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第9話 アズライトの忠節2
しおりを挟む(はあ……一人もお客さんが来ない)
マイはカウンターに頬杖をついて、ため息をつく。
聖石店『クロスリー』は、今日も閑古鳥が鳴きまくっていた。イアンが監視役として店に通うようになってから三日経つが、その間に来店した客はたった一人だ。それも目当ての宝石がないということで、利益には繋がらなかった。
「イアン君……このままじゃこのお店、潰れちゃうよお……」
「また泣き言か。俺はお前の母親じゃないんだぞ」
「うう……だって」
オーレリアがいない今、営業中に話を聞いてもらえるのはイアンしかいない。頼りにしたくなるというものだろう。
潰しちゃったらどうしよう、と頭を抱えるマイに、店内の壁に腕組みをして寄りかかっているイアンはやれやれと息をついた。
「そんなに心配しなくても、聖石店が潰れるなんてことはまずない」
「どうして?」
「……お前、もしかして聖石店の仕組みを知らないのか?」
マイは目をぱちくりさせた。
「仕組みって……仕入れた宝石を聖石にして売って利益を得る、でしょ?」
「そうなんだが、聖石店はその仕入れに金がかからないんだよ。宝石は教団から無償で仕入れられる。まあ、その代わりに利益の一部を教団に納めなきゃならないがな」
「ええ!? タダで仕入れられるの!?」
そういえば、とマイはこの店の帳簿の内容を思い出す。オーレリアがつけていた帳簿は売上の欄にはきちんと金額が書かれているのに、仕入れの欄には何故か金額が書かれていなかった。そうか、それは無料で仕入れていたからだったのか。
「随分と気前がいいね。でもそれって教団が損するんじゃないの?」
「いや、教団も採掘された宝石を無料で引き取っているから問題ない」
「え、それじゃあ、採掘師さんがタダ働きになるんじゃ……」
「そんなわけないだろう。採掘師は国家の役人だから、給料は税金から支払われる」
「へえ……そうなんだ。知らなかった。教えてくれてありがとう、イアン君」
のほほんと笑いかけると、何故かイアンはすっとマイから目を逸らし。
「師匠から教わらなかったのか?」
「……うん。制作技術はみっちり叩き込まれたんだけど」
店の経営についてはまったく教えられていない。忘れていたのか、それとも自分の力で身に付けろよということなのか……聖石細工師として以外はたまに抜けているオーレリアのことだから、前者だろうか。
まあ、ともかく店が潰れることはなさそうでよかった。
「でも、お客さんが来ないって寂しいなあ。他の聖石店はもっと繁盛してるのかな?」
「どこもここと変わらないと思うぞ。聖石は一人一つ持っていれば十分だ。となると、新しく聖石を買うのは庶民なら子供が生まれる時くらいだろう。あとは金持ちがコレクションとして買い集めるくらいなんじゃないか」
なるほど、確かに。
マイはイアンの言葉に納得し、
「イアン君は頼りになるなあ。そうだ、一緒にこの店で働かない?」
と、勧誘した。しかし、イアンから返ってきた返答は「アホか」の一言であった。
残念に思いつつ、マイは椅子から立ち上がる。
「そろそろお店閉めるね。ちょっと、表札を変えてくる」
「おう」
そうして店の出入り口へ向かおうとした時だった。店の扉が開き、からん、ころん、と客の来訪を告げる呼び鈴が鳴った。
現れたのは二十歳前後と思われる男女二人組で、女性はふんだんにフリルがあしらわれた優美なワンピースを着ており、男性は黒と白の燕尾服姿だ。おそらく、貴族令嬢とその執事だと思われた。
女性は腕を組んでマイに訊ねた。
「まだ店はやっている?」
「いらっしゃいませ。はい、大丈夫です。こちらのソファーへどうぞ」
「ありがとう。失礼するわ」
