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第四十一話 夏休み、再び王都へ11

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「別に怒っていません」
「嘘だ。ちょっとむっとしてる」
「気のせいです。どうして私がそのような感情を抱く必要が?」

 言い合う二人に、俺はあわあわするしかない。ミラーシュの根拠のない直感と、オルヴァ自身の主張、どっちを信じたらいいんだ!?

「不快な思いをさせたんなら謝るから。だから、理由を教えて」
「謝罪なんて要求していません。早く荷解きを済ませたいので、手を離して下さい」
「やだっ。教えてくれるまで離さない!」

 な、なんだか喧嘩に近い雰囲気になってきたぞ。どうしよう!?
 冷静になれ、俺。そうだよ、二人を落ち着かせないと。って、オルヴァは普通に冷静なんだから、感情的なミラーシュを落ち着かせたらいいのか。

「ミ、ミラーシュ、ひとまず手を離せよ。あとでゆっくり話せって。な?」

 一旦、オルヴァから引き離してから、キーホルダーの件を伝えよう。本当にオルヴァが気分を害しているんだとしたら、俺が危惧していたことが理由だろうから。

「私は話すことなんてありませんが」

 淡々と物申すオルヴァ。ちょ…っ……やめろ! ミラーシュがますます駄々っ子になるだけだろ! っていうか、ミラーシュの言う通り、マジでむっとしているんじゃないか!? だって、不用意にこんな突き放すような態度をとる奴じゃない。
 あーっ、俺の嫌な予感が的中してしまった……!
 だ、誰かこの場を上手く収めてくれる人はいないものか……!

「――何をしているんだ。ここで三人揃って」

 その時、玄関口からやってきたのは、不思議そうな顔をしたタクトスだった。あれ、数日後に戻るっていっていたのに……いや、それはいい。タクトス、助けてくれ!
 俺の縋るような視線に気付いたのか、タクトスは表情を引き締めて傍までやってきた。

「何かあったのか、セラフィル」
「そ、それが……ミラーシュとオルヴァが言い争ってしまっていて」
「何が原因で?」
「ミラーシュが鞄に付けているキーホルダーです。おそらく……」

 タクトスは怪訝な顔をしたのち、ミラーシュの鞄を見やる。ジャラジャラと吊り下げられているたくさんのキーホルダーたちを。
 それらを一目見たタクトスは、だいたいの状況を察したみたいだ。どことなく、呆れた顔でオルヴァに視線を向けた。

「オルヴァ、大人げないんじゃないか。ミラーシュは別にお前をその他大勢扱いしているわけじゃない」
「私はどうも思っていません。ご自由にすればよろしいかと」
「本音を伝えずに冷たくするのは、どうかと思う。ミラーシュだって困るだろう」
「ですから、私は別に……」

 意固地だな、こいつも。淡々としているけど、そんなにムキになって否定している時点で気にしているんだろうが。
 一方のミラーシュは、タクトスの『その他大勢扱い』というワードを聞いて、ようやくオルヴァが不機嫌になっている理由を理解したようだった。

「オルヴァさんは、僕の特別だよ!」

 そう声を張り上げる。そして――あろうことかオルヴァに抱きついてしまった。

「だから…っ……嫌いになっちゃ、やだ……!」

 涙の滲む声。必死に嗚咽の声を押し殺しているけど、体が震えているから泣いているんだろう。わわっ、どうしよう!
 オルヴァを見ると、眉尻の下がった困った表情だ。戸惑いの色も見える。それでも、ミラーシュの華奢な両肩にそっと手を置いた。

「……嫌いになんてなっていません」
「ほ、本当に?」
「本当です」

 顔を上げたミラーシュの、涙の粒をオルヴァの指が拭う。

「すみません、不安にさせてしまって。殿下のおっしゃる通り、大人げありませんでした。……泣き止んでもらえませんか。あなたには笑っていてもらえないと、調子が狂います」

 ミラーシュは自身の指でも涙を拭って、改めてオルヴァの胸に抱きついた。

「オルヴァさん、大好き」

 俺は目を点。
 えぇえええええ!? もはや告白しちゃってるじゃん!
 オルヴァは何も返答しなかったけど、宥めるように抱き返していた。傍から見たら、痴話喧嘩したあとにイチャイチャしているカップル。
 ――俺の知らぬ間に実は付き合っていたのか、この二人!?
 動揺する俺の肩を、苦笑いのタクトスがぽんと叩いた。

「邪魔者は去ろうか。セラフィル」
「そう、ですね……」

 ミラーシュが部屋に戻ってきたら、根掘り葉掘り聞かねば。
 その場を離れようとした俺の視界に、ふとフリス君が映った。その視線の矛先は、どうやらミラーシュのようだけど……ん? イチャついている姿に呆れているのか? こいつもいまいち感情が読みにくいんだよな。ま、どうでもいいか。
 そんなわけで、俺とタクトスはそそくさとその場を立ち去った。




「――え? まだ付き合っていないよ?」

 寮の部屋に戻ってきたミラーシュは、あっさりとそう答えた。
 俺は肩透かしを食らった気分だ。えっと、付き合っていないのに抱きついたり、大好きなんて告白しちゃったりしたのか?

「付き合っているようにしか見えなかったけど……」
「夏祭りの時に告白ならした」
「したのか!?」

 初耳だ。あの日、普通に上機嫌で帰ってきたから、ただデートしただけかと思っていた。っていうか、惚れてから告白するまでの時間が短くないか?
 ともあれ驚く俺に、ミラーシュは頷く。

「うん。そしたら、『大人になってもその気持ちが変わっていなかったら、考えます』って返答をもらって。だから今はまだお友達だよ」
「へ、へえ……」

 オルヴァ……上手くはぐらかしたな。多分、数年後には気持ちが変わっているだろう、変わっていなかったとしても付き合うとは言っていないって返答すればいい、っていう考えなんだろう。ずる賢いというか、なんというか。まぁ、ミラーシュを傷付けないように配慮したのは間違いないんだろうけど。
 でもそうか……告白までされたのに、買い与えたキーホルダーが他のキーホルダーと一緒くたにされていたら、むっとしてしまう気持ちも分かるかも。

「だから、十八歳になったらまた告白するんだ。あーあ、早く大人になりたいな」
「俺たち、まだ十六歳になったばかりだろ……」

 果たして、ミラーシュは変わらずにオルヴァを想い続けるんだろうか。今回の一件で脈なしとまでは思わないけど、結ばれるまで随分と遠い道のりだ。
 それでも俺は見守ることしかできない、か。

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