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第14話 アズライトの忠節7

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「あ、おはよう、イアン君」

 店の表札を『CLOSE』から『OPEN』に変えたところで、街中の方からイアンがやって来た。ふわりとした笑みで声をかけるマイに、イアンはいつもの仏頂面で。

「おう。そういえば、カミラさんからの注文品はできたのか? 今日が注文を受けて半月後だろう」
「もちろん、出来上がったよ。見る?」
「ああ。お前の仕事ぶりをチェックしないとな」

 そういえばイアンは、マイの仕事を監視する役だったことを思い出すマイである。
 イアンとともに店内へと入ったマイは、カウンターの裏に回った。そして、引き出しからカミラへ渡す予定の聖石ネックレスを取り出して、カウンターの上にそっと置いた。

「じゃーん、これだよ」

 イアンは聖石ネックレスを覗き込むように見て、感心するように言った。

「へえ……よくできているじゃないか。聖石の配色も悪くない」
「ふふん、そうでしょ。私、ちゃんと仕事ができるんだから」

 胸を張って言うマイにイアンは腕を組んで言う。

「師匠に鍛えられたっていうのは、嘘じゃなかったんだな」
「信じてなかったの!?」
「そりゃあ、神学校時代の成績を思い返せば、な……」
「むう……」

 言い返すことができず、マイは膨れっ面になりながらも、聖石ネックレスを再び引き出しに戻した。カミラは今日引き取りに来るだろうか。気に入ってもらえたらいいのだけれど。
 イアンがカウンターからいつもの定位置へ移動した時だった。外で馬車が停車するような音が店内に響き渡った。
 ほどなくして、からん、ころん、と来客を告げる呼び鈴が鳴る。

「いらっしゃい……あ、カミラ様、ブレット様」

 現れたのは、カミラとブレットだった。カミラは以前のような優美なワンピース姿ではなく、平民が着ているような一般的なワンピースを着ている。ブレットも燕尾服ではなく、これまた一般的な男性服だ。
 そのことを内心不思議に思うマイの下へ、二人はやって来た。

「頼んでいた聖石を受け取りに来たわ」
「お待ちしておりました。こちらがご注文の品になります」

 マイは用意していた聖石ネックレスを銀製のトレイに乗せて、カミラに差し出した。

「いかがでしょうか」
「ええ、とても素敵だわ。ありがとう」

 カミラは優しく微笑み、聖石ネックレスを手に取って身に付けた。付け心地も問題なかったようで、イアンが貸し出していた聖石ペンダントを外してマイに差し出す。

「これは返すわ。ええと、イアンと言ったかしら。ありがとう」

 カミラがイアンの方を見て礼を述べると、イアンは「いえ」と短く返した。もう、不愛想だなあ、と思いつつ、マイは代金の金額をカミラに伝える。

「では、代金を頂戴します。一点で二百五十七万ガルドになります」
「はい。ちょうどのはずよ」

 マイはカミラから大量のお金を受け取り、内心は「ひえええ」と思いながらも、平静を装って金額が合っているか、急いで確認した。少し時間はかかったが、金額に間違いはないことを確かめて、マイは「ありがとうございます」と頭を下げた。

(私の初めての売り上げ……!)

 喜びがじわじわとこみ上げてくる。
 まさか、こんなに高額になるとは思わなかった。金額の半分を教団に持っていかれるとはいえ、一ヶ月分の給料としては思っていたより高額過ぎる。もっとも、収入は月によって変動があるだろうから、無駄遣いはすまい。
 まあ、それはともかく。
 マイは顔を上げ、カミラへ気になっていたことを訊ねた。

「ところで、カミラ様。ブレット様もですが……装いが以前と違っていますね。どうかしたんですか?」
「実はブレットと二人で屋敷を出ることにしたの」
「え!?」

 家を出る。貴族令嬢であるカミラが、その決断をするのにどれだけ覚悟が必要だったことだろう。
 マイは眉尻を下げた。

「……お姉様のことが関係しているんでしょうか」
「ええ。お姉様はいい人だけれど……やはり、一緒にいると今はつらいから。それにね、ブレットが言ったの。平民と同じように働いてみてはどうかって」

 それにはマイは目をぱちくりとさせた。

「え、働かれる……んですか?」
「ふふ、今、貴族の私が働けるのかって思ったでしょう?」
「い、いえ、そんなことは……」
「いいのよ。私も正直、自分にできるか不安だから。……でもね、それが逆にいいのではないかってブレットが言うの。できるかできないか分からないことができたら、きっと私の自信に繋がる。そうした経験を積み重ねていくことで、私の失った自信を取り戻せるのではないかってね」

 なるほど、一理あるかもしれない。自信とは成功体験によって生み出されるものだ。もっとも、だからといって貴族令嬢が平民のように働くという行動に踏み切ったのは思い切ったことをするなあ、とは思うが。
 マイは穏やかに笑った。

「そうなんですか。それじゃあ、どちらへ?」
「とりあえず、国中を回ってみてからどこに住むか決めるわ。だから当分、この店に来ることはないと思う。元気でね」
「はい。カミラ様も、それからブレット様もお元気で」

 マイがそう微笑むと、それまで黙っていたブレットも「お世話になりました」と微笑み返してくれた。

「お嬢様。馬車を待たせてあります。そろそろ行きましょう」
「そうね。……って、お嬢様はやめなさいって言ったでしょう。これからはただの街娘になるのだから」
「お嬢様だって、ただの街娘になるとおっしゃっている割には、私に命じているではありませんか」
「う……それは」

 言葉に詰まるカミラに、ブレットはくすりと笑って。

「……ですが、平民に扮するのであれば、確かにお嬢様呼びではおかしいですね。――では行きましょう、カミラ」

 呼び捨てにされたカミラは満足げに笑う。

「それでいいのよ。……ではね、マイ。それからイアンも」
「失礼します」
「あっ、外までお見送りします!」

 身を翻した二人にマイは慌てて店の出入り口へ向かい、先回りして扉を開けた。するとブレットが言っていた通り、店の前に馬車が停まっていた。
 二人は扉をくぐり、馬車に乗り込む。そして、馬のいななきが響いたかと思うと、ゆっくりと馬車が動き出した。

「ありがとうございました!」

 マイは頭を下げ、馬車が去っていくのを見送った。

(カミラさん……物事が上手くいくといいな)

 そして、自分に自信を持ってほしい。
 そして、心の底から笑えるようになってほしい。
 ――どうか、彼女の進む道に幸多からんことを。


 もう彼らと会うことはないかもしれない。マイはそう思っていたが、それから二年後にカミラはブレットとともに再び聖石店『クロスリー』へとやって来る。
 結婚することになったので、彼とお揃いの聖石アクセサリーが欲しい、と。
 そう笑うカミラの表情は幸せに満ち溢れていた。
 ちなみにその『彼』とは――ブレットのことである。

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