44 / 54
第四十四話 いつか、その日がきたら3
しおりを挟むその日の夜のことだ。
寮のラウンジに水を飲みに行くと、ミラーシュとオルヴァが並んで座っているところに遭遇した。他に誰もいないから、お邪魔かなと思った俺はつい足を止める。
もしかしたら、他の生徒たちも同じように気を遣って、二人きりにしているのかもしれなかった。
「あ、あの、オルヴァさん。……キスしてほしい」
ミラーシュのとんでも発言が聞こえてきて、俺は耳を疑った。せ、積極的すぎる。双子で、なんでこんなにキャラが違うんだ。
でも、待て。オルヴァは大人で、ミラーシュはまだ子どもだ。オルヴァは安易に手を出すような奴とは思えない。
っていうか、なんで結ばれて早々にキス……と思ったけど。はっとした。そうか、フリスの奴にファーストキスを奪われたことを気にしているんだ。だから、オルヴァに上書きしてほしいっていうことなんだと思われた。
うーん、ミラーシュの気持ちはもっともなものだろうけど、オルヴァはどうするのかな。
その場に立って会話の行方を見守っていると、オルヴァが無言でミラーシュの右手を手に取った。手の甲にそっとキスをする。そしてそれを――ミラーシュの唇に押し当てた。
「これで我慢して下さい。今はまだ」
お、おお……なかなかキザなことを。
ミラーシュは頬を赤く染め、「う、うん」と素直に頷く。なんだか、見てはいけないものを見てしまった感じ。
っていうか、喉が渇いているんだけど、近付きにくいなぁ。
「セラフィル様。水を飲みたいのなら、気にせずどうぞ」
……バレていたのか。
見られているって分かっているのに、よくあんな真似ができたな。ドライすぎるだろ。
さらりと言うオルヴァに対し、ミラーシュは全く気付いていなかったみたいだ。驚いた顔で俺を振り向いた。
「兄上。いたの?」
「う、うん。喉が渇いて。ごめんな、飲んだらすぐ離れるから」
いそいそとコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。喉が潤ったところで宣言通り、さっさとその場から退散した。
といいつつ、ちらっと二人を振り返ると――ミラーシュがオルヴァの肩に寄りかかっている姿が遠目に見えた。
ここからミラーシュの表情は見えないけど。でもきっと、幸せそうな笑顔を浮かべているんだろうと思う。
■□■
「セラフィル様。騎士様がいらっしゃいましたよ」
日記帳を読んでいた俺の耳へ、扉越しに宮女の声が届く。一旦、日記帳を閉じて、俺は席を立った。
「今、行きます」
自室から廊下に出て、さらに宮殿の外に出る。
宮女の立ち会いの下、俺は後宮を訪れた騎士――オルヴァと面会した。
「久しぶりだな。っていうか、よく後宮に入れたな。第七師団、副騎士団長殿」
「私的立場を利用すれば、できなくはありません」
相変わらず素っ気ない顔で、淡々と返すオルヴァだ。……私的立場、か。
「何か用か?」
「はい。こちら、ミラーシュから預かって参りました」
オルヴァが懐から取り出したのは一通の手紙。ミラーシュからの手紙ってことだろう。受け取って裏面を確認すると、ちゃんと『ミラーシュ』と書かれてある。
「ありがとう。わざわざ届けにきてくれて」
「いえ。用件はこれだけですので、失礼いたします」
久しぶりに会ったのにそれだけかい。変わらないよなぁ、こいつ。
……いや、そんなことない、か。わざわざ、俺の顔を見にきたのはきっと――ミラーシュに俺の様子を報告するためだろうから。
颯爽と身を翻して立ち去ろうとするオルヴァの背中に、俺は声をかけた。
「ミラーシュは元気にしているのか?」
オルヴァは足を止めた。が、こちらを振り向くことなく事務的に答える。
「今日は記念日だからご馳走を作ると言って、朝から楽しそうに笑っていましたよ。……では」
今度こそ、オルヴァは足早に去っていった。
俺も奴のことを最後まで見送ることなく、宮殿に戻る。ミラーシュからの手紙を早く読みたくて、ちょっと行儀が悪いけど、歩きながら手紙を読んだ。
丸っこい可愛らしい字で書かれている便箋。色々と近況が書かれてあって、最後の一文はこう引き結ばれていた。
『今日はオルヴァさんとの結婚記念日なんだよ~。夜が楽しみ!』
……オルヴァとお祝いすることが楽しみなのか。あるいは、性生活が楽しみだと赤裸々にいっているのか。ミラーシュのことだから、後者でも十分ありえるな。でも、お兄ちゃんはそんな話は聞きたくない。
俺は便箋を丁寧に折りたたみ直し、封筒に戻した。
窓から見える果てのない青空を見やる。きっとその下にいる可愛い弟に思いを馳せた。
隣国の王太子婿になるはずだった『主人公』は、なぜか王立騎士の伴侶となったけど――でも、なんだかんだ溺愛されながら、幸せに暮らしているようだ。
577
お気に入りに追加
1,891
あなたにおすすめの小説
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。
柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。
そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。
すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。
「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」
そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。
魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
嫌われ変異番の俺が幸せになるまで
深凪雪花
BL
候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。
即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。
しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……?
※★は性描写ありです。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる