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第23話 ガーデンクォーツの悲哀2
しおりを挟む「では、これからも店の経営を頑張りなさい」
「はい。ありがとうございました」
立ち去っていく祓魔騎士を外まで見送って、マイは店内に戻った。
「はあ……本当に百万ガルド以上も持って行かれちゃった……」
盛大なため息をつきながらカウンターの席に座るマイに、壁に寄りかかっているイアンは「仕方ないだろう」と口を開いた。
「そういう決まりなんだ。無償で宝石を仕入れられるんだから、いいじゃないか」
「まあそうなんだけど……あーあ、二百万ガルド以上も売り上げがあったのに」
マイが嘆いているのは、これまでの売り上げからとうとう教団税を持って行かれたからである。今日が担当の祓魔騎士がやって来る日で、帳簿の売り上げから計算して教団税を差し引かれた。分かっていたことだが、それでも売り上げの半分を教団に納めなければならないのは悲しいというか、なんというか。
そういえば、と思う。先月の売り上げに大きく貢献してくれたカミラは、ブレットとともに元気にしているだろうか。いや、二人だけではない。マイにとって初めての客であるアルバータもエイベルの死を乗り越えて前を向けているだろうか。シェリルとカイルは……最近のことなのでまあ元気にしているだろう。
マイがこの店で働き始めて、もうすぐ一ヶ月経つ。最初はどうなることかと思ったが、なんだかんだ経営できているのだから、案外やればどうにかなるものだ。
一ヶ月経つ、ということでマイはふと思った。
「そういえば、イアン君はいつまでこのお店にいるの?」
「さあな……まだ上層部から指示がない」
「そうなんだ。まあ、イアン君がいてくれたら心強いからいいけど」
のほほんと笑って言うと、イアンは仏頂面で返す。
「お前が頼りなさすぎるだけなんじゃないのか?」
「むう……」
言い返せるほど、マイも自分がしっかり者だと思っているわけではない。それでも膨れっ面になってみせると、イアンは「……まあでも、お前なりに頑張ってるよ」と付け加えてくれた。
褒められたマイは、ぱっと顔を輝かせて。
「えへへ。それほどでも」
「……単純な奴だな。お前の親もそんな感じなのか?」
呆れた顔をして問うイアンにマイは目を瞬かせた。
「え、私の親? うーん、どうだろう……お母さんはキャリアウーマンって感じでしっかりしてる人だったけど。お父さんは……そうだなあ、なんか頑固で厳しかったかも」
「そんな二人の間にお前みたいな奴が育つのか……人類の神秘だな」
「なんか、酷いこと言ってない!?」
人類の神秘って。そこまで意外なのか。
マイは口を尖らせた。
「そういうイアン君のご両親はどうなの?」
「どうって別に普通だ。亭主関白な親父とそれを支えるおふくろ。この国じゃよくいる組み合わせの夫婦だ」
「亭主関白……ふーん、イアン君は人類の神秘っぽくないね。よくいる父子って感じ」
「……なんか言い方に棘を感じるな」
「ふーんだ。どうせ、私は親に似てない人類の神秘ですよ~」
「根に持つなよ……悪かったって、言い過ぎた」
素直に謝罪するイアンを、マイはじとっとした目で見る。
「本当にそう思ってる?」
「しつこいな」
「それじゃあ、今度の定休日にカフェに連れて行ってよ。もちろん、イアン君の奢りね」
「はあ?」
なんで俺が、とイアンの顔には書かれてある。しかし、真面目なイアンのことだからお詫びに連れて行くべきだと思ったかもしれない。ほどなくして、「仕方ないな……」と渋々と了承した。
マイはぱあっと顔を輝かせる。
「やった! 果実ジュースがおいしいお店があるらしいから、一度行ってみたかったんだよね~」
「そんなの友達と行けばいいじゃないか」
「だって、みんな地方の教会にいるんだもん」
二年半前に異世界転移してきたマイには、友人と呼べる友人は少ない。神学校ではクラスメイトはマイ以外数人しか同性がいなかった。
ちなみに加護持ちの大半が男性だという。女性の加護持ちは珍しく、クラスに一人か二人いればいいというくらいの割合だ。何故なのかは分からない。まあとにかく、そんなわけで聖職者というのは男性が多数派である。
イアンは腕を組んだ。
「明日、この店の定休日だろう。今度と言わず、明日行かないか」
「やだ、イアン君ったら。そんなに私と出かけたいの?」
「……面倒事はさっさと済ませたいだけだ。そのキャラ、ウザイぞ」
「あはは、冗談だってば。分かった、明日ね。えへへ、楽しみだなあ」
オーレリア以外に誰かと出かけるというのは初めてだ。いや、イアンと茶葉を買いに行ったことならあるが、あれはあくまで仕事である。目当てのお店に行くのももちろん楽しみだが、それ以上に誰かと一緒に休日を過ごせるのが嬉しい。
すっかり機嫌が直ったマイは、「それにしても、親かあ……」と話を戻した。遥か遠い世界にいる両親に思いを馳せる。
「お父さんもお母さんも、元気にしてるかな」
「……寂しいか?」
「そりゃあね。もう二年半経つから慣れてはきたんだけど……でもなんだか、親孝行できないままで申し訳ないなって思う」
父からも母からもたくさんの愛情を注いでもらった。元の世界にいた頃はそれが当たり前のことだと思っていたが、異世界に来て離れ離れになってから親のありがたみというものが分かるようになった。
イアンは「親孝行、か」と独りごちる。
「俺はまだ親の立場じゃないから想像するしかないが……親が望むのは子の幸せなんじゃないかと思う。親孝行してもらうことなんて別に望んでいないんじゃないか」
