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第20話 アパタイトの恋心6

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「リサイクル制度、ですか……?」

 マイは内心、とうとうきたか、と悲しく思った。
 今、マイの目の前にいる客は、カイルとシェリルの父だ。そろそろ店を閉めようとしたところに来店し、リサイクル制度を利用したいという申し出だった。
 覚悟を決めなければならない。以前、イアンが言っていた通り、承っていませんなどと言うことはできない。
 それでも、とマイは一度彼らの意思を確認した。

「楽園(エデン)行きとなったら、もう二度と会うことはできません。それでも、本当によろしいのでしょうか」
「……私としては、息子のように思っているこの子を手放したくはないのだがね。この子が楽園(エデン)に行きたいと言っている。同じ眷属が集まる場所で幸せに暮らせるという話だし、無理に引き止めるわけにはいくまい」
「……カイル様は?」
「会えなくなるのは寂しいですが、俺の意思は変わりません」
「そう、ですか……」

 マイはそれ以上食い下がることはしなかった。腹をくくり、「かしこまりました」と彼らの申し出を承る。

「今、交換する聖石をお持ちします。少々お待ち下さい」

 そう言って、マイは一旦奥へ下がって、最奥にある金庫からシェリルの聖石と同等の聖石をいくつか取り出す。それらをトレイに乗せて、シェリルの父の下へ運んだ。

「お待たせしました。こちらが交換できる聖石になります。お好きな物をお選び下さい」
「そうだな……これでいい」
「分かりました。アクセサリー加工はどうされますか? ペンダント、ネックレス、ブレスレット、指輪、などがありますが……」
「いや、このままでいいよ。身に付ける気は起きんからね」

 寂しげな表情でシェリルの父は言う。本当にカイルとの別れを惜しんでいることが伝わってきて、マイはぎゅっと胸が締め付けられた。
 それでも、それを表情には出さず。

「では、本日の受け渡しになります。どうぞ、お持ち下さい」
「ありがとう。では、よろしく頼むよ。……カイル、元気でな」
「はい。お世話になりました」

 シェリルの父は選んだ聖石を懐にしまい、カイルに一言かけてからソファーから立ち上がった。マイも席を立ってシェリルの父を外まで見送る。
 そして再び店内へと戻ってきたマイに、カイルは訊ねてきた。

「楽園(エデン)へはいつ行けるんですか?」
「今日明日というわけにはいきません。今週末にこのお店の担当である祓魔騎士の方がくるそうなので、その時ですね。それまではここにいてもらうことになります」
「そうですか。分かりました」

 カイルは納得すると、イアンが淹れてくれた紅茶を一口飲む。その表情は穏やかだ。まるで満足している、というように。
 マイは彼の向かい側のソファーに腰かけながら、思った。

(突然、楽園(エデン)へ行きたいだなんて……もしかして、シェリルさんが告白したのを断って、気まずいから、とかなのかな?)

 いやしかし、それで満足げな表情なのはおかしい気もする。
 踏み込んだ質問になると思いつつも、マイはカイルに訊ねていた。

「あの、カイル様。その……何かあったんですか……?」
「何か、というと?」
「ええと、なんと言いますか、急に楽園(エデン)行きを決めるなんておかしいなあ、と思いまして」
「……まあ、ちょっとした事情はあります。ですが、楽園(エデン)行きは前から考えていたことなんですよ」

 カイルは言いながら、ティーカップを受け皿に戻す。

「俺はシェリルの幸せの邪魔になる。だから、離れるべきなんじゃないかって」
「どうして、ですか。だって、シェリル様は……」

 カイルのことが好きなのに。
 思わずそう口走ってしまいそうになって、マイは慌てて口を閉ざす。まだシェリルがカイルに告白したと決まったわけではないのに、勝手に話すわけにはいかない。
 けれど、カイルはマイが言おうとしたことを察したようだ。

「ご存知なんですね。シェリルが俺を好いていてくれることを」
「あ……えっと」
「俺、昔からシェリルの強い思いは分かるんです。眷属だからなんですかね。だから……シェリルが俺に想いを寄せていてくれることも、ずっと前から気付いていました」

