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第10話 アズライトの忠節3

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「初めまして。私はマイ・クロスリーといいます。まず、お二人のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「私はカミラ。彼は私の執事のブレットよ」
「カミラ様とブレット様ですね。本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか」

 今回は二人とも人間だ。どちらに用があってのことなのかを判別できず――おそらく、主人であるカミラの方だと思われるが――、マイは二人を見てそう訊ねた。
 すると予想通り、カミラが答えた。

「いくつか新しい聖石が欲しいの。それでこのネックレスのように加工してもらいたいのだけれど」
「かしこまりました。では、聖石を選びましょう。ご予算はいくらくらいでしょうか」
「特にないわ。けれど、なるべく高い聖石を持ってきて。その方が当たりを引きそうだから」

 当たり、とはなんだろうとマイは内心首を傾げつつも、「分かりました。少々お待ち下さい」と言ってまた奥へ下がった。最奥には縦長の金庫が置かれており、その中に聖石が保管されている。
 マイは施錠されている金庫を開けた。すると、中には仕切りが十段あって、その一段一段に聖石が並べられたトレイが差し込まれている。これは上のあるほど高価な聖石で、下に行くほど値段が下がっていく。
 今回は高価な聖石をご所望ということだから、マイは最上段のトレイを取り出した。

(それにしても、もうあんなに聖石を持ってるのにまだ欲しいんだ)

 いや、店側としては大変ありがたいことなのだけれども。
 イアンが推測していた通り、コレクションにするのか、あるいはもはやファッション感覚で身に付けて歩くのか。
 分からないが、客を待たせるわけにはいかないと、マイは急いで二人の下へ戻った。

「お待たせしました。こちらが、当店で高価な部類の聖石になります」

 色とりどりの聖石が並ぶトレイを、テーブルの上にそっと置く。すると、カミラはずいっと前のめりになって聖石を眺めた。その目はことのほか真剣だ。

「どれがいいかしら……」
「私個人としては、色の異なる物を選ばれた方が華やかな仕上がりになると思いますが」

 細工師としての意見を述べたが、カミラは。

「いえ、見栄えは気にしないわ。私が欲しいのは眷属を生み出せる聖石だから」
「眷属、ですか?」
「そう。私、眷属が欲しいのよ。そうだ、教えてちょうだい。どうしたら眷属を生み出せるものなの?」

 マイは内心困り果てた。というのも、眷属が生まれることはとても神秘的なことで、正の思念によって生まれるということ以外に決まった条件はないのである。ゆえに眷属持ちというのは少数派だ。
 しかし、アドバイスできることはありません、と答えるわけにもいかないので、マイは分かっていることだけを噛み砕いて説明した。

「そうですね……眷属というのは、聖石に蓄積された正の思念が具現化した存在です」
「正の思念?」
「はい。正の思念というのは、喜び、楽しみ、感動、などの前向きな心のことを指します。その思念が強ければ、眷属が生まれやすいと言われています」

 カミラは片眉を上げた。

「それでは、眷属を持っていない私は根暗ということ?」

 少々気分を害した様子のカミラに、マイは慌てて否定した。

「ち、違います! 私が話しているのはあくまで理論であって…っ……」
「お嬢様。眷属持ちは少数派です。それでは大多数の人間が根暗ということになってしまいますよ。そんなわけないでしょう」

 ブレットのフォローもあって、カミラは「確かにそうね」と納得してくれたようだ。

「話を遮ってごめんなさい。それで他には?」
「あとは……先程ブレット様がおっしゃったように、眷属を持っていない人の方が大多数です。それはつまり眷属を生み出せないのが普通のことで、あくまで眷属を生み出せる人がすごい……といいますか、思念の力が一際強いのだと思われます」

 マイの説明にカミラは一瞬表情を曇らせた。けれどそれは、本当に一瞬のことで見間違いだろうかとマイは思った。

「……そう。ありがとう。では、これとこれ、それからこれをちょうだい」
「ありがとうございます。ええと、細工代も含めまして……」

 マイは腰袋に入れてあった電卓を叩き、急いで価格を計算する。弾き出された額を見たマイは内心仰天したが、顔には出さずに続けた。

「――二百五十七万ガルドになります。お支払いは出来上がってからでお願いします。半月後にはご用意しますので、お時間がある時にまたご来店下さい」
「分かったわ。色々と話を聞かせてくれてありがとう。では、よろしく」

