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本編

第3話 正婿ルートに突入しました!?1

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「ほう、他の婿たちとお茶会をしたのか」

 その日の夜。白薔薇宮へ、ジェイラスが顔を出した。
 後宮入りしてから顔を合わせるのは、二度目だ。この間の返答に呆れてもう二度と顔を出さなきゃいいのに、って思っていたから、ちょっと残念。
 内心がっかりしながらも、今、自室の寝台に隣り合って端座位しているところだ。

「他の婿たちとは仲良くやれそうか?」
「はい。みなさん、気さくで優しい方々でしたから」

 そう前置きした上で、

「特にアイヴァン殿下は、無邪気で可愛らしい方でしたね。あの方なら社交がお得意だろうな、と思いました」

 俺は早速アイヴァン殿下のことを持ち上げる。といっても、別に嘘をついているわけじゃない。無邪気で可愛らしいと感じたのは本当だし、社交が得意そうだというのも俺だけが思っていることじゃないだろう。

「アイヴァンか。確かにアイヴァンは元気で明るい子だな」
「はい。それに私が後宮生活に慣れたかどうかをお気遣い下さって……そうそう、黄薔薇宮に遊びにきて下さい、とも言って下さったんですよ。お優しい方です」
「そうなのか。婿同士、仲良くしてもらえると俺もありがたい。父の代の後宮は……雰囲気が最悪だったからな」

 俺は目をぱちくりとさせた。

「そう、なのですか?」
「ああ。俺には異父妹がいるが、そのせいでろくに仲良くできずに育った。だから、仲睦まじい兄妹というのは羨ましい」

 へぇ、そうなのか。BL小説内では書かれていなかった情報だ。異父妹とは仲がよく描かれていたから、てっきり子供の頃からの関係だと思っていた。
 ちなみに異父妹というのは、エミリー・ユーラントという元第一王女のことだ。今は王妹という立場だな。この世界観では王侯貴族の伴侶には男のオメガが選ばれるから、家督を継ぐ長男以外に嫁ぐことになるだろう。
 それにしても、兄妹かぁ。前世の俺には姉がいたけど、パシリ扱いだったな。おまけに、自分の趣味……BL小説の感想交換に付き合え、って散々BL小説を読まされる始末。
 この世界のBL小説を知っているのも、そのためだ。まぁ、その点だけは読まされていてよかったとは思うけど。姉ちゃん、一応ありがとう。

「ノアはどうだった」
「え?」
「異父兄がいるだろう。アルバーン公爵家に」

 あ、そっちか。って、そうだよな。今の俺は『ノア・アルバーン』なんだから。
 うーん……どう答えるべきか。健気な『ノア・アルバーン』だったら、本当の話は口にしない、かな?
 そう思い、俺は身内話を暴露した。

「兄弟仲は最悪でした」
「……それは君が愛人の子ということが関係しているのか」
「そうですね。私は、アルバーン公爵からも、アルバーン公爵夫人からも、冷遇されていましたから、異父兄も右にならえ、といった感じでした。あの広い屋敷で、わざわざ屋根裏部屋に追いやられていましたし」

 後宮から解放されても、絶対に帰らないね。あんな家。
 アルバーン公爵夫人が『ノア・アルバーン』に冷たくするのはまだ理解できるよ。夫に愛人がいて子供を作られていたんじゃ、自分の立場がないし単純に嫌だろう。
 でも、アルバーン公爵が冷遇する理由はさっぱり分からん。自分の息子だろ。愛するのが当たり前じゃないのか。……って考える俺は、両親からの愛に恵まれていたんだろうな。それってすごくありがたいことだったんだと、転生して分かったよ。

「そうか。つらい思いをしていたんだな」

 同情に満ちた目を向けられて、俺ははっとした。――やばっ、自ら幸薄い境遇を暴露してどうするんだよ、俺!
 ジェイラスが『ノア・アルバーン』に惹かれたのは、幸薄い境遇ながらも健気で芯の強いところ、だったはず。ということはそうか、弱々しいところを見せればいいのか?

