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本編

第14話 急展開5

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 離宮まで、ジェイラスは送り届けてくれた。
 荒れ放題の敷地内で、今、俺たちは向かい合っている。

「ノア。君の冤罪は晴れた。白薔薇宮へ戻るといい。では、俺は政務があるから」

 それだけ言って、きた道を引き返そうとするジェイラス。今夜も会いに行くよ、とは言わないんだな。ヴィクターから暴露された真実によほど衝撃を受けているんだろう。

「……ジェイラス陛下。お待ち下さい」

 ジェイラスは不思議そうな顔をして俺を振り向いた。

「ん? どうかしたか」
「正婿争いの件でお話があります」

 ――正婿争いの件。
 その言葉にジェイラスの表情はぱっと明るくなった。

「もしや、俺の正婿になってくれるのか」
「いいえ。私は正婿にはなりません。ですからどうか、――エマニュエル殿下を正婿にお選び下さい」

 ざあああっと夏の生温かい風が、俺たちの間を吹き抜けた。その熱風は、俺やジェイラスの髪と衣服を揺らす。
 俺は真っ直ぐ、息を呑むジェイラスを見上げた。

「私は平民出身です。正婿の座にはふさわしくありません。その点、エマニュエル殿下も平民出身ではありますが、それはごく一部しか知らない。おおやけに隠し通せば、正婿として十分認められる人物でしょう」
「……俺は君のことが」
「エマニュエル殿下でしたら、きっとジェイラス陛下が望むような結婚生活を送ることができます。エマニュエル殿下でしたら、ジェイラス陛下のことを愛してくれるでしょう」

 そうだ。レスター殿下には想い人がいて、俺もジェイラスのことなんて好きじゃない。となれば、エマニュエル殿下だけがジェイラスのことを愛せる可能性があるんだ。
 両親から愛されずに育ったという、ジェイラス。だから愛のない結婚には反対で、そして……多分、心の奥底では愛されることを渇望している人だ。
 俺は自分が男に抱かれたくないから、とか。
 平民出身で身分的に正婿にふさわしくないから、とか。
 そんな思いを取っ払って考えても、俺は……正婿にはなれないよ。なるべきじゃない。愛に飢えているはずのジェイラスには、愛してくれる相手が必要だと思うから。
 だから、エマニュエル殿下を正婿に選んで、どうか幸せになってくれ。

「もう、私の下へはこないで下さい。これからはエマニュエル殿下を愛して下さい。そうしたらきっと、ジェイラス陛下にとってよき未来が待っているでしょう」
「い、やだ……俺が愛しているのは君なんだ。君を正婿に選ぶ」

 ジェイラスは子供のように駄々をこねる。俺はそっと息をつき、そして。

「……あー、もう。お前は本当に人を見る目がないな」

 がりがりと後頭部を掻きながら、俺はもう演技をやめる。不敬罪覚悟で暴露する。

「俺はな、お前のことなんて好きじゃないんだ。これから好きになることもない。だからいい加減に諦めろ。俺を正婿の座につけたって、お前は父王と同じ末路を辿るだけだ」

 突然、粗暴な口調になった俺に、ジェイラスは目を白黒させていた。まぁ、そうなるよな。わがまま側婿を演じていたとはいえ、礼節は尽くしてきたことだし。

「ノ、ノア?」
「これまでお前に見せてきた姿は、ぜーんぶ演技だ。俺はな、最初から正婿になる気なんてさらさらなかったんだ。とっとと後宮から解放されて、第二の人生を謳歌したいんだよ」
「演技、だった……?」

 茫然と立ち尽くす、ジェイラス。
 本心をぶちまけた俺は、口調だけ戻して話を引き結んだ。

「報われぬ恋をいつまでもしていても、ジェイラス陛下は幸せになれません。もう一度申し上げます。もう私の下へはこないで下さい。これからはエマニュエル殿下を愛して下さい。私から助言できるのはそれだけです。では」

 俺は颯爽と身を翻した。離宮の中に戻ろうと、ジェイラスに背を向ける。

「ノ……」
「――ノア様。まだここにいらしましたか」

 どこからか、割り込んできた穏やかな声。俺は足を止め、声の主を見た。すると、そこに立っていたのは――。

「トバイアス、様……?」

 ジェイラスの生誕祭で俺にダンスを申し込んでくれた青年、だ。
 でも、どうしてここに。いくら貴族令息だからといって、国王の後宮に入ってくるなんてありえないことだ。
 ジェイラスも、険しい顔をした。

「おい。俺の後宮に許可なく入るな。誰だ、お前は」
「僕は陛下の異父弟ですよ」
「は……?」

 何を言っているんだ、という顔をするジェイラスだったけど、俺はその言葉を聞いてトバイアスが誰なのかを察した。
 トバイアス。そうか。お前が……あいつだったのか。

「俺にはエミリー……異父妹しか弟妹はいない」
「それがいたんですよ。王位争いの火種になると判断されて、生まれてすぐ貴族へ養子に出された同い年の異父弟がね。それが僕のことです」

 本来のBL小説でヴィクター神官長に担がれて王位を狙うはずだった王弟。まさか、すでに接触していたとは思わなかった。

「……仮にそれが事実だとして。俺の後宮になんの用だ」
「エマニュエル殿下を毒殺させようとした罪人ノア様を、僕の婿としてもらい受けに参りました」

 俺は目を点にした。は? 俺を婿としてもらい受ける?
 ジェイラスは眉根を寄せる。

「ノアの濡れ衣はもう晴れた。黒幕はヴィクターだった。ノアを罪人扱いするな」
「ええ、そのようですね。ですが、ヴィクターさんは己の罪から逃れようと、昨日付でノア様を犯人だと独断で処理し、ジェイラス陛下の側婿にはふさわしくないため、僕に降婿させるという手続きをとりました。そういうわけですので、もうノア様の夫は僕です。ですから、ノア様をお迎えに上がりました」

 それには俺もジェイラスも目を見開いた。――ヴィクターの野郎、置き土産をしたってこのことかよ!?
 エマニュエル殿下を毒殺し、その罪を『ノア・アルバーン』にかぶせて処刑する。そういう筋書きだろうと俺は思っていたけど、とんだ見当違いだった。
 エマニュエル殿下が毒殺未遂で済んだのは運がよかったからじゃなく、罪をかぶせられる側に俺が選ばれたのもたまたまじゃない。すべては俺を王弟に降婿させるための筋書き、前正婿殿下との仲を引き裂かれた苦しみをジェイラスに味わせるためだったんだ。
 俺は反射的にジェイラスを振り向こうとして、……だけど、振り向かなかった。
 今この瞬間、俺の正婿ルートは完全に潰えたと、理解したから。

「さぁ、行きましょう。ノア様」
「……はい」

 差し出されたトバイアスの手を、俺はそっと取る。

「ノア!」

 俺を呼び止めるジェイラスに背を向けたまま、俺は呟いた。

「さようなら」

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