上 下
17 / 25

第17話 イルゲントの蝗害1

しおりを挟む


「うーん……どれにするか、迷いますねえ」

 王都、宝石店にて。
 クラリスはサイードとともに、夫婦ペンダントにする宝石を選んでいるところだった。というのも、サイードが成人するまでもうすぐ一年を切るからだ。
 ちなみにヒデナイト地方の管理はエラムに任せて、久しぶりに王都までやってきた。王都の街並みはやはり発展しているなあ、と思う。
 ともかく、トレーに並べられた宝石を眺めていたクラリスは、ふと見知った宝石を見つけて目を止めた。

「あ、これ……」
「ん? ダイヤモンドだな。ほう、見る目があるな」

 感心したように言うサイードにクラリスは目を瞬かせた。見る目があるというか、レイナの記憶で知っている宝石なだけなのだが。

「えーと、お高いんですか?」
「まあ、そうだな。だが、俺が見る目があると言ったのはそういう意味じゃない。ダイヤモンドにはな、永遠の絆、永久不変、などの石言葉があるんだ。これほど夫婦ペンダントに相応しい宝石はないだろう」
「あ、なるほど」

 そういう意味だったのか。
 とはいえ、高いと言われるとこれを選んでもいいか躊躇う。王族の結婚品なのだから本来は国から経費が落ちるそうなのだが、サイードが「それでは俺が贈ったという気にならん」ということでサイード個人のポケットマネーから支払うことになっているのだ。
 第一王子なのだからお金なんてたくさんあるだろうと思うかもしれない。けれど、真面目なサイードは必要経費以外に税金をもらったことはなく、ポケットマネーというのはヒデナイト地方領主として働いた給料のことを指す。
 地方領主と言えども二年勤めただけそんなにお金が溜まったとは思えない。もっと安い宝石を選ぼうと思って他の宝石に目を移した、が。

「よし。ダイヤモンドにしよう」
「え?」
「このくらいの大きさなら俺でも買える。死ぬまで身に付ける宝石だ。縁起のいい石言葉の宝石を選びたいじゃないか」
「……サイード殿下がそうおっしゃられるのなら、いいですけど」

 宝石選びはあっさりとダイヤモンドに決まった。ペンダントに加工してもらうように頼み、会計をし、クラリスとサイードは宝石店を後にした。ちなみにもちろん、護衛の騎士も二人同行している。

「さて、宝石が決まったところで他に見て回りたいところはあるか? まだ君は王都の街を散策したことがないだろう」

 言いながら、サイードはさりげなくクラリスの手を握る。
 以前、もっと愛情表現を伝えるようにすると言ってくれた通り、サイードはよくスキンシップをとるようになった。言葉では上手く言えないので行動で、ということらしい。
 クラリスも同じく行動で返そうということで、その手を握り返した。

「そうですねえ。一通り見て回りたいですけど……その前にジャミル陛下の下へ顔を出した方がいいのでは? もう二年近くお会いしていないでしょう。サイード殿下のことを心配していますよ、きっと」

 ここ二年で成長期を迎え、ぐっと大人びたサイードを見たら驚きそうだ。愛情深そうなタナル国王のことだから、息子がこんなに立派になって、と感極まるかもしれない。
 クラリスの言葉に、サイードは「それもそうだな」と納得して、

「では、久しぶりに父上の下に行くか」

 と、王宮へ向かうことになった。徒歩で三十分ほどかけて王宮に着き、門番に道を通してもらって王の間へと足を向ける。
 謁見中ではなかったため、タナル国王とはすぐに面会できた。サイードが先頭を歩き、その後ろにクラリスや騎士たちが続く。

「父上。サイードです」

 サイードがそう名乗ると、玉座に座っているタナル国王は大層驚いた顔をした。すっかり大人の男性に成長しつつある息子の姿に、予想通り戸惑っているようだ。

「サ、サイード? 本当に?」
「クラリスや睡蓮騎士団の騎士を連れているでしょう。今日は夫婦ペンダントの宝石を選びにきたのですが、父上にも顔を出しておこうと思いまして」
「そうだったのか! いやあ、大きくなったなあ! 立派になって!」

