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第四十四話 いつか、その日がきたら3

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 その日の夜のことだ。
 寮のラウンジに水を飲みに行くと、ミラーシュとオルヴァが並んで座っているところに遭遇した。他に誰もいないから、お邪魔かなと思った俺はつい足を止める。
 もしかしたら、他の生徒たちも同じように気を遣って、二人きりにしているのかもしれなかった。

「あ、あの、オルヴァさん。……キスしてほしい」

 ミラーシュのとんでも発言が聞こえてきて、俺は耳を疑った。せ、積極的すぎる。双子で、なんでこんなにキャラが違うんだ。
 でも、待て。オルヴァは大人で、ミラーシュはまだ子どもだ。オルヴァは安易に手を出すような奴とは思えない。
 っていうか、なんで結ばれて早々にキス……と思ったけど。はっとした。そうか、フリスの奴にファーストキスを奪われたことを気にしているんだ。だから、オルヴァに上書きしてほしいっていうことなんだと思われた。
 うーん、ミラーシュの気持ちはもっともなものだろうけど、オルヴァはどうするのかな。
 その場に立って会話の行方を見守っていると、オルヴァが無言でミラーシュの右手を手に取った。手の甲にそっとキスをする。そしてそれを――ミラーシュの唇に押し当てた。

「これで我慢して下さい。今はまだ」

 お、おお……なかなかキザなことを。
 ミラーシュは頬を赤く染め、「う、うん」と素直に頷く。なんだか、見てはいけないものを見てしまった感じ。
 っていうか、喉が渇いているんだけど、近付きにくいなぁ。

「セラフィル様。水を飲みたいのなら、気にせずどうぞ」

 ……バレていたのか。
 見られているって分かっているのに、よくあんな真似ができたな。ドライすぎるだろ。
 さらりと言うオルヴァに対し、ミラーシュは全く気付いていなかったみたいだ。驚いた顔で俺を振り向いた。

「兄上。いたの?」
「う、うん。喉が渇いて。ごめんな、飲んだらすぐ離れるから」

 いそいそとコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。喉が潤ったところで宣言通り、さっさとその場から退散した。
 といいつつ、ちらっと二人を振り返ると――ミラーシュがオルヴァの肩に寄りかかっている姿が遠目に見えた。
 ここからミラーシュの表情は見えないけど。でもきっと、幸せそうな笑顔を浮かべているんだろうと思う。


     ■□■


「セラフィル様。騎士様がいらっしゃいましたよ」

 日記帳を読んでいた俺の耳へ、扉越しに宮女の声が届く。一旦、日記帳を閉じて、俺は席を立った。

「今、行きます」

 自室から廊下に出て、さらに宮殿の外に出る。
 宮女の立ち会いの下、俺は後宮を訪れた騎士――オルヴァと面会した。

「久しぶりだな。っていうか、よく後宮に入れたな。第七師団、副騎士団長殿」
「私的立場を利用すれば、できなくはありません」

 相変わらず素っ気ない顔で、淡々と返すオルヴァだ。……私的立場、か。

「何か用か?」
「はい。こちら、ミラーシュから預かって参りました」

 オルヴァが懐から取り出したのは一通の手紙。ミラーシュからの手紙ってことだろう。受け取って裏面を確認すると、ちゃんと『ミラーシュ』と書かれてある。

「ありがとう。わざわざ届けにきてくれて」
「いえ。用件はこれだけですので、失礼いたします」

 久しぶりに会ったのにそれだけかい。変わらないよなぁ、こいつ。
 ……いや、そんなことない、か。わざわざ、俺の顔を見にきたのはきっと――ミラーシュに俺の様子を報告するためだろうから。
 颯爽と身を翻して立ち去ろうとするオルヴァの背中に、俺は声をかけた。

「ミラーシュは元気にしているのか?」

 オルヴァは足を止めた。が、こちらを振り向くことなく事務的に答える。

「今日は記念日だからご馳走を作ると言って、朝から楽しそうに笑っていましたよ。……では」

 今度こそ、オルヴァは足早に去っていった。
 俺も奴のことを最後まで見送ることなく、宮殿に戻る。ミラーシュからの手紙を早く読みたくて、ちょっと行儀が悪いけど、歩きながら手紙を読んだ。
 丸っこい可愛らしい字で書かれている便箋。色々と近況が書かれてあって、最後の一文はこう引き結ばれていた。

『今日はオルヴァさんとの結婚記念日なんだよ~。夜が楽しみ!』

 ……オルヴァとお祝いすることが楽しみなのか。あるいは、性生活が楽しみだと赤裸々にいっているのか。ミラーシュのことだから、後者でも十分ありえるな。でも、お兄ちゃんはそんな話は聞きたくない。
 俺は便箋を丁寧に折りたたみ直し、封筒に戻した。
 窓から見える果てのない青空を見やる。きっとその下にいる可愛い弟に思いを馳せた。
 隣国の王太子婿になるはずだった『主人公』は、なぜか王立騎士の伴侶となったけど――でも、なんだかんだ溺愛されながら、幸せに暮らしているようだ。

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