偽装結婚の行く先は

深凪雪花

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番外編

陽だまりの笑顔と凍土の茨5(終)★

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 再びただ淡々と毎日を送る日常に戻った、ある日のことだった。隣の席の先輩が思わぬ頼み事をしてきた。

「え……花婿衣装のモデル、ですか?」
「そう。知り合いが働いてる教会で、どういう結婚式を取り扱っているか雑誌の特集で取材されるらしくって。それで花婿のモデルを探してるみたいなんだよ。だからタミエルに頼めないかなって」
「………」

 正直に言ってしまえば、面倒臭いの一言に尽きる。モデルなんてタミエルのガラでもない。けれど、頼んできたのは日頃からよくしてくれる先輩だ。断るのは気が引けた。

「……分かりました。お引き受けします」
「おお、そうか! 助かるよ、ありがとう」

 というわけで。先輩からその教会の住所を聞き、次の休日に足を運ぶことになった。
 訪れて見ると、小さな教会というのが率直な印象だ。外観は小綺麗にしてはあるが、古い教会だろうことは察せられた。おおかた、結婚式を挙げるカップルが少ないから、雑誌に特集を組んでもらって集客するつもりなのだろう。

「タミエル様ですね。お待ちしておりました。こちらの衣裳部屋へどうぞ」

 教会の中に入ると、衣装担当だろうか。若い人当たりのよさそうな女性が出迎え、衣裳部屋まで案内してくれた。そこで花婿衣装に着替え、会場である聖堂へ向かう。
 すると、なんと扉の前に上司であるセーレが立っていて、タミエルは驚いた。

「セ、セーレ様?」

 セーレまでこの教会の雑誌の特集に協力しているのか。いやでも、どうしてこんな場所に立っているのだろう。
 戸惑うタミエルにセーレは柔らかな笑みを浮かべて答えた。

「祭壇の前まで私が一緒に歩きます。腕を組みましょう」
「え、えっと、はい……」

 ヴァージンロードを歩くというやつか。しかしそれって普通、花嫁が父親と歩くものでは。
 意味が分からなかったものの、雲の上の存在のような上司と腕を組んで歩くという状況に緊張し、上手く頭が回らなかった。
 ギィィと音を立てて扉が開く。夏の眩い日差しがステンドグラス越しに身廊に降り注ぎ、色鮮やかな光となって聖堂内を明るく照らしている。
 幻想的な光の中を祭壇の前までセーレと歩いていくと、そこには神父と花婿衣装を着たアスタロトが待っていた。

「……え?」

 どういうことだ、とタミエルは怪訝に思う。まさか偶然、アスタロトまで花婿衣装のモデルをしているというのは話ができすぎだろう。
 気付けば、信徒席に座っているのは文官ばかり。役目を終えてタミエルから離れたセーレも信徒席に腰かけ、その隣には夫のフォカロルらしき男性や、タミエルがアスタロトの恋人だと勘違いした青髪の少女らしき顔もある。
 謀られたのだ、とタミエルは遅れて気付いた。

「……なんのつもりだ、アスタロト」

 結婚式の真似事なんてしてなんになる。だいたい、タミエルに愛想を尽かしたのではなかったのか。
 アスタロトはへらっと笑った。

「永遠の愛を誓うっていったら、結婚式かなーって」
「永遠の愛? 冗談だろ」
「冗談じゃないよ」

 アスタロトはタミエルの瞳を覗き込むようにして、タミエルを真っ直ぐ見つめた。

「タミエル、俺は絶対にタミエルから離れていかないよ。この通り健康優良児だから、タミエルより先に死ぬこともない。タミエルを一人にしたりはしないから」
「……口先だけならなんとでも言える」
「そうかもしれない。だからさ、この先もずっと一緒にいて、俺の言葉が本当かどうか確かめてほしい」

 俺の言葉を信じて一緒にいようではなく、俺の言葉が本当かどうか確かめるために一緒にいよう。言葉こそ違うが、求めているのは同じこと。
 結婚しよう、とアスタロトは言っているのだ。
 初恋の相手からの求婚。嬉しくないといったら嘘になる。それでも、あっさりと了承するほどタミエルは素直でも単純でもない。

「バカじゃないのか…っ……結婚式なんて形式的なものじゃないか」

 結婚だってそう。婚姻届という紙切れ一枚を提出しただけの、赤の他人同士に過ぎない。離婚届を提出すれば、その関係性はあっさり解消できてしまう。

「何が永遠の愛だ。そんなものはあるはずがない」
「それを確かめるために結婚しようよ」

 アスタロトはそっとタミエルを抱き締める。その温もりは、陽だまりのようにぽかぽかと温かくて。堪えていた涙腺が緩んだ。

「俺は今ここでタミエルへの永遠の愛を誓う。大丈夫、ずっとタミエルの傍にいるから」
「…っ……」

 涙がつっと頬を滑り落ちた。
 大丈夫、ずっと傍にいる。もしかしたら――その言葉こそが、タミエルがずっと欲しかったものかもしれなかった。

「だから俺と結婚しよう、タミエル」
「……う、ん」

 嗚咽をもらしながらこくりと頷くと、アスタロトの顔がぐっと近付いてきて。触れるだけの優しい口付けをタミエルは受け入れた。




「挿れるよ」

 アスタロトの言葉に、寝台に仰向けで横たわっているタミエルは、ごくりと生唾を飲み込んだ。というのも、アスタロトの雄芯はタミエルのそれより遥かに逞しく、雄々しい。
 果たして、中に入るのだろうか。
 不安と期待が入り混じった気分で「うん……」と了承すると、これまでの優しい愛撫によって濡れそぼった蕾に砲身があてがわれた。ゆっくりと肉襞を押し広げて、タミエルの未通の身体を開いていく。