「……はい。つらかったです」

 俺はわざとらしいくらいに俯き、力無く呟いた。

「ですから、私は……愛のない結婚が嫌なのです。唯一無二の伴侶には愛されたい」

 よし、これならどうだ。前回の返答にも繋がったし、全然、健気でも芯が強いわけでもないだろ。溺愛フラグを叩き折れたはずだ。
 ……はずだった、のに。
 そっと、大きな手に肩を抱き寄せられた。

「それなら、俺が君を愛すよ」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
 へ? 『俺が君を愛す』? 何を言っているんだ、お前。
 思わず顔を上げてジェイラスを見ると、その端正な顔が迫ってきて、思考停止した俺は体を硬直させた。
 むにゅ、と口にジェイラスの生温かい唇が押し当てられる。初めてのキスはなんとかの味、なんてよく聞くが、無味無臭だ。
 ――って、おい!? お前、なんで俺にキスしてるんだよ!?
 ビックリして固まったままの俺から、ジェイラスはようやく口を離した。真摯な空色の瞳と目が合う。

「俺も愛のない結婚には反対なんだ。一人の相手だけを愛したいとも思っている。大切にするから、俺の正婿になってくれないか」
「え……」

 えぇええええええ!?
 な、なんで!? なんで、いきなり正婿ルートに突入しちゃってんの!? 俺、こいつに惚れられるような何かをしたか!?

「ジェ、ジェイラス陛下。お待ち下さい。その、お気持ちは嬉しいのですが、ジェイラス陛下の一存だけで決められることではないでしょう」

 そうだよ。王制とはいえ、国王の正婿を独断で決めちゃダメだろう。臣下の声を無視して強引に推し進めたら、それは独裁者になる。

「冷静にお考え下さい。正婿にはもっとふさわしい方がいるはずです」

 アイヴァン殿下とか。
 アイヴァン殿下とか。
 アイヴァン殿下とか。
 念を送ってみたけど、ジェイラスはきっぱりと言った。

「君以上に俺の正婿にふさわしい人はいない」
「こ、光栄なお言葉ですが、何を根拠にそのような……」
「先日の質問で、君は正婿争いの慣習を『不誠実極まりない』と答えた。君だけだ、そう答えたのは。その答えには俺も同感なんだ。俺もその慣習に従ってしまったわけだが、後悔している。だからせめて、正婿以外の婿は後宮から解放しようと思っているんだ」

 後宮から解放されるその側婿側に、俺もなりたいんですが!?
 正婿ルートは勘弁して! マジで!
 同性愛に偏見があるわけじゃないけど、ノンケの俺としては男に抱かれるなんて、嫌すぎる――っっ!
 なんなんだよ、この状況! BL小説の歴史修正力でも働いているのか!?

「わ、私は……」
「俺の正婿になるのは嫌か」

 はい。嫌です。
 ……なーんて、口が裂けても言えない。顰蹙を買って処刑されたら嫌じゃん。だから、他に何か理由を考えなきゃ。考えろ、俺。
 必死に頭を回した俺が、思いついた返答は。

「そういうわけではありません。ただ、私は……私が正婿になることで、アルバーン公爵家を繁栄させたくないのです」

 俺はぐっと拳を握り、怒りの表情を作った。

「先ほどお話しましたが、私はアルバーン公爵家では冷遇されて育ちました。特にアルバーン公爵のことは血が繋がっているだけに、冷たい仕打ちが許せません。ですから、実父が得をするような道を私は選びたくないのです」

 ど、どうだ。性格悪いだろ? 健気とは正反対だろ? お前が惚れるはずの『ノア・アルバーン』とはかけ離れているだろ!?
 頼むから、正婿ルートから外れてくれ!
 そんな俺の切なる願いは、天に通じなかったようだ。ジェイラスは少し考え込んだのち、不可思議なことを口にした。

「その件は君が正婿になってから考えようと思っていたが、君がそう言うのならすぐに対処しよう」

 へ? 対処?
 対処って……何をするんだ?

「明日、ここを発ってアルバーン公爵家へ向かおう。君もついてきてくれ」
「え、あ、はい……」

 戸惑いながらも、頷くしかない俺。
 その日はそれで話を終えて、ジェイラスは立ち去っていった。

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