 タナル国王の表情は、戸惑ったものから嬉しげなものに変わる。我が子の成長した姿を見るのは、親としては嬉しく喜ばしいことなのかもしれない、と親とは縁遠いクラリスは冷静に思った。

「国土開拓の件は改めてご苦労だった。ヒデナイト地方もよく管理してくれている。とはいえ、何か困ったことはないか?」
「いえ、今のところ大丈夫です。村づくりは順調に進んでいますよ。そういう父上こそ、私が不在でお困りのことはありませんか?」
「私にはヨーゼフもいる。心配するな。……と、言いたいところなのだが」

 タナル国王は眉をハの字にして、一旦そこで話を区切った。困ったような顔をしていることから、何か問題が起こっているのだと察せられた。

「サイード。隣国のイルゲントのことは知っているな?」
「はい。もちろん。イルゲントがどうかされましたか」
「それがな――」

 続く言葉に、クラリスもサイードも顔色を変えた。




(まさか、そんなことになっているなんて……)

 タナル国王と謁見した翌日。
 ラクダに揺られながら、クラリスはサイードたちとイルゲントへと発っていた。王都からイルゲントの地までは比較的近いので、半月もあれば着くだろう。
 ――イルゲントで蝗害が起こっている。
 タナル国王からそう話を聞いた時、クラリスもサイードも事の重大さを理解した。蝗害というのは、バッタの大量発生により起こる災害のことであり、増殖したバッタは草木を食い荒らすだけでなく、食料を求めて移動しながら作物を食べ尽くしてしまう。
 つまりはイルゲントでバッタを止められなければタナル国内にも侵入してきて、タナルもまた深刻な作物不足に陥るということ。餓死する国民が出てきかねない。
 もちろん、クラリスの大聖女としての能力で草木を生やしたり、作物をチート栽培したりできるのだから、バッタの群れに食い荒らされてもなんとかできるとは思うが、事前に食い止められるのであればそれに越したことはない。
 というわけで、クラリスはサイードたちとともにイルゲントへ向かっているのだ。
 一般的に蝗害を収める有効的な手段はまだ見つかっていないとされている。それはレイナの記憶でもそうだったのだが……一晩考えた末、あることを思い出したのだ。

『イルゲント全土に豪雨を降らせる?』
『はい。大聖女の記憶から、長雨によって蝗害が終息したという記録があることを思い出しました。試してみる価値はあると思います』

 クラリスの言葉を聞いたサイードは、気遣わしげな顔をした。

『それは……君の体に負担はかからないのか?』

 イルゲントも小国とはいえ、国中に雨を降らせる。それも半年間。そんなクラリスの計画を聞いて、心優しいサイードが心配しないわけはなかった。
 クラリスとて、こんな大がかりな天魔法を駆使するのは初めてだ。不安がないと言ったら嘘になる。けれど、できることがあるのにやらないなんて、以前までのクラリスから変わっていないじゃないか。
 タナルの国民を救いたい、なんて大層立派な動機があるわけではない。クラリスはただヒデナイト地方に住む身近な村人たちを守りたい、自分の人生を後悔のないように胸を張って生きたい、そして――。
 クラリスはぎゅっと胸元にある婚約ペンダントを握った。

『それなら俺が、君を愛そう。守ろう。俺が君の心の拠り所になる』

 そう言ってくれた、サイードのために。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無才印の大聖女 〜聖印が歪だからと無能判定されたけど、実は規格外の実力者〜

Josse.T
ファンタジー
子爵令嬢のイナビル=ラピアクタは聖印判定の儀式にて、回復魔法が全く使えるようにならない「無才印」持ちと判定されてしまう。 しかし実はその「無才印」こそ、伝説の大聖女の生まれ変わりの証であった。 彼女は普通(前世基準)に聖女の力を振るっている内に周囲の度肝を抜いていき、果てはこの世界の常識までも覆し——

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜

蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。 レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい…… 精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。 ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!

まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。 そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。 その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する! 底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる! 第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。

処理中です...