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第三十三話 夏休み、再び王都へ3
しおりを挟むそうして、俺たちは商店街に足を向けた。
商店街といっても、富裕層が住まう区域の高級商店街だ。貴族学校や俺たちが住まうタウンハウスもその区域にあって、父上からなるべくその区域から出ないように言われている。ナドルを連れているとはいえ、一般区を貴族が歩いていたら犯罪に巻き込まれる可能性が一気に高くなるから。
それにしても、何をプレゼントしようかな。贈りたい物を贈ればいいって言ったって、相手の立場になって考えてみたら、実用的な物の方がいいんじゃないかなと思う。いやそれとも、気軽な装飾品の方が重くなくていいんだろうか。うーん、悩む。
悩みながら商店街を歩いていると、天幕を張っている露店が立ち並ぶ通りに入った。露店が取り扱う商品は様々だ。見たことのない果物だったり、物珍しい装飾品だったり。多分、あまり国内には流通していない異国産の物を取り揃えているのかも。
気になった俺は、装飾品を取り扱う露店を覗いてみた。
「いらっしゃいませ。上質な品を取り揃えておりますよ」
そう声をかけてきたのは、にこやかな男性の店主だ。俺たちは「こんにちは」と挨拶を返して、布の上に並べられた商品をじっくりと眺め見る。
「あんまり見たことのない紋様の物がたくさんだね、兄上」
「そうだな。色々あって迷う」
腕輪……は、タクトスの手首周りのサイズを知らないし。
指輪……も、同じく指のサイズが分からない。
じゃあ、ネックレス? いやでも、そもそもタクトスってジャラジャラとアクセサリーを身に着けるキャラじゃないような気がする。
他の露店を覗こうかなと思ったその時、ふと青い石が目に飛び込んできた。
「それは、パワーストーンというんだ。青い石は健康について加護があってね。持ち主はもちろん、周りにいる人の健康運を上げるんだよ」
俺の目に留まったことを察知した店主が、そう説明する。
へえ、そうなのか。健康運のパワーストーン……国王陛下のことがあるし、いいかも。見た目は、綺麗な小粒の青い石だし。紐がついているから、気軽に持ち歩けそう。
試しに商品を手に取ってみる。おお、思ったよりも軽いな。
よし、これにし――
「ポッポー!」
「うわっ!?」
鳩の鳴き声が空から響いたかと思うと、なんと俺の手から商品を奪い去っていった。
えぇえええええ!?
呆気に取られる俺の代わりに、即座に反応したのはミラーシュだ。
「ちょっと! 勝手に持っていくなぁっ!」
拳を振り上げ、鳩を追いかけていくミラーシュ。
ちょ…っ……待て! お前も勝手に離れていくんじゃない!
慌てて後を追おうとしたけど、店主が「待て、勘定」と抜け目なく売りつけてくる。まだ買うとは言っていないけど、買うつもりだったし仕方ないと、俺は急いで財布を取り出す。
早く代金を支払って、ミラーシュの後を追いかけないと……って、ああっ! 手が滑って銀貨が次々と地面に落下してしまった。何やっているんだ、俺!
「ナ、ナドル。ミラーシュを追いかけて連れ戻してくれ」
「セラ兄上を一人にはできません」
あっ、そうだった。ナドルは俺の護衛をしているんだった。
ナドルもミラーシュのことを心配してはいるだろうけど、俺を一人置いてはこの場を動けない。そういうことだろう。
というわけで、二人でせっせと落ちた銀貨を拾い集め、店主に代金を支払った。「お釣りはいりません!」と言い置いて、俺たち二人もミラーシュの後を追う。
ミラーシュの足は遅いから追いつけると思ったんだけど、肝心の俺の足も遅いわけで。なかなかミラーシュの姿を視界に捉えられない。ただ、鳩の姿がかろうじて見えるから、どうにか追いかけられている感じ。
ひたすら走っていたら、いつの間にか富裕層の区域を抜けていた。もう平民が住まう一般区だ。さらに、路地裏の方へ進む鳩の姿を見て、俺はようやく違和感を覚えた。
……なんであの鳩、空高く飛び去っていかないんだ? ずっと俺たちの前を飛行しているのって、都合がよすぎないか?
なんだかまるで、俺たちを誘導しているみたいな――。
嫌な予感は的中した。鳩を追いかけて路地裏に入る手前で、屈強な男たちが俺とナドルの行く手を阻んだんだ。同時に奥から聞こえるのは、ミラーシュの悲鳴。
ミ、ミラーシュ……!
「邪魔だ、どけ!」
「おっと。そうはいかねぇよ」
通り抜けようとする俺の前に、どんっと立ちはだかるガラの悪い男。
俺は歯噛みした。くそっ、迂闊だった。調教されているんだろうあの鳩の誘いに、うかうかと乗ってしまった。
こいつらの狙いは間違いなく、多額の身代金。ミラーシュを連れ去り、俺たちにはそのことを両親に伝えさせる腹づもりなんだろう。もしかしたら、馬車で王都に入った時から目をつけられていたのかもしれない。
「親に伝えろ。あの小僧を助けたければ、金を用意しろってな」
やっぱりそうくるか。
折りたたまれた紙を、目の前に差し出される。多分、金額や取引する場所を記載してあるメモだろう。
素直に受け取るのが賢い選択なのかもしれない。でも、そうなったらミラーシュは解放されるまで怖い思いをすることになる。下手をしたら、ちょっかいを出されないとも限らない。
俺は一歩、下がった。
「ナドル、こいつらを倒せるか?」
「え? や、やってみないと分かりませんが……でも、僕は」
俺の護衛なのに、俺を危険な目に遭わせるわけにいかない。そう言いたいんだろう。ここで争ったら、俺の身にまで危害が及ぶ可能性があるからな。
でもだからって、ミラーシュをこのまま連れ去られるわけにいくか!
「俺のことはいい。ミラーシュを助け……」
言いかけたところで、鍔が鳴る音が響いた。
刹那、耳朶を打ったのは風を切る音だ。屈強な男たちが悲鳴すら上げられず、その場にバタバタと倒れ伏していく。
「――未来の王婿としてのご自覚をお持ちくださいと、申し上げたはずですが」
チン、と剣を鞘に収める音。
気付いたら、目の前に立っていたのは――オルヴァだった。眼鏡はかけていないし、学生服姿でもない。かといって騎士服でもないことから察するに、今日は休日なのか。
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