「あぁ…っ……」

 指で丹念にほぐされていたが、指とは質量が違う。花襞がめいいっぱい押し広げられているのが分かる。
 それでも、蜜壺と化した後孔はあっさりとアスタロトの雄芯を飲み込んだ。

「く…っ……」

 アスタロトが低く呻いた。タミエルの後孔の締め付けがきついようで、悩ましげな表情を浮かべたが、ほどなくして慣れてきたらしい。「そろそろ動くね」と抽挿を開始した。
 ひと息に貫き、引き抜いて、また穿つ。最奥のしこりを突かれるたびに頭の中に火花が散る。

「あっ、あっ、あっ」

 たまらず喘ぎ声をもらすタミエルを、アスタロトは愛しげな目で見下ろした。

「痛くない? 大丈夫?」
「大、丈夫……ぁ、んんっ」

 アスタロトと繋がっている。
 それはタミエルの心を幸福感で満たした。好きな人と身も心も繋がることが、こんなにも幸せなことだとは思わなかった。

「アスタロト、アスタロト……!」

 アスタロトの首に腕を回し、甘えるようにしがみつく。そんなタミエルの唇をアスタロトは自身のそれで塞ぎ、二人は舌を絡めて貪り合った。
 口も、後孔も、性器も、全部が全部気持ちいい。溶けて消えてしまいそうだ。
 快楽から頭がぼぅっとしてきたタミエルは、うわごとのように繰り返した。

「アスタロト……いなくならないで。俺を置いていかないで」
「大丈夫。俺はもうタミエルのことを離さないよ」

 額にキスが落とされる。けれど、物足りない。それだけじゃ、まだまだ足りない。

「俺をもっと愛して……もっと、もっと、激しくして」

 確かな愛が欲しい。
 愛されているという実感が欲しい。
 だから、もっと。
 タミエルの懇願に応えるように、抽挿が激しくなっていく。何度も何度も腰を打ちつけられて、とうとう絶頂の時を迎えた。

「イ、く……イっちゃ……、あぁああああ!」

 アスタロトが白濁した蜜液で体内を犯すのと同時に、タミエルもまた蜜液を噴き出す。ともに果てた二人は乱れた息を整えながら、寝台の上で抱き合った。

「愛してるよ。必ず幸せにするから」
「うん……」

 触れるだけのキスを交わして。
 タミエルはアスタロトの腕の中でそっと目を閉じた。




 それから十年後――。
 秋の柔らかな日差しが降り注ぐ教会で、タミエルはアスタロトと祭壇の前に並んで立っていた。二人とも白い花婿衣装だ。

「病める時も、健やかなる時も、互いを愛することを誓いますか?」
「「はい」」
「では、誓いのキスを」

 神父に促されて二人は向かい合う。そして、どちらからともなく口付けを交わした。
 そう、今日は結婚式。十年前と同じ教会で、正式に挙式することにしたのだ。
 というのも、十年前のサプライズ結婚式の時には、まだ不安だったタミエルは婚姻届を出すことを拒んだ。同棲期間を十年経てようやく決意が固まり結婚することに決め、それに合わせて今度はきちんと準備を進めた結婚式を挙げよう、ということになったのだった。
 儀式を終えて退場していく二人を、信徒席に座っている招待客たちが拍手をしながら温かい目で見つめている。その視線に見送られながら二人は聖堂を退出して、閉まった扉の前で「ふぅ」と息をついた。改まった挙式に思いのほか緊張したようだ。

「ははっ、こういう儀式って緊張するよね」
「そうだな」
「でも無事に終わってよかった。とうとう俺たち夫夫になったんだよね。嬉しいなぁ」

 ほくほくと笑うアスタロトの横顔は、本当に嬉しそうで。見ているタミエルも、ほっこりとした気分になる。いつだってアスタロトの言葉は真っ直ぐで温かい。
 タミエルはそっと左手の薬指を見下ろす。そこには真新しい結婚指輪がはめられており、タミエルもまた、本当に結婚したんだなぁと感慨深い思いを抱く。
 アスタロトと結ばれてから十年。アスタロトと出逢ってから二十五年。まさか、ここまで長い付き合いになるとは思わなかった。
 永遠の愛なんて、あの時は信じていなかったけれど。今は永遠の愛があったらいいな、という淡い希望が心の内にある。
 ――どうか、この先もアスタロトとずっと一緒にいられることを。
 切に願いながら、タミエルはアスタロトと微笑み合った。

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