上 下
3 / 30

第3話 スモーキークォーツの慈愛2

しおりを挟む


「よし、と」

 店の扉に紐で吊り下げられた木製の表札を、『CLOSE』から『OPEN』へと変える。これで聖石店『クロスリー』、開店だ。
 マイは店内に戻り、カウンターの裏にある椅子に腰を下ろした。そして、頬杖をつく。

(はあ……本当に私一人でやっていけるのかな……?)

 まさか、オーレリアがいなくなるとは思っていなかった。てっきり、ずっと一緒にこの店で働けるものとばかり思っていたのに。
 というか、神学校に入学する時に借りた授業料などの返済はどうすればいいのだろう。旅とやらから戻って来た時にまとめて返せばいいのだろうか。

(お師匠様が帰って来る前に潰れてないといいけど、このお店……)

 なにせ、店の経営なんてマイには未知の領域だ。聖石細工師としても駆け出しだし、果たして存続させることができるのかどうか。
 はあ、と盛大なため息をつくマイの耳に、やがて来客を告げる呼び鈴の音が響いた。

「あっ、いらっしゃいませ」

 まさか、初日から客が来るとは思わず、マイは慌てて椅子から立ち上がった。
 客は二十代半ば頃に見える女性と、二十代後半に見える男性の二人だった。女性の方は派手な赤いドレスに身を包んでおり、男性の方はごく一般的な服を着ている。なんだか、ちぐはぐな組み合わせだなあ、という第一印象をマイは抱いた。
 そして。

(あ、この男の人、眷属だ……)

 聖力を持つ――この世界では加護持ちと呼ばれる――マイには、一目で分かった。
 眷属とは、聖石に強い正の思念が宿った場合にそれが具現化した存在である。犬、猫、竜、など様々な姿形を取るが、人型というのは大変珍しい。

(確か眷属って、その聖石からあんまり離れられないんだったよね)

 ゆえに持ち主と眷属は常に行動をともにしなければならない。無理矢理離れようとしても、眷属の方の体が勝手に聖石へと近付いていくものだという。
 まあともかく、いつまでも客を立ちっぱなしにさせておくわけにはいかない。マイはにこっと笑ってソファーを手の平で指し示した。

「お客様、こちらのソファーへどうぞ。今、紅茶を淹れてきます」

 マイは急いで一旦、奥へと下がった。奥には工房と簡易的なキッチンが備え付けられており、今回はキッチンで湯を沸かして紅茶を淹れた。紅茶に関しては、いつもオーレリアが淹れてくれていたのでその手つきはおぼつかない。

(なんか、色が濃いような……ま、まあいいか)

 三人分の紅茶をお盆に乗せて応接間に運び、マイはソファーに座っている彼らの前に「お待たせしました」と紅茶をテーブルに置いた。

「ありがとう」
「ありがとう、お嬢ちゃん」

 彼らは礼を述べてから、ティーカップに口をつける。すると、二人とも「「うっ……」」と顔を歪めて、一口飲んだだけでティーカップを受け皿に戻してしまった。
 マズかったのだろうか。そう思って、彼らの向かい側のソファーに座ったマイも紅茶を一口飲んでみたところ、オーレリアが淹れてくれる紅茶とは程遠い渋い味が口の中に広がって、マイも一口でティーカップを受け皿に戻した。
 これは紅茶を淹れるスキルも磨かねばならないようだ。

「紅茶を上手く淹れられなくてすみません」
「気にしなくていいわ。まあ、他の客のために腕を磨いた方がいいとは思うけど」
「……はい」

 おっしゃる通り。
 マイは改めて女性の顔を見た。美しく整った顔にはばっちりと化粧が施されており、ドレスを着ていることもあって夜の女を思わせる。少々気のきつそうな面立ちだが、マズイ紅茶に文句を言わない辺り優しい人なのだろう。
 そして、その胸元には淡茶色の聖石のペンダントがある。

(スモーキークォーツ、かあ)

 スモーキークォーツ。和名、煙水晶。
 元の世界でも、この世界でも、比較的安価で購入できる宝石である。元の世界では、『最強の魔除け』という石言葉を持ち、古来より悪魔祓いや厄除けのお守りとして使われていたという。
 女性もまた、マイを見つめた。その目は少々疑わしそうだ。

「あなた、まだ幼いけど聖石細工師なのよね?」
「はい。まだ駆け出しの新人ですが……あ、そういえば名乗っていませんでしたね。失礼しました。私はマイ・クロスリーです。お二人の名前も伺ってもよろしいでしょうか」
「私はアルバータ。こっちの男はエイベルよ」
「よろしく~」

 紹介された男性――エイベルはにこりと笑う。マイも「よろしくお願いします」と微笑み返してから、再び女性――アルバータに視線を戻した。

「アルバータ様とエイベル様ですね。エイベル様は眷属のようですから、ご用があるのはアルバータ様ということでしょうか」

 それにはアルバータの目が、感心したものに変わった。

「あら、分かるのね。さすが、加護持ちだわ」
「いえ、大したことでは。それにしても、人間の姿をした眷属をお連れだなんて珍しいですね」
「祖母の形見なのよ。私が生み出したわけではないわ」
「お祖母様の形見、ですか。それもまた珍しいですね。故人の聖石は手放すのが一般的ですから」