 そういえば、眷属には思念を読める者も存在することを思い出すマイである。そうか、とっくに気付いていたのか。

「……その想いに応えることはできないんですか?」
「………」

 カイルは少し沈黙した後、その心情を語り出した。

「最初は可愛い妹分でした。だから俺が傍にいて守ってやらなきゃいけないって。でも成長していく姿を見ていくうちに、一人の女性として意識するようになってしまった。兄妹としてではなく、男女として触れ合いたい、独占したい、と」
「だったら……」
「確かにシェリルは俺にとって特別な子です。だから幸せになってほしいと思う。そのために、俺は……」

 カイルが話している時だった。店の扉が勢いよく開いて、

「カイル!」

 と、シェリルが息を切らして駆け込んで来た。その手には、先程シェリルの父に渡したはずの聖石が握り締められている。
 マイもカイルもソファーから立ち上がった。

「シェリル様」
「シェリル……」

 シェリルはつかつかとカイルの隣に歩いてきて、目の前のマイを懇願するような目で見つめた。

「マイさん、父がリサイクル制度を利用したと聞きました。それをキャンセルすることはできますか? 受け取った聖石も持ってきました」
「もちろん、まだ大丈夫です」
「シェリル、待て。奥様から話は聞いただろ。俺は楽園(エデン)に行く」

 口を挟んだカイルを、シェリルは眦をつり上げて見上げた。

「自分を犠牲にするようなことはやめろってどの口が言ったの?」
「……別に犠牲になるわけじゃない。それに店が潰されたら、家族全員共倒れだ」
「だったら、私と一緒に王都を出ましょう」

 シェリルの言葉に、カイルは思ってもみなかったことを言われた、という顔で目を瞬かせた。

「何言って……」
「わざわざ、地方までジェフリー様が探しに追ってくるはずはないわ。だから、王都を出ればいい。そうしたらカイルが楽園(エデン)行きになったと思い込んで、店に手を出してこないでしょう」
「それはそうかもしれない、が……」
「私はカイルと離れたくない。ずっと傍にいたい。……カイルは違うの?」
「………」

 返答に窮している様子のカイル。きっと、カイルだってシェリルと同じ気持ちだろう。けれど、彼は決してそうは言わない。すっとシェリルから顔を背けた。

「……シェリル。俺のことは忘れてくれ」
「どうして!」
「俺はお前の気持ちには応えられない。冷静に考えろよ。俺は眷属だ。働いてお前を養うこともできないし、子供だって作れない。それどころか、結婚することさえ無理だ。俺はお前を幸せにしてやることができない」

 黙って事の成り行きを見守っているマイは、そうかと納得した。カイルはシェリルの幸せのために身を引こうとしているのか。
 相手の幸せを願って身を引く。それは本物の愛に満ちた美しい行為なのかもしれない。けれど、と思う。それはどこか相手の気持ちを無視しているようにも感じる。
 シェリルもそう感じたのだろう。強く主張した。

「私の幸せは私が決める! 私は自分で働けるし、子供だっていらない! 私はカイルが傍にいてくれたらそれでいい! それが……私の幸せよ」
「シェリル……」

 困っているような、戸惑っているような、そんな顔のカイルの名をマイはそっと呼ぶ。

「カイル様。お相手の幸せを願うのは立派なことですし、素敵なことだと思います。でも、それ以上に大切なものがあるのではないでしょうか」

 言っておきながら、マイは明確な答えを持っているわけではなかった。ただ、なんとなくそう言わずにはいられなかっただけだ。
 けれど、その言葉をカイルなりに解釈したようだ。どこか覚悟を決めたような顔に変わって、シェリルと向き合う。

「……本当に俺でいいのか?」
「カイルがいい。カイルじゃなきゃダメなの」
「ありがとう……」

 そう言って、カイルはシェリルの体を抱き締めた。シェリルはそっと目を閉じ、彼女もまたカイルの背中に手を回す。
 しばらくそうして、二人は抱き合っていた。

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