女性はマイが促すままにソファーに腰かけたが、男性はその隣に座らなかった。ソファーの背もたれを挟んで女性の斜め後ろに立っている。使用人の身で主人の隣になど座れない、ということだろう。
しかし、店側としては客に立たせたままなのはどうかと思い、
「え、えっと……こちらのソファーに座りますか?」
と、男性に声をかけたところ、男性はぷっと吹き出した。マイは目を瞬かせる。何か可笑しなことを言っただろうか。
「あの……?」
「いえ、すみません。お心遣いはありがたいのですが、使用人の身でお嬢様の向かい側になどもっと座れません。私のことはお気になさらず」
「あ……そ、そうなんですか」
どうやら、頓珍漢な気遣いをしてしまったようだ。
笑われた理由が分かって、マイは恥ずかしさから少し頬を赤らめつつ、「今、紅茶をお持ちします。少々お待ち下さい」と言って一旦奥へ下がった。
そしてキッチンで湯を沸かし、紅茶を淹れる。
(なんかまた色が濃いなあ……茶葉の量、間違ってるのかな)
疑問に思いながらも、客を待たせている。マイは急いで客の下へ紅茶を運んだ。一応、三人分だ。男性の方は飲まないだろうなあと思ったが、出さないわけにもいくまい。
「お待たせしました」
ティーカップを女性の前、それからその隣にもう一つ置く。そして、マイが座る場所のテーブルに最後の一つを置いた。
そうしてマイもソファーに座ろうとしたところで、女性が男性に命じた。
「ブレット。私の隣に座って紅茶をいただきなさい」
「ですが、お嬢様……」
「せっかくあなたの分も紅茶を淹れてくれたのよ? いただかないのは失礼だわ」
「……分かりました。では、失礼します」
ブレットと呼ばれた男性は、渋々といった様子で女性の隣に座り、紅茶に口をつける。同時に女性も紅茶に口をつけ、……どちらも「「うっ」」と声を上げた。
(また、マズかった!?)
マイも紅茶を一口飲んで……すぐさま二人に謝罪した。
「紅茶を上手く淹れられず、すみません」
「……まあ、個性的な味ね」
女性はそう相槌を打ち、隣の男性がティーカップを受け皿に戻すのに対して、彼女はなんとまた紅茶に口をつけようとした。マイは慌てて止めた。
「の、残していいですから! 気を遣わないで下さい!」
「出された紅茶をいただかないわけには……」
「お嬢様。何事も例外というものがあります。彼女も飲まなくてもいいとおっしゃっているのですから、ご無理をなさらず」
「む、無理はしていないわよ。ただ……そうね、私の口には合わなかったわ。ごめんね」
男性に諭されて、ようやく女性はティーカップを受け皿に戻した。
マイはほっと胸を撫で下ろした。無理して飲んで具合が悪くなられては申し訳ない。
(すごく優しい人だなあ……よくあんなマズイ紅茶を飲もうとしてくれたよ)
こんなマズイ紅茶を出すなんて、と怒ってもおかしくないのに。貴族といったら高飛車なイメージがあったが、彼女は違うようだ。
マイは改めて向かい側の女性を見た。彼女の容貌はマイが言うのも失礼だが、取り立てて美しいわけではない。けれど、表情が優しげで雰囲気が柔らかい。
そして、胸元にはいくつもの聖石が散りばめられたネックレスが下げられていた。
(うわあ、すごい……どれも高価な宝石ばっかり。さすが、貴族は違うなあ)
一方の男性はというと、地味ながら整った顔立ちをしている。しかしもちろん、マイが気になるのはそこではなく、視線を向けた先は男性が身に付けているブレスレットだ。
(アズライトだ。紫がかってて綺麗……)
アズライト。和名、藍銅鉱。
多くは緑色のマラカイトという宝石とまだら模様っぽく混合して産出されるが、男性の聖石はアズライト単独で結晶されている。元の世界では眠っている知恵や能力を覚醒させると言われ、『洞察力を高める』なんて石言葉がある宝石だ。
とまあ、宝石チェックはこの辺にしておいて、マイはにこやかに笑った。
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