「子供の……幸せ?」
「そうだ。お前も自分が母親だったら、子供には幸せになってほしいだろう?」
もし、マイに子供がいて母親の立場だったら。そうしたら、確かに親孝行してもらうことよりも子供が幸せでいることの方が嬉しい、そう思う。
「そうだね……うん。じゃあ、幸せでいることが最大の恩返しってことだね。よし、もっと幸せになろう!」
意気込むマイにイアンは目を瞬かせて。
「もっとってことは、今でも幸せってことか?」
「え、そりゃあそうだよ。だって、三食ご飯が食べられて、夜はお風呂に入ってぐっすり眠れて、何より念願の聖石細工師になれたんだよ? 幸せだよ」
ほわりと笑って言うマイにイアンはなんとも形容し難い顔をした。
「……最後のはともかく、俺はお前の性格が時々羨ましい」
「それって褒めてるの?」
「さて、どうだろうな」
「え~、何それ~」
そんなやりとりをしていた時だった。からん、ころん、と来客を告げる呼び鈴が鳴って、マイは椅子から立ち上がる。
「いらっしゃいませ。……って、あれ?」
マイは首を傾げた。というのも、客……と思わしき人物は、十歳頃の女児一人だったからである。いや、正確には女児の肩に眷属の子竜が乗っているが。
女児は「こんにちは」とぺこりと頭を下げる。そんな礼儀正しい女児の下へマイは駆け寄り、腰を屈めて視線を合わせた。
「お父さんとお母さんは一緒じゃないの?」
「はい。一人で来ました」
「そっか……じゃあ、とりあえず、こっちのソファーへどうぞ」
「ありがとうございます」
女児はちょこんとソファーへ座った。そして、手提げ鞄を隣に置く。どうやら、街学校の帰りのようだ。
マイも女児の向かい側のソファーに腰かけて訊ねた。
「紅茶は飲める?」
「砂糖が入っていれば……」
「分かった。イアン君、紅茶をお願い。この子の分には砂糖を入れて」
「聞こえてる」
イアンは組んでいた腕をほどいて奥へ下がっていく。紅茶はイアンに任せ、マイは女児に優しく笑いかけながら名乗った。
「私はマイ・クロスリー。お名前を訊いてもいいかな?」
「はい。私はデイナです。この子はコーリー」
「デイナ様とコーリー様だね。今日はなんの用で来たの?」
「リサイクル制度を利用しに来ました」
それには、マイは「え……」と一瞬反応に困ってしまった。リサイクル制度。いい加減に覚悟を決めて承らなければならないことだが、それでもまだ慣れない。
「……もしかして、コーリー様を楽園(エデン)送りにしたいの?」
「そうです。その、楽園(エデン)に行けば幸せに暮らせるって言うから……」
俯いて言うデイナの表情はなんだか暗い。いや、それは来店してきた時から感じていたことだ。子供らしくないというか、けれど大人びているとも違う。
(何か、悩みがあるのかな……?)
気になりつつ、マイはデイナの聖石をふと見やる。すると、デイナの聖石はガーデンクォーツだった。
ガーデンクォーツ。和名、庭園水晶。
この宝石は、水晶が形成される過程で、緑や茶色の鉱物や泥岩を巻き込みながら結晶した水晶だ。水晶の中に自然の風景が閉じ込められたようにも見えるため、『庭園水晶』、『苔入り水晶』とも呼ばれている。石言葉では『痛みを和らげる魔法の石』なんて言葉もあるらしい。
と、つい宝石チェックをしたところへ、紅茶が運ばれてきた。マイは「ありがとう、イアン君」といつものように声をかけ、デイナもまた「ありがとうございます」と礼を述べた。本当に礼儀正しい子だ。
マイは紅茶を一口飲んでから、話を再開した。
「楽園(エデン)送りにしたら、もう二度と会えないんだよ? 寂しくない?」
「かまいません。私はコーちゃんが幸せになれるのならそれでいいです」
「……そっか」
そんなに大切に思っているのに、何故コーリーを手放そうとしているのだろう。まるで、今がコーリーにとって幸せでないと思っているかのようだ。
「余計なお世話かもしれないけど、何か悩んでることはない? おねえさん、なんでも話を聞くよ?」
「……いえ。何もありません」
とてもではないがそうは見えない。けれど、きゅっと引き結んだ口から語られることはなさそうで、マイはそれ以上食い下がることはできなかった。
「分かった。今、交換する聖石を持ってくるね」
ソファーから立ち上がったマイは、一旦奥へ下がる。最奥にある金庫から同等の聖石を取り出してトレイに乗せ、デイナの下へ運んだ。
「お待たせ。これが交換できる聖石だよ。好きな物を選んで」
「じゃあ……これで」
「どんなアクセサリーにする? 今みたいなペンダントがいい? それとも、ブレスレットとか指輪とかにしてみる?」
ずっと俯き気味だったデイナが顔を上げた。
「……それって、すぐに作ってもらえるんですか?」
「うーん、一週間から半月くらい時間をもらうことになるよ。だから、それまではコーリー様と最期の時間を……」
「それじゃダメです! アクセサリーにしなくてもいいので、すぐにコーちゃんを楽園(エデン)へ送って下さい!」
「え、でも……」
「新しい聖石はこのまま持って行くので失礼します!」
デイナは首にかけていた聖石ペンダントをテーブルの上に置き、交換した聖石を手に持って逃げるように外へ走っていった。
置いていかれた子竜は、悲しそうに「きゅう、きゅう」と鳴いたが、眷属というのは自身の聖石からあまり離れられないので追いかけることはできず。
マイは慌てて店の外へ出たが、デイナはあっという間に遠くへ離れていた。
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