 カミラはソファーから立ち上がって、ブレットを引き連れて店の出入り口へ向かう。マイは先回りして扉を開け、二人を通してから外まで見送った。

「ありがとうございました」




 店の表札を『CLOSE』にひっくり返してから店内へ戻ったマイは、壁に寄りかかっているイアンに弾んだ声で話しかけた。

「やった! やったよ、イアン君! 私の初めての売り上げ! それも二百五十七万ガルドも!」

 満面の笑みのマイに、しかしイアンはいつもの仏頂面で言う。

「おめでとう、と言っておいてやるよ。まあ、一部は教団に持っていかれるがな」
「あ、そうだっけ。一部って具体的にいくらぐらいなの?」
「確か、五十%だったはずだが」
「半分も!?」

 ということは、今回は百万ガルド以上も納めなければならないのか。せっかく、二百万ガルド以上の売上なのに、とマイはがっかりしたが、まあ仕入れが無料なのだ。教団も利益を得なければ運営していけないだろうし、仕方あるまい。

「そのお金って、私が総本山に行って直接納めるの?」
「いや、毎月、店に担当の祓魔騎士が徴収しに来る」

 教団に納めるお金のことは、教団税というのだという。教団税の計算は担当の祓魔騎士がするそうで、マイは帳簿をしっかりつけていればいいとのこと。
 イアンは物知りだ。さすが、神学校を首席で卒業しただけのことはある。ちなみにマイの成績は……下から数えた方が早かった。
 マイはイアンにふわりと笑いかけた。

「さすが、イアン君。本当に頼りになるよ」
「別に大した知識じゃない。というか、こんなことも知らずに店を経営しようとしたお前の方が問題だ。それにこの前の客の時から思っていたんだが……お前、紅茶もまともに淹れられないのか?」
「う……そ、それは……」

 返す言葉もない。
 マイはおずおずとイアンを見上げた。

「……イアン君は紅茶を淹れられる?」
「当然だ」
「じゃ、じゃあ、教えてよ。今、お店を閉めてきたから」
「仕方ないな……いいだろう」
「ありがとう!」

 というわけで、マイとイアンは奥へ向かった。そして、キッチンに並び立つ。

「まず、お前はどんな風に淹れてるんだ?」
「えーっと、お湯を沸かして、ティーポットにこのくらい茶葉を入れて……」
「は!? そ、そんなに入れるのか!?」
「え、うん。だって、たくさん入れた方がおいしくなると思って」
「……適量という言葉を覚えろ」

 イアンは深々とため息をつき、ティーポットをひっくり返して茶葉を茶葉袋へと戻した。

「いいか、まずお湯が沸いたら、ティーポットとティーカップにお湯を注いで温める。温まったらお湯を捨て、それからティーポットに茶葉だ。茶葉の量も一人分につきティースプーン一杯分で十分。茶葉を入れたら人数分のお湯を注いで、すぐフタをして蒸らす。ちなみにこの時にお湯は勢いよく注ぐのがコツだ」
「ふーん……蒸らすのはどのくらい?」
「この茶葉なら三分で十分だろう。蒸らし終えたら、ティーポットの中をティースプーンで軽くひと混ぜして、茶漉しで茶殻をこしながらティーカップへ回し注ぐ。……よし、できた。飲んでみろ」

 差し出されたティーカップを、マイは受け取って覗き込んだ。

(わあ、綺麗……)

 マイが淹れた紅茶とは違って、透き通った褐色色だ。オーレリアが淹れてくれた紅茶とよく似ている。漂う香りもいい匂いだ。

「いただきます」

 そう言って、マイは紅茶に口をつけた。一口飲んだ瞬間、すぐに味が分かった。

「おいしい……!」

 オーレリアが淹れてくれる紅茶に負けず劣らずの味だ。あんなマズイ紅茶に口をつけた後では、なおさらおいしく感じる。
 マイは上目遣いでイアンを見た。

「あのー、イアン君。頼みがあるんだけど……」
「……客にお茶出しをしてくれっていう頼みなら断るぞ」
「そんな殺生な!」
「俺はこの店の従業員じゃない。祓魔騎士だ」
「そこをなんとか! 私が上手く紅茶を淹れられるようになるまででいいから! お願いっ!」

 手と手を合わせて懇願するマイに、イアンは押し黙った後。また、ため息をついた。

「……淹れられるようになったら自分でやれよ」

 その言葉にマイは顔を上げ、ぱあっとその顔を輝かせた。

「ありがとう、イアン君!」
「マズイ紅茶を飲まされる客が気の毒だからな」
「ふふ、イアン君って優しいよね。神学校の入学式の日も、迷子になった私を助けてくれたし、購買部でパンが残り一つって時も私に譲ってくれたし」
「……どっちもお前が泣きついてきたんだろう」

 まあともかく、とイアンは組んでいた腕をほどいた。

「紅茶の淹れ方は分かったな? あとは時間がある時に練習しろ。俺は帰る」
「うん。ありがとね。じゃあ、また明日!」

 マイは笑顔でイアンを見送ったのだった。

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