ。はい、注文の品よ。それより、私に相談があるんですって?」
「お久しぶりです、アルバータさん。それにベアトリスちゃんも。はい、ちょっとアルバータさんの意見を聞きたくて……」
「分かった。話を聞くわ。少しなら時間を取れるから」
アルバータはそう言うと、ベアトリスを膝の上に乗せて椅子に座った。マイとは向かい合う形だ。
「で、なんの相談?」
「ええと、実は……」
マイはシェリルの時のように、アルバータにも事情を話した。知人から告白されたこと、けれどマイはその知人が好きかどうか分からないこと。
それを聞いたアルバータは、目を瞬かせた。
「その知人って、もしかしてイアンのこと?」
「え!? ど、どうして分かるんですか!?」
「女の勘ってやつよ。へえ、告白されたのね。おめでとう」
「……でも、どう返事をしたらいいか分からないんです。だから、アルバータさんの経験談をお聞きしたくて」
それにはアルバータは苦笑した。
「ダメンズばかりに振り回されてきた私に聞くの? まあ、イアンはそういう子じゃないと思うけど、あんまり参考にならないと思うわよ?」
「でも、たくさん恋をしてきたってことは、それだけ誰かを好きになったということじゃないですか。その誰かを好きになる理由を教えてほしいです」
「理由、ね。私はねえ、人を嫌いになる理由はあっても、人を好きになる理由なんてないって思っているの」
「え?」
「優しいから、穏やかだから、カッコイイから。みんなあれこれ理由を付けるけど、それって後付けだと思うのよね。誰かを好きになるって本能的なことなんじゃないかしら。この人といると楽しい、あるいは安らぐ、だから会いたい。それが恋の始まりなんじゃないかって思う」
「恋の始まり、ですか」
「そう。マイはイアンに会いたいと思う?」
その問いかけにはマイは即答できた。
「はい。イアン君とはこれからも会いたいです。でも……それってアルバータさん達にも思うことなんですよね……」
「とか言って、実際には滅多に顔を出さないじゃない。それはいつか会えればいいって思っているからじゃない? イアンに会うのも『いつか』でいいの?」
「それは……」
マイはイアンからもう店に通わないと言われた時のことを思い返す。あの時、マイは焦ってイアンの勤務先を訊いた。それはもう会えなくなるのは嫌だと思ったからだ。そして早速今度の定休日に遊びに行こうと思っていた。
「……『いつか』じゃ、嫌かもしれません。でもそれだけで告白を受け入れてもいいんでしょうか。好きかどうか分からないのに」
「受け入れる、断るの二択しかないわけじゃないわ。お友達から始める、という選択もあるんじゃない? マイは私と違って惚れっぽくはなさそうだから、もっと一緒に出かけたりしてイアンのことを知っていって、それから答えを出してもいいんじゃないかしら」
友人から始める。それは思ってもなかった選択肢で、マイは戸惑った。
「それ……受け入れてもらえるんでしょうか」
「言ってみなきゃ分からないわ。ダメだったら、縁がなかったってことよ。でも多分、イアンなら了承するんじゃないかしら。きっと、本気でマイのことが好きだと思うから」
「……そう、ですね。そうイアン君に伝えてみたいと思います。アルバータさん、相談に乗って下さってありがとうございました」
「ふふ、いいのよ。また悩みができたら、ここに来なさい」
マイは「はい」と微笑んだ。アルバータにもいい恋が訪れるといいのだけれども、と思いながら少し世間話をしたら、なんとアルバータに恋人ができていたことが発覚した。相手はこの喫茶店の店長だという。今のところ、これまで付き合ったようなダメンズではないそうで、結婚の話も出ているのだとアルバータは幸せそうな顔で話してくれた。
「もし結婚することになったら、マイもイアンも結婚式に呼ぶわ。じゃあそろそろ、仕事に戻るわね。ベアトリス、行くわよ」
「はーい」
席を立ってきびきびと歩いていくアルバータは、仕事のできる女という雰囲気で格好いい。マイもああなれたらいいな、と思う。
(それにしても、恋人ができて結婚話まで出てるなんて……ビックリした)
とはいえ、これほど喜ばしい話はない。エイベルもきっと、天国で祝福していることだろう。慈愛に満ちた、あの笑みを浮かべながら。
なんだかほっこりとした気分で、果汁ジュースを飲み干したマイは喫茶店を後にした。
(まずはお友達から始める、かあ。私一人じゃ思いつかなかったな)
シェリルやアルバータに相談してよかった。店で一人で悩んでいても、埒が明かなかっただろう。
(ええと、イアン君の勤め先はラジラエール教会だったよね。早く返事をしに行こう)
忘れてくれとは言われたが、返事をしなければマイの気が収まらない。何より、このままイアンとの縁が切れてしまうのは嫌だ。
そう思って次はラジラエール教会へと向かったマイだったが、そこにイアンの姿はなかった。そこで上司であろう祓魔騎士にイアンのことを訊ねてみると、予想外の答えが返ってきた。
「ああ、イアンなら総本山へ行ったよ。本部に呼ばれてね」
「い、いつ帰って来るんですか?」
「さてなあ。一年後かもしれないし、定年までずっと総本山にいるかもしれない。いずれにせよ、申し訳ないが私には分からないよ」
「そう、ですか……」
マイは「ありがとうございました」とお礼を言ってから、ラジラエール教会を出て行った。唇をぎゅっと噛みしめて、聖石店『クロスリー』への帰り道をとぼとぼと歩く。
(イアン君、もしかして総本山に行くから私に告白していったの……?)
