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フォカロルの一時帰国(冬)3
しおりを挟むセーレは墓の前にしゃがみ込み、墓の上に降り積もった雪を払いながら声をかけた。
「母さん。俺にも家族ができたよ」
離婚前提だったはずの偽装夫と、少子化対策の薬を知らずに飲んで授かった息子と。奇妙な縁で結ばれた家族だけれど、これからはこの縁を大切にしていきたい。そう思う。
「俺もこの家庭を守っていこうと思う。母さんが俺たちを守り育ててくれたように。だから、天国から見守っていてくれ」
そう締めくくって立ち上がろうとしたところで、隣にフォカロルが同じようにしゃがみ込んで、そっとセーレの肩を抱いた。
「初めまして。セーレさんの夫のフォカロルです。セーレさんのことは必ず俺が幸せにしますから。俺を信じて任せて下さい」
「フォカロル……」
「ほら、アスタロト。お前も挨拶しなさい」
「うん!」
フォカロルとは反対側に、今度はアスタロトがセーレの隣に並ぶ。「はじめまして、アスタロトです!」と大きな声で挨拶をして、ちょこんと頭を下げる。
いつもはアスタロトが真ん中にいるけれども。今はフォカロルとアスタロトとの間に挟まれて、セーレはなんだか心がぽかぽかと温かかった。
「じゃあ、そろそろアパートに帰ろうか」
「そうですね。二人とも、付き合っていただいて、ありがとうございました」
グレモリーにも、亡き母にも、二人を紹介できて満足だ。
セーレは転移魔術を発動する。すると、目の前の景色が墓地からアパートのリビングに切り替わり、三人はアパートへ戻ってきていた。
「ボク、きょうのこと、えにっきにかいてくる!」
アスタロトは意気揚々とそう言って、自室へ駆け込んでいく。残されたセーレとフォカロルは、ソファーに隣り合わせに座って互いに「ふぅ」と息をついた。セーレにしても、フォカロルにしても、それぞれ義家族と対面したので無意識に緊張していたようだ。
同じタイミングで息をついたセーレたちは、きょとんと顔を見合わせてからふっと笑う。
「あなたでも、緊張することがあるんですね」
「そりゃあ、あるよ。俺に対する印象はどうなってるの?」
「口八丁のいい加減な男、です」
「ひどっ!」
かつて似たようなやりとりをしたものだが、その時とは空気が違う。セーレもフォカロルも声を立てて笑い合い、和やかな雰囲気だった。
「それにしても、グレモリーちゃんって美人だったねぇ」
セーレはぴくっと眉を動かした。フォカロルに他意はないだろう。ただ思ったことを口にしただけだ。実際、グレモリーは兄の贔屓目なしでも美人であるし。
頭では分かっているのに、セーレはむっとしてしまった。
(俺が女体化した時は、何も言わなかったのに……)
それはお前が美人じゃなかったからだ、と言われたらそれまでだが、美人だった亡き母そっくりだったから悪い顔はしていなかったはずだろう。ということは、フォカロルの好みではなかったということだ。
グレモリーはフォカロルの好みかもしれなくて、セーレはそうじゃない。そう考えると、胸がもやもやする。
セーレの表情がむすっとしていることに気付いたのだろう。フォカロルは不思議そうな顔をした。
「セーちゃん? どうしたの?」
「……別に」
「なんでもないって顔じゃないけど……」
「放っておいて下さい」
さも当たり前のように隣に座ってしまったが、なんとなく隣にいるのが嫌でセーレは席を立とうとした。元々、ソファーはテーブルを挟んで二つあるのだ。向かい側のソファーへ移動しようとしたところ、フォカロルは何を思ったのかセーレの腕をぐいっと引っ張った。
よろめいたセーレは、フォカロルの膝の上に座ることになってしまい、慌てて離れようとしたが、フォカロルの腕がそれを阻む。
「な、何をするんですか!」
「膝の上に乗っけてる」
「そういうことを聞いているのではありません!」
これでは子供扱いされているようだ。
フォカロルと体を密着させていることもあって羞恥から顔を赤らめるセーレに対し、フォカロルは楽しそうだった。
「やっぱり、人の温もりって温かいねぇ」
「そんなことよりも、離して下さい!」
「やだよ。セーちゃんの機嫌が直るまで離さない」
「わ、私は別に……」
不機嫌になんてなっていない。そうだ。どうして、不機嫌にならなければならないのだ。フォカロルの好みなんてどうでもいいことじゃないか。
自分たちは偽装夫夫だ。
セーレは深呼吸をした。乱れた心を整え、気持ちを落ち着かせる。
「……もういいでしょう。早く離して下さい」
一度、溶けたはずの氷のような自制心が、また押し固まっていくのを感じる。それはきっと声音にも出ていたのだろう。フォカロルは戸惑ったような声で。
「セーちゃ……」
「あー! おとうさんたち、ずるーい!」
自室から出てきたアスタロトが頬を膨らませて、セーレたちの下へ駆け寄ってきた。遊んでいるように思ったらしい。アスタロトも「ボクもまぜてよ!」とセーレの膝の上に飛び乗り、セーレに抱きついてきた。
背後からはフォカロルに抱き締められて、正面からはアスタロトが抱きついてきて。フォカロルのことは振り払いたかったが、アスタロトを邪険にするわけにはいかず、セーレはその体勢のまま、しばらくいるしかなかった。
結局、二人から解放されたのは夕暮れ時だ。作り置きしていた夕食を食べ、アスタロトとお風呂に入って、その日は早々に寝台に入った。
(……偽装夫夫、か)
暗闇の中、ぼんやりと天井を見上げる。
セーレがこのまま離婚を切り出さなければ、フォカロルはきっとアスタロトのいい父親でいてくれるだろう。セーレのことも大切にしてくれるに違いない。
けれど、それでいいのだろうか。
偽装結婚した原因はフォカロルにあるが、偽装結婚を提案したのはセーレだし、アスタロトを授かったのだってセーレが押し倒して事に及んだからだ。
元々、フォカロルは女たらしの『歩く下肢』。興味があるのは女性だ。そんなフォカロルを偽装結婚という縄で縛っていていいのか、分からない。
――やっぱり、離婚した方がいいのでは。
そんな当初とは似て非なる思いを、セーレは抱き始めていた。
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