 もっとも、彼女の聖石は手放さなくてよかったなあ、と思うけれど。
 そんなマイの心とは正反対に、アルバータは「そうなのよ」と不満げに口を尖らせた。

「そのせいで私に与えられて、生まれた時からエイベルとずっーと一緒。もうね、鬱陶しいのよね。どこに行くにもついてきて」
「何よ~、子供の頃はあんたの方があたしの後ろをとことこついてきていたじゃない。それなのに、大人になったらこの言い草。薄情なものよね」

 エイベルは肩を竦めてみせる。マイは正直、エイベルの話の内容よりその口調に面食らってしまった。オ、オネエだったのか。人型で、さらにオネエの眷属とは珍しいなんてものではない。

「それで……本日はどのようなご用件で当店にいらしたのでしょうか」

 雑談もそこそこに、マイは本題を切り出した。すると、アルバータは「あ、そうだったわね」とこの店を訪れた目的を思い出したようで、どこか怒ったような顔つきでエイベルを見ながら口を開いた。

「リサイクル制度を利用したいの」
「え……」

 思わずマイは固まってしまった。
 リサイクル制度とは、眷属付きの聖石を同等の聖石と交換する制度であり、というか眷属付きの聖石はこの方法でしか手放すことができない。
 オーレリア曰く、普通の売却を許可すると、一般人が眷属という付加価値があるのだから高く引き取れ、という考えになるかもしれないことを危惧して定めた決まりではないかという話だ。要するに神託教団の利益を損なわないために、ということだろう。
 リサイクル制度で引き取られた眷属付きの聖石は、楽園(エデン)送りとなる。そこは同じ眷属が集まる世界で幸せに暮らせる――というのが、一般人に教えられている話だ。
 エイベルも「ええ!?」と考えてもみなかったという顔で驚きの声を上げた。

「ちょっと! あたしを楽園(エデン)送りにする気!?」
「ふん、鬱陶しいあなたが悪いのよ」
「いくらなんでも酷いわ! あたし達、ずっと一緒だったじゃない! これからも一緒にいましょうよ!」
「私はお祖母ちゃんのお古じゃなくて、新しい聖石が欲しいの。いい機会だわ。せいぜいそっちで幸せに暮らすことね」
「アルバータ……」

 しゅんとするエイベルにマイは加勢した。

「素敵な聖石じゃないですか。手放すなんてもったいないです。そうだ、ペンダントではなく、ブレスレットにしてみるというのはどうですか? 気分が変わると思います」
「結構よ。さっき、言ったでしょう。私は新しい聖石が欲しいの。自分だけのね」
「でも……楽園(エデン)送りになったら、もう二度と会えなくなってしまうんですよ? 生まれた時からご一緒だったとのことなのに、寂しくはないんですか?」
「もう顔を見なくて済むなんて清々するわ」
「………」

 アルバータの決意は固そうだ。さっき、怒ったような顔をしていたことから、何かあったのではないかと察せられる。その問題を解決できたら、考え直してくれるだろうか。

「先程からエイベル様のことを何度も鬱陶しいとおっしゃっていますが、具体的にどのように鬱陶しいのでしょうか?」

 マイの踏み込んだ質問に、アルバータは面倒臭そうな顔をした。

「はあ? どうしてそんなことを話さなきゃならないのよ。客がリサイクル制度を利用したいって言っているんだから、さっさと新しい聖石を用意しなさいよ」
「何があったのかは分かりませんが、一時の感情で聖石を手放すのはよくないです。眷属がいるのならなおさら。失ってから大切さに気付いても遅いんです」
「うるさいわね。小娘に説教なんてされたくないわ。――もういい。この聖石を置いていくから、次に来る時までに新しい聖石アクセサリーを用意しておいて。ペンダントでもブレスレットでもなんでもいいから」

 アルバータは苛立った口調で言い、首から下げていたペンダントをテーブルに叩きつけるように置いて、席を立った。ずんずんと店の出入り口へ向かう彼女を、マイはペンダントを持って慌てて追いかける。

「あっ、お待ち下さい、アルバータ様!」
「じゃあ頼んだわよ」

 アルバータは片手をひらひらと揺らして、店を出ていく。その背中からはペンダントを受け取る気がまるで感じられず、マイは店の前に立ち尽くすしかなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もふもふ精霊騎士団のトリマーになりました

深凪雪花
ファンタジー
 トリマーとして働く貧乏伯爵令嬢レジーナは、ある日仕事をクビになる。意気消沈して帰宅すると、しかし精霊騎士である兄のクリフから精霊騎士団の専属トリマーにならないかという誘いの手紙が届いていて、引き受けることに。  レジーナが配属されたのは、八つある隊のうちの八虹隊という五人が所属する隊。しかし、八虹隊というのは実はまだ精霊と契約を結べずにいる、いわゆる落ちこぼれ精霊騎士が集められた隊で……?  個性豊かな仲間に囲まれながら送る日常のお話。

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

処理中です...