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本編

第7話 ジェイラスの生誕祭2

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 それからは、ジェイラスの異父妹エミリー様とも一曲踊った。
 ビュッフェコーナーからドリンクを持ってきて、飲んでいたところに話しかけられたんだ。異父兄がお世話になっています、いえいえこちらこそ、お世話になっています、なーんて定形文のやりとりをしたのち、俺からダンスに誘った。
 といっても、別にエミリー様と踊りたかったわけじゃない。社交辞令というか、紳士としてあるべき振る舞いをしただけだ。まぁ、あんな美人を相手にダンスを踊れたことには、悪い気はしないけど。
 ともかく、その後またビュッフェコーナーからドリンクを持ってきて、乾いた喉を潤し、ほっと息をついていた時のことだ。

「ノア殿下。楽しんでいますか」

 にこやかに声をかけてきたのはアイヴァン殿下だった。

「はい。アイヴァン殿下も満喫されているようで」

 アイヴァン殿下はずっとダンスを踊りっぱなしだからな。リア充とはアイヴァン殿下たちのような人のことを言うんだろう。

「もうダンスのお相手はしなくてもよろしいのですか」
「しばらく休憩します。それでノア殿下とお話したいなと思いまして。よろしければ、少しテラスに出ません? 星空が綺麗そうですよ」

 今の季節は初夏。空はからりと晴れていて、星見するのに悪くはない季節。
 うーん、そうだな。星を眺めるのもいいかも。どうせ、俺にはもうダンスのお誘いなんてこないだろうし。何よりアイヴァン殿下とは、純粋に仲良くなりたい。
 俺は笑って了承した。

「いいですよ。では、テラスに行きましょうか」

 中央の踊り場からはやや離れた場所に、テラスはある。木製の扉を開き、俺たちはテラスに出た。お、本当に星空が綺麗だ。

「アイヴァン殿下がおっしゃった通り、星が綺麗ですね」
「そうですね。生誕祭にふさわしい夜空です」

 俺たちは並び立って、まるで宝石箱のような星空を見上げる。前世の世界に比べたら、星の輝きがしっかりと見えて美しい。
 不便な世界だけど、こういう自然の風景はいいよな。
 しばらく星空を眺めていると、隣に立つアイヴァン殿下がふと呟いた。

「それにしても、すごいですね。ノア殿下は」

 ん? すごいって、何がだ。
 つい視線をアイヴァン殿下に向けると。

「よくそんな不細工な容姿で、ジェイラス陛下の寵愛を得られたものだ」

 ――ん!?
 ぶ、不細工? 俺の容姿が?
 平凡な容姿だっていう自覚はあるとはいえ、不細工とまでは言われたことがないんだけど……容姿がいい人から見たら、不細工のくくりに入れられるのか?
 面食らう俺に対し、アイヴァン殿下はこれまでのピュアな笑顔とは正反対のどす黒い笑みを浮かべて、なおも続ける。

「どうやって寵愛を得たんです。もしかして、その汚い股でも開いて落としましたか」
「き、汚い股、って……」

 いやいや、そんなことするわけないだろ! 俺はジェイラスに抱かれたくないからこそ、必死に正婿ルートから外れようと頑張っているのに!
 っていうかこいつ、本当にアイヴァン殿下なのか? 今までの無邪気そうなキャラはどこにいったんだよ。天然ものじゃなくて、養殖ものだったってこと?
 なんにせよ……こんな失礼な物言いをされて黙っていられるか!
 俺はにこっと笑みを作った。

「あはは、怖い、怖い。せっかくの可愛らしいお顔が台無しですよ。性格が顔に出るとは本当のようですね。今のアイヴァン殿下のお顔、すっごく醜いですよ。ジェイラス陛下が見たら、どんな顔をするんでしょうねぇ」

 まっ、あいつは今挨拶回りをしているから、テラスに顔を出すわけがないけど。

「そんな腐った性格だから、ジェイラス陛下に……」

 バシャッ!
 言い終わる前に冷たい液体が顔面に飛んできた。アイヴァン殿下……いや、アイヴァンがドリンクをぶっかけてきたのだと、一拍置いて気付いた。
 顔面を濡らした俺を見て、アイヴァンは挑発するように笑う。

「ふっ、あはは! これが魔法の薬だったら、その不細工な顔面が美しく変わったかもしれないのに残念ですね、ノア殿下」

 俺は頬肉をひくひくと引き攣らせた。こ、この野郎……!
 俺もやり返したかったけど、生憎ドリンクを飲み干してしまっていてできない。せめてもの抵抗で睨みつけたけど、こんな相手じゃ効果なんてないだろうな。
 っていうか、お前は悪役令息ならぬ悪役側婿か!

「生意気なんだよ。不細工で、それも平民出身の分際で。目障りだから消え……」
「――おい。何をしている」

 聞き慣れた声が響いて、俺もアイヴァンもはっとしてテラスの出入り口を見た。するとそこには、――険しい顔をしたジェイラスが立っているじゃないか。
 え、挨拶回りをしていたんじゃなかったのかよ。いや、っていうか、この状況……やばくないか? な、なんか嫌な予感が――。

「何をしていると聞いている、アイヴァン」

 地を這うような低い声で問いただされたアイヴァンは、顔面蒼白だ。こいつの計算じゃ、まさかジェイラスに目撃されるとは思わなかったんだろう。それは俺も同じだけども。

「あ、え、えっと……」
「答えろ。今、ノアに何をした。虚偽を申すのは不敬とみなすぞ」

 厳しい声で言われて、アイヴァンはさっきまでの勢いなんてどこかに消え、声を震わせながら白状した。

「……そ、その、ドリンクをノア殿下のお顔に……ぶちまけまし、た」
「何故そのようなことをした」
「ジェ、ジェイラス陛下のご寵愛を受けていることに嫉妬してしまって……」
「そうか」

 ジェイラスはしばし沈黙したのち、冷たい目をアイヴァンに向けた。

「アイヴァン・オールポート。後宮の秩序を乱した罪で、後宮追放処分と科す。今週中に荷物をまとめて黄薔薇宮を出ていけ」

 げげっ!? マジ!?
 こいつには代わりに正婿になってもらう予定だったのに! 身代わりになってくれたら、ドリンクをぶっかけられたことだって水に流したのに!
 嫌がらせするならバレないようにしてこいよ、このマヌケ! 貴重な正婿候補者だったのに勝手に自爆するんじゃねぇええええ!
 心中で悪態をつきまくる俺とは裏腹に、アイヴァンは茫然と立ち尽くしていた。後宮追放処分ということは、つまり正婿争いから外されたことを意味する。実家の期待を背負い、猫を被って、必死に正婿の座を掴もうとしていただろうに……ご愁傷様です。

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