もしマイが受け入れていたらどうするつもりだったかは分からないが、忘れてくれと言ったのは、もう会えないかもしれないと思っていたからかもしれない。
そう、もう会えないかもしれない。そう思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。このまま会えなくなるなんて嫌だ。イアンとはもっともっと一緒にいたい。
けれど、だからといってどうしたらいいのだ。王都から総本山までは距離がある。馬車で十日ほどといったところだ。そんな遠距離で友人から始める、だなんてどうやって。
いや、今はそんなことはどうでもよくて。
「おお、マイじゃないか。元気にしてたか?」
俯いて歩いていたマイに聞き覚えのある声が話しかけてきて、マイは顔を上げた。すると、正面からなんとオーレリアが片手を上げて歩いてきたではないか。
それには落ち込んでいたマイも驚いて声を上げた。
「お師匠様! 帰ってきたんですか!?」
「おう。念願の世界一周旅行を終えたからさ、マイはどうしてるかなあと思って『クロスリー』に帰ったら、店にいないじゃないか。だから探していたんだよ」
世界一周旅行。旅に出るとは、そういう意味だったのか。
納得したマイの視界に入ったのは、ぱたぱたと飛んできた子竜だった。眷属だ。オーレリアの傍にいるのだから、オーレリアの眷属だろう。
「お師匠様……眷属を生み出したんですか?」
「ああ。いやあ、ようやく世界一周旅行に行けるっていう心が生み出したのかね。ちなみにこいつ、大きくもなれるんだぞ。旅行の途中からこいつに乗って移動したからな」
「へえ……すごいですね」
マイに頬を擦り寄せてくる子竜は愛嬌があって可愛らしい。頬を緩めて子竜の頭を撫でていると、オーレリアは「それよりも」と口を開いた。
「何かあったのか? この世の終わりのような顔をして歩いていたが」
「えーっと……実は知り合いが知らないうちに遠くに行っちゃって聞いて……」
「ほう? それであんなに泣きそうな顔をしていたのか。たかが知人が遠くに行ってしまったというだけで」
マイは目を瞬かせた。泣きそうな顔をしていたのだろうか。情けない顔をしていたとは思うけれども。
オーレリアはマイの肩を抱いて、強引に歩き出した。
「え、ちょ…っ……お師匠様?」
「まあまあ、そこの喫茶店で詳しく話を聞こうじゃないか」
「なんか面白がってません!?」
「いやあ、お前にもとうとう春が来たんだなと思ってな。保護者として話を聞かないわけにはいくまい」
そんな流れでまた喫茶店でミルクティーを注文して受け取り、マイとオーレリアはテラス席に座る。
「さあ、話したまえ。相手とはどこで出会った? 男か、女か? 相手の年はいくつだ? 仕事は?」
「そ、そんなに立て続けに聞かれても……ええと、イアン君とは神学校で出会いました。男の子で年は同い年です。仕事は祓魔騎士ですね」
「イアンというのか。祓魔騎士ということは地方の教会に飛ばされたのか、もしくは総本山の騎士団本部に行ったのかだな。ふむふむ、それでお前はショックを受けているのか。確かに好きな相手が遠くに行ってしまったら悲しいよなあ」
マイは頬を赤らめた。
「好きな相手って……! ま、まだそうと決まったわけじゃ……」
「ん? 違うのか?」
不思議そうにするオーレリアにマイは事情を話すことにした。オーレリアも何かアドバイスをくれるかもしれないし、何より隠すことでもない。
話を聞いたオーレリアは、ミルクティーを一口飲んでからふっと笑った。
「お前は難しく考え過ぎだな」
「え?」
「もっとシンプルに考えたらどうだ。異性としての好きとか、友人としての好きとか、バカ真面目に考えるから分からなくなる。好きなら好きでいいじゃないか。一緒にいたいなら一緒にいればいいし、そうでないなら離れればいい。それだけのことだ」
「で、でも……」
「心配しなくても、好きの違いはおのずと分かるようになる。これまで恋をしたことのないお前が、いきなり区別できるわけないだろう。お前はイアンと一緒にいたいのか、いたくないのか、どっちだ」
「……一緒にいたいです」
「なら、そのありのままの気持ちを伝えればいい。お前のことが本当に好きなら、受け止めてくれると思うぞ。ダメだったら縁がなかったってことだな、あっはっは」
笑う所なのかとマイは内心突っ込みを入れつつ、それでもオーレリアに話を聞いてもらって心が楽になっている自分に気付いた。肩の力が抜けたというか、好きなら好きでいいという言葉に救われた気がする。
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